AI時代の創作メモ|文章にすごいとかない。「読まれる文章」の本当の正体(#創作論 #Web小説 #note #エッセイ #書籍化 #生成AI #画像生成AI)
こんにちは。こんばんは。
普段はラノベを書いている「うら表紙」と申します。
私は読書は好きだけれど、
だからといって文芸が書ける人間ではありません。
読むのは好きですけどね。
それでも書く仕事をしています。
あまり胸を張れる文章力でもありません。
だからといって、
発想が天才的というのもなく、
凡人の域を出ない人間です。
ここ数年のラノベは「わかりやすさ」が
文章にもすごく求められました。
短いセンテンス、テンポの良い会話。
「会話劇くらい会話が多い方がいい」
と言われるくらいには
単純明快さみたいなものが求められる世界になりました。
おそらくものすごい勢いで「大衆化」したのだと思います。
元々「本」って、
みんなが読むものではなかったんですよね。
今でこそ「読書が…」と言われますが、
「本」を読むことが当たり前の人というのは昔からすごく少数派でした。
それが、
web小説というプラットフォームができて、
急速に普及して、
内容の面白さも相まって、
みんなが読むようになった。
それだけでも
プラットフォームの貢献はすごいことなのですが、
その結果、
元々文字を読むことに慣れていた人が
マイノリティになり、
文字を読み慣れてない人が
マジョリティになってしまった。
だから、
言葉は簡略化され、
感覚的にわかりやすくなり、
余白や仮託は減り、
認知負荷の低いものがより読まれるようになった。
だから私は最近、
文章力や表現力について考える時、
「上手さ」と「伝わること」は
必ずしも同じではないのだと思うようになりました。
実は、このことを考えている時に思い出す話があります。
日本でもかなり有名な美大で、
同級生も先生も絶賛するような圧倒的な才能を持つ人物が、
卒業後は意外と大成しない――そんな話です。
むしろ、
学生時代はあまり目立たなかった人のほうが、
商業の現場で圧倒的な価値を生み出していることがあるそうです。
もちろん、
これは極端な例だとは思います。
けれど、
才能の見え方と社会での活躍は
必ずしも一致しないのだと感じさせられる話でした。
おそらくそれは
「わかる人だけがわかる芸術」
になってしまうからだと思います。
玄人や通と言われる人にしかわからないすごさ。
業界内だけで業界人だけに絶賛される人っていますよね。
おそらくそんな感じです。
その人たちは才能が極まりすぎていて、
専門家やプロほどの感受性のない一般人には
キャッチできない電波帯の芸術を生み出すのだと思います。
人は、
専門的になればなるほどその深淵に魅力を見出しますが、
「娯楽」として楽しみたい人には
時としてその深淵は理解不能な異物になります。
追求し、
感性を研ぎ澄ませていくのは大切なことだと思いますが、
それが結果として大多数の人に伝わらない
「こだわり」になってしまうと本末転倒です。
こんなことを私が言うのは、
負け惜しみのように聞こえるかもしれませんが、
あまりにも技巧や思慮に偏りすぎると
多くの人の理解を置いて行ってしまうので、
ほどほどの浅さで止めておくのも、
「読まれる」という点においては
ある意味正解なのかなとも思ったりします。
noteを書いたり読んだりしていると
実感がないかもしれませんが、
「長文を読む」って割と特殊技能なのですよ。
自分ができるからと言って他人もできるとは限らない。
多くの人に読んでもらいたいと思った時の書き方と、
通や専門家に認めてもらいたいと思った時の書き方は全然違ってきます。
あなたの文章は誰に読んでもらいたいですか?
あとがき:
「細かすぎて伝わらないモノマネ」ってご存知でしょうか。今でも特番でときどき見かけますよね。あれに登場する野球選手やプロレスラーの“本家”を、私はほとんど知りません。それなのに、なぜかモノマネは笑ってしまう。不思議なものです。本家を知らないのに笑えるなんて。たぶんですが、モノマネをする側の「切り取り方」が抜群に上手いからなんでしょうね。そう考えると、物事の切り取り方と伝え方の視点の大切さがわかります。
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── 創作純喫茶「ミケ」のドアを開ける。
カランコロン

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