舞い踊れ!第二十二話:酒飲んで 廓一番 大ぼらを
俺の名前は巳之助。 「奴(やっこ)」という題材を思いついた俺たちは、どうせなら大番頭の旦那を徹底的にいじり倒すような「笑える弱点(やらかし)」を曲に盛り込んでやろうと企んでいた。
だが、あの頭のカッチカチな大番頭の弱点など、俺たちが直接聞き出せるはずもない。 そこで俺たちは、いつも大番頭の右腕としてこき使われている、あの手代の男――たしか「清吉」とかいう常識人――のところへ向かった。
帳場の裏で、山積みの荷の整理をして汗を流している清吉を見つけると、文次が胡座をかいたまま口を開いた。
「おい、清吉!」 俺はすかさず、清吉のいる方向へ向かって、ドンッと一回力強く足を踏み鳴らす。 残された片耳でその音を拾った文次は、見事に清吉の真正面へ首を向けた。 「俺たちは今、大番頭の旦那を驚かせるための当て物を作ってるんだ。だが、あの旦那は真面目すぎて面白みがねえ。何か、旦那がやらかした面白い話とか、笑える弱点はねえのか?」
突然話しかけられ、しかも俺の足音だけで盲目の文次が正確に自分の方を向いたのを見て、清吉は目を丸くして持っていた帳面を落としそうになった。 「えっ!? な、なんで今の足音で通じたんですか!? まさか会話の合図!? ……ひぃっ、あなたたち本当にバケモノですか……っ!」 「おい、清吉!」 ドンッ。 「バケモノとは失礼な野郎だな! いいからさっさと大番頭の面白い話を教えろってんだ!」 「は、はいぃっ!」
清吉は少し怯えながらも、周囲を見回して声を潜めた。どうやら彼も、あの理不尽な大番頭に対して日頃のストレスが溜まっているらしい。 「大番頭の面白いところ……といえば、やはり酔っ払うと『法螺(ほら)』を吹くところですかねぇ」 (ほら?) 俺が首を傾げると、清吉はくすっと笑って続けた。 「ええ。先日も、うちの大旦那様が吉原の方へお出かけになった時のことなんですがね。大番頭は少し酒が入ると決まって、『うちの大旦那は凄いんだぞ! 毎晩のように吉原一の花魁をあげて、大金を使って豪遊してるんだ!』って、ありもしない武勇伝をベラベラと自慢し始めるんですよ」 それを目で見て聞いた三郎助が、ポンと手を打って笑った。 「おうおう、そいつぁ傑作だ! あの真面目くさった旦那が、酒を飲むと主人の自慢話を大げさに吹いて回るのか!」
俺は不思議に思い、清吉に向かって首を傾げ、両手で大きくバッテンを作って見せた。 (ちょっと待て、ありもしないってどういうことだ?) 俺の身振りを見た三郎助が通訳する。 「巳之助が、『ありもしないってのはどういうことだ?』って聞いてるぜ」 清吉は「ああ、実はですね……」とさらに声を落とした。 「大旦那様は、数年前に亡くなられた奥様のことを今でも深く愛しておられましてね。吉原へ行かれるのも、決して豪遊するためなんかじゃないんです。ただ、奥様が大好きだった琴の音を、静かに聞きに行かれているだけなんですよ」 「なんだい、そりゃあ……」 文次が呆れたように呟く。 「大旦那様から『面白いから、光五郎には真実を言うな。好きに言わせておけ』と固く口止めされているので、私たちも黙って合わせてるんですがね。大番頭だけが、本気で大旦那様が色街で遊び呆けていると信じ込んで、酔うたびに法螺を吹いているってわけです」
…………。 少しの沈黙の後。 俺は腹を抱え、音を立てないように肩を震わせて大爆笑した。顔をくしゃくしゃにして、床を叩いて転げ回る真似をする。 (なんだそりゃ! 真面目なツラして、主人の深い愛情にも気付かず、とんだ知ったかぶりのホラ吹きじゃねえか! 最高に笑えるぜ!) 俺の全身を使った爆笑を見た三郎助が、ポンと手を打って大きな声を出した。 「おう、巳之助が『真面目な顔してとんだホラ吹き野郎だ! そいつぁ最高だぜ!』って笑ってるぞ!」 文次が膝をバシッと叩いた。 「おい、三郎助!」 ドンッ、と俺が三郎助の方向を足で鳴らす。文次がそっちを真っ直ぐに向いた。 「へっ! そいつぁいい! 主人のことを大げさに自慢して回るホラ吹き野郎! じゃあ、その『酒を飲んで吉原通いの主人の自慢話をする』ってのも、俺たちの当て物の中に取り込んじまおうぜ!」
その言葉に、三郎助はいつものようにニコニコと人の良さそうな笑顔を浮かべた。 (まったく、大番頭の旦那もとんだ赤っ恥だな) 心の中ではそう思いながら、三郎助は適当に、しかし今回は完璧に合致した相槌を打つ。 「おう、まったくだ!」
「吉原通いの主人の供をしてきた『奴』が、酔っ払って主人のホラ話をしてやがる、って筋書きだ! そいつぁ滑稽で面白えや!」 俺も大賛成だとばかりに、ドンッ!ドンッ!と力強く足を踏み鳴らした。
俺たち三人の間で、また一つ「江戸一の舞台」の歯車がカチリとはまる音がした。 だが、その一部始終を見ていた清吉は、顔を真っ青にして頭を抱え込んでいた。 「え、えええっ!? まさか、その話を舞台にする気ですか!? 大番頭の失態をそんな風にいじり倒したら、あなたたちどころか、教えた私まで確実に殺されますよ!?」
「おい、清吉!」 ドンッ。 「安心しな! あんな節穴の旦那、俺たちが作った曲の真意なんざ、一生気づきやしねえからよ! がっはっは!大体当人以外は全員知ってる話なんだろ」 文次が豪快に笑い飛ばし、三郎助が「おう、まったくだ!」と適当に同調し、俺も声を殺してゲラゲラと笑う。「まあ、そうですが。。。」
こうして、参蔵屋の不憫な常識人(清吉)を巻き込みながら、俺たち不器用な三人衆による「大番頭への意趣返し」を兼ねた熱狂的な曲作りは、ますます悪ノリを加速させていくのであった。
いいなと思ったら応援しよう!
父の研究サポートのバイト代として「チップは好きに受け取っていい」って言われて、なんとなく引き受けてしまいました。本当に面白かったらで構わないので気が向いたらお願いします。父の研究支援にも回したいと思ってます。