舞い踊れ!第二十七話:ぶん投げて 拾った順で 曲ができ
「……つまらん」
参蔵屋の大番頭・光五郎の低く冷たい声が、離れの空気を凍りつかせた。 深酒の果てに俺たちが作り上げた『供奴』の詞章(紙の束)をパラパラと捲りながら、光五郎は不機嫌そうに鼻を鳴らした。
「筋書きの意図はわかる。吉原通いの主人の供をした奴が、自慢話に夢中になって遅れ、迷子になってうろたえる……たしかに『主人はどこへ行ったか』『奴は何をやらかしたか』という二重の謎かけになっているのは評価しよう」 大番頭は苛立ったように部屋の中をウロウロと歩き回りながら、ピシャリと言い放った。 「だがな、こんなありきたりなマヌケな奴の失敗談を長々と見せられて、誰が喜ぶのだ! まったくもって、つまらん!」
俺は畳の上で胡座をかいたまま、ぽかんと口を開けた。 文次もあからさまに顔をしかめ、三郎助も目をパチクリとさせている。 部屋の隅に座る藤お嬢様と侍女の桜も、ピタリと動きを止めていた。
「ええい、こんな分かりやすいだけの話では、これから迎える婿探しのための大舞台で、江戸一の切れ者を試す超難問の当て物にはならん! もう一度やり直しだ!」
バサァァッ!! 激怒した光五郎は、手にしていた何枚もの半紙の束を、空中に勢いよく放り投げた。 ひらひらと、俺たちが作った『供奴』の詞章が畳の上に散らばっていく。
「私は店先での仕事があるゆえ、これで戻る! 次に来る時までに、もっと難解な当て物になるように作り直しておくように!」 光五郎はそう吐き捨てると、苛立ち紛れに足早に離れを出ていき、ピシャリと力強く襖(ふすま)を閉めた。
…………。 光五郎のせわしない足音が遠ざかり、完全に聞こえなくなるまでの数秒間。 離れの中には、奇妙な静寂が落ちていた。
やがて、見えない目を襖のほうへ向けていた文次が、ポツリと呟いた。 「……行ったか?」 俺は音を立てないように、トンッ、と軽く足を踏んで肯定の合図を送る。
次の瞬間――離れの中にいた全員が、堰を切ったように一斉に吹き出した。
「「「お前のことだよ!!」」」
文次が真っ先に堪えきれずにツッコミの咆哮を上げ、俺は腹を抱えて畳の上を転げ回り、バンバンと床を叩いて大爆笑した。 三郎助がポンと手を打って涙を流して笑い飛ばす。 「おうおう! 巳之助が『全部お前のやらかした実話じゃねえか、この節穴野郎!』って腹抱えて笑ってるぜ! 違いねえ、お前のことだよ!」
「ひふっ……! あ、あんなに堂々と……ご自分のことだと微塵も気づいておられないなんて……不憫すぎます……くすっ、あはははっ!」 普段は真っ当な常識人である桜でさえ、光五郎のあまりの「狂言師」ぶりに胃痛を通り越し、お腹を押さえて笑い転げている。 その隣で、藤お嬢様は広げた扇で顔を隠しながらも、肩を小刻みに震わせて「ふふふ……っ、くすくす……っ」と声を漏らして笑っていた。
ひとしきり笑い合い、ようやく呼吸を整えた文次が、見えない目をカッと見開いてニヤリと笑った。 「おい、お嬢様。あの頭のカッチカチな旦那、マジで自分のことだって気づいてねえぞ! おめでてえ頭しやがって!」 俺はドンッ! ドンッ! と力強く足を踏み鳴らし、文次の言葉に全力で同意する。
すると藤お嬢様は、扇をそっと下げ、目元に浮かんだ笑い涙を指で拭いながら頷いた。 「ええ。自分のことをあれだけ書かれているのに自分のことだと全く気付けないなんて。……当て物としてはよさそうね」
そんなやり取りの横で、俺は畳の上にバラバラに散らばった半紙を適当に拾い集めていた。 そして、重なったその紙の束をパラパラとめくりながら眺めていると――俺の頭の中に、唐突にとんでもない情景が閃いた。
(こ、これは……!!) 俺はたまらなくなって急に立ち上がると、そのまま飛んで跳ねて、滅茶苦茶な勢いで踊りだした。
「なんだなんだ!?」 突然踊り狂い始めた俺の足拍子の振動を感じて、文次が驚いたように声を上げる。 三郎助も目を丸くして、「おうおう、巳之助、どうしたんだ!?」と俺の動きを見つめた。
俺は踊るのをピタリと止めると、手にしていた紙の束を三郎助にバサッと押し付け、ドンッ!と床を踏んで促した。 (いいから、今俺が適当に拾い集めた順で、その歌詞を読んでみろ!)
「おう? 俺が拾った順に読めばいいんだな?」 三郎助は手元の束を上から順に読み上げ始めた。
「いくぞ! ええと、最初は『ちっと後れて出かけたが』……次が急に『ひびやあかぎれかかとや脛に』! で、『おんらが旦那はな廓一番』って自慢話が始まったかと思えば、突然昨日の話になって『醒めた夕べの拳酒に』『亥の眼灸がくっきりと』で千鳥足だ! んで最後が『うろたへ眼で提灯をつけたり消したり灯したり、揚屋が門を行き過ぎる』だ!」
読み終えた三郎助が、ポンと手を打って大笑いした。 「おうおう! こいつぁすげえ! 遅れて走り出したと思ったら、足のあかぎれを気にして、主人の自慢話で威張ったかと思えば、突然昨日の泥酔と背中のお灸の痛みを思い出して千鳥足になり、最後は迷子になって揚屋を通り過ぎる! 感情も情景も一貫してねえ、訳の分からねえ話になっちまったぜ!」
俺は再び飛んで跳ねて、そのちぐはぐな順番で踊る真似をしてみせた。そして両手でバッテンを作り、ふうふうと息をつく。 (ホントだぜ! 場面も気分もコロコロ変わりやがって、めちゃくちゃ踊るのに困るじゃねえか! だが最高だ! 時系列が完全に崩壊したことで、ただでさえ分かりにくい謎が、意味不明な『超難問』に化けやがったぞ!)
その滅茶苦茶な歌詞の流れと俺の足拍子を聞いて、文次が膝をバシッと叩いた。 「なるほど! 順番が変わったから余計難しくなったってことだな!」
その熱気を受け、藤お嬢様は扇を口元に当てて、パァッと目を輝かせた。 「まあ。順番が狂ったことで、因果関係が余計わからなくなったわね。そのうえ踊る方も本当に困りそう。……これ、すごくいいわ。歌詞の流れは、これでいきましょう」 お嬢様の鶴の一声で、この「順序が滅茶苦茶な謎かけ唄」が、大舞台での正式な演目として決定した瞬間だった。
「がっはっは! 違いねえ!」 文次が三味線を手探りで引き寄せ、ニヤリと不敵に笑う。 「つまらねえと言われた講談が、あの旦那がぶん投げたおかげで、とびきり難解で粋な当て物に大化けしやがった! よし、この『拾った順』のまま、強引に曲をつけてやるぜ!」
離れの中が再び熱気を取り戻し始めたのを見て、藤お嬢様はスッと立ち上がり、楽しげに扇を揺らした。
「あとは、これに見合う踊りと曲はお三方にお任せすれば何とかなりそうね」 お嬢様は、涼やかな瞳を江戸の町の方角へ向けて、ふふっと微笑んだ。 「……となると、残る問題はあの殿方たちを試すための『からくり』。いかにして大舞台を設えるか、ね……」
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父の研究サポートのバイト代として「チップは好きに受け取っていい」って言われて、なんとなく引き受けてしまいました。本当に面白かったらで構わないので気が向いたらお願いします。父の研究支援にも回したいと思ってます。