Japan Self-Management Meetup!国内のホラクラシー&セルフマネジメント実践者の集い|Holaspirit創業者来日記念企画
本記事は、杉本匡章さん(MAP U株式会社)、高橋直也さん(RELATIONS株式会社)、藤井宏次さん(JOINTRIBE株式会社)、山田裕嗣さん(株式会社令三社)ら有志によって主催されたHolaspirit創業者来日記念企画のレポートです。
本イベントには「セルフマネジメント(Self-Management)」や「ホラクラシー(Holacracy)」といったキーワードをもとに国内外から30名近くの実践者が集いましたが、そもそも「セルフマネジメント(Self-Management)」や「ホラクラシー(Holacracy)」とはどういったものでしょうか?
主催者のお一人である山田裕嗣さんが翻訳を務められた書籍『コーポレート・レベルズ』では、現在の世界的な経営のトレンドとして以下のような8つの潮流があると紹介されています。

「利益」から「パーパス」へ
From Profit To Purpose & Values
「ピラミッド」から「チームのネットワーク」へ
From Hierarchical Pyramid To Network of Teams
「指示型リーダーシップ」から「支援型リーダーシップ」へ
From Directive To Supportive Leadership
「予測と計画」から「実験と適応」へ
From Plan & Predict To Experiment & Adapt
「ルールと管理」から「自由と信頼」へ
From Rules & Control To Freedom & Trust
「中央集権型」から「分散型」へ
From Centralized to Distributed Authority
「秘密主義」から「徹底した透明性」へ
From Secrecy To Radical Transparency
「ジョブディスクリプション」から「才能と熟達」へ
From Job Descriptions To Talent & Mastery
Corporate Rebels: Make work more fun
変化の大きな環境への適応の要請、組織を取り巻く複雑性の増大に伴う1人のリーダーや一部のマネジメント層による意思決定の限界、行き過ぎた利益追求による自然環境破壊や人々の疲弊といったさまざまな要因から、世界中で新たなビジネス、経営、組織・事業運営のあり方が模索されるようになりました。
この潮流に特にインパクトをもたらした出来事としては、2014年のフレデリック・ラルー氏(Frederic Laloux)による『Reinventing Organizations(邦題:ティール組織)』出版が挙げられるかもしれません。
「Self-Management」は上記のようなトレンドを踏まえて現れてきた、ビジネス、経営、組織・事業運営に取り組むあり方及び、多様な実践・方法論群を総称するキーワードです。
国内において「Self-Management」に関連する取り組み等は「自律分散型組織」や『ティール組織』(英治出版)における「自主経営(Self-Management)」、ソフトウエア・通信業界では「アジャイル(agile)」や「スクラム(scrum)」などのキーワードで紹介されており、ホラクラシー(Holacracy)はソフトウエア・通信業界発祥の『ティール組織』事例であり、独自の組織運営法です。
今回の企画には国内でホラクラシー実践に取り組む実務家20団体・30名が集い、来日されていたフィリップ・ピノー氏(Philippe Pinault)はホラクラシー(Holacracy)実践をサポートするツールHolaspiritの開発者でもあります。

ホラクラシー(Holacracy)という組織運営法を自社内に取り入れ実践すること、また、ホラクラシーに限らず「セルフマネジメント(Self-Management)」をビジネスや経営、組織運営で実践していくことは葛藤や混乱も伴うでこぼこな旅路(Messy Journey)です。
当日は『[新訳]HOLACRACY(ホラクラシー)――人と組織の創造性がめぐりだすチームデザイン』監訳者・吉原史郎さん(Natural Organizations Lab株式会社)やフィリップも話題提供者としてだけではなく、1人の実践者として場に加わり、この場に集った皆さんの間で活発な意見交換や対話が行われました。

以下、国内におけるホラクラシー(Holacracy)の広がりや関連する出来事も概観しつつ、当日の内容についてまとめていきたいと思います。
ホラクラシー(Holacracy)
ホラクラシーとは?
ホラクラシー(Holacracy)とは、既存の権力・役職型の組織ヒエラルキー(Hierarchy:階層構造)から権力を分散し、組織の目的(Purpose)のために組織の一人ひとりが自律的に仕事を行うことを可能にする組織運営法です。
2007年にHolacracy One(ホラクラシー・ワン社)のブライアン・J・ロバートソン(Brian J Robertson)とトム・トミソン(Tom Thomison)によって開発されたホラクラシーは、フレデリック・ラルー著『ティール組織』にて事例に取り上げられたことで、国内においても実践事例が増えつつあります。
ホラクラシーを導入した組織では、組織の全員がホラクラシー憲章(Holacracy Constitution)にサインして批准することで、現実に行なわれている仕事を役割(Role)と、役割として優先的に使用するドメイン(Domain)、継続的に行なわれている活動(Accountability)として整理し、 仕事上の課題と人の課題を分けて考えることを可能にします。
ホラクラシーにおける組織構造は『Glass Frog』という独自開発された可視化ウェブツールを用いて、以下の記事にもあるような入れ子状になった円によって表されています。(可視化ツールはGlass Frogの他、Holaspiritというツールも国内外問わず、多く活用されています)
ホラクラシーを実践する組織において仕事上、何らかの不具合が生じた場合・より良くなるための気づきや閃きがあった場合は、それをテンション(tension)として扱います。テンション(tension)は、日々の仕事の中で各ロールが感じる「現状と望ましい状態とのギャップ、歪み」です。
このテンションを、ホラクラシーにおいてはガバナンス・ミーティング(Governance Meeting)、タクティカル・ミーティング(Tactical Meeting)という、主に2種類のミーティング・プロセスを通じて、および日々の不断の活動の中で随時、不具合を解消していきます。
さらに詳しくは、日本人初のホラクラシー認定コーチであり新訳版書籍の監訳者である吉原史郎さんの記事や動画、全文公開されている新訳版書籍のまえがきもご覧ください。
また、ホラクラシーの開発の歴史については以下のブライアンの記事をご覧いただくと、その背景や哲学、取り入れられている手法や技術などもより深く理解できることかと思います。
国内におけるホラクラシーの広がり
国内のホラクラシー実践黎明期
日本におけるホラクラシー(Holacracy)の実践を調べてみると、ダイヤモンドメディア株式会社(現・株式会社UPDATA)における2008年頃に遡ることができます。
武井浩三さんが代表を務められていた当時のダイヤモンドメディアでは、ホラクラシー憲章への批准とそれに基づく実装ではなく、要素の一部を取り入れる形で実践が行われていました。
開発者ブライアン・J・ロバートソンによる初めての、そして現状は唯一のホラクラシーに関する体系的な書籍が初めて邦訳出版されたのは、2016年1月のことです。ここからしばらく、ホラクラシーに関しての情報は旧約版となるこの書籍と英語文献に限られる時期が続きました。

その後の注目すべき国内事例としては、2018年3月に株式会社scouty(現・LAPRAS株式会社)がホラクラシー憲章に批准する形で本格導入され始めたことです。
その当時の様子は、島田寛基さん(株式会社scouty)、武井浩三さん(ダイヤモンドメディア)、山田裕嗣さんの鼎談の中でも語られています。
また、島田さんは当時、「ホラクラシー」という用語と意味・実態が国内ではかなり広い意味で捉えられていると別のインタビューでお話しされており、ホラクラシー憲章(Holacracy Constitution4.1、5.0)に沿った自社での運営を「純ホラクラシー組織」と呼称するなど工夫されている様子が伺えました。
『ティール組織』のムーブメント
上記と別の文脈では、『ティール組織』を国内に紹介していく流れにおけるホラクラシー(Holacracy)の実践が見受けられます。
2016年9月19日~23日、ギリシャのロードス島で開催された国際カンファレンス『NEXT-STAGE WORLD』は、フレデリック・ラルー著『Reinventing Organizations(邦訳名:ティール組織)』にインスピレーションを受け、新しいパラダイムの働き方、社会へ向かうために世界中の実践者が学びを共有し、組織の旅路をサポートしあい、ネットワーク構築を促進することができる場として催されました。
この場に日本人として参加していた嘉村賢州さん、吉原史郎さんは、この海外カンファレンスの報告会を東京・京都で開催すること共に、嘉村賢州さんが代表を務めている特定非営利活動法人場とつながりラボhome's viにおけるホラクラシーの実践が、2017年6月より始まりました。(私自身のホラクラシー実践もここからです)
ホラクラシーはフレデリック・ラルー氏の書籍において事例として紹介されていたことや、ホラクラシー憲章(Holacracy Constitution)という明確なフレームワークが存在することから挑戦する価値があるのではないか、と当時のhome's viで意思決定が行われたためです。
ホラクラシー挑戦のプロセスは、NEXT-STAGE WORLD以降、賢州さんらとコミュニケーションしてきたメンター・ジョージ・ポー氏(George Pór)にご協力いただいた後に、吉原史郎さんにサポートしていただく形で進めていきました。
その後、NEXT-STAGE WORLDでのご縁から2017年以降、ホラクラシーワン創設者の1人であるトム・トミソン氏(Tom Thomison)や欧州におけるホラクラシー実践者でありコーチのクリスティアーネ・ソイス=シェッラー氏(Christiane Seuhs-Schoeller)が来日され、海外の実践者と日本の実践者の交流の流れが生まれ始めました。
2017年以降、クリスティアーネとのご縁ができた桑原香苗さん、石井宏明さん、山田希さん、安田健一さんらは後にNexTreams合同会社を創業し、ホラクラシーをはじめとする知見をクリスティアーネと共に継続的に国内に紹介されていくこととなります。
2018年1月にはフレデリック・ラルー著『ティール組織』が出版され、日本の人事部HRアワード優秀賞を受賞、2019年9月には著者フレデリック・ラルー氏の来日企画ティール・ジャーニー・キャンパスが開催されるなど、『ティール組織(原題:Reinventing Organizations)』は日本のビジネス界にムーブメントを巻き起こしました。

下田理さん、吉原史郎さん、ラルー氏、藤間朝子さん、嘉村賢州さん
この『ティール・ジャーニー・キャンパス』では「ホラクラシー」の今とこれから」と題された分科会も開かれており、吉原史郎さん、藤井宏次さんの他、株式会社BowL(現・一般社団法人BowL)からは荷川取佳樹さん、徳里政亮さんが登壇され、一部私もパートを担当させていただきました。
世界のホラクラシー実践と、日本の現在地
ホラクラシーを補う手法等の導入・開発
ホラクラシーを組織で実践すること、そしてその実践を続けていくことは、さまざまな難しさを生むことがあります。
例えば、それは以下のようなものです。
・従来の仕事、組織上の進め方からの急進的な変革による歪み
・既存の組織、仕事の枠組みとホラクラシーに基づく進め方との葛藤・混乱
・組織内の関係性、文化等について扱うルールや記述の不在
・「ホラクラシー導入の意図・文脈」の共有不足による空中分解
・ホラクラシーに基づく実践と、現実の仕事や状況との乖離
上記のような点に関して、株式会社Scouty(現・LAPRAS株式会社)を創業された島田寛基さんは以下の記事の中で自社での実践について振り返られています。
こうした難しさ、これらに限らないさまざまな難しさは日本に限らず世界各国で発生しており、2016年の時点でHarvard Business Review誌では『ホラクラシーの光と影(Beyond the Holacracy Hype)』という論文が寄稿されています。
『ホラクラシーの光と影』は2014年頃からホラクラシー導入を開始したザッポスの事例(当時の従業員数が約1500名という世界最大規模の実践事例)を取り上げつつ、ホラクラシー導入に伴い18%の従業員が退職パッケージを利用したことなどを報告しています。
さらにその後、ザッポスはホラクラシー運用をさらに発展させるべく、マーケット・ベース・ダイナミクス(MBD)、顧客創造型予算(CGB)、トライアングル・オブ・アカウンタビリティ(ToA)という3つの新しいコンセプトを導入するに至ったことが以下の事例記事で紹介されています。
ザッポスに関して、人事千壺(壺中天)からは「都市」「ティール」「ソース」という3つの切り口から再考する記事も公開されています。詳しくは以下のリンクからご覧ください。
上記のザッポス以外では、先述のクリスティアーネ・ソイス=シェッラー氏(Christiane Seuhs-Schoeller)もまたホラクラシーにおいて個人や関係性を取り扱うための実践法ランゲージ・オブ・スペーシズ(Language of Spaces:LoS)の開発を行っています。
HolacracyOneが認定したプレミアプロバイダーであるXpreneurs(エクストレプレナーズ)においてもこのランゲージ・オブ・スペーシズ(Language of Spaces:LoS)は取り入れられており、また、ソース原理(Source Principle)の考え方に基づくSource Roleの設置を行われていると、以下の海外企業視察報告会の中で紹介されています。
2019年以降の国内における実践
2016年出版の『HOLACRACY(ホラクラシー) 役職をなくし生産性を上げるまったく新しい組織マネジメント』(PHP研究所)は長らく絶版状態となっており、ホラクラシーの情報を手に入れるためには海外の事例に当たる他、HolacracyOneが提供するプログラムへの参加する等以外に手段が乏しい状態が続いていました。
そうした中でもユニークな国内の実践は現れてきており、r3s magazineという国内外の企業の組織づくり事例を取材し、紹介するメディアにおいてもホラクラシーの実践に取り組む企業事例が紹介されている他、選挙戦をホラクラシー式の組織運営で戦ったという事例も公開されています。
また、2017年頃からの準備を経て、2023年に公開されたGMOグローバルサイン・ホールディングスのニュースは大きなインパクトをもたらしました。その実践規模は、国内最大級の約550名に及びます(2023年4月時点)。
その後、2023年6月に『[新訳]HOLACRACY(ホラクラシー)――人と組織の創造性がめぐりだすチームデザイン』(英治出版)が吉原史郎さんの監訳により出版されました。

近年では、株式会社に限らずNPO法人や財団法人、一般社団法人等でも実践されている様子が窺えます。
2024年2月にDRIVE キャリア(NPO法人ETIC.)が主催した『フラットな組織で個人の力を最大限に引き出す―ティール&ホラクラシーの現場から―』では、加藤徹生さん(一般財団法人リープ共創基金(REEP))と岩附由香さん(認定NPO法人ACE)のお二人から自組織でのホラクラシー実践等についてお話を伺うことができました。
さらに、同年5月に奈良県立大学地域創造研究センター仕事文化研究ユニットが主催した『共鳴ダイアログin奈良―自ら考え動く従業員が育つ組織づくりを考えるトークイベント』では、荷川取佳樹さん(一般社団法人ポリネ)と石田慶子さん(非営利型一般社団法人無限)のお二人から、ホラクラシーの他、『ティール組織』や『ソース原理』の知見をどのように組織に活かしているか等についてお話を伺うことができました。
1つの手段としてホラクラシーを相対的に捉える視点
上記のような国内外における浸透と、それに伴うホラクラシー実践上の課題から、近年ではホラクラシーを1つの手段として相対的に捉える視点を持つ方々が増えてきている様子が窺えます。
今回のイベントにおいても、ホラクラシーを自社独自の実践にカスタマイズする企業、団体の声がいくつも聞こえてきました。
また、オランダ・アイントホーフェンの企業Corporate Rebelsが主宰する世界20カ国、企業150社、1300人以上のネットワークに参画している山田裕嗣さん(令三社)やRELATIONS株式会社の皆さんは、世界の実務家・実践者の方との対話を通じて得た知見を定期的に紹介してくださっています。
ホラクラシーに関連しては、皆さんからは以下のようなお話を伺いました。
ヨーロッパ諸国ではソシオクラシー(Sociocracy)というホラクラシーの原型になったフレームワークが、セルフマネジメントの実践において共通認識として浸透している。
参加型ダイナミクス(participatory dynamics)というソシオクラシー(Sociocracy)をもとに新たに開発された手法も存在する。
なお、マルティーヌ・マレンヌ氏(Martine Marenne)が開発した参加型ダイナミクス(participatory dynamics)は、2024年7月にフランス語で書籍が出版された他、ステファン・メルケルバッハ氏(Stefan Merckelbach)の書籍『ソース原理[入門+探求ガイド]――「エネルギーの源流」から自然な協力関係をつむぎ出す』(英治出版)の中でも触れられています。
2024年7月にフランス語で書籍が出版された他、ステファン・メルケルバッハ氏(Stefan Merckelbach)の書籍『ソース原理[入門+探求ガイド]――「エネルギーの源流」から自然な協力関係をつむぎ出す』(英治出版)の中でも触れられています。

このように、ホラクラシーをはじめさまざまな組織に対するアプローチが生まれつつある中、何をどのように自組織に取り入れていくか?何かを取り入れる際に、自組織として大切にしたい価値観やポイントは何か?等が、現在の国内外の実践者に共通する問いと言えそうです。
以上、国内におけるホラクラシーの広がりと実践について見てきましたが、Holaspirit創業者フィリップ・ピノー氏(Philippe Pinault)を招いた今回のホラクラシー及びセルフマネジメントの探求企画には、このような背景がありました。
以下、Holaspirit創業者来日記念企画の当日の模様についてまとめていきます。
Holaspirit創業者来日記念企画:概要と導入
大正記念館で開催された本イベントは、Talkspirit及びHolaspiritというSaaSの創業者にして、自身もホラクラシーによる組織運営を行ってきたフィリップ・ピノー氏(Philippe Pinault)の来日がきっかけとなって開催されたホラクラシー及びセルフマネジメント実践者の集いです。

当日の進行は現在、HolacracyOne認定コーチ及びファシリテーターである藤井宏次さん(JOINTRIBE株式会社)、高橋直也さん(RELATIONS株式会社)が中心になって行われ、時に小芝居も交えながら和やかな雰囲気で会が進められました。

会のオープニングでは会場を自由に歩き回って自己紹介を行う「みんぐる(みんなでぐるぐる)」を行い、20団体・30名の皆さんが互いに知り合う時間が設けられました。
なお、この自己紹介にはホラクラシー実践をしてきた際に感じたA面(よかったことや興味深い気づき等)とB面(難しく思ったところ、正直困ったり悩んだりした点)のどちらかを話すという条件も設けられており、実践者ならではの生々しい葛藤や苦悩、「あぁ、わかります!」「ですよね!」といった感嘆の声も会場のあちこちから聞こえてきました。
吉原史郎さんのストーリーテリング
会のオープニングを終えた後は、吉原史郎さん(Natural Organizations Lab株式会社)からのストーリーテリングの時間が設けられました。
吉原史郎さんは日本人として初めてホラクラシーの導入コンサルティングを提供するHolacracyOne認定コーチとなった方であり、2023年に出版された『[新訳]HOLACRACY(ホラクラシー)――人と組織の創造性がめぐりだすチームデザイン』(英治出版)の監訳者です。
史郎さんからはまず、ホラクラシーとの出会いやその後、日本への紹介に至る背景をお話しいただきました。

ホラクラシーに出会ったきっかけは、フレデリック・ラルー氏の書籍『Reinventing Organizations(邦訳名:ティール組織)』の中で何度もホラクラシー(Holacracy)という用語が出てきていたこと。
また、『Reinventing Organizations』で語られている「Evolutionary purpose(存在目的)」もフレデリック・ラルー氏がホラクラシー開発者であるブライアン・J・ロバートソン(Brian J Robertson)から着想を得たとの情報もあり、その質感を探っていきたいという関心もあったことから、史郎さんはブライアンの元へ学びに向かったとのことでした。
ホラクラシーに出会う以前、史郎さんは大規模リゾートホテルの事業再生業務に総支配人として経営に従事されていたとのことですが、その時の経験もホラクラシーに通じるものがあったのではないか、とお話しされていました。
ホテル内の従業員を集め、もう一度地域に愛されるホテルとするために対話の場……ホラクラシーで言うところのテンション(tension)を表明できる場を作ったところ、一人ひとりが主体性を取り戻していく様子や仕事に創意工夫を凝らす様子が見られたと言います。
上記に関連して史郎さんから伺った興味深い事例は、クリス・コーワン氏(Chris Cowan)が報告している刑務所におけるホラクラシーの応用です。
Likewise Collegeのジェフ・クレ博士(Jeff Kreh, PhD.)はホラクラシー実践の1つであるテンションの処理(tension-processing)を受刑者との会話の中に取り入れた結果、受刑者が教誨師や刑務官とより良い環境を作るための自律的かつ協力的なコミュニケーションを獲得していく様子を目撃したとのことです。
受刑者は率直に自身のテンション(tension)を受け止めてくれる経験も、受け止められた結果、それがより良いアウトカムに繋がる経験も積んでくることができなかった場合も多いですが、ホラクラシーにおけるテンションへの寄り添い(「必要なものは何ですか?」「必要なものは得られましたか?」と言う問いかけ)は、人間性の回復・尊重に繋がるという思わぬ効果を発揮したと言う事例でした。
史郎さんは宮慶優子さんが始められた循環畑の知恵を経営に活かす循環経営についての発信もされていますが、ホラクラシーもまた、畑づくり(人間と自然の相互作用)に通ずる「いのち」の営みの貴さを尊重する実践の1つと呼べるのかもしれません。
ストーリーテリングの最後に史郎さんは、人が生きる上ではA面(仕事)とB面(人生全般)があり、A面にB面の熱量が流れ込むような知見を今後も探求・実践していきたいという、今年4月に邦訳出版の書籍『MONEY BIAS(マネーバイアス)』(日本能率協会マネジメントセンター)に通じるお話で締めくくられていました。

史郎さんのこれまでの探求についてより詳しくは、以下の動画もご覧ください。
フィリップ・ピノー氏(Philippe Pinault)の話題提供
吉原史郎さんからのストーリーテリングの後は、フィリップ・ピノー氏(Philippe Pinault)による話題提供がありました。
以下、フィリップ・ピノー氏のストーリーテリング、海外における3つの経営トレンド、質疑応答の3点にわけてまとめていければと思います。
フィリップ・ピノー氏のストーリーテリング
現在、47歳のフィリップ・ピノー氏は、これまで約25年にわたりテック業界で経営に取り組んできた起業家です。

今から約20年前のインターネット黎明期、まだSNSが普及し始める前の時期にフィリップは、Talkspiritというブログサービスを開始しました。
Talkspiritという名称は「コミュニケーションや会話の力への信頼」から名付けられたものであり、ブログサービスを選んだ理由としては当時として数少ない、インターネット上に情報を公開し、人と人が繋がるための手段でもあったためとのことです。
2006〜2007年頃にスタートしたTalkspiritは順調に成長を続け、ヨーロッパのメジャーな企業にもサービスを提供しはじめ、フィリップ自身は初めてマネージャーとなる経験をすることとなりました。
そして、フィリップが自社の組織課題に取り組む必要も出てきた頃にトニー・シェイ(Tony Hsieh)率いるザッポス社のホラクラシー実践の記事を初めて目にしたと言います。
その後、フランスで実施されたホラクラシーのトレーニングに参加後、認定コーチとしてのライセンスも取得。また、よりホラクラシー実践に適したツールを自社で開発し、それがHolaspiritとなったとのことです。
元々社内ツールとして誕生したHolaspiritですが、フィリップはじめHolaspirit開発チームはホラクラシーコーチの助けも借りながら一般向けに提供できるツールへと改良を進め、ヨーロッパ諸国の20ヶ国語への言語翻訳の必要性も覚悟しつつ、ローンチされたとのことでした。
また、2025年1月。Talkspiritとは別会社・別サービスとして提供していたHolaspiritをTalkspiritへ統合するというリブランディングを進めているとフィリップは言います。
そして、Talkspiritは組織が事業を通じて社会にインパクトを生み出していくためのOSとなり、インパクトを生み出すまでの旅路を支援していけることに喜びを感じているとフィリップは続けられていました。
現在、Talkspiritは30カ国以上1000社を超える企業を支援しており、中には従業員数5500人、ロール数が7000以上の企業もあると言います。
海外における3つの経営トレンド
続いて、山田裕嗣さんからフィリップに海外におけるセルフマネジメント(Self-management)のトレンドに関しての質問がありました。
フィリップからは大きく以下の3点……「ヒエラルキー型組織からネットワーク型組織へ」「社会的なインパクト志向」「新たなビジネスモデル、ガバナンスのあり方の出現」があるとお話がありました。
①ヒエラルキー型組織からネットワーク型組織へ
こちらは、『コーポレート・レベルズ』でも紹介されている『「ピラミッド」から「チームのネットワーク」へ』や『「中央集権型」から「分散型」へ』と共通するトレンドと言えるでしょう。
②社会的なインパクト志向
フィリップ曰く、「いろいろなCEOと話す中で『パーパスとインパクトが最も大事だ』と話す人が増えてきている」とのことです。
そして、事業の社会的インパクトを考えたときにエコシステム(生態系)を観る発想を持つ人も増えていることや、インパクトに向けてチームがアラインしていくためにはそれをサポートするツールも必要であるというお話もありました。
③新たなビジネスモデル、ガバナンスのあり方の出現
先述のパーパス志向とも通じるテーマであり、特にこの点で紹介されたトピックは『スチュワード・オーナーシップ(steward ownership)』です。
『スチュワード・オーナーシップ(steward ownership)』とは、既存の株主価値を優先する企業の所有構造に代わる新たな企業所有構造(a corporate ownership structure)です。
2022年、パタゴニア(Patagonia)の創業者であるイヴォン・シュイナードおよびシュイナードファミリーが非営利団体を設立し、そこにファミリーが保有するパタゴニアの株式の98%を移行しました。
その際に「Earth is now our only shareholder(地球がいまや、唯一の株主だ)」とメッセージを発したのは記憶に新しいところです。
このように、スチュワード・オーナーシップ(Steward-ownership)という、株主の利益最大化ではなく、従業員等企業に直接関わる人々が株式を所有し、長期的に企業のパーパスに資する経営を行うためのガバナンスの仕組みを取り入れているのはパタゴニアだけではありません。
Bosch、OpenAI、IKEA、Ecosia、BuurtzorgTなど世界各国の多くの組織がスチュワード・オーナーシップ(Steward-ownership)に則った仕組みを取り入れています。
さらに詳しくは一般社団法人World in Youによる対談記事(前編/後編)や、以下の事例記事等でも紹介されています。
質疑応答
最後、フィリップとの質疑応答の時間も短時間ではあったものの設けられました。特に印象的だった2点……「ホラクラシーの実践での得た気づき」「Talkspiritの展望」に絞ってまとめられればと思います。
①ホラクラシーの実践での得た気づき
まず、フィリップ自身のホラクラシー実践の感覚として、自社での実践、Holaspiritの開発、何百人もの思いのある起業家との出会い等を通じて、ホラクラシーの奥にある働き方や組織のあり方を実感するに至ったと言います。そして、それは時間がかかったともお話しされていました。
また、ホラクラシーは必ずしもあらゆる人々のために設計されたものではなく、まだまだ社会経験が少なかったり、熟達が十分ではない人々にとっては、自由と責任の関係の中で混乱を来すこともあると続けられていました。
それゆえに、ホラクラシー実践の中で重要なことは新入社員や転職組が馴染んでいけるオンボーディングに十分な時間を設けること、CEOをはじめとする管理職も時間がかかるという認識を持ち、継続的に後押ししていくことが重要というお話も印象的なポイントでした。
②Talkspiritの展望
フィリップ曰く、次世代型組織(NextGen Organizations)やセルフマネジメント(Self-Management)を志向する上でなんらかのツールは不可欠であり、ソフトウェア開発を行う自分たちならそのためのツール開発や提供をできるのではないか、という思いがあると言います。
そして、セルフマネジメント(Self-Management)やそれによって事業の社会的インパクトを支援するという領域はまだまだブルーオーシャンであり、Talkspiritはこうした領域で貢献できる可能性があるのではないか、と続けられていました。
これに加え、Talkspiritはまだまだ完成形ではなく、いずれは組織図やパートナー企業を含んだエコシステム全体の可視化・情報共有を支援するツールを開発する等も視野に入れつつ、クライアント企業が世にインパクトをもたらす旅路を加速させる支援を行っていきたいと締めくくられていました。
生成的な分科会形成と対話の時間
とても濃密なホラクラシー&セルフマネジメント実践者の集いの最後のセッションは、参加者一人ひとりが今、最もこの場の方々と話してみたいテーマについて語り合う、分科会形式での対話の時間でした。
杉本匡章さん(MAP U株式会社)のファシリテーションによって、最も語り合いたいテーマをA4用紙に書き出し、それを見せ合う形で参加者の皆さんは徐々に関心の近しい方とグループを作っていきます。
なお、分科会形式の対話にはフィリップと共に来日されていたクリスティーナ・リーゼン氏(Cristina Riesen)も参加されていました。

そして、ある程度グループが出来上がったら各々のグループは椅子に座り、あるいは立ったままでも語り合い、対話を始められていました。
ちなみに分科会のテーマには、以下のようなものが見られました。
「セルフマネジメントと人材育成」
「どうやって導入したか?」「どのように浸透を図っているか?」
「給与人事制度の在り方」「採用・教育・報酬」
「誰もやりたくないけど必要なこと」
「Power(ランク、権威)」
「スキル不足とアサイン」
「テンションの扱い(忖度の発生や感情・仕事のごちゃごちゃ等)」
「ティール組織って実在するの?」
時間を区切ってテーマを書き換えたり、グループを作り直すタイミングもあったものの、人によっては同じ方同士や同じテーマで対話を続けられている様子も見えました。
なお、この生成的な分科会づくりの対話の手法は「マグネットテーブル」という名前でマニュアル化されている他、『イノベーション・ファシリテーター ― 3カ月で社会を変えるための思想と実践』(プレジデント社)の中でも紹介されています。よろしければそちらもご覧ください。

終わりに
以上、日本国内におけるホラクラシーの広がりについて紐解きながら、フィリップ・ピノー氏来日を機に開催された国内のホラクラシー&セルフマネジメント実践者の集いについてまとめてきました。
私自身、2017年に初めて出会って以来、ホラクラシーの実現する組織の明瞭さと創造性の虜になり、2019年にはオランダ・アムステルダムで開催されたHolacracy Practitioner Trainingに単身飛び、現在に至るまで微力ながら普及啓発・情報発信に取り組んできました。
そして、今回を逃せば2度と国内のホラクラシーの普及や実践について振り返る機会はないと思い、夢中になってここまでレポートを書き進めてきました。
私自身の見聞きしてきた情報や経験の背景、独自のリサーチの限界はあるものの、ここまでご覧いただいた皆さんにとってホラクラシー(Holacracy)とはどういったものか?を知り、あるいは振り返るきっかけとなれば幸いです。
また、今回の実践者の集いによってこれまでお世話になってきた多くの皆さんとの再会や新しい出会いも叶いました。
当日ご一緒できた皆さんと、この会の開催を企画してくださった杉本匡章さん、高橋直也さん、藤井宏次さん、山田裕嗣さんに心から感謝申し上げます。
これまでの旅路が一段落し、この場からどのような新たなつながりや取り組みが広がっていくのか、1人の実践者として今からとても楽しみです。

さらなる探求のための参考リンク
【イベントレポート】Our Messy Journey 〜 僕たちの「でこぼこ」ジャーニー Vol.1
Holacracy: A Radical New Approach to Management | Brian Robertson | TEDxGrandRapids
『上下関係がない「ホラクラシー組織」におけるアプリ開発体制とは』|GMO Developers
ホラクラシー組織とは?メリット・デメリットを解説|チームビルディングラボ
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