見出し画像

哲学対話書簡 【友達は、たくさんいたほうがいいのか】

さぁ週末がやってまいりました。
今週も哲学の時間ですよ!
「#哲学対話書簡」
今回のテーマはドンッ

うん。
重厚なテーマ🍷(笑)

とっもだっち100人でっきるっかな♪
のメロディーでお馴染みの童謡のお陰で、多ければ多いほど良いと、小さな時から刷り込まれているお友達の数問題。

実際どうなんでしょう。

さて…
まず定義から始めていくのがアタクシのスタンス。

そもそも友達って何よっちゅー話ですね。うわ、めっちゃ哲学的だわ。

何を持って友達かというのは、そりゃ人によって変わります。
ということで、実例を挙げつつ私の考えた定義につなぎます。


まず『ドレミファ・どーなっつ!』の友達観を見ていきましょう(笑)
どーなっつ島では、どうやら一度会ったら友達になるようです。
そして、毎日会ったら兄弟になってしまうらしい。
さすが、有名子ども向け番組だけあって、友達の概念がめちゃくちゃ広いです。

では、今度は『湘南乃風』の友達観を見てみましょう。
どーなっつ島とは打って変わってハードルが高そうです。
まず「友」になるには一度拳を交える必要があると見ていいでしょう。
基準としては、お前のために熱くなれるかどうかで、友達かどうかを計れそうです。

一見参考にならなそうな、二つの友達観ですが、ちゃんと学びがあります。
どーなっつ島の友達観はいうなれば教訓です。
会った時点では、相手を審査せず、最初に善意の手を差し出すこと。
つまり、友達になるという可能性を捨てない姿勢。
これが前提として大事であると。
さすが、長年愛される教育番組です。
親しみやすいシンプルな歌詞の中に、とんでもなく哲学的な教訓を抱え込んでいました。

逆に湘南乃風が語る友達観は、それとは異なります。
経験の共有こそが友情であり、こちらは友情を、時間や試練によって証明されるものとして考えている。
これは極端に見えて合理的です。
「一緒に何かを越えた者が仲間」という考え方は、友情の成立条件を現実に即して捉えているとも言えます。

ただ、後者を主にして考えてしまうと、「クローズ」や「東京卍リベンジャーズ」みたいな世界になってしまうので、私のような鶏ガラ野郎では生きていけなくなってしまいます。

となると入口はどーなっつ島、認定は湘南乃風というスタイルが一番いいのかなと思ったり。
つまりは、初めて会った人には友好的に接する。
でも、本当に大切なものを預ける相手かどうかは、時間と行動で判断する。

そして、ここからが重要です。
友達には、始まりの定義と、深まりの定義がある。
と思うんです。

私の導き出した友達の定義はこちら
友情とは、関係の名前ではなく、相手へ気持ちを開いた時から始まり、その後も相手との関係を選び続けることで保たれる距離のことを言う。

はい、みなさんご一緒に。

なんじゃそりゃ。



さて、無事(?)に友達とは何かについて定義したところで、次は本題である量的な問題に移ります。

私が考えついた結論から申しますと。
「そりゃ多ければ多いほどいいだろうが、濃い繋がりは増えると難しい」
ということになりました。

嗜まないワイン的友情論の定義によると、友達は比較的大きな概念ですが、一朝一夕では深めることができません。
なので、合理的に言えば、太い人間関係の柱があなたを何本も支えているのが理想の形です。(とはいっても、資産の柱と違って、こちらも向こうを支えないといけませんよ)

ただ、その柱というのは何も友情だけではありません。
親や兄弟、恋人、未来にまで目を向ければ子供なんていうのも入るかもしれません。

そして、ここで難しいのが、関係によって優先順位をつけなければならない可能性が高いのではないかと言うことです。

私の例を単純化して挙げますと

・親友よりも家族の予定を優先します。
・親友より、妻方の実家の予定を優先します。
・私の実家の予定より、親友を優先します。
・職場の友人より、親友を優先します。

といった感じです。

ここに仕事や緊急事態などが加われば、さらに優先順位は前後します。

そうなると、どれだけ太く屈強に柱を繋いでおこうと思っていても、物理的に接触する回数は限られる。

そして、人によっては、疎遠になるとどれだけ太くなった柱でも気がつけば倒れていることがあるものです。

そりゃどーなっつ島定義のこともあるので、新しく柱ができるならできたほうがいいです。

ただ、私が今心がけているのは新しい柱を増やすことではなく、今ある柱を大事に太く育てていくこと。
そういうフェーズに入ったのかなと思ってます。

で、なんだったっけ。

あ、そうそう。

友達はたくさんいたほうがいいのか。
答えは間口を広く持つという意味ではYes。

ただし、その先まで全員を連れていけるほど、時間も心も余裕がないので、友達の数を数えること自体を降りた。

今のところ少数精鋭でも、私一人分の人生には間に合いそうですしね。

ということで今回の哲学対話書簡。
これにて締めさせていただきます。


私の人間関係の想い出↓↓↓

普段はワインを親しんでもらうための活動をしてまーす↓↓↓


いいなと思ったら応援しよう!

嗜まないワイン ワインエキスパートエクセレンスの受験費用とテイスティング代に充てさせていただきます!