ユニット『さじかげん』往復書簡 vol.2 公募とのつきあい方 ① 秋田柴子 ⇒ 樺島ざくろ
本記事は、樺島ざくろ・秋田柴子による創作ユニット『さじかげん』の往復書簡です。詳しくは以下の引用記事をご覧ください。
樺島ざくろ様
前回のざくろさんの「公募戦士」という言葉が、とても気に入った秋しばです。これから使わせてくださいね(笑)
さて、今回のテーマはずばり「公募とのつきあい方」。
いきなり重いお題から入ってすみません💦
ご存じかとも思いますが、もともと私は公募から入った身です。
遡れば、2018年。『東京新聞300文字小説』に、年に10本弱の投稿をしたのが、我が公募戦線の始まり。やがて300文字では飽き足らず、公募ガイドなるもので探すうちに『坊っちゃん文学賞』を知りました。
初期の活動推移はこんな感じです。
1.東京新聞300文字小説
↓
2.坊っちゃん文学賞(4000字)
↓
3.田丸雅智先生の投稿サイト『ショートショートガーデン』(400字)
↓
4.創作集団『ベリショーズ』に入る
この ベリショーズ に入ったことが、私の公募人生を大きく変えました。
何しろここは歴戦の強者で溢れています。
何と言っても、まず 坊っちゃん文学賞大賞受賞者が3人 。他にもあちこちの公募で受賞している人がたくさんいます。舞台の脚本を書いている人もいます。
一言で言えば、そこに広がる景色がこれまでと大きく違ったのです。
文章でプロになることが、夢物語ではない世界
とでも言えばいいでしょうか。
そこで私も奮起して、初めて長編小説を書いたのが2020年の初め。
それは『ころつけ亭へいらっしゃい』という230枚の物語となって、幸運にも『第2回 日本おいしい小説大賞』(小学館)の最終候補となりました。
それで有頂天になったのが、まずかった。
でもさ。フツー、有頂天になるよね? 初めて書いた長編がいきなり最終候補なんかになったらさ。しかも大手出版社!
うまくしたら、受賞できなくても単著書籍化ですもん。
(実際、他の最終候補の方は、ほとんど書籍化されています)
でもその次の年は、見事にどの賞にも引っ掛かりませんでした。長編に限らず、どんな短いものでも。何なら、旧Twitterでしょっちゅう開催されていたような、個人のささやかな文学賞ですら、何ひとつ。
(すみません、個人の賞を軽く見ているわけではないです)
ちょっと、コレ見てください。

見事にゼロ!!!
もう、ね。
本当に本当に、落ち込みました。
今から思えば笑っちゃうけど、小学館で最終候補 ⇒ 結果的には落ちたものの「ああ、もう次の賞でデビューできるかも~♪」とか思ってたんですよ。
嗚呼、恥ずかしいまでのうぬぼれ。
それが1年間を通じて、まったくのボウズ。
そりゃ、落ち込みます。
まずいことに私は、幼少時から親に「結果を出してこそ、意味がある」と叩き込まれてきました。ざっくり言うなら、家庭内成果主義。
目に見える実績を出さないとダメ、というあの考えです。
そしてまわりは、どんどん受賞していきます。
何なら、デビューする人もいっぱいいます。
なまじ身近に強者が多いだけに、その数たるや相当なもの。
それはそのまま、強い焦りとなって自分にのしかかってきました。
でも不思議と、「書くことをやめる」「書くのが嫌になる」ということはなかったですね。子供の頃から現在に至るまで、紆余曲折あって、ようやく掴んだ創作という手段を手放すことは考えられませんでした。
それは今でも同じです。
もっとも、「書くネタがない!」は普通にあるんですけれど(笑)
さて、小学館で最終に残ったのが2020年。
次の2021年、(無謀にも)単著刊行を目指した私は、長編ばかりを書いていました。でもどれもあえなく落選。
余談ですが、今年の創作大賞2025 応募作『栗と牡丹』は、この時の作品を大幅に改稿したものです。

2021年は長・中編3本を含む24本応募して、受賞ゼロ 😢
長編が落ちるのは、本当にしんどいですね。だって掛ける時間も労力もハンパないんですもん。
翌2022年。私は一転して「下手な鉄砲、数撃ちゃ当たる」作戦に出ました。
短い作品をたくさん書いて、受賞確率を増やそうという魂胆ですね。
その根底には、とにかく自信をつけたかった気持ちがあったと思います。
1年間、どこからも顧みられなかったという事実は、私にとって本当に重く厳しいものでした。
というわけで、毎月、何かしらの結果発表があるようにスケジューリングして、応募を続けていました。
狙ったのは『光文社文庫Yomeba!』と公募ガイドの『小説でもどうぞ』。
前者は3か月に1回の募集で、上限6000字。
後者は毎月募集で、原稿用紙5枚(実質1800字ほど)。
どちらもお題が提示されるスタイルです。
ざくろさんの名作『マジ勇者』と出会ったのは、この『小説でもどうぞ』ですね。
『Yomeba! 』には、入賞できると、いずれショートショートアンソロジーとして刊行されるという、嬉しい副賞がありました。
『小説でもどうぞ』は、とにかく毎月募集という頻度の高さ。そして予選を突破した作品は、公募ガイドのサイト内で全文掲載されます。
結論から言って、私の狙いはそこそこ正しかったのだと思います。
ちょっとコチラを。

挑戦期間は1年3か月 or 1年半。
また最終的な受賞がないのも共通しています(涙)
でも少なくとも、予選通過はいくつかありました。おかげで喪失・枯渇しきった自信も、少しばかり戻ってきました。
数字を見ると、何となく『Yomeba!』の方がいい感じしますよね。
でも実は、両者には大きな手応えの差がありました。
『Yomeba!』は、応募2本めにして『桃の花咲くころに』が優秀作品に選出。優秀作品を頂いた2本は、どちらも自分の好きな作品でした。特に『桃の~』は、いまだに自分の中では「好きな自作トップ3」に入る作品です。
また優秀作品2本に講評を頂きましたが、どちらも納得のいく指摘でした。
対する『どうぞ』で、選外佳作に入ったのは6本め。
しかも自分の中では、今ひとつの出来のものでした。選外佳作を頂いた4本のうちの半分はそんな感じ。逆に自分らしく書けたものは、ほぼ落選でした。
やはり「公募の相性」というのはあるようです。
これはその後の私の公募選びに、大きな影響を与えました。
しかし残念なことに『 Yomeba!』は、2023年3月の募集を最後に、謎の休止期間に入り、そのまま自然消滅してしまいます。
そして『小説でもどうぞ』は、だんだん評価の基準が判らなくなっていきました。(仲間内でも、そういう声は多かったように思います)
そして何より「2000字弱」という文字数は、どうも私は苦手でした。
それで私は思い切って両者からの撤退を決めました。
その頃には、2021年の「受賞ゼロショック」もだいぶ落ち着き、普通に長編・中編を書くようになっていました。
2020年 初めての長編挑戦と、浮かれまくった有頂天モード
↓
2021年 失意のゼロショック
↓
2022年 筋トレのような公募反復リハビリ
この過程を経て、ようやく私は ”公募戦士” として、最低限の常識と経験値を身に着けたように思います。曰く
・公募には実力だけでなく、運も必要
・落胆は当然、でも落ち込みは危険
・書き続けていれば、いつかまたチャンスは巡ってくる
・まわりに惑わされず、自分自身の書くペースを作る
おかげでこの頃からは、公募で落選しても、さほど落ち込まなくなったように思います。ちょっとだけ逞しくなったと言っていいのかな。
もっとも結局2022年も、note のエッセイコンテストを1本受賞しただけで、肝心の小説の方はボウズだったのですが(笑)
ところがその2022年の11月、月末締切ギリギリに出した1本の短編(中編?)が、その後の公募戦士としての自分を大きく変えることになります。
それが『やまなし文学賞』でした。
……長くなりそうなので、続きは次回の秋しば編に書きます。
初回から重いテーマをぶっ込んでごめんなさい💦
ざくろさんの公募スタイルをお聞きできるのを楽しみにしています。
秋田柴子 拝
前のお話はコチラ!!!
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