舞い踊れ!第二十四話:吉原の 失敗語る とっておき
「も、もっとずっと面白いヘマッスか!? ええと、ええと……あ! そういえば、こないだの日光参りに行く少し前、二月の終わり頃に、とんでもないことがあったッス……!」 八兵衛は、俺たち不器用な三人衆に詰め寄られて震え上がりながら、あの真面目な大番頭の「最大の大失態」を口にし始めた。
「あのいつも真面目でカッチカチの大番頭が、急に俺と清吉さんに仕事を全部押し付けて、血相を変えて吉原の方へすっ飛んで行ったことがあったんスよ……!」
「どういうこった。あの旦那はいつも、大旦那の吉原通いをホラ吹いて自慢してるだけだろ。自分から吉原へ行ったってのか?」
「そ、そうなんス! あの日の夕方、大旦那様が吉原へ出かける時、大番頭も『光五郎も行くか?』って誘われたんス。でも大番頭は『私は番頭としての務めがありますゆえ!』って、すげえ真面目な顔して断ってたんスよ」 八兵衛は身振り手振りを交えて語り出した。 「でも、大旦那様が出発した直後から、大番頭の様子がおかしくなって……。手元には、お嬢様の連続お見合いを仕切った慰労金として頂いた、たっぷりの軍資金が入った巾着があったんス。それを握りしめて、帳場を行ったり来たりして、ウンウンすんげえ顔して悩んでて……」 (ほう?) 俺は面白くなって身を乗り出した。 「大番頭の立場上、真面目を装ってただけで、やっぱり吉原のことが気になって気になってしょうがなかったんでしょうね。突然『ええい、やはり私もお供せねば!』とか何とか自分に言い訳しながら、俺と清吉さんに仕事をドンッと押し付けて、慌てて大旦那様を追いかけていったんスよ!」
「おい、巳之助! 三郎助!」 パンパン、ドンッ。俺の合図で文次がこちらを向く。 「真面目くさったツラして、本当は自分も吉原へ行ってみたかったってことか! あの大番頭のくせに、とんだすけべぇ野郎だな!」 俺は顔を真っ赤にして我慢する真似をしてから、堪えきれずにダッシュする動きをして見せた。 その俺の動きを見た三郎助が、ポンと手を打つ。 「おう、巳之助が『真面目ぶって必死に我慢してたのに、我慢しきれずに走って行きやがった!』って笑ってるぜ!」
「でも、話はそこで終わりじゃないんス! 俺、気になってこっそり後をつけてみたんスよ」 八兵衛はさらに声を潜めた。 「そしたら大番頭、息を切らして吉原の廓の入り口までは辿り着いたんスけど……大旦那様がどこにもいねえんス。そりゃそうッスよね、大旦那様は花魁と遊んでるわけじゃなくて、『ふくら雀』の琴を聴きに行ってるだけなんだから、表通りにいるはずねえんスよ」
俺たちは息を呑んで次の言葉を待った。 「大番頭、一人で中へ入る勇気もねえみたいで……真っ赤な顔して大門の前をウロウロ、ウロウロして……最後は迷子になった仔犬みたいな顔で、肩を落としてトボトボ帰ってきたんスよ……。あんな情けねえ大番頭、初めて見たッス」
…………。 離れの中に、一瞬の静寂が落ちた。
次の瞬間、俺は腹を抱え、音を立てないように肩を震わせて大爆笑した。顔をくしゃくしゃにして、床をバンバン叩いて転げ回る。 (傑作だ! 自分から飛び出していったくせに、主人は見つからず、一人で遊ぶ度胸もなくて迷子になって帰ってきたのか! あの偉そうな大番頭が!) 俺の全身を使った爆笑を見た三郎助が、ポンと手を打って大きな声を出した。 「おう、巳之助が『主人を見失って迷子になって帰ってくるとは、とんだ大マヌケだ!』って腹抱えて笑ってるぞ!」
文次が膝をバシッと叩いた。 「おい、三郎助!」 ドンッ。俺が足で方向を教えると、文次が三郎助の方を真っ直ぐに向いた。その見えない目は、カッと大きく見開かれていた。 「へっ! これだ! これこそ俺たちが探してた『とびきりの筋書き』だぜ!」
文次は手探りで三味線を引き寄せると、興奮した声でまくし立てた。 「吉原通いの主人のお供をしようと、仕事を放り出して少し遅れて追いかけたが、途中で主人とはぐれてしまい、廓の前をウロウロと探し回る奴! 大番頭の情けねえ大失態が、そのままそっくり『供奴』の筋書きにピタリとはまるじゃねえか!」
俺はハッとして、思わず立ち上がった。 (すげえ! 『吉原のホラ話』と『痛いお灸』と『奴』が、この迷子劇で見事に一本の物語に繋がったぜ!) 俺は親指を立てて、ドンッ! ドンッ! と力強く足を踏み鳴らして大賛成の意を示した。 三郎助も、ニコニコ顔のままポンと手を打って大きな声を出した。 「おう、まったくだ! 大番頭の迷子劇をそっくりそのまま踊りにしてやれば、腹の底から笑える最高に痛快な舞台になるぜ!」
俺たち三人の間に、静かだった火鉢へ油を注いだかのような、凄まじい熱狂の渦が巻き起こった。
その光景を見ていた八兵衛は、「ひぃぃっ!」と頭を抱え込んだ。 「えええっ!? まさか、あの日の大番頭の情けない姿を本当にそのまま舞台の当て物にするんスか!? そんなのバレたら俺たち、絶対にクビになるッスよー!! 俺、掃除に戻るッス!!」 八兵衛は悲鳴を上げながら、脱兎のごとく庭先へと逃げていった。
「おい、巳之助! 三郎助!」 パンパン、ドンッ。 「さっそくこの迷子劇を詞章(歌詞)に組み込むぞ! ええと……そうだ、『ちっと後れて出かけたが、足の早いに見はぐるまいぞよ』! これでどうだ!」
(最高だ!) 俺は嬉々として、手にした扇を提灯に見立て、キョロキョロと主人を探して走り回る奴の滑稽な動きを踊ってみせる。 三郎助がそれを見て三味線を構え、ポンと手を打つ。 「おう、巳之助が『うろたえた目で提灯の灯りをつけたり消したりしてウロウロ探す振り付けはどうだ』ってやってみせてるぞ! ならば詞章は『うろたへ眼で提灯を つけたり消したり灯したり、揚屋が門(かど)を行き過ぎる』ってのはどうだい!」
「おい、三郎助!」 ドンッ。 「そいつぁ傑作だ! もらったぜ!」
深夜の離れにて。 「江戸一の切れ者」を探すためという真面目な名目の舞台は、あの頭のカッチカチな大番頭の「痛恨の迷子劇」を徹底的にいじり倒すための、不器用なバケモノたちによる大悪ノリの場へと、完全なる変貌を遂げていたのであった。
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父の研究サポートのバイト代として「チップは好きに受け取っていい」って言われて、なんとなく引き受けてしまいました。本当に面白かったらで構わないので気が向いたらお願いします。父の研究支援にも回したいと思ってます。