もしバイ 〜もし楽天グループがソフトバンク(9434)を買収したら〜 ①
『そして誰もデータ処理できなくなった』でSNSを震撼させた鬼才・武智倫太郎が、noteの地下倉庫からふたたび放つ、資本と簿価と雀卓の超融合叙事詩。
noteの路地裏で密かに語り継がれた会計青春譚『もしボカ(簿価)』。そして、伝説の裏麻雀サーガ『哭きの禿』。
その流れを汲む『孫正義シリーズ』最新作が、『誰かの待望』に応える形で、ここに登場する。
だが……その『誰か』とは、いったい誰なのか?
武智倫太郎のビューティフル・マインドの中にだけ存在する謎の人物か。それとも幻想か……?
謎が謎を呼ぶ、武智倫太郎推理小説の醍醐味が、ここにある。
いや、そもそもこれは推理小説なのか?
小説の概念を破壊した奇書『AI 2027』すら凌駕する、奇妙すぎる架空経済小説がいま、幕を開ける。
Slackの草の根、旧SBGのローカルNAS、廃棄寸前の決算Excel。そこには、名前のない予約投稿がひっそりと残されていたという。
・倒産寸前のソフトバンクグループ。
・配当未履行に激怒する中東王族。
・裏社会に再誕した『哭きの禿』こと孫正義。
その影に呼応するかのように現れたのは、元SBGインターンにして流れ経理の大神乃嶺。彼女が渋谷の経理室で導き出したのは、『簿価未満の魂』の再評価だった。
M&A、FAX、コネクトスコア、そして精神資産。
通信業界に積み残された『夢の残高』を、誰が、いくらで、買い戻すのか?
これは、帳簿と理念の境界線を越えて繰り広げられる、令和資本主義最後の合併戦争(マージャー・ウォーズ)である。
序章:哭きの禿、逃亡中
夜の帳が下りた麻布台ヒルズのガラス張りオフィス。そこに灯る明かりは、もはやなかった。
ただ一室、役員会議室の片隅に置かれた電子ホワイトボードだけが、青白く光を放っていた。
誰かが残した謎の数式が浮かび上がっている。
『DCF=(希望 × 物語) ÷ 責任』
それは、かつて世界最大の起業家と呼ばれた孫正義が最後に書き残した数式だった。
・ソフトバンクグループ(SBG)は、崩壊寸前。
・ナスダックのAIバブルは萎み、投資先は次々と減損処理。
・Vision Fundは幻と化し、社債市場は無慈悲に扉を閉ざした。
2026年の新年早々に開かれた非公開の取締役会。
議題はただ一つ。
『通信子会社9434の売却』
(※9434=ソフトバンク株式会社。SBG傘下の通信事業会社、SoftBank Corp.の証券コード)
SBGが最後まで『宝』と呼んだソフトバンク株式会社の売却。それは、事実上の敗北宣言だった。そして、それを誰よりも忌み嫌ったのは、創業者の孫正義だった。その日を境に、彼は姿を消した。
『AI神』とまで称えられたあの男が、今や裏路地の雀荘で牌を握っているという噂が、風のように流れ始めたのは、それから間もなくのことだった。
・曰く、哭きの禿と名乗る怪しいスキンヘッドが、奇妙な役を上がったという。
・曰く、『人類の未来』という手牌を、FAX一枚でロンしたという。
・曰く、彼はいまでも帳簿に書かれていない“何か”を信じているらしい。
そんな中、渋谷スクランブルスクエアの最上階では、元SBGインターンの若き経理の大神乃嶺が、ある奇妙な仕訳に頭を抱えていた。
『楽天が……9434を、買うって……?』
『いや、まさか……ポイントで……?』
帳簿は語らない。
だが、その沈黙こそが嵐の前兆なのだ。
通信の未来をめぐる、最後の合併戦争(マージャー・ウォーズ)が幕を開ける。
第1章:買収の兆し
『この連結貸借対照表、冗談でしょう?』
大神乃嶺はディスプレイを睨みつけ、無意識に珈琲へと手を伸ばしていた。ここは楽天モバイル事業部・財務企画室。通称『再生班』
SBGでのインターンを終えたばかりの彼女は、異常なまでの簿価分析力と、帳簿外の精神資産の読解力を買われ、三木谷直轄の特命チームに抜擢されていた。
その彼女が見出したのは、ソフトバンク通信(9434)の連結B/Sに潜む異変。営業利益は維持しているものの、親会社SBGのキャッシュフローは既に限界。
社債の償還スケジュールは密室麻雀のリーチ合戦さながらに過密で、次の一手を誤れば即、倒産。
『これは……売りに出るかも知れない』
その予感が、静かに彼女の中で膨らんでいた。
その頃、二子玉川ライズの楽天グループ本社では、別の取引が水面下で動いていた。
モバイル事業の巨額赤字を補うため、楽天証券、楽天カード、楽天銀行の資産切り売りを進めてきた楽天。だが、金融庁の『次の一手は?』という問いに、三木谷浩史は静かに答えた。
『買収だよ。逆にね』
AI投資も、ロボットも、ポイントも。
すべての楽天経済圏を支えてきたのは、じつは電波だった。
だが、自前の基地局建設によって莫大な赤字を抱えた今、最も合理的な選択肢は『既存インフラを丸ごと買う』という逆転の発想だった。
それが、通信事業を担うソフトバンク株式会社(9434)の買収構想である。
『敵対買収ではなく、回収対象として捉えるのです』
そう告げたのは、SBIと連携する楽天インテリジェンス部門の元官僚アナリストだった。彼は、NTT×SBIの資本提携に対抗するためには、『通信と金融の統合によるスーパープラットフォーム構想』が不可欠だと主張する。
『戦う相手は、KDDIでもソフトバンクでもありません。NTTです。NTT法改正の先にある国営民間こそが、真の競争相手なのです』
その戦略会議の最中、大神乃嶺はひとり、9434の過去を見つめていた。
『この会社の資産には、まだ人の手が届かないものがある……』
通信網、販売網、法人顧客基盤。
そして、あるアーカイブの存在が、彼女の記憶を揺さぶっていた。
インターン時代、孫正義がふと呟いた言葉が蘇る。
『帳簿には、未来が書いてある。読める者には、な』
そのとき、大神乃嶺のPC画面に一通のメールが届いた。件名は、こう記されていた。
『哭きの禿からの贈り物』
添付されていたのは、見慣れぬFAXのスキャン画像。
そこに記されていたのは、帳簿にも残されていない、9434の『失われた負債』だった。
第2章:FAXの中の買収劇
それは、まるで時代錯誤の呪符のようだった。
FAXのスキャン画像には、かすれた明朝体でこう記されていた。
『2024年6月30日付 債務補償契約覚書(未登録)
ソフトバンク株式会社は、本覚書により、ソフトバンクグループ株式会社の対UAE国営ファンド向け社債発行に際し、償還不能時のバックストップを口頭で合意済とする。』
大神乃嶺の手が止まった。
帳簿には載らない。しかし、現実には確実に存在する非公式の補償責任。
『こんなものが……9434の中に……』
それは、ソフトバンク通信が抱える最大の負の簿外資産だった。
孫正義の信念によって、契約にも登記にも記されず、関係者の記憶の中だけに残された、いわば精神債務。
『この文面、どこで手に入れたんですか?』
大神乃嶺は声を震わせながら、FAX画像の差出人の哭きの禿という匿名アカウントにメッセージを送った。
しばらくして、チャットツールに淡々とした返信が返ってきた。
『私の精神簿記にはまだ残っていた。あれはSBGが、国家信用と夢を担保に未来を買い漁っていた時代の、最後のレシートだ。』
その言葉に、乃嶺は身震いした。
M&Aとは、本来、数字と戦略の戦場。しかし今回の戦争は異質だった。
『これは、幽霊債務と精神資産の交換戦だ』
一方、楽天側でも準備は進んでいた。
楽天証券内で急遽編成された買収専任チーム『オルフェウス・ユニット』は、すでに9434株の過半取得を視野に入れていた。『オルフェウス』とは、ギリシャ神話に登場する伝説の吟遊詩人。冥界にまで足を踏み入れ、死んだ妻エウリュディケを音楽の力で取り戻そうとした男の名である。
彼は神々をも魅了する旋律で、ハデスの心を動かし、妻を連れて冥界を脱出する許しを得た。だが、ただ一つの条件である地上に出るまで決して後ろを振り返らないことを、出口寸前で破ってしまう。その瞬間、妻は永遠に冥界へ引き戻され、すべてが無に帰した。
楽天の買収チームがその名を冠する理由は、そこにある。
彼らは、9434という冥界から資産を引き上げる。だが、その中には決して振り返ってはならない過去の幻想、帳簿に載せられなかった夢、そして孫正義の影が含まれていた。
ファイナンス担当の宮澤は、髪をかきむしりながら呟く。
『いや、9434が傾くだけなら買えばいい。だが……SBGが倒れたら、その影まで落ちてくる。地盤ごとな…。』
『問題は簿価じゃない。簿外だ』
彼らが相手にしているのは、楽天の財務体質でもSBGのレバレッジでもなかった。それは、『不在の孫正義』という名のブラックホールだった。
『やつはまだ、裏で動いている』
その直後、再び匿名アカウントからメッセージが届く。
『次に送るのは、通信神話の崩壊を描いた三枚目の帳簿だ。
誰も見たことがない、9434の精神連結決算書を送る。』
その瞬間、大神乃嶺のPC画面が一瞬暗転した。
開いたままのウィンドウに浮かび上がったのは、見たこともない決算書だった。
『非正規連結:哭きの禿 記』
そう記されたその文書は、まさに幻の帳簿だった。
彼女は確信する。
『このM&A戦争は、通信インフラの奪い合いなんかじゃない。これは、情報と信義の、最後の精算なんだ』
そしていま、楽天とSBGの間に火蓋が切られ、精神会計戦争『もしバイ』の幕が、ついに上がる。
第3章:最後のレシートと孫正義の亡霊
それは、帳簿でも財務諸表でもなかった。
それは、買収の『領収証』ではなく、『最後のレシート』だった。
ソフトバンクグループの最終的な損益を示すものでありながら、誰も発行しておらず、誰にも請求できない、精神的な清算書だった。
大神乃嶺は、手を震わせながらそれをスクリーンに映し出した。
『非正規連結:哭きの禿 記』と記されたページには、次のような注記が添えられていた。
『この連結表に記載の負債は、かつて夢を売った者たちが背負った期待の残骸である。買収者は、これを資産としてではなく、呪いとして継承する覚悟を要する。』
『呪い……か』
乃嶺は、吐き捨てるように言った。
だが、彼女には理解できた。
このレシートは、孫正義という名の意思決定者が、この国に遺した未来債務の写しだったのだ。
いったい誰が、この連結を記したのか。
それはAIでも、会計士でもなかった。
匿名アカウント『哭きの禿』の正体。それは、孫正義自身だった。
死んだのではない。消えたのでもない。
彼は自ら簿外に退き、通信帝国を墓標として、自分の夢の後始末をしている。
通信を握った者が、未来を握る。
その信念が、墓場まで彼を離さなかった。
『この買収劇、最後は交渉じゃなく、儀式になるわね』
そう呟いたのは、楽天の交渉代理人の大場理沙だった。かつて乃嶺とともにインターンを務め、今や楽天のM&A部門を裏で仕切る辣腕。彼女の手には、政府系ファンドの機密報告書が握られていた。
『SBGは9434を売るのではない。自分の遺影を、帳簿に載せてくれる誰かを探しているだけよ』
これはもはや取引ではなかった。誰が彼の野望の亡骸を引き受けるのか…。それは相続と供養の問題だった。
乃嶺は黙って立ち上がった。亡霊を買う覚悟が、いま求められていた。
(つづく)
武智倫太郎
