アラサー夫婦、夏のモンゴルで8月15日・抑留者慰霊碑で手を合わせて考えた #4
今回の旅行でどうしても訪れたかった場所、「ダンバダルジャー日本人慰霊碑」。
終戦後、モンゴルに抑留され、帰国を願いながらも亡くなられた方々の記憶が、今も静かに刻まれています。

先人たちの無念に想いを馳せ、私たちが見て感じたことを綴ります。
前回の話はこちら:
【Day7】
「日本人慰霊碑」に行きたかった理由

モンゴル旅の7日目。
夜行列車で、どたばたとウランバートルに戻ってきました。

結局、モンゴルでは洋風の朝食しか食べていない。
ホテルに荷物を置いて、一息ついてから向かったのは「ダンバダルジャー日本人慰霊碑」。
私はこれまでにも、タシケントやアルマトイなど、各地にある日本人抑留者墓地を訪ねてきました。(いわゆる、墓マイラーですね。)
▼ タシケントで墓参り
▼ アルマトイでも墓参り
先の大戦で命を落とされた方々に手を合わせること。それは旅好きの私にとって「ライフワーク」の一つです。
華やかな観光地もいいけれど、こうした歴史の重みに触れるとき、自分の足がちゃんと地に着いているような感覚になります。
抑留中に亡くなった方の無念を思う

ちょっとバスで走っただけでこの風景。
ウランバートル市街地から北へ向かった丘の上に、その慰霊碑はあります。
(アクセス方法は後述)

モンゴルの方々が整備してくれているのでしょう。

私たちが訪れたのは2024年8月16日。前日の終戦記念日に供えられた花束が置かれていました。筋を伸ばします。

祖国に帰ることが叶わず亡くなった方々の無念はいかほどのものであったか…そのようなことを想いながら、哀悼の誠を捧げました。
ここで、少しだけ歴史的背景を説明しておきます。
終戦直後、ソ連によって満州からモンゴルへと移送された日本人捕虜は12,318人(13,847人という記録もある)。過酷な建設労働に従事させられ、1,600人を超える方々がこの大地で命を落としました。
モンゴル各地に眠っていた遺骨が日本に返還されたあと、最も埋葬者の多かったダンバダルジャー墓地の跡に、この慰霊碑が建立されました。

さきの大戦の後
一九四五年から一九四七年までの間に
祖国への帰還を希みながら
この大地で亡くなられた
日本人の方々を偲び
平和への思いをこめて
この碑を建設する
日本国政府によって2001年に建立された碑には、そう刻まれています。
この慰霊碑は、美しく整備されていました。
モンゴルの方々にも大切にされている場所であるとわかり、言葉にできない感謝がじわりと広がってきました。
また、2025年7月には天皇皇后両陛下がこの慰霊碑を訪問されました。祖国を願い続けた方々にとって、この上ないことだったと思います。
捕虜収容病院・同じ空の下で
慰霊碑から南へ徒歩20分。強い日差しで汗だくになりながら、「アムラルト捕虜収容病院」へ向かいました。

→右:捕虜収容病院(建替え後)
現在は建て替えられていますが、ここは日本人抑留者のための病院でした。山邊愼吾さんの著書『ウランバートル捕虜収容病院』では、厳しい環境下で治療にあたった軍医たちの苦悩が描かれています。


それっぽい建物がいくつもあって迷いました。
(この建物は霊道ではありません)
敷地内には軍医・春日行雄さんが建立した「モンゴル殉難日本人霊堂」が遺されています。春日さんはハルビンで軍医として学んだ後、2年間にわたりモンゴルに抑留。寒さと飢餓のために息絶える同胞を看取り続けました。

※ 余談ですが、沢木耕太郎著『天路の旅人』の西川一三さんと同じ興亜義塾出身でもあります。

霊堂の中には抑留者の遺留品が展示されていると聞きましたが、今回の訪問では入りませんでした。寺院の方に頼めば扉を開けてくれることもあるらしいです。
夏の強い日差しが照りつける中、周りには草木が青々と茂っていました。

不意に聞こえる虫の声や、首筋を刺す蚊の感触。当時のこの季節も、こんな暑さだったんだろうか…かつてここで「生」を必死に繋ぎ止めようとした人たちが、同じ空の下にいたことを教えてくれるようでした。
アクセス方法:日本人慰霊碑&捕虜収容病院
簡単にアクセス方法をまとめておきます。
日本人慰霊碑の場所はこちらです。「65-ын зогсоол」というバス停から徒歩15分ほどです。
以下、私たちが辿ったルートです。
まず、モンゴル国立大学の前から28番のバスに乗って、バス停「17-р сургууль」で27番のバスに乗り換えました。その後、バス停「65-ын зогсоол」で降りて歩きます。道沿いに北上していき、15分ほどで慰霊碑の入口に到着します。そこから緩やかな坂を登っていくと慰霊碑があります。
アムラルト捕虜収容病院の場所(ダンバダルジャー寺院の敷地内)はこちらです。
日本人慰霊碑から来た道を南に歩き20分ほどのところにあります。寺院の中に入っていくと、右手に2階建て(3階建て?)の大きな建物があります。これが建て替えられた捕虜収容病院です。日本人霊堂は病院の手前にあります。
土砂降りウランバートルでさすがに笑う

慰霊碑からバスでウランバートル市街地に戻ってきました。

楽しい場所はない。

お土産屋をまわったり、住宅地を歩いたり。妻は手のひらサイズのかわいい羊のぬいぐるみが買えてご満悦でした。

「Come to the dark side」と書いている。
ダークサイド…STAR WARS?
カフェでコーヒーを飲んでいると、急な雨。
外にでてみると、道路が川!水はけが悪いのか、いたる所に湖ができていて、車が通るたびに巨大な水しぶきが上がります。

どこを歩いても靴が水没しそうな勢いで、地元民ですらこの雨に困惑していました。少ない陸地をつま先立ちで渡っていく人。中には、水たまりを飛び越えるのを諦めて、開き直ってジャブジャブ歩き出す若者も。
笑うしかないほどの土砂降りに、自分たちの運のなさを笑いました。(逆にここまで雨が降らなかったのは幸運だけど。)
水たまりを飛び越えた先にイタリアン
数多の水たまりを飛び越えたどり着いたのは、ウランバートルで人気のイタリア料理店。
店内には街中のオシャレな若者たちが集結していました。さっきまでの土砂降りの世界とは打って変わって、洗練された都会的な空間。

頂いたお料理は本格的なイタリア料理でしたが、めっちゃ味が濃い!
モンゴル人は薄味が好きだと思っていたけど、そんなことはなかった。旅で疲れたの体に、この暴力的な濃い味が染み渡る。
店員さんも親切で、いいお店でした!
【Day8】
さらば、チンギス・ハーン!

Kodak FunSaver で撮影。
最終日。小雨で上がりきらないテンション。
モンゴル国立博物館に行って、カフェでコーヒー飲んで、スフバートル広場のチンギス・ハーンに別れを告げて、空港へ。

また来ます。
空港への道中、行きは暗闇で見逃していたけれど、実はこんなに広大な草原だったんだな。雨に濡れていっそう色濃くなった大地を見て「また来よう」と誓いました。
私の帰国前・空港ルーティンを教えます
帰国便の前に「必ずバーガーキングに行く」というのが、私のルーティンです…(笑)
なぜバーガーキングなのか?
やっぱり、旅先で美味しいものばっかり食べたから、逆にジャンキーなものが食べたくんですよね〜(改めて考えるとよくわからない)

Kodak FunSaver で撮影。
で、幸いなことに、チンギスハーン国際空港にもバーガーキングはありました。妻とふたりでワッパーにかぶりつく。昨日は80年前の歴史に涙しそうになったのに、今はワッパーの俗的な油分が素直に喉をとおっていく。
そんなこんなで、大満足の夏のモンゴル8日間の旅でした!
次回:使い捨てカメラで撮ったモンゴルの空気
使い捨てフィルムカメラ「Kodak FunSaver」で撮ったモンゴルの写真をまとめます!

このプロフィール写真もモンゴルで撮った。
(けど指が映り込んでて半分ぐらいボツにしたのが悔やまれる…)
フォローしてお待ち頂けると嬉しいです!
▼ プロフィール
参考文献:
山邊愼吾著『ウランバートル捕虜収容病院』(草思社)
沢木耕太郎著『天路の旅人』(新潮社)
Institute for Strategic studies – National Security Council of Mongolia
