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舞い踊れ!第二十一話:番頭の 参勤交代 勇ましく

俺の名前は巳之助。流行り病で声を失っちまった元噺家だ。 あのおかしな、けれど底知れぬほど聡明なお嬢様から新しい「持ち場」を言い渡されてからというもの、俺たちの離れでの日々は、まさに死に物狂いの猛特訓に明け暮れていた。

立方の師となった三郎助による俺へのしごきは、そりゃあもう骨の髄まで響くほど容赦のないものだった。足の踏み込み、腰の落とし方、重心の移動。俺は何度も畳に転がりながら、必死に食らいついた。 だが……不思議なことに、稽古は驚くほど順調に進んでいた。 文次が三郎助に三味線を教え、三郎助が俺に立方の基礎を教え、俺が文次に噺家の「声の使い方」と「息の使い方」を教える。全員が師匠であり、弟子であるという奇妙な繋がりが、俺たちの欠落を見事に埋めていったからだ。

俺が不器用にでも舞えば、三郎助がその動きを『目』で見て寸分の狂いもなく三味線を合わせ、合いの手を放つ。その音を文次が『耳』で聞き取り、唄を乗せる。 素人の俺はすぐに動きの調子がズレちまうが、俺は耳が聞こえるから、三郎助がピタリと合わせて鳴らしてくれる三味線の音を聞けば、自分の動きがどれだけズレているかがよく分かる。だから、すぐに自分で動きを直そうとはできる。まだできないが。 ほんの数日前まで互いにいがみ合っていたのが嘘のように、俺たちの息はぴたりと合い始めていた。

だが、ここで一つ、でっかい壁にぶち当たっちまった。

「おい、巳之助! 三郎助!」 胡座をかいた文次が、ふいに俺たちの名前を呼んだ。 俺はすかさずパンパンと二回手を叩き、続いてドンッと足を踏み鳴らす。残された片耳でその音を聞き取った文次は、見事に俺たち二人の真ん中へと顔を向けてから、口を開いた。 「動きと音はなんとかなりそうだが、肝心の『当て物(謎かけ)』の中身はどうすんだ?」 これが、俺たち三人の間で新しく確立した会話の作法だ。 文次の問いかけに、俺はドカッと座り込んで腕を組んだ。 「ああ、そうだな。大番頭の旦那が言う『誰も見たことのない極上の舞台』ってやつの中身だ。ただ踊って音を鳴らすだけじゃあ、ただの真面目な舞になっちまう。あのふてぶてしい芝翫の座長を驚かせるには、何かとびきりの筋書きがいるぜ」 三郎助も真剣な顔で頷く。

俺は少し考えてから、ぽんと手を打ち、立ち上がった。 そして、顔をくしゃくしゃにして大笑いする真似をし、腹を抱えて転げ回る動きをしてから、ドンッ! と力強く足を踏み鳴らした。 (どうせやるなら、ただ綺麗なだけの舞じゃつまらねえ! 腹の底から笑える『面白い話』にしようぜ!)

俺の全身を使った提案を見た三郎助が、ポンと手を打って笑った。 「おう、巳之助が『どうせやるなら、腹の底から笑える面白い話にしようぜ』って言ってるぞ!」 すると文次が、また口を開いた。 「おい、三郎助!」 俺はすかさずドンッと足を踏み鳴らして、三郎助のいる方向を教える。文次はそちらを真っ直ぐに向き、膝をバシッと叩いた。 「そいつぁ違いねえ! 湿っぽい話なんざ俺たちの性に合わねえや! どうせなら、客が腹抱えて笑い転げるような筋書きがいい!」 (だろ!? じゃあ、誰かに面白い話でも聞きに行こうぜ!) 俺が親指で外を指差して足を踏み鳴らすと、三郎助が「よし、誰かに面白い話を聞きに行こうってよ!」と通訳する。

「おい、巳之助!」 文次が俺を呼んだので、俺はパンと手を叩く。文次がこちらを向いた。 「誰に聞くってんだ? 手っ取り早いのは……俺たちをここに連れてきた、あの大番頭の旦那か?」 俺と三郎助が顔を見合わせ、頷く。 「そうだな、いってみるか」かくして俺たち三人は、何か面白い話の種はないかと、母屋の帳場にいる大番頭・光五郎の元へ押しかけたのである。

「……面白い話、だと?」 帳場で帳簿とにらめっこしていた光五郎は、やってきた俺たちを見るなり、胃の腑を押さえて深いため息をついた。 「お前たち、順調に稽古が進んでいるのかと思えば、物語の筋書きすら決まっていなかったのか。……ええい、面白い話か。そうだな……」 光五郎は腕を組み、真面目くさった顔でうんうんと唸り始めた。 俺たちは(よし、何かとびきりの笑い話が出てくるぞ)と期待に胸を膨らませて身を乗り出した。

「うむ! 実は先日、お前たちを見出す前に、お嬢様のために日光へ神頼みに行った道中でのことなのだがな!」 光五郎は急に身を乗り出し、熱を帯びた声で語り出した。 「宿場で、参勤交代の大名行列の『奴(やっこ)』を見たのだ! あれは実に勇ましく、格好良かったぞ! 釘抜紋の半纏に身を包み、大股で主君の供をして堂々と歩く姿……あれぞ武士と町人の中間たる男の美学! まさに奉公人の鑑であった!」

…………。 帳場の空気が、しんと静まり返った。

(はぁぁぁぁぁ?) 俺は思わず目を白黒させ、口をあんぐりと開けた。 (なんだそりゃ!? 奴が歩いてるだけじゃねえか! どこが面白い話なんだよ、ただの真面目な道中日記じゃねえか!)

すると、文次が小声で口を開いた。 「……おい、三郎助」 俺は音を立てないように、静かにトンッと足を踏んで三郎助の方向を教える。文次は首をそちらへ向け、光五郎には見えないように腹の前で手真似を作った。 (おい、こいつ頭が変だぜ。奴が面白いなんて、おかしいぜ) 俺も文次に合わせるように、三郎助に向かって両手を広げて肩をすくめ、顔をしかめてみせた。 (大番頭の旦那、奴が面白いってよ。ちっとも面白くねえよな)

その俺たち二人のやり取りを一部始終目で見ていた三郎助は、いつものように人の良さそうなニコニコ顔を崩さなかった。 (まったく、大番頭の旦那の頭はカチカチで面白みってもんがねえな) 心の中では俺たち二人の意見に完全に同意していた三郎助だったが、彼はそのニコニコ顔のまま、ポンと手を打って大きな声を出した。

「おう、まったくだ!」

俺たちの呆れた気持ちを代弁したつもりで、適当にそう相槌を打ったのである。 しかし、その三郎助の声を聞いた光五郎は、パァッと顔を輝かせた。

「おお! そうだろう、そうだろう! さすがは不器用ながらも芸を志す者たち、あの『奴』の勇ましさと素晴らしさが分かるか! うむ、やはり私の目に狂いはなかった!」

(((違ぁぁぁぁう!!!))) 俺たちの心の絶叫が見事にハモったが、当然光五郎には聞こえない。

「よしよし、ならばその素晴らしい『奴』の姿を、お前たちの舞台の当て物にするといい! いやぁ、参勤交代の奴振りを舞台で舞うとは、実に極上の舞台になりそうだ! はっはっは!」

完全に上機嫌になって一人で盛り上がり始めた大番頭を前に、俺たちはもう訂正する気力も失せてしまった。 「へ、へい! 素晴らしいお話でごさいやした! ささ、戻って稽古だ!」 三郎助が慌てて文次の手を引き、俺も愛想笑いを浮かべてペコペコと頭を下げながら、俺たちは逃げるようにして帳場を後にした。

離れへ戻る道すがら、俺たち三人の顔には、何とも言えない悪戯っぽい笑みが浮かんでいた。 まだ「当て物」の筋書きがどうなるかは分からない。 だが……「奴(やっこ)」という題材と、あの真面目で堅物な大番頭の旦那を少しばかり「いじってやろう」という悪巧みの種が、俺たち不器用な三人衆の胸の内に、確かに芽生え始めていたのである。


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夢都 父の研究サポートのバイト代として「チップは好きに受け取っていい」って言われて、なんとなく引き受けてしまいました。本当に面白かったらで構わないので気が向いたらお願いします。父の研究支援にも回したいと思ってます。