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ユニット『さじかげん』往復書簡 vol.2 公募とのつきあい方 ② 樺島ざくろ ⇒ 秋田柴子

本記事は、樺島ざくろ・秋田柴子による創作ユニット『さじかげん』の往復書簡です。詳しくは以下の引用記事をご覧ください。



秋田柴子さま!

前回の投稿「公募とのつきあい方①」、興味深く読ませていただきました。

志高くストイックな柴子さん的公募道。
失意のゼロショックからの、筋トレのような公募反復リハビリ……!
公募戦士というよりこれは修行僧。高潔さがピカリ光ります。
これが柴子道なのね!

・公募には実力だけでなく、運も必要
・落胆は当然、でも落ち込みは危険
・書き続けていれば、いつかまたチャンスは巡ってくる
・まわりに惑わされず、自分自身の書くペースを作る

柴子さんの公募四か条✨

ううんさすが。
先の見えない公募との付き合い方って、メンタルがあっちゃこっちゃ揺れますものね。少し引いたメタ視点で客観的に眺めながら、長い目で取り込むことが大事なように私も思います。

さて「公募とのつきあい方」というバトンをいただき、えーと私はどうしていたんだっけ?と思いをめぐらせ己の公募歴を振り返ってみました。
しばし思い出話にお付き合いください。

私が公募を、と言いますか、書くことを始めたのは5年前のコロナ禍でした。
4年に渡る父の在宅介護が終わり、末っ子が中学生になり。
さあさあこっから私のターンよっ!と意気込んでいたタイミングでのコロナ。
派遣やパートではない仕事をしたいなぁと目論んでいたのですが、出鼻をくじかれたわけです。

で、3人の子がひしめき合う人口密度の高い自宅から出られず、なーにしたらいいかなぁ?と思って、なんとなく始めたのがnoteでした。

そこで幸運なことに最初のビギナーズラックが起こります。
初めて応募したnote内の企画「村上春樹『猫を棄てる』みんなの感想文コンテスト」にて私の記事が採用となり、2020年6月に文春サイトに掲載されたのです。

父を介護した際の思い残しや後悔がまだ新しかった私は、村上さんが自身のお父さんの死について書いた『猫を棄てる』というこのエッセイにとても思うところがありました。加えて、舞台となっている西宮市の夙川に数年間住んでいたことがあり、より身近に感じていたのよね。
でも、そんなきっかけで気楽に書いたものがまさか掲載に……?
noteスゲエ! びっくりしました。
同時に、誰かに読んでもらう手応えを知りました。
ええ知ってしまったんですよね。

オッシそんじゃあやってみっかあ公募って奴をよ!
そう思って、まずは公募ガイドの定期購読とサイト登録をし、専用の手帳を準備しました。
手帳はロルバーンを。

脱線しますが、私ロルバーン好きなんだよね〜!
筆圧が異常に高いので、薄手の紙だと心もとないと言いますか。
あの厚手でいながらなめらかで、明るく優しいクリーム色の方眼紙。
気分で選べるおしゃれなカラーリング表紙。
裏表紙もしっかり厚いので、空中でもかけちゃう安定感。
ドイツ語で「滑走路」という名前も、非常に縁起が良いではないですか!
うむ最高。カンペキ。

直近3年の公募・執筆用手帳。今年は煌めくシルバーカラーです✨

まあそんなお気に入りの手帳を準備しましてね、届いた公募ガイドをめくっては公募の予定を書き込んでいったわけですよ。
そんで月にひとつ以上は絶対に応募するぞと決めました。
ジャンルは特に決めず。勉強のつもりでむしろいろいろなものに応募してましたね。
あとは小説の書き方等のノウハウ本や学びのための本を、月1冊以上と決めて読んでましたっけ。

こうして華々しく始まった公募ライフでしたが、その後はしばらく橋にも棒にも引っかからず。なーんの結果もないまま過ぎていきましたねえええ〜。笑
もちろん落選のたびに、毎回心や鼻をバキバキへし折られるわけですけれど、でも今は学びのときだから仕方ないよなと、なんとか立ち直って健気に書き続けていました。

とはいえそんな無風状態が2年も続くと、人はしんどくもなるものです。
必要とされていないのかもしれないね。私の書くものなんて。
誰も読まない。
誰にも読まれないものを書き続けている私って何……?

定期的に心に闇が忍び寄り巣食うんだよね。
公募あるある病。
そんなときはその闇ごと作品に落とし込んだり、もしくはゆかいな仲間と美味しいもんでも食べて気分転換するなど、うまくやり過ごせたらいいのだけど。
ガチ公募系のお仲間がまだ周りにおらず、Xも始めていない頃で、ひとりで精神的壁打ちをしながら私は徐々にすさんでいきました。
そして、ああもうこりゃダメだわ……と息も絶え絶え闇落ちカウントダウンが始まった頃、2度目のビギナーズラックが起こります。
2022年7月、初めて応募した公募ガイド「小説でもどうぞ」にて最優秀賞に選んでいただいたのです。

待てば海路の日和あり。
嬉しかったですねえ。闇にひとつだけ灯りがともりました。
しばらくの間、高橋源一郎さんの講評をプリントして机の前に貼って励みにしていました。
そのときの熱くるしい感想はこちらの記事に記しております。

ここで賞をいただいたことで、その後の私の公募ライフを左右する出来事がふたつ起こりました。

ひとつは、他の方々と繋がるきっかけとなったこと。
感想を伝えるために、わざわざ私を検索して探し出してくれた方。
私の作品についてSNSでつぶやいたり、感想を言い合ったりしてくれた方々。
天使か。そんなことをしてくれる人たちがこの世にいるなんてな!
心が震えました。私はひとりじゃなかったのか。
これを契機にXを始め、公募仲間が増え情報を共有し、そして公募沼の深みにはまっていきました。

もうひとつは、欲が芽生えたことですね。
賞をいただき認めてもらえたことがどんなに嬉しくありがたかったことか。
それは、今まで味わったことのなかった甘美な快感と喜びでもありました。
あーこの先に行きたい。
この道を、行ける限界まで行きたい。
もうなにを差し出してもいい。
自己満足ではない、誰が読んでもおもしろいものが書きたいんだ!という強い意志が生まれたことが、とても良かったなあと思います。
まあ言うてなかなか書けないんですけどね。笑

あらためて振り返ってみますと、けっこう行き当たりばったりですなー。
でもここまで運んできてくれた小さなひとつひとつを、ご縁という名で呼びたいんだよね私は。まだどこへ運ばれているのかわからない途中なのだけど。

とりとめがないのですが今回はこの辺で。
次回は公募中期の新しい闇のお話などを、また垂れ流させていただこうかなと思います。
どうぞよろしくね!


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