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わたしはどう集めたのか?

みなさま、ごきげんさま。

そもそも、今までの話の中でちょくちょく出てくるマーケティングとはなんぞや。いやちょくちょくではなく毎回のように出てきているという指摘もあったりしますが、ごもっともで何の弁解の余地もございません。

いやいや、そもそも、今回が初めてなので毎回のように出てきているなんてことは知りません、というご意見が最も多いかもしれません。

前回、読まれたからと言って今回も読んでもらえるなんてことは天文学的確率かもしれません。そもそもその確率を上げましょう、というのがマーケティングなのではないのか。というご指摘もご最もでございます。

マーケティングです。
このようにことあるごとにマーケティングなる言葉がカタカナで書かれている個人的なNoteのシリーズですが、マガジンですか。

そのマーケティングとは、何なのか。

中小企業などで、良い商品やサービスなのに売れ行きが芳しくはない、売れないのは良い商品ではないのではないのか?いや中小企業に限らず大企業でも個人事業主でも。

そもそもその「良い」とは誰にとってなのか?作った製作者、事業者にとって「良い」ものなのか?どこをどう判断したのでしょうか。

飲食店の7割は3年持たずにお店をたたんでしまう。という統計があります。
半分(正確には3〜5割の推移で調査の年でばらつきがあります)のお店は、1年も持たない、という統計もあります。

つまりは、「良いものを作った」として、お店を開いたのはいいが、
それはお客さんにとっては「良いものではなかった」ということでしょうか。
ではなく、それは「そもそも良いものではなかった」のにお店を開いたからお客さんにとっても「良いものではなかった」のでしょうか。

いや、同じものを売ったとしても、マーケターならばどうにか4年は待たすことができたかもしれません。敏腕マーケターならば5年は、となるかもしれません。というようなことができるのがマーケティングではありません。

ありませんと言い切るのも半分は違います。確率を上げることができるのがマーケティング戦略です。

そもそも商売の確率を上げることがマーケティングなのでしょうか。

良い商品と自信を持っていても、その商品が必要ない人にとっては良いものではありません。

お腹が空いている人に、「とてもいい革で職人が丁寧に作った財布で欲しいでしょ?」と自慢しても欲しくはありません。くれるものならばもらってそれを売って食品を買うかもしれませんが、お金を払ってまでいらない。

「財布が欲しい」と思っている人でも、誰もがいい革で職人が丁寧に作った財布を求めいるとは限りません。好みがあります。

「革ではなく頒布がいい」と思っている人は革の財布は不要です。

革の財布を求めている人でも、良い革で素晴らしい職人の技術で縫った財布でも気に入ったとしても、価格が予算オーバーだといくら欲しくても買えません。

予算があって欲しいと思っている人に出会わなければ、いくら良いものでも売れません。

その出会う確率を上げましょう。というのが、マーケティングです。

と、ものすごく簡単にいいましたが、これで伝わったのでしょうか。

著名な方々の言葉を借りると
マーケティングとは、

「顧客のニーズを中心に据え、
 価値を創造・提供することによって顧客を創造し、維持するプロセス」

(セオドア・レビット『T.レビット マーケティング論』
有賀裕子/DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー編集部 訳 2007年 ダイヤモンド社)
(『マーケティング・マイオピア』(HBR内論文)1960年)
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「販売を不要にすること」

(ピーター・ドラッカー『マネジメント【エッセンシャル版】--基本と原則』
上田惇生 編訳 2001年 ダイヤモンド社)
[原著初版1973年]
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「顧客の苦痛を取り除くこと」

(ジェイ・エイブラハム『ハイパワー・マーケティング「卓越」のビジネスを築く21の原則』
元村まゆ 訳 2024ダイレクト出版)
[原書初版2000年]
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「変化を起こす行為である」

(セス・ゴーディン『This is Marketing』
中野眞由美 訳 2020年 あさ出版)
[原書初版2000年]
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「消費者が、より協働的、文化的、精神的なマーケティング手法を求める。
 企業が消費者中心の考え方から人間中心の考え方に移行し、
 収益性と企業の社会的責任がうまく両立する段階である」

(フィリップ・コトラー / ヘルマワン・カルタジャヤ / イワン・セティアワン
『コトラーのマーケティング3.0ソーシャル・メディア時代の新法則』
恩藏 直人 監訳 / 藤井 清美 訳 2010年朝日新聞出版)
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「アベイラビリティ(入手しやすさ)のことである」

(バイロン・シャープ『ブランディングの科学 誰も知らないマーケティングの法則11』
加藤 巧 監訳 / 前平 謙二 訳 2018年 朝日新聞出版)
[『How Brands Grow』原書初版2010年]
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「テクノロジーを動力源とする規律になった」
 "Marketing has become a technology-powered discipline."

(スコット・ブリンカー『chiefmartec.com』(ブログ)より 
無料の電子書籍『A NEW BRAND OF MARKETING』2014年)

「売れる仕組みを作ること」

(森岡 毅『USJを劇的に変えた、たった1つの考え方』2016年 KADOKAWA)
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とネットで調べるとそれらしいことが出てきたりします。

調べるといえば、今時はネットを活用するのが当たり前です。
「一次情報のみから調べましょう」と一部の業界でしか教わりません。学校なんて場所ではどうなのでしょうか。遠くない昔に通っていた頃は、そもそも二次情報や三次情報を手にいれる方が難しかったように思います。いや、雑誌や新聞なんてものはそもそも取材した記事なので二次情報です。それを元にしないでなんて教えだった気もします。実際にその書かれているものを見にいかなくてはなりませんし、取材された人の意見を実際に聞かなければ真意はわかりません。という教えです。

今時ならば、さも一次情報のような二次情報もたくさんあったりしますので何が一次なのか二次なのかの区別すらも難しいですが、ご本人名義の発信でなければ、それはもう二次情報です。

つまりは著者本人の名義の書籍に書かれている文章はその人のそのもので一次情報です。

確かに、その著者が書いたものに評論などを元に話を展開する、二次的なものもネットにはたくさんありますから、そこからの情報は気をつけなければなりません。

評論になるとどうしてもその人の解釈が入ってしまいます。
ニーチェが残した言葉に、
「事実というものは存在しない。存在するのはただ解釈のみである」
(Es gibt keine Tatsachen, sondern nur Interpretationen.)という言葉がありますが、これも言葉もいろんな人の解釈が入っているかもしれません。そもそも、この原文は英語なのか、いやドイツ語ですから、日本語訳が合っているのかすらもわかりませんが、これを読んだ人が聞いた人がどんな解釈をするのかは自由だと言っています。と解釈を個人的にはしました。
「事実はひとつだと決めつけることは思考停止だ」なんて解説文を読んだからではありません。

そうなると、解釈というフィルターがあるのだから当然、情報が言葉が違って見えたりもします。そんな情報が手軽に簡単に今ではネットで二次や三次なんて四次、五次六次と入ってきます。

なんならばテクノロジーの解釈なんて入ってくるかもしれません。最もらしい本物の顔して、「これは間違っている」なんてこちらがいおうものならば激しい反論に多数派があたかも唯一の真実かのように論理的に見える形で返ってきます。

その論理の違いを訂正しようと、そこはこれこれと話し始めると本論とはかけ離れていき調べたいことが真実なのか、いや、一次情報なのかがわからなくなっていきます。それが相手の策略なのかはわかりません。これは全く別の話です。

話を戻すと、確認するには自分の目で、いや、もしくは信頼できる人たちの目で情報で確かめなければ本来は信用に足りません。

そんな思いを持ちつつ、ネットで調べた結果、

これは一次情報を元に引用されているらしいのだが、個人的にこれらを引用元とされている書籍を読んではいないのでなんともいえない。信頼できる人の目でも自分の目で確かめられていません。正確には読んでいるものもあるがなんとも覚えてはいない。

書いていたのだろう、と解釈をしているがそんなことは書いていないといわれても困るので、再度グーグル先生にも、確認してそれっぽいとはお墨付きはいただいている。Google 検索の言葉と下線が入っている部分をクリックあるいはフリックしていただくと、先生のお墨付き解説がある。Googleの引用とも言える。

原本を読みこの言葉たちを見つけられた人がいましたら、ご一報いただけましたら、信用にたる一次情報ですと引用先の下あたりに記載させていただきます。

もっと話を戻すと、
著名な人たちが端的にひと言でいい表してくれていますが、もうみんながみんな違っています、マーケティングを端的な言葉で簡単にはいい表せないものといっても誰も怒りません。いやお叱りを受けますか。なんとはなく同じようなことをいっている感じもします。

マーケティングそのものが生き物のようで時代によって違うともいえます。
作れば売れる時代のマーケティングと現代マーケティングとでは、違うことは時系列で並べましたが誰が見ても見なくてもわかります。

マーケティングの父といわれるコトラーさんも時代の変化とともに、

製品中心(産業革命〜1950年代)
消費者中心(1970年代〜1980年代)
人間中心(2000年代後半〜)
自己実現(2010年代〜)
テクノロジー(2020年代〜)
没入型(2020年代後半〜)

と、消費行動の核となるものをテーマにマーケティングを特徴づけをしています。

時代が変われば、買い方が変わるからでしょうか。消費が変わるからでしょうか。

確かに、マーケティングという概念が生まれてしばらくが経ち社会に浸透し始めたのも時代の変化だといえます。

1800年後半に産業革命が起き蒸気機関や機械による自動化で、大量生産大量輸送が可能になり、品質の均一性も担保されコストが下がり安価で物が手に入るようになったことがきっかけで、世の中の消費が変化したことによるものです。

作れば売れる時代への突入です。

それまでは一部の人たちしか高価で手の届かなかった製品が多くの人が手に入れられる製品へとなり、需要が爆発的に増え誰もがこぞって作られたものを買い求めました。

しかし、多くの人たちにその作られた製品が行き届けば、作っても売れなくなるのは当然です。いや、より安く売られているものは売れ続けるといった方が正確です。どの企業も作れば売れ続けている時代ではなくなりました。

マルクスさんの見えざる手の話を挟めばいいでしょうか。余計にややこしくなりそうなのでやめておきます。

要するに、作れば売れる時代からの脱却です。

そのあたりのことを詳しく書いているものがちょうどあったのでご興味がある人は、こちらをお読みいただければ幸いです。

言い方を変えるのならば、プロダクトアウトの時代です。

プロダクトアウトとは、
企業側が「作りたい」「技術的に可能である」の論理で、計画を優先し商品・サービスを開発して販売を行う手法です。

つまりは、製品中心の時代です。

我が社が素晴らしいと思うこんな物がこんな価格で、手に入ります。

日本で言えば、白黒テレビや冷蔵庫に、洗濯機、「三種の神器」と言われていたものたちが作れば売れる、誰もが欲しいと一家に一台、なんてキャッチフレーズだったでしょうか。この頃はまだ日本は作れば売れる時代です。

これが、1950年代後半(昭和30年代)です。

そこから10年が経ち1960年代後半(昭和40年代)へと時代が日本でも進むと「新・三種の神器」なるものも登場します。マスコミが名付けたのかメーカーがキャッチコピーとしてつくったのかはわかりません。
所得が増え、生活にゆとりが出始めた時期の象徴です。それぞれの頭文字が「C」であることからこう呼ばれました。「3C」と。しかしそんな記憶はありません。当然です、私はまだ生まれてもいません。

カラーテレビ (Color television)
クーラー (Cooler / Air conditioner)
自動車 (Car)

これが、新・三種の神器こと「3C」です。いや、3Cと呼ばなくても個人的にはいいと思いますが、初代三種の神器もCと頭文字が共通しているわけではありませんし、そもそも初代?三種の神器(みくさのかむたから)は八咫鏡(やたのかがみ)八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま)草薙剣(くさなぎのつるぎ)です、Cとは何の共通点もありません。

初代との区別で、3Cと言っていたのかはわかりません。調べるとキャッチーで覚えやすくスマートな印象と出てきます。広告展開として使われやすかったのかもしれません。

しかし、この1970年代あたりになると世界いやアメリカでは大量生産・大量消費、製品中心時代からの脱却です。そんな時代でもいち早くマーケティング(今ではこう呼ばれる)などの戦略で利益をあげていた企業もあります。

それらの戦略や手法、考えなどをさまざまな人たちがなぜあの企業は売れているのかと研究し発表をしました。そのさまざまな論文や考えを体系化したのがコトラーさんで現代マーケティングの始まりでもあります。

こちらのことを書いているものもありますので、こちらこちらこちらも合わせてお読みいただければ幸いです。

ものすごく簡略化させていえば、
どの市場で、誰を相手に、どんな便益で競うか。
STP分析でコトラーさんが体系化させたことです。(リサーチ→STP→マーケティング・ミックス→実行→管理までを体系化されています)

これを、消費者中心の時代をコトラーさんは消費行動の核したわけです。

つまりは、消費者の欲しいものをつくる、マーケットインです。

マーケットインとは、
市場を調査・分析してニーズや、その結果に基づき顧客が求める商品・サービスを企画・開発して販売を行う戦略です。

消費してくれるものをつくる戦略です。

自分たちがつくられるものをつくっていた時代から、消費者が欲しいものを必要なものをつくる時代に変わった。

消費者中心(1970年代~1980年代)です。

1950年代までを製品中心として1970年代から60年代の10年くらいの空白期間がありますが、すぐさまに消費者中心となったわけではないことがわかります。過渡期というのかパラダイムシフトが起きるための時間が10年近く必要だったでしょう。

そもそも、マーケティングとはいつ始まったのでしょうか。

1902年にミシガン大学やカリフォルニア大学などで初めて「Marketing」という講義名として言葉が使われ、産業革命による大量生産・大量消費時代で供給が需要を上回り始めると、商品をいかに効率的に流通・販売させるか「販売の戦術」が始まりです。つまりは、客観的な学問、サイエンスとして始まったのです。物流や販売が組織的に管理や改善可能な「機能」として認識されたということでもあります。

商人の勘やコツ、テクニックではなく機能である。

そもそも現代に生きる私たちならばわかりますが、常に供給が需要を遥かに上回っていますから、物流や販売を効率的にしても安売り合戦になります。

そこから、
ティアリング(アルフレッド・スローン)階層化、
セグメンテーション(アルフレッド・スローン)市場細分化や、
ポジショニング(アル・ライズとジャック・トラウト)差別化、
マネジメント(ピーター・ドラッカー)経営、
マーケティング近視眼(セオドア・レビット)便益、
マーケティング・ミックス(エドマンド・ジェローム・マッカーシー)手法、
USP(ロッサー・リーブス)独自の売り、
STP分析(フィリップ・コトラー)体系化。

マーケティングという名の学問として機能を次々と科学的な裏付けのもとに構築していき1970年代から消費者中心へとシフトしていきます。

日本に話を戻すとまだこの時、新・三種の神器時代です。

カラーテレビにクーラーに自動車とまだまだプロダクトアウト時代で企業側が「作りたい」「作られる」「技術的に可能である」商品を開発して販売を展開しています。

マーケティングのマの字も語られることもなく、いや、販売や物流としてのマーケティングは取り入れられていて「良いものを作れば売れる」技術至上主義が長く続きます。

1980年代になると、ジャパン・アズ・ナンバーワンとアメリカの社会学者に言われるくらいにアメリカも学ばなければ、と認めた時代です。日米経済摩擦なんてニュースで報道されていた時代です。

プロダクトアウトで自分たちが作りたいものをつくっていましたが、まるでマーケットインのように、使う人が欲しいと思うような機能をつけていたり性能が良かったりしました。

しかし、日本もバブルがはじけ景気のいい時代ではなくなると、アメリカの後を追うように製品中心では物流や販売を工夫することではどうしようもなくなり、前兆ははじける前からあったといわれています。それらをいち早く察知した企業から次第にセグメンテーションやターゲティングなどが取り入れられていくようになりました。

アメリカのように空白期間はなくスムーズな移行ができたのは、アメリカをお手本として習ったともいえます。

しかし全ての日本の企業が、消費者中心になったわけではありません。

「ジャパン・アズ・ナンバーワン」が忘れられずなのか、技術至上主義からなかなか脱却できない企業も数多くありました。

未来の今から見ると、あの企業とあの企業となんてわかるかもしれませんが、実際は技術至上主義だったのかはわかりません。

逆に技術をないがろにしたのかもしれません。マーケティングの基本はその技術(リソース)をどこに集中させるか、ということでもあります。

日米経済摩擦が起こって当然なのは、アメリカでは消費者中心(1970年代~1980年代)で終わっています。日本の消費者中心が始まる時期と同じくして日本でセグメンテーションされたものが海外(アメリカ)でも求められた。消費者の細かな不満やニーズを製品に反映させていました。

もっと細かなニーズが読み取れなくなったのか、また空白の時代(消費者中心のマーケティングは続いていますが、そもそもこの段階も後付けです)を経て、大きなイノベーションが起きパラダイムシフトをもたらします。

インターネットの登場です。

ネットの登場で企業側からの一方的なメッセージが効かなくなったことで、対話の始まり協働の始まりです。

消費者ではなく人間中心の時代へと変わっていきます。

この頃になると日本もグローバル化と盛んに言われ始め現実にネットでも世界と繋がっていますから、時を同じくして人間中心の時代です。

人間中心段階と2010年にコトラーさんらがこちらの著書で発表しました。
『コトラーのマーケティング3.0ソーシャル・メディア時代の新法則』
(フィリップ・コトラー / ヘルマワン・カルタジャヤ / イワン・セティアワン 恩藏 直人 監訳 / 藤井 清美 訳 2010年朝日新聞出版)

人間中心とは、価値主導のマーケティングとも合わせて書かれています。

今回はそうです、マーケティングとは何か、の話です。

リサーチやSTP分析やマーケティング・ミックス、実行、管理、など全てを合わせてマーケティングです。

自社分析のSWAT分析や環境の3C分析などもあります。すべては目的のために行うものです。

理念やミッション、ビジョンやバリュー、パーパスなども昔は必要なかったものです。

今でも法人化する時に理念はビジョンはミッションは?とは聞かれません。いや、銀行などには聞かれるでしょうか、事業計画がクリアされれば必要はないでしょか。株式上場する時には聞かれるでしょうか、徹底的に調査の対処ですね。

上場が目的として理念を作るのではありません。持続可能な経営をするためのものです。

それもこれも経営とマーケティングが取り入れた概念です。

昔は、経営学の一部がマーケティングだった(作るのが経営、運ぶのが流通、売るのがマーケティング)が、時代とともに理念やミッションなどが経営の中心となり、パーパスなるものまで必要になり一部だったはずのマーケティングが経営になくてはならない存在になっています。

昔は売る戦略としてのマーケティングです。

現代では、理念やパーパスから見ると売ることだけが目的ではなくなったともいえます。

今までの経営やマーケティングの歴史的歩みをみてくると、
人間とは何かを考え、人間の消費行動とは何かを考え理解し、目的達成の仕組みをつくることがマーケティングといえます。

目的のために人間を観察することやあらゆるデータからインサイトなど導き出し考え仕組みをつくる。

もう少しコンパクトにすると、

人間を理解し目的達成の仕組みをつくること。

といえます。

立場や目的、対象が違うと、マーケティングとひと言でいっても違いがでてくきます。
扱う人が変われば、言葉としての意味も違います。

それを総括しようとは滅相もありません。

20文字程度のものをいうのに何千文字とつかってしまいました。

market(市場)ing(している)では、ありません。

マーケティングとは、
mark(的に)eting 命中させることだ。とピータードラッカーさんもいっています。
命中しているでしょうか。

MEICYUしていれば幸いです。

コトラーさんはこの後の時代も、
自己実現(2010年代〜)
テクノロジー(2020年代〜)
没入型(2020年代後半〜)と段階づけしています。

人間中心までの時代とはまた違うパラダイムシフトを迎えています。

インターネットの普及により、大企業と中小企業ではマーケティング戦略も少し違ってきています。

マス広告などで圧倒的多数へリーチができなくなり今までできた戦略では売れなくなっていることは確実です。しかし、マス広告をしてこなかった、いや、予算的にできなかった企業はネット広告などでマーケティングしやすくなりSNSマーケティングなるものできつつあります。いやできています。

人間中心だったものも、一部の企業では製品中心に回帰していたりします。

つまりは、マーケットインのようなプロダクトアウトの製品が売れています。大企業よりも社会のための存在意義は小さいために、全ての人ではなく一部の人に気に入られる商品が売れやすい環境ともいえます。ターゲット層がよりこと細かくなったともいえます。

ネットは世界に繋がっています。

世界の一部でもすごい数です。1%のシェアを獲得できれば、7000万人です。000,1%十分です。それでも7万人です。と簡単に言いましたが、簡単ではありません。

こうすれば、というインターネット戦略やSNS戦略が、次の年にはいや次の月には、いや、それを知った時点でもう使えない、なんてものがたくさんあります。

ただ、人間中心時代までのマーケティング理論は基本設計です。あって困る知って困るものではありません。リサーチをしてSTP分析をしてマーケティング・ミックス、実行、管理を戦略的にできれば、持続可能な経営に近づくはずです。


ではまたの機会にでも。

最後までお読みいただきありがとうございます。
ここまでお読みいただけたならば、20分程度の暇つぶしの役には立っているはずです。21分かもしれません。約30kcalも消費していますから、ちくわ1本程度この間に食べていなければダイエット効果もきっとあるはずです。

次も読みたいと思う素敵な方がいらっしゃるならば、
スキなどしていただけると元気になります。元気になりたかったりします。
コメントなどいただけると勇気になります。勇気が欲しかったりします。
フォローもしてくださるならば人気になります。人気になればいいなぁ。









まとめ

マーケティングとは、
買いたい人と売りたい人の出会う確率を上げましょう。
テクノロジーの進化や時代によって変わる。
人間を理解し目的達成の仕組みをつくること。


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