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わたしはそれは必要だったのか?

需要といえば国語の話になるのだろうか、社会科か。正確には経済の話か公民か。義務教育では社会科で需要という言葉は出てきたのだろうか。習った気もするし習っていない気もするが、需要と供給がセットで思い出されるところに注目すればきっと習ったのであろうし、それを覚えていたのだから真面目に授業を受けていたのだろうとも自分で自分を褒めてあげたい。

経済なんて大きな話でなくても、生活する上で必要なものがあったりするとそれは需要と呼ばれたりします。

少なからず何かを必要と思った時には、今現在の日本に暮らしているのならば自給自足ではなくどこにそれが売っているのか、買えそうなところはあるのかとお金を支払って手に入れようとするのが普通のことです。

それを売って商売にしている人もたくさんいたりします。

それが必要だからと言ってそれを作り出そうと思う人はなかなか稀です。

なんらかの仕事についているのならばそれという名の何かしらモノをサービスを提供して代金として金銭を手にして、新たに自分が必要なモノをサービスを手にする、なんてことが需要と供給です。

その何らかのモノやサービスを必要することを経済的に言えばマーケティング的に言えばニーズというのでしょうか。

日本語にすれば、需要で商品に対する(購買力の裏づけのある)欲求

需要がなければ商売は成立しません。

公共的に言えば需要がありすぎることを資本主義の原理にしてしまうと民主主義に反してしまうことはまた別の話。公共的なのかもわかりませんが別の話だということは伝わってほしい限りです。

需要と供給の関係でインフレーションやデフレーションと言った物価が上がったり下がったりするのも、また少し違う話。

モノやサービスが今ほどに豊かになかった時代は作れば売れる、みんながみんなモノをサービスを必要としていましたから、需要なんて気にせずにその名の通り作れば売れる時代です。

しかしその作られたモノが人々に行き渡れば、作ってもモノは売れなくなっていきます。売れなくなれば「どうすれば売れるのだろう」と経営者は悩み考えるのですが、考えるとは「はてどうしたものか」を書いたモノが偶然にもあったりするので考えるを知りたい人はこちらから読んでいただければ幸いです。

読んでいただいたことを前提に、いや読んでいなくてもわかるようにと話を進めると。

最初は市場を細分化(セグメンテーション)し絞り込んだ市場へモノを売ろう、と試み見事に戦略は成功をなすわけです。

老若男女みんなに気に入られるものではなく若い人に気に入られるものなどにセグメントし、その世代などをターゲット層として販売戦略をたて成功をなすわけです。

今現在を生活している人たちならばターゲットが何で市場は何なんてことは何とはなく分かってはいますが何とはなくでは不安だと思っているのならば偶然にもあったのでこちらを読んでいただければ幸いです。

自動車メーカーならば、アクセルを踏めば走ってくれるハンドルをきればそちらへと曲がってくれること(もちろん他の理由もありますしちゃんとした自動車です)で飛ぶように売れた時代ではなくなった時に、自動車が飛んだらもっと売れる、と考えたかはわかりませんが、セグメンテーションと今では呼ばれる手法を用いて、ライベル社が同一車種を大量生産することで低価格な自動車を提供し市場を独占して時代に、自社はどうしようと悩みに悩んだのかはわかりませんが、市場や環境、自社の分析をした結果、

複数のブランド(車種)で自社競合を起こしてライバル車に太刀打ちができない状態だということに気が付きました。

そこで当時の経営者は、消費者の「所得水準」と「ライフステージ(社会的地位)」に着目して市場を層別に分けスローガンを「A car for every purse and purpose(あらゆる財布と目的に合わせた車)」(1920年代ゼネラルモーターズ(GM)アルフレッド・スローン)として競合していた自社ブランドを大衆車、普通車、専門車、高級車など階層分け(市場の細分化)し、価格帯、ステータス帯などのターゲット層に向けた販売戦略を展開しました。

この当時にターゲットという言葉はまだない。セグメンテーションという言葉もまだありません。

「全員に同じものを売る」という考えから「特定の層に最適なものを売る」という考えが生まれました。

これが1920年ですから驚きです。そこから3〜50年ほどが経ちセグメンテーションなる言葉が論文(1956年 ウィリアム・スミス)で生まれ、ターゲットなどの言葉とともに体系化させ(1960年代 フィリップ・コトラー)、単なる「階層分け」から、心理的・行動的変数を含む現代的なセグメンテーションへと進化させ定着していくわけです。70年も経った今では当たり前の言葉です。

しかし、その当時よりも「特定の層に最適なものを売る」考えがより細分化され複雑化してしまい特定の層とは?適切なものとは?何のか、という課題も出てきます。

日本では今から5〜40年程も前にそんな悩みが課題が出てき始めますが、アメリカではもっと前の話で1960年代にフィリップ・コトラー氏がSTP分析を体系化するまででしょうか。

日本では悩みが出てきはじめますが、セグメンテーションをしっかりとできていれば、まだまだ、景気の良かったバブル時代です。売れる商品もあれば売れないものもある。と言っているうちかはわかりませんがバブルも弾ける、未来の私たちは知っているわけです。

失われた30年を。

細分化してターゲット市場に販売を促進しても簡単にはモノが売れません。時すでに遅し、というわけでもなくしっかりとそこをコトラー氏のSTP分析Segmentation(セグメンテーション)Targeting(ターゲティング)Positioning(ポジショニング)などを用いていち早くマーケティング戦略として取り入れていた企業は今現在でも世界の発展を担っています。

ただただ細分化しターゲット層を絞った戦略だけでは売れない時代に突入です。

コトラー氏のSTP分析は分析して何をしようとしていたのか。

「どの市場で、誰に対して、どのような価値を提供するか」と言っています。

ここでは話すSegmentation(市場細分化)とは、
市場を似たようなニーズを持つ顧客グループに分類する作業です。
全ての人のニーズに応えるのは不可能なため、まずは市場を分けます。
今までの階層分けの細分化と呼ばれるものは所得や地位などで分けていましたがコトラー氏のいうセグメンテーションは「ベネフィット(便益)の差」を重視します。

自動車で例えるならば、富裕層に高級車をと細分化していたものを、
富裕層ではなく「燃費や維持費を安く抑えたい人」と「家族全員でゆったり安全に移動したい人」と「運転そのものの快感や高揚感を味わいたい人」では、抱えているニーズが全く異なる訳です。分けです。

「ベネフィット」とは便益と日本語では言いますが、顧客の利益です。利益と言うと企業側の利益と混同されることを避けるためにベネフィットと表現している人もたくさんいます。

ベネフィットと表現するならば企業の利益はプロフィットと表現してほしいはまた別の話。

便益(顧客の利益)とは購入することで得られる「いいこと」や、解決される「悩み」です。

つまりはそれがニーズです。

「燃費や維持費を安く抑えたい人」の悩みを解決しましょう。とニーズを読み取り掴み取りセグメントしていくのがセグメンテーションです。

70年も前の話ですからその当時に燃費を気にしていたかはわかりません。

富裕層などの財布に合わせていたものを地理的変数や人口動態変数でわけニーズを探ろう。と、これらの変数を詳しく知りたい人はちょうどこちらに記事があったりするのでお読みいただければ幸いです。

ようやく、ニーズなる言葉が出て需要の話に突入です。

今まで売れていたものが売れなくなる。
何が原因なのでしょう。といつの時代もなるのです。
その層たちに売れるはずの商品でサービスです。

必要なもので需要はきっとあるはずのモノです。しかし思ったようには売れません。

パリッとしたおしゃれなパンツはズボンは欲しいし必要だけれど家の中で着る服で誰が見るというわけでも、いや気心の知れた家族が見るだけの服にファッション性は必要ありません、オシャレは不必要です。

もっと機能的で動きやすくて疲れにくい暖かくて丈夫な、ゴムのついた緩い服でリラックスしたいので、それが必要。

便益(顧客の利益)は「解決される悩み」「得られるいいこと」が需要です。
いち早くそれに気づけターゲティングし商品サービスを導入できれば市場の独占はできなくても第一人者パイオニアとしてそのジャンルをカテゴリーをリードできるアドバンテージが生まれます。

「家着」と今では当たり前のようにそのジャンルがまるで元からあったかのように言われていますが、その昔はそんな発想すらなく顧客が解決したい「目的」需要を見いだせれていなかったのが正しい見方です。

「特定の層に最適なものを売る」には、その層が必要なものを需要を見出さなければなりません。

業界人はこの需要をカッコつけてニーズと呼んだりします。

どこの業界の人なのかは知りませんしわかりません。マーケティングの本場、いや、本拠、いや、元祖、いやいや、発祥の地、アメリカ合衆国ではどうもNISAなるものが使われているみたいだぞ。と大手企業が使い出すわけです。大手広告代理店でしょうか。いや、どちらでもないのでしょうか。

NISA(Nippon Individual Savings Account)イギリスの非課税貯蓄制度であるISA(Individual Savings Account=個人貯蓄口座)の日本版だからNipponのNを頭に頭文字にされた日本語に訳すのならば少額投資非課税制度となるのだろうか、通常なら投資で得た利益(配当金や売却益)にかかる約20%の税金が、この制度を使うと非課税(0円)になる、なんて仕組みのものだ。社会保険料が税なのかはまた別の話でそしてニイサもニーサもさらにさらに別の話で、ニーズの話です。

アメリカ合衆国からきた考えですからその人たちがneedsと言っていますからその名残でしょうか。いや影響でしょうか。

となればカッコつけているわけではありませんから失礼しました。

マーケティングがビジネスに誕生してから、いやそれ以前からか起点となる概念です。顧客が解決したい「悩み」や得れる「いいこと」を指す言葉がニーズ(needs)です。

単に「何かが欲しい」という表面的な表層的な願望だけでなく、より深く多角的な本能的な根本的な動機です。人々が「何かが必要だ」「不足している」と感じる根本的な欲求や欠乏状態のことです。

needsが日本語で需要と訳されると少しニュアンスが違う、違うというか困ることが生じます。

マーケティングのニーズの捉え方は、日本語で言う需要とは同じようで違う。

本能的な根本的な動機と言いましたが、これを短くすると必要性です。

「何かが欲しい」ではなく「何かが必要だ」「不足している」と感じる根本的な欲求や欠乏状態のことです。(重要なことなので繰り返しました)
マーケティング視点では顧客が解決したい「目的」や「理想の状態」を指し、ビジネスの起点となる概念です。
数字で表すとわかりやすいでしょうか、−1を0にする。不足分をゼロにする動機です。

目的や理想の状態とか不足しているとか、言われてもわかりにくいので必要性と言うことだけでも覚えてくださるとありがたい。

ビジネスや商売では人びとの必要なものを売らなければなりません。必要でないものなど買ってはくれませんからね。

「こんなモノ誰が買うねん」と言うモノもきっと誰かのニーズがあるモノです。

例えば、
「来週デートだ」何を着て行こうかとクローゼット開けて探してみるも着ていきたい服がない。

「来週デートに着ていく服がない」という物理的・機能的な不足状態がニーズです。このニーズに訴求すべく広告展開しているものはたくさんあります。あなたの頭の中にも浮かぶものがいくつかあるのではないでしょうか。

デートのニーズはわかりやすいですが、オシャレな服ではなくもっとリラックスしたい家着ではどうでしょう。

今ではルームウェアと呼ばれるくらいに市場が確立されていますが、その昔、昭和と呼ばれる時代は外出には着ていけないが捨てるには忍びないような服を家では着ていました。

ものを大切にする素晴らしい精神です。すでに日本は昭和からSDG`sです。

学校を卒業した息子のジャージをおかんが普通に家で着ている古き良き時代です。

この時代のニーズは処分するのはもったいない精神です。そこにいきなりオシャレなルームウェアなるものを売ろうとしてもニーズがありません。

発想もなかったのかも知れません。

せいぜい、ニーズがぎりあったのは自分のジャージをおかんが着ていることを恥ずかしがっている息子くらいです。

息子と書きましたが当然ながら娘のジャージも重宝されます。サイズ感も良い感じです。

恥ずかしいとこの当時に感情があったこの息子は娘は大人になり、ジャージは着ないと心に決めたかはわかりませんが、学校のジャージは着ません。かといってジーンズやスカートいわゆる外着ではリラックスができません。だからといってパジャマ姿ではコンビニには行けません。

「家でも外でもこの一着で済ませたい」という物理的・合理的な必要性がニーズです。このニーズに訴求した広告もいくつもあります。

その当時はメーカーが気が付いていたのか、いやきっとそのニーズにいち早く目をつけていたのでしょう、若者がこぞってスポーツメーカーのジャージやスウェットなどを着ていたような、しかし年々、機能的でオシャレなものがこのニーズをもとに製品開発をしていることは今の家着を見てもわかります。

もはや家着という市場ができた、と言えるでしょうか。それとも部屋着でしょうか。「家で着る服をわざわざ買う」なんてもったいないと思っていた時代からは考えられません。

しかしニーズを読み取りニーズだけを狙いそのマーケット層に訴求しても時代が進むとともにモノは売れないことがわかってきます。

時代の流れとともにかニーズだけを狙ってもどうも売上が伸び悩む。

そこでウォンツ(Wants)と言う聞きなれない言葉が登場します。
直訳すると欲求や意欲です。

マーケティングでは、「ニーズを満たすための具体的な手段への欲求」をウォンツと言ったりしまいますが現在ではなかなか聞いたことはありません。欲求などと日本語として呼ばれているからでしょうか。

「来週デートに着ていく服がない」場合で考えてみると、
クローゼットを開けて探してみるも着ていきたい服がない。がニーズです。

しかし今時ならば服はクローゼットに所狭しと服がある人が多いはずで、このニーズをすっ飛ばして、より具体的に自分を良く見せたい優しく見られたいとか、つまりはオシャレな服が欲しいという具体的な手段に目を向けなければなりません。

その昔、デートに来ていく服のニーズは清潔感だったかも知れません。相手に失礼のない服かも知れません。寒さを防ぐものかも知れません。

「(服はたくさんあるが)デートに着ていく服がない。」と子どもが言えば昭和のおかんならこう言います「タンスにいっぱいあるやん、これ着ていきや」と。

清潔な服はたくさんある、失礼ではない服もある。必要性としては服は足りています。

つまりは、必要なもの(ニーズ)と欲しいもの(ウォンツ)の関係です。言葉を変えると、ニーズを満たすための「具体的なこだわり(ウォンツ)」。数字にすると、−1から0(ニーズ)から1(ウォンツ)です。

喉が渇いた状態、とニーズがある。

生死を分ける日本の暑さで公園にいるのならば「水が欲しいもの(ウォンツ)」です。
しかし、ただただ喉が渇いた(ニーズ)の場合は、自動販売機の前で悩むジュースやコーヒーが欲しいもの(ウォンツ)になる関係性です。

生死を分ける状況でも、水道水ではダメだ。天然水が、冷たいアルカリイオン水が欲しいものなどの具体的な手段がウォンツです。

「来週デートに着ていく服」
持っている服だと来週には暑い、相手に不快を与えない服が必要だ、つまりは服が枯渇している必要な状態がニーズです。

だからといって相手に不快を与えない清潔な新しい服ならばどれでもいいかと言われればそうではありません。

相手によく見てもらいたい、印象をつけたい、トレンドにあったといった欲求を、
より具体的に、オシャレな服で清潔感があり爽やかな流行の青い系統のシャツを欲しいがウォンツです。

ニーズを満たすための具体的な対象物への欲求のこと。

客観的に、なくてはならないものがニーズ。
主観的に、あればいいな、欲しいものがウォンツ。

主観的に欲しいもののウォンツをふまえ、客観的になくてはならないニーズを導き出し、モノやサービスを売らなければ売れなくなった。とも言えます。

ここでウォンツから導き出されたニーズが潜在ニーズと呼ばれるもの、本人ですら気づいていない必要なものだったりします。

デートで相手にトレンドを知っているセンスのいい印象を与える服が欲しいならば、このショップ。とか。
喉が渇いて爽やかさが欲しいならば、この飲み物。とか。

家着ならばどうでしょう。

リラックスしたいはそのまま揺るぎのないニーズです。

肌触りの良いものが欲しいとかポケットがもう少し欲しいなどより機能的なものを欲しいウォンツがあったりします。

そこでメーカーはそのウォンツに応えるべくコットン100%やポケットのついたスウェットを作りアピールします。

ポケットのついたリラックスできる服が潜在ニーズになります。

オシャレな部屋着的なセンスのいいスタイリッシュなものが欲しい、というのはウォンツです。あくまでニーズは必要性です。

そして、モノやサービスを売る上で最も大切な考え概念といっても過言ではないもののが、

デマンド(Demand)日本語では、需要や要求と呼ばれる言葉です。またもや需要が出てきました、ここでも需要が出てきますからニーズはニーズと呼ばれデマンドはデマンドと呼ばなくてはどちらの需要をいっているのかがわかりません。

この3つ(ニーズ・ウォンツ・デマンド)を合わせて需要と言っている人もたくさんいます。

しかしビジネスや商売のマーケティングでは、デマンド(Demand)は需要という言葉以上に、
「顧客が特定の製品やサービスを欲しがり、かつそれを購入する能力と意思がある状態」です。

以下の3つの要素が揃ってやっとデマンドの状態です。
欲求(Wants)「これが欲しい」という気持ち。
購買力(Ability to pay)それを買うためのお金があること。
購買意思(Willingness to buy)実際にその対価を払って手に入れようとする決意。

これをふまえて、生産管理や在庫管理、供給量の調節などキャッシュフローやマネジメントなどを行うのですが、クリエイティブ的で言えばこのデマンド状態になった人を対象に行う施策といえば、販売促進企画とかキャンペーン(値引きやクーポン、セット販売、下取りとか)などでしょうか。

背中をもうひと押しして上げる。

つまりは、ニーズとウォンツを経てもこの状態にならなければものは実際には買ってはくれません。逆に言えばこの状態にさえなってくれればニーズもウォンツも必要がない、とも言えます。

「来週デートに着ていく服」ならば、
相手に失礼ではない服(ニーズ)という目的があり、清潔感があり爽やかな流行の青い系統のシャツ(ウォンツ)具体的な手段がある。

予算と好みを考慮して、実際に購入・着用する服(デマンド)の状態になります。

好みの青い服ではなければ買えません。つまりは「これが欲しい」という気持ちがなければ買いません。

好みの青い服があったとしても予算に合わない状態ならばいくら欲しくても買えません。それを買うためのお金がなければ買いません。

そこをクリアするためにローンやクレジット月末払いなどがあればどうでしょう。

予算内であって好みの青い服であってもデートそのものがなくなれば買いません。実際にその対価を払って手に入れようとする欲求がなくなるのですから当然です。購買意思には欲求の他に手間や価格も含まれます、そのお店に手間と労力をかけ出向かなければ買えなかったり、予算はあるけれどこの服は自分に似合うか?と決意が揺らぎます。

デートが仮になくなったとしても(ニーズ)、そのお気に入りの服(ウォンツ)が限定品で残り一着ならどうでしょう?
今ならば、あともう一着一緒に購入していただくと30%引きですとか。

つまりは今買う理由の提示です。

服などならばショップ店員さんの「ひと言」で買う人もいるかも知れません。家に帰り「なぜこんな服を買ったのだろう」と。

必要で欲しかったのは確かです。ただ着る機会はないかも知れません。具体的にどこにいくシーンを思い浮かべていたのかはわかりません。でもしかしいつかきっとデートに行くのだ、と新たなニーズをつくりだすこともあります。

欲しくないものをいくら「限定です」「似合っています」と言われても買いませんからね。断れない性格の人もいると言われると、確かに…いつもなら断れるのにと言う人もいるかも知れません、これはまた別の心理状態へと落とし込んでいるような気もしますのでそれはまた別の機会に。

ネットの販売方法としては一気にこの状態に持っていってポチっとしてもらおうとしているのが目立ちます。

そこに1ミリもニーズがない人にとっては「なんで買うのだろう?」と不思議ですが、それが必要だと思っている人にとっては今買わなけえればと思ってしまうのかも知れません。逆に言えば今買わなければと思わせているとも言えます。

しかし、1ミリもニーズがない人も買ってしまうのも、買わせてしまうのもデマンドだったりします。それをすることでお店の信用が信頼がブランドロイヤリティが損なわれるのでおすすめはできません。

家着の場合はどうなのでしょう。

急に入り用と言うよりかは、だいぶと古くなりゴムも伸びてきた替え買い時、もうそろそろ新しいモノが欲しいと思っていたけれど、けれどわざわざお店に出向くのも家着だけを買うのも……。
何かのついでに見ていた服屋さんでたまたまセールのものがあった。

2セットで安くなっていた。洗い替えするにはちょうどいい。セット販売でさらに安くなっていると訴求されたかも知れません。

デザインもそれなりにグレー単色のポケットのついた定番のものならばそれを家着として求めている人も多いかも知れません。

これがいつかのデートのためになんてニーズならば衝動買いと呼ばれるかも知れませんが、きっと背中を押されたのです。なんらかのデマンドを刺激されて買わされたと表現してしまうとニーズやウォンツを無視した感じですが、いつかのデートのために欲しかったモノです。それを買ったことでいつかが来週でなくても来月には来るかもしれません。

なんてセールストークに、「それはそうだ」と形から入るタイプだ、俺は。なる心情も人間にはあります。

家着に話を戻しますと、
この家着市場のニーズが顕在ニーズでも潜在ニーズでも説明のつかない取り組みで市場をつくったメーカーがあります。

そもそももうニーズやウォンツ、デマンドを探っても探してもなかなか新しい売り方は見つけ難いモノが溢れかえっている時代です。

某アパレルメーカーが手掛けるブランド、2008年8月22日に秋冬用として発売されたルームウェアと呼ばれる今では当たり前のジャンルで市場をつくりあげます。

何がすごいか。

ニーズでもなくウォンツでもなくデマンドではなく、インサイトと呼ばれる無意識の動機を見つけ市場を開拓しました。

「大人のデザート」をコンセプトにブランド展開をし、見事に女性をターゲットにその本人自身でさえも言語化できていない隠れた心理に応えたと言われています。

インサイトとは、直訳では洞察です。

家着でも部屋着でもなくルームウェアですから、そこからもう違います。

ニーズは「家でリラックスしたい」「寝る時に暖かくしたい」とかです。
つまりは機能です。肌触りが良いという潜在ニーズもあったかも知れません。

ウォンツは「可愛いデザインがいい」「裏地だけではなく表地も手触りがいい」とかでしょうか。自覚している欲しいものです。

このブランドのインサイトは「誰にも見られない場所で甘やかされたい。自分に戻っても許される」なんて言われています。ブランド側が発表しているわけではありませんから実際にはわかりません。そしてこの心境や心理状態を購入する人も自身も自覚しているわけではありません。

ニーズの機能に対して、インサイトは意味とか感情と言われています。

デマンドはコンセプト「大人のデザート」から見ると「上下セットで1万円以上するが、自分へのご褒美」的な感じでしょうか。

なぜニーズやウォンツからではない訴求というと、「大人のデザート」というコンセプトが自分へのご褒美です。

少々値が張るけれど、ご褒美です。甘い甘いスイーツです。自分自身へと戻れるアイテムです。誰も見ていないけれど自分は見ています。と説明をされても、コンセプトが「大人のデザート」と言われても多くの人がキョトンとします。なんだそれですが、見事に少なくはない人々のインサイトをとらえたわけです。

多くの人が気がついていなかった欲望をいとめ市場をつくり出しました。

インサイトなんて誰も言っていなかったそんな概念すらなかったかも知れない時代に、パイオニアになり市場をつくり出しました。

インサイトをもう少し詳しく話すと、
日本語では洞察と訳されます。と話しましたが洞察と言われてもピンとはきません。奥底にある本質を見抜く力、と言われてもピンときません。

消費者が無意識に抱いている「本音」や「行動の動機」。本人はその欲求に気づいていずに、言葉にもされていないものです。
数字で表せば、−1から0(ニーズ)から1(ウォンツ)から2〜10(インサイト)です。

なぜインサイトが10にもなるのかと言えば、本音や行動動機を訴求された人はその商品のファンになりリピートをしてくれる存在になると言われています。

アンケートのような「表向きの調査」では、なかなか表面化しない本音です。某バーガーショップではアンケートの結果ではヘルシーなものが「多くの人が欲しいもの求めているもの」と出るが実際に売上を上げるものはボリューミーな背徳感のあるものみたいなものです。

「バーガーはガツンと本音では食べたい」ということです。ガツンと食べてくれる人はきっと来週も再来週も、いや毎日通ってくれているかも知れません。

本音と建前は日本の専売特許だと思っていたけれど、外国でもインサイトと呼ばれるものから本音を見出してその本音に訴求しているのが不思議だけれど明快です。現実には企業がインサイトはと発表しているわけではないので企業としての本音は、なんてことを第三者が導き出しているインサイトをインサイトしているのですが、それはそれで不思議で滑稽ではあります。

以上のことがニーズとひと言で表されるものの正体かも知れません。

ニーズと合わせてSTP分析のポジショニングまで話したかったのですが、その話はまた別の機会にでも。

最後までお読みいただきありがとうございます。
ここまでお読みいただけたならば、20分程度の暇つぶしの役には立っているはずです。約30kcalも消費していますから、きゅうりを1本と半分程度この間に食べていなければダイエット効果もきっとあるはずです。
次も読みたいと思う奇特ないや素敵な方がいらっしゃるならば、
スキなどしていただけると、元気になります。
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まとめ

ニーズは [-1→0](マイナスの解消)欠乏解消状態。
「不快」を「普通」に、必要だと自覚している。解決すると「満足」はせずとも「不満が消える」。

ウォンツは [0→1](付加価値の追求)自覚的な欲状態。
「普通」を「期待」に、欲しいと自覚している。欲が満たされ、一時的に気分がプラス。

インサイトは [1→2〜10](本質の変革)無自覚な驚き状態。
「期待」を「感動」に変える、言われるまで気がつかない。欲が満たされ長期的に気分がプラス。熱狂的なファン(ロイヤリティ)化。

デマンドは [→](実行)経済的実行状態。
「後押し」で「購入」へ。欲しいを実行している。欲しい + 払える + 払うと決めた!状態から購入使用した結果、ROI(投資対効果)による。(良し悪しの判断)期待値を上げすぎると結果が悪くなるが期待値がないと購入すらしてくれない。


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