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「痛いらしいよ」で痛くなる

皆さん、こんにちは。悠々漢方です。

予防接種の順番を待っている待合室で、先に済ませた人が「うわ、思ったより痛かった」とつぶやきながらよろよろと出てきた──そんな場面に居合わせたことはありませんか。まだ自分の番は来ていないのに、なぜか肩に力が入って、腕の内側がもうヒリヒリしてくるような気がする。私にも覚えがあります。

その感じ方、実は「気のせい」で片づけられないものかもしれません。他の人が痛そうにしている、それだけで、自分がこれから感じる痛みの強さそのものが変わってしまう可能性がある。そんな研究結果が報告されています。

111人の実験が示した、「予期」の思いがけない力

米国のダートマス大学心理・脳科学科のAryan Yazdanpanahさんたちの研究グループが、111人の参加者を対象に実験を行いました。この研究は、2026年2月9日に「Proceedings of the National Academy of Sciences(PNAS)」という科学誌に掲載されたものです。

このコラム記事は医学的な診断・治療を目的としたものではありません。漢方の考え方に基づく一般的な健康情報としてご参照ください。

実験の仕組みは、なかなか凝っています。参加者にはまず「他の参加者10人がこの課題をどう評価したか」という手がかりが画面に示されます。ところがこの情報、実際の評価ではなく、ランダムに表示された作りものでした。その上で参加者は3種類の課題に取り組みます。腕に熱の刺激を受ける課題、他の人が痛がっている動画を観る課題、そして頭の中で2つの立体を回転させて同じ形かどうかを判断する課題。それぞれの前後で、「どれくらい痛いか」「どれくらい大変か」を自分で評価してもらったのです。

結果は、考えさせられるものでした。「みんなはこれをとても痛いと感じたらしい」という手がかりを見たあとでは、実際の熱の刺激が弱いときでさえ、参加者は痛みを強く感じる傾向があったのです。つまり、体に届いた刺激の大きさよりも、その前に心が抱いた「たぶん痛いだろう」という見込みのほうが、感じ方を大きく左右していたということになります。他人の痛みの程度を判断するときも同じで、「強い痛みだろう」と予期していれば、そのように判断していました。

研究グループは、ここに「確証バイアス」が関わっている可能性を指摘しています。共著者のAlireza Soltaniさんは、人は自分の考えに一致する証拠を優先し、一致しない情報のほうは無視したり軽く見たりする傾向があると説明しています。やっかいなのは、その見込みが感じ方そのものに染み込んでしまうと、あとから修正するのが難しくなるということ。Yazdanpanahさんは腰の痛みを経験した人の例を挙げています。体のほうはもう回復して、曲げても差し支えない状態になっていても、「曲げると痛いはずだ」という予期が残っていると、実際に痛みが強まってしまう。そして「もう大丈夫だ」と考えを更新するために必要な手がかりのほうが、かえって弱まってしまうのだ、と。

上席著者のTor Wagerさんは、こうした働きが自己成就的予言──思っていた通りのことが本当に起きてしまう循環──を生み、慢性的な痛みや疲れといった状態にも影響し得ると述べています。SNSを開けば他人の体調の話が絶えず流れてくる今の暮らしを思うと、どうにも他人事とは思えない指摘ですね。

東洋医学が語る「心とからだは、ひとつづき」

この研究結果を読んで私が真っ先に思い浮かべたのは、東洋医学がずっと前から語ってきた「心身一如(しんしんいちにょ)」という言葉でした。心とからだは別々のものではなく、ひとつづきのものとして捉える。心の動きはそのままからだに現れ、からだの状態はそのまま心に映る──そういう考え方です。「痛いだろう」という心の見込みが、実際の痛みの感じ方を変えてしまう。西洋医学の実験室で確かめられたこの現象は、東洋医学が長く言い続けてきたことと、静かに重なって見えます。

東洋医学では、からだの中を「気(き)」というエネルギーが絶えず巡っていると考えます。目には見えないけれど、からだの中を吹き抜ける風のようなもの、とイメージしてもらうと近いかもしれません。この風がのびのびと通っているとき、私たちは軽やかでいられます。ところが緊張や不安、あるいは「またあの痛みが来るぞ」という身構えがあると、風はそこで足を止めてしまう。この滞りを「気滞(きたい)」と呼びます。道が細くなったところで車が詰まる、あの交通渋滞のような状態ですね。

そして、この風の通り道を管理しているのが「肝(かん)」です。西洋医学でいう肝臓とは少し違って、東洋医学の肝は、気の巡りを整え、感情の波を乗りこなす調整弁のような役割を担っています。ストレスや張りつめた気分が続くと、この調整弁がこわばり、気の巡りが渋滞したままになる。これを「肝気鬱結(かんきうっけつ)」といいます。ぎゅっと握られたホースのように、流れたいものが流れられずにいる状態です。

肝気鬱結が続くと、からだのあちこちが過敏になっていきます。肩や首がこわばる、胸がつかえる、些細なことでイライラする、眠りが浅くなる。そして興味深いことに、痛みや不快な感覚に対しても敏感になると考えられてきました。「痛みが来るぞ」と身構える。身構えることで気が渋滞する。渋滞したからだは過敏になり、痛みをより強く拾う。すると「やっぱり痛かった」と見込みが裏づけられ、次はもっと強く身構える──今回の研究がいう自己成就的予言の循環と、驚くほどよく似た形をしています。

もう一つ、東洋医学が昔から重く見てきたのが、周りの人の言葉や場の空気です。古典には、人の感情の乱れがそのまま気の巡りを乱すという考え方があります。誰かの「痛かった」の一言が、聞いた人の気を止めてしまう。そんな見立ては、迷信でも詩的な比喩でもなく、今回の111人の実験が示した「社会的な手がかりが感じ方を作る」という結果と、同じ景色を別の言葉で描いているように思えるのです。

おすすめの漢方

気の巡りの渋滞には、体質によって次のような漢方が助けになることがあります。

緊張が続いて、肩やお腹がこわばり、手足が冷たくなりやすい方には、四逆散(しぎゃくさん)が用いられます。ぎゅっと握りしめたこぶしを、そっと開いてあげるような役割を担う処方です。

気分の波が大きく、周りの言葉や空気に振り回されて疲れてしまう方には、加味逍遙散(かみしょうようさん)が古典的な処方として知られています。名前にある「逍遙」は、あてもなくのんびり散歩するという意味。滞った気を、散歩するようにゆるやかに動かしていくイメージですね。

不安が強く、のどのあたりに何かがつかえたような感じが続く方には、半夏厚朴湯(はんげこうぼくとう)が向いていることがあります。胸のあたりで渋滞している気に、通り道をつけていく処方とされています。

ただし、漢方薬はあくまでも体質や症状に合わせて選ぶものです。痛みが強い場合、これまで経験したことのない痛みがある場合、あるいは痛みが日ごとに増していく場合は、自己判断せずに必ず医療機関を受診してください。その上で、日常の養生として漢方を取り入れることをご検討ください。ご自身に合った処方を選ぶには、漢方に詳しい薬剤師や医師に相談されるのが安心です。

見込みを、そっと置きにいく養生

この研究には、少し希望の持てる読み方もできると思っています。予期が感じ方を作るのなら、それは裏を返せば、感じ方は最初から決まっているわけではない、ということでもあるからです。痛みやつらさは、刺激の大きさだけで一方的に決まる固定されたものではない──今回の研究が示しているのは、そういうことでもあるのでしょう。

東洋医学が長年伝えてきた「養生(ようじょう)」とは、まさにこの「身構えをほどく」ことの積み重ねでした。深く息を吐いて肩の力を抜き、こわばった首をゆっくり回し、少しだけ歩いて風を通す。そんな小さなことばかりですが、渋滞した気を動かすのに大がかりな道具はいりません。

  • 誰かの「あれ、つらいらしいよ」を聞いたとき、そのまま鵜呑みにせず、いったん自分のからだに聞いてみる。今、本当に痛いのか、それとも痛くなる予感を借りてきているだけなのか。

  • 深呼吸をひとつ。吸うより吐くほうを長くすると、肝のこわばりがゆるみやすいと考えられています。

  • 体調の情報をSNSで浴びすぎた日は、画面を閉じて散歩に出る。他人の感じ方より、自分の足の感覚を先に取り戻す。

  • 温かいものをお腹に入れる。冷えは気の流れを鈍らせるので、白湯やお茶をひと口。

今の生活をすぐに変える必要はありません。ただ、「これは痛いはずだ」という見込みが自分の中に立ち上がった瞬間に、ほんの少しだけ気づけるようになる。それだけで、守れるものはきっとあります。

編集後記

私自身、この研究を読んで、思い当たることがありすぎて少し笑ってしまいました。歯医者の予約が入っている日は、朝からもう奥歯が痛い気がしてくる。誰かが「今年の花粉はひどいらしい」と言うと、その日から鼻がむずむずしてくる。全部、体からの正直な報告だと信じ込んでいました。

けれど、感じ方が予期に左右されるということは、私たちの感覚がそれだけ柔らかく、まわりに開かれているということでもあるのだと思います。他人の言葉を受け取ってしまうのは弱さではなく、人と人がつながっている証なのかもしれません。だからこそ、自分が誰かにかける言葉も、少し優しくありたいと思いました。「痛いよ」より「思ったよりすぐ終わりましたよ」と言えるほうが、次に待っている人の気を、ほんの少し軽くできるのかもしれませんから。

あなたの毎日が、少しでも元気で快適なものになりますように。


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