無職になったので、700km歩くことにした。【前半】
5月を以て、2年半務めた設計事務所を辞めた。
つまり、正真正銘の無職になった。
大学院を卒業してから6年間、ほぼノンストップで、がむしゃらに働き続けた。そのあいだに、パンデミック、転職、引っ越し、婚約など、公私ともに本当に色々なことががあったけれど、振り返ってみれば「一ヶ月以上仕事をしない」という状況は、一度もなかった。
ということで、フランスのすばらしい失業手当制度をありがたく使わせてもらい、数カ月、勤務をしないという選択肢を、満喫させてもらうことにした。
ちょうど同じ時期に、私のパートナーのピエールも、5年間勤めあげた会社を辞めることになり、カップルで一緒に無職になるという奇跡が起きた。
パリのアパルトマンにとどまって、すぐに転職活動をはじめるのもありだが、どうせなら、この際
時間が有り余っているヤツにしかできないことをやろうじゃないか!!
ということで、Camino de Santiago(カミーノ・デ・サンティアゴ)という全長800kmのスペインの巡礼路を、いま歩いている最中だ。

去年の夏休みを使って、すでに最初の100km(サン・ジャン・ピエ・ド・ポルからパンプローナまで)は完歩したので、今回はその続き─パンプローナから最終地点のサンティアゴ・デ・コンポステラまでの約700kmを、26日で歩き切ることに挑んでいる。
イエス・キリストと同い年の、無職・村田百合(33歳)の本気の挑戦だ。

一本の道に、50万通りの意味。
そもそも、El Camino de Santiago(エル・カミーノ・デ・サンティアゴ)と呼ばれるこの道は、スペインの北部を東から西へと横断し、サンティアゴ・デ・コンポステーラという町の大聖堂を目指す巡礼路の総称である。略称は、El Camino(エル・カミーノ)だ。

道順は、公式アプリとかで簡単に確認できるが、基本的には黄色い貝殻と矢印を辿っていけばよい。



かつてのキリスト教徒信者たちは、聖ヤコブの遺骨が眠るとされるサンティアゴを目指して、罪を悔い、祈りながら、この道を歩いたと言われている。今では、信仰の有無を問わず、世界中から年間50万人ほどのピルグリム(巡礼者)たちが、それぞれ覚悟を決めて、この巡礼路を歩いているのだ。
人生の転機に立つ人、ハイキングを楽しむ人、スペインの地方料理が目当の人。何かを探すために歩いている人もいれば、何かから逃げている人もいる。なぜ歩いているかがはっきりしている人もいれば、歩きながら探していく人もいる。
私とピエールのように、夫婦やカップルで歩く人もいれば、友達や家族と複数人で連れ立っている人たちもいる。お父さんかお母さんのどちらかと子供、という組み合わせもよく見かける。しかし、一人で歩いているピルグリムが、圧倒的に多い。
道中で出会った誰かと、途中から一緒に歩くようになることはあるにせよ、「ひとりで歩く」と決意して、この過酷な800キロの巡礼に挑むのは、相当の勇気と根性がいることだ。



歩くとは、心と頭が動くこと。
今でもなお、とても神秘的な空気が漂うエル・カミーノについて、ピエールが面白いことを教えてくれた。ピルグリムたちはどうやら、この巡礼路を歩き進めるにつれ、段階的にいくつかの内面の変化を体験するらしい。
私なりの解釈もはいっているが、簡単にまとめると、こんな感じだ。
① 晒される|UNVEIL
【サン・ジャン・ピエ・ド・ポー → パンプローナ|Saint-Jean-Pied-de-Port → Pampelona(70km)】
ピレネーを越える、超絶にキツイ道のりだ。旅のはじまりながら、体力や準備不足が、すぐに露呈する。「きちんとした自分」でいる余裕がなくなり、素の人間としての自分がむき出しになると言われている。
② 赦す|FORGIVE
【パンプローナ → ブルゴス|Pampelona → Burgos(180km)】
無言で歩いていると、過去のことがいくつも頭をよぎる。それはすべて楽しい思い出ではなく、向き合いたくない感情が伴うことも多い。この道中では、今まで手放せずにいた怒りと後悔を手放し、自分以外の誰かと、そして、自分自身を赦すことを決めるのだ。
③ 手放す|ABANDON
【ブルゴス → レオン|Burgos → León(180km)】
ブルゴスの街を出ると、メセタと呼ばれる、平坦で乾いた風景が、何十キロもつづく。高低差もなく、景色の変化もないため、思考は内側に向かざるを得ない。これまで自分がこだわってきたこと、無駄に背負ってきた荷物が、徐々に明らかになり、それらを手放す決意をする。
④ 変化する|CHANGE
【レオン → オ・セブレイロ|León → O Cebreiro(90km)】
ここから再び、山道がはじまり、風景が動き始める。身体は、思いリュックを背負いながら長距離を歩くというリズムを覚え、毎日環境が変わることに慣れる。すると、自然と気持ちに余裕が生まれ、常に変化しつづけることが、いつのまにか、当たり前の状態となる。
⑤ 委ねる|SURRENDER
【オ・セブレイロ → サンティアゴ・デ・コンポステーラ|O Cebreiro → Santiago de Compostella(155km)】
この長い長い旅のゴールが近づくにつれ、これまで抱えていた、漠然とした焦りや目的意識が、軽くなる。細かく計画したり、巡礼路を歩いている意義を理解しようとすることもやめ、ただ、目の前に広がる道を歩く。流れに身を委ねることが、自分にとって、最も自然な選択となる。


ブドウ畑が永遠に広がる

去年の8月に、3日間かけて私が歩いたのは、サン・ジャン・ピエ・ド・ポル(Saint-Jean-Pied-de-Port)からパンプローナ(Pamplona)まで、つまり、素の自分が晒される道のりだ。猛暑の怖さを見くびり、初日から熱中症になるという、絵に書いたようなシナリオで、頭痛とだるさとめまいの中、ひたすら歩いた。熱中症以外にも、あまり深く考えず買ったトレッキングシューズが合わず、足に数々の水ぶくれができては潰れていた。「この状態であと10キロなんて、歩けるわけ無いじゃん!!」と、ピエールに数え切れないほど喚き散らした。(ピエールかわいそう)自分の好きなところも嫌いなところも、容赦なく曝け出された3日間だった。
確かに、想像以上に過酷だった。だが、それでもまたこの旅に挑戦する機会が再度訪れたときに、躊躇せずに踏み出せたのは、たったの3日間なのに、心に残る風景や言葉、今でも忘れられない出会いや感情の動きが、数え切れないくらいあったからだ。

腑に落とさない感情と、共に歩く道。
この記事を投稿するときには、パンプローナを出発してから、2週間が経つころだ。ここまで歩いた距離、358.6キロ。旅の前半が、ようやく終了した。
毎日どれくらい歩いているかというと、短い日は19キロ、多い日は32キロ、平均して26キロくらい。この距離を、5時間から8時間かけて歩くのだ。ところどころ休憩はするものの、朝5時に起床、5時半には出発し、太陽が上がりすぎるまえに目的地につくために、ひたすら歩く。ピエールと話しながら歩くときもあれば、お互いあえて距離をとって、それぞれ無言で歩くときもある。モチベーションがない日も当然ある。そういう日も、歩かないという選択肢はないから、モチベーションがないまま、歩く。

言ってしまえば、やっているのはただ「歩いている」だけなのだが、侮るなかれ。重いリュックを背負った状態で30キロ歩くのは、正直言ってかなり厳しい。ハプニングは日常茶飯事だ。想定していなかった足の裏の痛みが出てきたり、謎の虫に刺されたり、複数持っていたコンタクトレンズのケースを全て宿に忘れてきたり。プールの受付で、子供に間違えられたり(←カミーノとは直接関係はないが)
ピエールとの仲が、荒れ模様になることも当然ある。基本的には楽しくふたりで会話をしながら歩いているが、どちらか一方が超不機嫌なときもある。朝、何も食べずに出発してから、15キロ先まで食事をする場所がないことが判明し、ほぼ怒鳴り合いの喧嘩になったりもした。(私の統計上、お腹が空いたときに口論になることが特に多い)
いずれにせよ、道中で何かしらの問題に遭遇したときには、真正面から向き合うしかない。結論を急がずに、あえて腑に落とさない気持ちを、じっくりと観察してみる。なんせ、毎日8時間、歩き続けるのだ。考える時間は、余るほどある。すぐに解決しようとせず、腑に落ちないもどかしさを存分に味わい、ネチネチと考え、湧き上がってくる感情を観察しながら歩くのも、なかなか悪くない。普段の都市生活では、なかなかできないことだ。

みんな、まったく同じ道を歩く。
エル・カミーノでは、普段の社会生活における肩書きは意味を持たず、日々の暮らしには複雑なロジックは何ひとつない。
この巡礼路には、世界各地から、さまざまな背景の人々がやってくる。私が特に面白いと思うのは、国籍も、年齢も、性別も、年収も、職業もバラバラなのに、みんな、まったく同じ道を歩くということだ。泊まるのは、一泊6〜15ユーロほどの「Albergue(アルベルゲ)」と呼ばれる、極めて質素な巡礼者用の宿だ。大部屋で匿名の複数人で一緒に眠り、同じようにトレッキングシューズとポールを玄関の指定場所に置き、同じ朝を迎える。

巡礼中の暮らしは、超プリミティブだ。早起きして歩く。疲れたら休む。喉が渇いたら水を飲む。どこか痛みがあれば、宿のオーナーか、他のピルグリムに薬やクリームなどをもらう。次の日に備えて、ストレッチやマッサージをする。寝室では、他のピルグリムたちを気遣い、静かにする。荷物の準備は、ガサガサ音がするので、就寝前に済ませる。眠れないときは、耳栓をつける。食べられる場所で食べて、眠れるときにしっかり眠る。




道中で他のピルグリムたちとすれ違う際、「Buen Camino!」と声を掛け合う。身体的にも精神的にも試されるこの旅路で、互いに励まし合うためのエールだ。
偶然宿で一緒になったピルグリムたちと、一緒に夕飯を準備して、食べる日もある。5日目に、Grañónという、この巡礼がなければ確実に訪れることはなかったであろう町に宿泊した。人口307人の、この小さな町の教会の中にあるアルベルゲで、私は、その日初めて会い、朝になってここを去れば、もう二度と合わないかもしれない人たちと、本気で抱きしめ合い、涙を流した。
ときには名前も知らない誰かと、エル・カミーノをともにする仲間として共に過ごすひとときが、心から楽しい。社会的なラベルを脱ぎ捨てたからこそ、生身の言葉が交わせるのかもしれない、とも思ったり。

ピアノやギターに合わせて、みんなで歌った。

立ち止まるために、歩いている。
一日を歩き終えてからの休息時間は、日によるが、長時間歩いて興奮状態の心と身体を、ゆっくりと落ち着ける時間としている。教会で瞑想してみたり、本を読んだり、ピエールとチェスをしたり、他のピルグリムたちと会話を交わしたり、小さな手帳に書いたりしている。日常から一歩はみ出た場所にあるカミーノの生活の中で、こういったシンプルな時間を過ごせることが、とても贅沢に感じる。
ピルグリムの中には、普段の生活の癖や習慣の流れを断ち切れないまま、この巡礼に持ち込む人もいる。例えば、他のピルグリムたちが仮眠を取ろうとしている寝室で、イヤフォンもつけずにTikTokの動画を流したり、インスタグラムをひたすらスクロールしている人がいると、なんとなく残念な気持ちになる。もちろん、過ごし方はそれぞれの自由だが、この特別な時間を、日常のノイズで埋めてしまうのは、なんかもったいない。

エル・カミーノを歩くことで自分の人生が変わるかどうかなんて、まだわからないし、そんな期待を抱いているわけでもないが、これだけ毎日、大自然の中で、普段のパリでの生活とはラディカルなまでに異なるリズムで、身体的にキツイことを繰り返していると、一度立ち止まり、これまでの習慣や考え方を問い直さざるを得ない瞬間が、何度も訪れる。
長時間歩きながら、自分と向き合っていると、ささいな出来事や、頭をよぎる思考が、ものすごく鮮明になる一方で、言葉にしたくない感情に出会う瞬間も、幾度となく訪れた。小さな心の動きが積み重なって、強制的に価値観がリセットされる。
それが、なんと言おうか、とんでもない開放感なのだ。

いま私は、「手放す」ための道を歩いている途中にいる。この数年間で、意識して現実を受け入れ、色々と手放してきたつもりだったが、歩けば歩くほど、気づかないうちにしがみついていたものが、どんどん浮き彫りになってくる。
カミーノを歩くことで、それらを全部手放せるなんて思ってないが、兎にも角にも、ゴールのサンティアゴ大聖堂まで残すところあと、352.3キロだ。

【追記】
旅の様子は、インスタのストーリーに随時上げてマス
