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700km歩いている道中で、妊娠が発覚した話。

一生分のコウノトリを目にしたスペインにて。

今年の6月冒頭に、2年半勤めた設計事務所を辞め、人生の春休みに何をするか、パートナーとあれこれ相談した結果、スペインはサンティアゴ・デ・コンポステーラの巡礼路を完歩に挑戦することに決めた。

その内容は、この2つの記事でがっつり語っているので、ぜひ一読いただきたい!

そして今回は、この2つの記事では触れなかったある事実について書きたいと思う。

その事実とは、何を隠そう、この巡礼路を歩いている真っ最中に、自分が妊娠していることが発覚したことだ。

フランスでは、一定の条件を満たして退職すると、国から失業手当が支給される。金額もけっこう手厚くて、前職の給与の6〜7割ほど。私の場合、それを最長で1年半受け取れる見込みだ。これまで泣きたくなるほどの税金を納めてきたけれども、その分、失業や出産のリスクを社会全体で引き受ける覚悟は、かなり本気だ!

仕事に追われない時間が、まとまって手に入る。自由な時間がたっぷりとあるタイミングで子どもを授かれたら、これ以上にない好条件だと思った。周囲には、なかなか子どもを授かれずに悩んでいる友人も少なくない。思い立ったときに始めるのが一番だろうと考えて、退職してほどなく、避妊ピルをやめた。

パンプローナを出発してから18日目。その日にたどり着いたAstorgaという町で、「あれ、生理が数日遅れてない?」と(私自身ではなく)ピエールが気づいた。

Astorgaの町並み
Astorgaにある立派な教会

「いやー、これは、身体に厳しいことをして負荷をかけているからに違いない」とか、「生理が数日遅れることなんて今までも何度もあったし」とか、「まさかこんなに早く妊娠するわけないじゃん」と、私がもぞもぞ言っていると、ピエールが近くの薬局で妊娠検査のキットを勝手に買ってきた。まさかそんなわけあるわけないよな〜と思いながら、一泊7ユーロの宿の共有トイレ(男女共用)で、用を足すと、1秒も待たずして、これ以上はっきりな線はありえないだろうといわんばかりの陽性反応が出たのだった。

私はトイレの中から「え。やばい。陽性!」と、何も考えずにピエールに思わず叫ぶ。映画やドラマでよくある、焦らしながらの報告とは、ほど遠い有り様だ。今思い返すと、コロナの陽性反応じゃないんだから・・・といわんばかりの反応をしてしまったわけだが、とにもかくにも、トイレを出てからは、ピエールとともに呆然と、現実味のない時間を、宿の共有部でしばらく過ごしたのであった。

サンティアゴ巡礼では、これでもかと言うほどのコウノトリを目撃した。フランスやスペインでは、コウノトリは子どもを運んでくる象徴だという。日本人の私にとってはあまり馴染みのない物語だったが、実はそのときすでに自分が子どもを授かっていたのだと思うと、なんとなく不思議なつながりを感じる。

いくつもの教会の上で、コウノトリの巨大な巣をみかけた。
草原の奥の白い点々が全部コウノトリ。

未来の新しい自分に会いに、階段を上る。

人生の転換期が、新しいアイデンティティを手に入れることだとすると、2025年はまさに私にとって人生の転換期だ。

今年は、(ビザ問題が発生して追放の危機に晒されたり、地下鉄の階段から転げ落ちたり、プラチナ級のインフルを発症したりして散々だった)前年の厄年からやっと解放された年だった。

2025年に入り、2月にはピエールの〈婚約者〉になった。正直これまで、結婚に憧れを抱いたことはなかったが、実際にプロポーズされると、それはそれは嬉しいものだ。

プロポーズの舞台は、ピエールが世界で一番好きな現代アートギャラリーだという、ベルリンのKönig Gallery。古い教会をリノベーションしたこの建物には、今もなお、神秘的な光が差し込む。

プロポーズの舞台は、ピエールが世界一好きな現代アートギャラリーの König Gallery。

何も知らない私は、のんきに作品を観ていたわけだが、急にイヤフォンを渡され、「2階に百合に見てほしい作品があるから、行こう」と言われた。そして、そのイヤフォンから尾崎豊の『I LOVE YOU』が流れきた瞬間、私は事態をなんとなく察した。

私は、尾崎豊の葬式が執り行われた日に生まれたのだが、「私、実は尾崎豊という日本の伝説的なシンガーの生まれ変わりなの」と、ピエールによく話していた。そのことを覚えていてくれたのだろう。

イヤフォンから流れる尾崎豊の歌声を聴きながら、ギャラリーの階段を登る時間は、未来の新しい自分に会いにいくような、不思議な感覚だった。

百合の花をモチーフにした婚約指輪を、指にはじめて通した瞬間を、一生忘れないと思う。それは、少女が夢見る魔法のような時間でありながら、同時に、確固たる覚悟を決めた、涼やかでリアルな決断の瞬間でもあった。

ギャラリーの受付のお姉さんが、ビデオを撮ってくれた!

これまで指輪をはめる習慣が全くなかった私にとって、左手の薬指にある違和感は、まだ完全には消えていない。でも、その違和感が毎日少しずつ小さくなっていくことが、私が〈婚約者〉という新しいアイデンティティに馴染んでいく証なのだと思う。

肩幅広めの肩書きを目指して!

6月には、設計事務所を辞めて、社会人になってからはじめて〈無職〉になり、11月頃からは〈戦略コンサル〉としてプロジェクトをいただけるようになり、少しずつ仕事を再開している。書家である母・村田清雪のパリ個展を企画したりファンドレイジングをする〈プロデューサー〉を自称で名乗ったりもしている。

〈建築家〉という肩書きがなくなったわけでは決してないが、今の仕事スタイルは正直めちゃ気に入っている。

▼ 母のパリ個展に向けて立ち上げたクラファン。皆様の温かいご支援のおかげで、目標を達成することができました!

人生に革命を起こす変化。

そして今は、〈母〉という次なるアイデンティティを獲得するまでの絶賛準備期、といったところだろうか。

妊娠4カ月目のエコー写真。ピエール号泣。

2025年12月現在、妊娠7カ月目。

コンポステラ巡礼の最後の方から徐々に始まっていた酷い悪阻も落ち着き、だいぶ大きくなってきたお腹の中では、キックボクシングをしてるのか…と疑うばかりの胎動を感じるようになった。

正直に言えば、これまで「どうしても子どもがほしい」と強く思ったことはなかったし、自分が本当に母になる準備ができているのかも、今でもよく分からない。それでも、子どもをつくるという、人生に革命を起こす大きな決断に踏み切れたのは、ピエール自身が心から子どもを望んでいて、そして何よりも「この人となら、子どもをつくるのも楽しいかもしれない」と思えたからだ。

昨年末に「あと一年後を目処に子どもをつくろう」と約束した、Biarritzの海沿い。

「まだ早い」とか「今じゃない」とか「もう少し人生が安定してから」とか、そうやって先延ばしにしようと思えば、理由はいくらでも見つかるだろう。でも「準備ができたぞ、さあ来い!」と思える瞬間なんて、きっと一生訪れないだろうと思う。

巡礼開始前日、スペインはBilbaoにて。妊娠してるなんて微塵も知らず、アンチョビのピンチョスをガッツリいただく。

変化はいつも突然訪れるものだ。

それは、日常の延長線にふと訪れる。その一瞬一瞬に好奇心をもって反応することで、積み重なり、気づけば自分の考え方、言葉の選び方、心の動き方、つまり、自分のアイデンティティが変わる。

変化は決して楽なものではないが、変化のない人生は、そもそもないし、そんな人生は、きっとつまらない。勢いに身を任せて、このタイミングで子どもを授かることができたわけだが、その子が来年の3月に元気に産まれてきてくれるのが、とんでもなく楽しみだ。

4月に日本に一時帰国したときのいちご狩り🍓

それは同時に、ピエールが父親になっていく姿、自分の両親が祖父母になる姿、兄弟が叔父や叔母としてその子に向き合う姿、そして、自分自身の「母親としての顔」を見ることになることを意味する。

ひとつの命の誕生が、こんなにも多くの人の役割や関係性が書き換えるのだ。

これ以上に、人生に革命を起こす出来事が、ほかにあるだろうか。

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