ドライカレーの行き場について
昨日のドライカレーが、ちょうど一人前くらい残っていた。
冷蔵庫のなかで、小さなタッパーに入って静かにしていた。このまま今夜また食べてもいいし、ご飯にかけてもいい。
でも私はなんとなく、それをお弁当に使いたいような気がした。なんとなく、である。深い理由はない。
朝、卵を二個わって、そこにドライカレーをどさっと入れた。
玉子焼き器に広げると、カレーのいい匂いがした。

スパイスと卵が混ざったあの匂いは、思ったよりも食欲をそそるものだった。
朝の七時前に、なかなかやるじゃないか、と思った。

玉子焼きというのは、きれいに巻けた日と、そうでない日がある。
今日はまあまあ、という仕上がりだった。
完璧ではないが、弁当箱に入れてしまえばそれなりに見える。
これがお弁当のいいところである。
牛肉は焼いた。ピーマンは炒めた。
ミニトマトをひとつ入れると、急に色がよくなった。
赤というのはすごいと思う。
ひとつあるだけで、なんとなく弁当がちゃんとしているように見えるのだ。

夫がこのお弁当のことを
「カレー風味の卵焼きだ」
と気づくかどうかは、わからない。
たぶん、なにも言わないと思う。
食べてくれればそれでいい、と二十年くらい前から思っている。
昨日の残り物が今日の弁当になる。
そういうことが、私はなんだか好きである。
食材に無駄がないというより、話に続きができるような気がして、なんとなくいいのだ。
まあ、そういうことなのだと思う。
