見出し画像

舞い踊れ!第二十八話:ないのなら 作って見せよう 大舞台

(……ああ、胃が痛い)

俺の名前は清吉。江戸屈指の材木問屋『参蔵屋』で、手代を務めている。 大番頭である光五郎さんの右腕として、主に店舗の修繕や大工たちとの連絡窓口といった現場の仕切りを任されているのだが……最近の参蔵屋は、とにかく異常だ。

上司である光五郎さんは、お見合いの連敗と婿探しの重圧で常にキレ散らかしているか、胃を押さえてへたり込んでいる。 後輩の手代である八兵衛は、そんな怒号が飛び交う中でも立ったまま居眠りをし、五日遅れの節分の豆を客に全力投球するほどの限界突破のド天然だ。 さらには最近、離れに「目や耳や声が不自由なバケモノ三人衆」まで居座るようになり、夜な夜なドタバタと謎の足拍子や三味線の音を響かせている。

上司の暴走と部下の奇行、そして得体の知れない居候。 その狂騒の中心で、俺は毎日「申し訳ございません!」と土下座で尻拭いをする日々を送っていた。

「はぁ……。今日も八兵衛がやらかす前に、店先を見張っておかねえと……」 俺が帳場の陰でこっそりとため息をついていると、背後からスッと声をかけられた。

「清吉。少し、よいかしら」 振り返ると、そこには大きめの扇で口元を隠した参蔵屋の跡取り娘・藤お嬢様と、その後ろで申し訳なさそうに身を縮めている侍女の桜さんが立っていた。

「お嬢様! はい、何でございましょうか」 俺は慌てて居住まいを正し、奥の私室へと案内された。 人払いがされた静かな部屋で、藤お嬢様は扇の陰でふふっと微笑んだ。

「いつも大番頭や八兵衛のことで、苦労をかけているわね」 「い、いえ! 手代として当然の務めでございますから!」 (……分かってくださっているなら、どうか光五郎さんを少し休ませてやってください)という本音をぐっと飲み込む。

藤お嬢様は、スッと真面目な声音になって本題を切り出した。 「実はね、清吉に頼みたい大仕事があるの。……今度、婿候補の方々を集めて、離れにいるあのお三方が作った『当て物(謎かけ)』を披露するのだけれど……どこか、大きな芝居小屋ってお借りできるのかしら?」

「……はい?」 俺は思わず間の抜けた声を出してしまった。

「ですから、中村座のような立派な舞台を、私たちのお見合いの場として貸し切りにできないかと思って」 「い、いやいやいや! 無理ですよお嬢様!」 俺は慌てて両手をブンブンと横に振った。 「そうでなくても、今の中村座をはじめとする江戸の歌舞伎の舞台は、連日大入りで満員御礼なんですよ! いくら大旦那様や参蔵屋の力と財力があったとしても、お見合いの余興のために大芝居の小屋を貸し切るなんて、江戸中のひんしゅくを買ってしまいます!」

真っ当な商売人としての論理的な説明。我ながら完璧な返答だった。 それを聞いた藤お嬢様は「あら、そうなの。残念ね」と小さく呟き、小首を傾げた。

「……だったら、自分達で作りましょう」

「…………えぇぇぇぇぇぇぇ!!!!?」 俺の素っ頓狂な絶叫が、私室に響き渡った。

「つ、作る!? 舞台をですか!? いやいやお嬢様、大根や豆腐を作るのとは訳が違うんですよ!? 何百人もの大工を動かして、舞台だけじゃなくて見物席までこしらえるなんて……!」 「あら、うちの本業は江戸一の『材木問屋』でしょう? 木材ならいくらでも山ほどあるじゃないの」

お嬢様は扇をパチンと閉じ、こともなげに言い放った。 「あの三人の方々が作る当て物、とても奇妙でね。お見合いの席で披露するには、少しばかり『からくり』が必要なのよ。あちこちを走り回って、激しい足拍子を踏み鳴らす……こんな感じの踊りになるの」

藤お嬢様は手元で軽く指を鳴らし、楽しそうに続けた。 「だから、その激しい動きに見合う頑丈さと、あの方々の謎かけを最高に引き立てる特別な『からくり』を仕込める大舞台をお願いね。場所は、うちの裏手にある空き地でいいわ」

俺は開いた口が塞がらなかった。 (このお嬢様は、何を言っているんだ……。ただのお見合いのために、わざわざ大工を総動員して巨大な舞台を新設しろだと!?)

俺が頭を抱えて凍りついていると、藤お嬢様は懐から「ずっしり」と重たい布包みを取り出し、俺の目の前にドンッ、と置いた。 布の隙間から、鈍く光る大量の小判の山が見える。

「大工たちを動かすための『実弾』は、お父様からたっぷり預かっているわ。清吉、現場の采配はすべてあなたに任せるわね。……よろしく頼むわよ」

扇の陰で、美しき策士が有無を言わさぬ圧を放って微笑んでいる。 その後ろで、侍女の桜さんが(清吉さん……本当に、本当にお気の毒に……)と、涙ぐみながら深く同情する視線を俺に向けていた。俺と彼女は、この正気を失った参蔵屋において、互いの胃痛を分かち合う唯一の『常識人同盟』なのだ。

「…………っ」 俺は目の前の黄金の山と、桜さんの同情の視線を交互に見つめ……やがて、深く、深く、地の底から湧き上がるようなため息をついた。

「……わかりました。大工の頭領たちに掛け合って……何とかやってみます」

かくして、参蔵屋の不憫なる手代である俺の手によって、お見合いのための「前代未聞の劇場作り」という、狂気の計画が動き出してしまったのである。


いいなと思ったら応援しよう!

夢都 父の研究サポートのバイト代として「チップは好きに受け取っていい」って言われて、なんとなく引き受けてしまいました。本当に面白かったらで構わないので気が向いたらお願いします。父の研究支援にも回したいと思ってます。