舞い踊れ!第二十五話:かわら版 どこかで聞いた 恥の跡
(んー、もう少しなんかないかなぁ。。。ちょっと話にするにはもうちょっとネタがあるといいんだが)
手代の八兵衛から、大番頭の「吉原での情けない迷子劇」という極上のネタを聞き出した俺たちは、すっかり気を良くしていた。 だが、あの偉そうで頭のカッチカチな旦那を徹底的にいじり倒すための当て物(謎かけ)を作るには、まだもう一押し、腹の底から笑えるようなでっかい失態の「材料」が欲しい。
俺が畳の上でゴロンと寝転がって唸っていると、定位置で胡座をかいていた文次も、三味線を傍らに置いてぼやいた。 「あーあ。ホラ話と迷子劇だけじゃ、まだ物語の筋が弱え。もう一つでっけえやらかしが欲しいところだな」 三郎助も腕を組んで天井を見上げている。 そんなことを考えながら、俺たち三人が離れで車座になって難儀していると、縁側のほうからパタパタと慌ただしい足音が近づいてきた。
「お三方、ちょっとこれを見てくださいな!」 現れたのは、藤お嬢様のお付きの侍女・桜だった。 彼女の手には、町で売られている真新しい一枚の紙切れ――かわら版が握られている。
「おい、桜!」 胡座をかいた文次が大声で呼ぶ。目が見えない文次には、新しくやって来た桜の正確な立ち位置が分からない。 俺はすかさず、ドンッ! と一回力強く足を踏み鳴らして桜のいる方向を教えた。残された片耳でその音を拾った文次は、見事に桜の真正面へと首を向けた。 「どうした、血相変えて。その紙切れはなんだい?」
桜は、手に持ったかわら版をヒラヒラとさせながら、少し興奮した様子で話し始めた。 「今日、町へ買い物に出たら、江戸の街でこのかわら版が大層流行っていたんです! なんでも、先日の日光街道で、江戸から来た大店の番頭がとんでもない大失態をやらかしたっていう笑い話のようでして」 (ほう?) 俺は面白くなって身を乗り出し、桜からそのかわら版を受け取ると、隣にいる三郎助にヒラリと渡した。耳は聞こえないが、三郎助は俺たちの中で一番しっかりと文字が読めるからだ。
かわら版に目を落とした三郎助は、その内容を読むなりポンと手を打って大笑いした。 「おうおう、どれどれ……『江戸から来た生真面目そうな番頭が、酔っ払って大名行列の奴(やっこ)の真似をして歩き回り、宿場では拳酒(けんざけ)の勝負で大負けして泥酔』……」 「ほうほう」 「『翌朝は案の定寝坊して一行に置いていかれ、泥のあぜ道を必死にひた走る羽目に。やっとの思いで通りすがりの荷馬車に拾ってもらったものの、今度は荷台の上で居眠りをし、急に大声を上げて暴れ出したせいで、怒った馬方から荷馬車を引きずり下ろされた』……だとよ! 最後に『旅の恥はかき捨てとは言うけれど、みっともないねぇ』って書いてあるぜ! そいつぁとんだ大マヌケだ!」
それを聞いて、文次がニヤリと笑った。 「おい、三郎助。ちょっとその挿絵を見てみろ! どんな間抜けヅラした番頭が描かれてるんだ?」
言われて、俺も三郎助の横からかわら版の挿絵をじっくりと覗き込んだ。 印刷が粗く、半纏の背中に描かれた紋は墨が滲んでいてよく見えない。顔も大げさに滑稽に描かれているため、一目では誰だかわからない。 だが……俺の脳裏に、これまでに集めた情報がカチリと音を立てて繋がった。 (……少し前に日光参りに行き、足にはひびやあかぎれを作り、肩にはお灸を据えている。そして、大の酒弱いくせに、酔うと羽目を外す……!)
俺は目をひんむき、それから腹を抱え、音を立てないように肩を震わせて大爆笑した。顔をくしゃくしゃにして、床をバンバン叩いて転げ回る。 (傑作だ! 紋が滲んでてはっきりとは見えねえが、これ、どう考えてもうちの大番頭の旦那のことじゃねえか!) 俺の全身を使った爆笑を見た三郎助が、ポンと手を打って大きな声を出した。 「おう、巳之助が『今まで集めた情報とピッタリだ! このかわら版の番頭、間違いなくうちの大番頭の旦那だ!』って腹抱えて笑ってるぞ!」
文次が膝をバシッと叩き、俺と三郎助の間へと正確に顔を向けた。 「マジかよ! あのいつも俺たちに『真面目にやれ』って偉そうに説教してくる堅物の旦那が、道中でそんな恥さらしな大失態をやらかしてたのか! さすがに本人には怖くて聞けねえが、十中八九間違いねえな!」
俺は立ち上がり、両手の人差し指を交差させてバッテンを作り、口の横で指をヒラヒラとさせてみせた。 (人の噂も七十五日って言うが、まさかかわら版のネタにまでされて江戸中にバラまかれるなんて、最高にマヌケだぜ!) 三郎助がニコニコと通訳する。 「おう! 巳之助が『人の噂も七十五日って言うが、かわら版になるなんて傑作だ!』ってよ!」
「がっはっは! 違いねえ! これも俺たちの舞台の当て物の、とびきりのネタに使えそうだぜ!」 文次は豪快に笑い飛ばすと、見えない目を俺のほうへ向けた。 「おい、巳之助! 忘れねえように、今までの話とかわら版のネタを全部『ネタ帳』に書き留めておけ!」
そう言われた俺は、ブルブルと激しく首を横に振った。そして、空中で筆を持つ真似をしてから、それをポイッと投げ捨てる動きをして見せる。 (冗談じゃねえ。俺は字が汚えし、第一いちいち筆で文字を書くなんてめんどくせえんだよ!) 俺の身振りを見た三郎助が、ポンと手を打つ。 「おう、巳之助が『俺は字が汚えし、書くのはめんどくせえ』って言ってるぞ!」 そして俺は、両手を合わせてペコペコと頭を下げてから、宙で筆を動かす真似をして、部屋の入り口にいる桜を指差した。 (桜、お前字が書けるだろ? 頼む、俺の代わりにこいつらを書き留めてくれ!) 「おう! 巳之助が『桜、頼むから代わりに紙に書いてくれ』って頼んでるぜ!」
三郎助の通訳を聞いた文次が、「おい、桜!」と威勢よく凄んで顔を向けた。 だが、関わり合いになりたくなかった桜がコソコソと部屋の隅へ後ずさりしてしまっていたため、文次は誰もいない掛け軸の方向に向かって偉そうに胸を張ってしまっていた。 俺はやれやれと呆れながら、ドンッ! と一回足を踏み鳴らし、移動した桜の正確な位置を教える。 「おっと」 文次はこほんと咳払いをして桜のほうへ向き直ると、再び凄みを利かせた。 「そういうこった。悪いが、そこにある半紙に俺たちの言うネタを書き出しておいてくれないかい!」
名指しされた桜は「ひぃっ!」と小さく悲鳴を上げた。 「え、えええっ!? 私がですか!? なんで私が、大番頭の失態の悪口を書き留めなきゃいけないんですか! 万が一この紙が見つかったら、私まで同罪で怒られてしまいます!」 「いいから書けってんだ! さあ、いくぞ!」 文次に凄まれ、桜は(お嬢様はきっと面白いとおっしゃるでしょうけれど……どうして私がこんな目に……)と半泣きになりながら、渋々筆と墨を引き寄せた。
「まずは『身柱の灸とあかぎれ』だ。それから八兵衛から聞いた『揚屋の前で迷子になる』。次に、そのかわら版の『奴の姿で歩く』『拳酒で大負け』『寝坊してあぜ道をひた走る』。あ、あと『酒を飲んで法螺を吹く』だ。全部書いたな!」 「は、はいぃ……」
桜が震える手で書き殴った半紙を覗き込み、俺は「上出来だ」とばかりにドンッドンッと足を踏み鳴らした。
「よし! これで極上の材料は揃ったな!」 文次が手探りで三味線を引き寄せながら、不敵な笑みを浮かべた。 「今夜はこいつを肴に、パーッと酒盛りしながら、どうやってこいつらを『極上の当て物』に組み込むか、みっちり作戦会議といこうぜ!」 三郎助も、ニコニコ顔のままポンと手を打って大きな声を出した。 「おう、まったくだ! 今夜はとことん飲むぞ!」 俺も大賛成だとばかりに、ドンッ!ドンッ!と力強く足拍子を打った。
三人の間に、またしても凄まじい悪ノリの熱が燃え上がる。 その光景を見ていた桜は、自身が書き留めてしまった「大番頭の恥の全記録(ネタ帳)」を見つめながら、深々とため息をついて頭を抱えていた。
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父の研究サポートのバイト代として「チップは好きに受け取っていい」って言われて、なんとなく引き受けてしまいました。本当に面白かったらで構わないので気が向いたらお願いします。父の研究支援にも回したいと思ってます。