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キリスト再臨③ 朽ちない者の「栄光の身体」とは、どんなカラダなのか


キリスト再臨時には、それまでにキリストに結ばれて死んだ人々が、まず最初によみがえり朽ちない者に変えられ、生き残っているキリスト者も一瞬にして「朽ちない者」に変えられるとあります(コリント第一15章51-52節)。

📌この記事では──
朽ちない者」はどんな身体に変えられるのかについて、詳しく見ていきます。


1.「朽ちない者」とは、キリストの復活の身体


① キリストに似る者になる

【ヨハネの第一の手紙 3章2節】
愛する者たちよ。
わたしたちは今や神の子である。
しかし、わたしたちがどうなるのか、まだ明らかではない。

彼が現れる時、わたしたちは、自分たちが彼に似るものとなることを知っている
そのまことの御姿を見るからである。


② 栄光の身体に変えてくれる

【ピリピ人への手紙 3章21節】
彼は、万物をご自身に従わせうる力の働きによって、わたしたちの卑しいからだを、ご自身の栄光のからだと同じかたちに変えて下さるであろう。

朽ちない者」とは、「キリストの復活の身体」と本質的に同じものと言えます。

👉朽ちない者=栄光の身体=キリストの復活の身体


2. キリストの復活の身体とは


① 肉体的な特徴を持ち実体としてある

【ルカによる福音書 24章39節】
わたしの手や足を見なさい。まさしくわたしなのだ。
さわって見なさい。霊には肉や骨はないが、あなたがたが見るとおり、わたしにはあるのだ」。

【ヨハネによる福音書 20章27節】
それからトマスに言われた、
あなたの指をここにつけて、わたしの手を見なさい。手をのばしてわたしのわきにさし入れてみなさい
信じない者にならないで、信じる者になりなさい」。

イエスは霊だけではなく、肉や骨のある身体をもって復活しました。触れることができ、実体として存在します。


② 持ったり取ったり食事をする

【ルカによる福音書 24章42-43節】
彼らが焼いた魚の一きれをさしあげると、イエスはそれを取って、みんなの前で食べられた

霊的ではあるが、実体を持ち、地上の物を取ったり、持ったり、摂取できる身体です。おそらく空腹を感じたり、エネルギー不足になることはないでしょうが、食事を共にし、食べることが可能です。


③ 物理法則を超えた自由性を持つ

【ルカによる福音書 24章30-37節】
一緒に食卓につかれたとき、パンを取り、祝福してさき、彼らに渡しておられるうちに、彼らの目が開けて、それがイエスであることがわかった。
すると、み姿が見えなくなった
(中略)
こう話していると、イエスが彼らの中にお立ちになった。〔そして「やすかれ」と言われた。〕
彼らは恐れ驚いて、霊を見ているのだと思った

【ヨハネによる福音書 20章19節】
その日、すなわち、一週の初めの日の夕方、弟子たちはユダヤ人をおそれて、自分たちのおる所の戸をみなしめていると、イエスがはいってきて、彼らの中に立ち、「安かれ」と言われた。

閉じた部屋に入ったり、姿を消す能力があります。物理的な壁や空間的な制約を受けずに、現れたり消えたりできるようです。


④ 見え方を変えられる

【ヨハネによる福音書 20章13-14節】
すると、彼らはマリヤに、「女よ、なぜ泣いているのか」と言った。

マリヤは彼らに言った、「だれかが、わたしの主を取り去りました。そして、どこに置いたのか、わからないのです」。

そう言って、うしろをふり向くと、そこにイエスが立っておられるのを見た。しかし、それがイエスであることに気がつかなかった。

マグダラのマリアは、イエスを見ても、それがイエスだと気づかなかったようです。
まさか、本当に生き返っていると思わなかったので、イエスであるはずがないという先入観があったのかもしれませんが、最もイエスを愛していたであろうマリアが、イエスを「見て」気づかないはずがないのに、マリアでさえ気づかなかったのです。
要するにこれは、見た目が変わっていた(変えることができる?)ことを示唆します。


⑤ 老いも病気も死もない

【ペテロの第一の手紙 1章4節】
あなたがたのために天にたくわえてある、朽ちず汚れず、しぼむことのない資産を受け継ぐ者として下さったのである。

天に蓄えてある、朽ちず汚れない資産を受け継ぐ者となります。老いることも罪で汚れることもありません。

ヨハネによる福音書 11章25-26節】
イエスは彼女に言われた、
「わたしはよみがえりであり、命である。わたしを信じる者は、たとい死んでも生きる。
また、生きていて、わたしを信じる者は、いつまでも死なない。あなたはこれを信じるか」。

イエスは彼女(マルタ)との会話でキリスト再臨時のことについて語り、「キリストにあって死んだ人々」と「生き残っているキリスト者」に言及し、「キリスト者は、いつまでも死なない」と言いました。


小まとめ


💡朽ちない者=栄光の身体=キリストの復活の身体
① 肉体的な特徴を持ち実体としてある
② 持ったり取ったり食事をする
③ 物理法則を超えた自由性を持つ
④ 見え方を変えられる
⑤ 老いも病気も死もない


3. パウロが語る「霊の身体」


パウロは自身の死生観と共に「霊の身体」について語っています。


パウロの死生観

【ピリピ人への手紙 1章21-23節】
わたしにとっては、生きることはキリストであり、死ぬことは益である。

しかし、肉体において生きていることが、わたしにとっては実り多い働きになるのだとすれば、どちらを選んだらよいか、わたしにはわからない。

わたしは、これら二つのものの間に板ばさみになっている。

わたしの願いを言えば、この世を去ってキリストと共にいることであり、実は、その方がはるかに望ましい

パウロは、「肉体においてキリストにあって生きること」と「この世を去ってキリストと共にいること」とを比較して、どちらがいいか分からないとしながらも、自身は、前者よりも、後者の方がはるかに望ましいと述べています。

また、肉の身体と霊の身体とを比較して、次のように述べています。


霊の身体

【コリント人への第一の手紙 15章42-44節】
死人の復活も、また同様である。

朽ちるものでまかれ、
朽ちないものによみがえり
卑しいものでまかれ、
栄光あるものによみがえり
弱いものでまかれ、
強いものによみがえり
肉のからだでまかれ、
霊のからだによみがえるのである。

肉のからだがあるのだから、霊のからだもあるわけである。

💡現在の肉体(肉の身体):朽ちる・卑しい・弱い・肉に属する
💡復活の身体(霊の身体):朽ちない・栄光ある・強い・霊に属する


パウロは「霊の身体」を熱望する

【コリント人への第二の手紙 5章1-9節】
わたしたちの住んでいる地上の幕屋がこわれると、神からいただく建物、すなわち天にある、人の手によらない永遠の家が備えてあることを、わたしたちは知っている。

そして、天から賜わるそのすみかを、上に着ようと切に望みながら、この幕屋の中で苦しみもだえている

(中略)
そして、むしろ肉体から離れて主と共に住むことが、願わしいと思っている

そういうわけだから、肉体を宿としているにしても、それから離れているにしても、ただ主に喜ばれる者となるのが、心からの願いである。

この箇所でもパウロは、自身の思いとして、肉の身体を離れて主と共に住むことを願っています。

パウロが見た「パラダイス」は──千年王国時代の神の王国ではなく、新天新地のプレビューです──そう思わせるほど素晴らしかったのでしょう(コリント第二12章4節)。

パウロは自身の死生観は神に委ねるとし、肉体であってもそうでなくても、「ただ主に喜ばれる者となるのが願い」と締めくくっています。


パラダイス(新天新地)の前にある千年王国時代においては、朽ちない者に変えられたキリスト者(神の民)と、肉の身体のままの諸国民が共存するという、ハイブリッドな世の中になるようです。

下の図で、現在は六日目の最後にあたります。
七日目が千年王国時代で千年間あります。その後がパラダイス(新天新地)です。


4. 千年王国時代の二種類の人


神の民と諸国民

黙示録の19章には、千年王国時代への移行期間であるキリスト再臨の場面が詳細に描かれており、神の民諸国民とが区別されて描写されています。

黙示録19章の主な登場人物は、次のとおりです。

両者の関係性を、整理します。


① 神の民(朽ちない者に変えられたキリスト者)


② 諸国民(肉の身体のまま)

  • 根拠マタイ25章31-34節ゼカリヤ14章16節イザヤ14章1-2節

  • 状態:千年王国の民として生を全うする。

  • 特徴:肉体のまま地上の国々に住む、寿命あり(ただし非常に長寿)、結婚・出産あり、罪の可能性は残る、王国の民として教えられ従う。


5. 神の民と諸国民の関係性


① 王と民の関係(統治者と被統治者)

【ヨハネの黙示録 20章4節】
また見ていると、かず多くの座があり、その上に人々がすわっていた。
そして、彼らにさばきの権が与えられていた

また、イエスのあかしをし神の言を伝えたために首を切られた人々の霊がそこにおり、また、獣をもその像をも拝まず、その刻印を額や手に受けることをしなかった人々がいた。

彼らは生きかえって、キリストと共に千年の間、支配した

【マタイによる福音書 19章28節】
イエスは彼らに言われた、
「よく聞いておくがよい。世が改まって、人の子がその栄光の座につく時には、わたしに従ってきたあなたがたもまた、十二の位に座してイスラエルの十二の部族をさばくであろう。

【ルカによる福音書 19章16-19節】
最初の者が進み出て言った、
『ご主人様、あなたの一ミナで十ミナをもうけました』。

主人は言った、
『よい僕よ、うまくやった。あなたは小さい事に忠実であったから、十の町を支配させる』。

次の者がきて言った、
『ご主人様、あなたの一ミナで五ミナをつくりました』。

そこでこの者にも、
『では、あなたは五つの町のかしらになれ』と言った。

神の民は、王であるキリストと共に、地上の諸国民を治めます


② 祭司としての務めも果たす

【ヨハネの黙示録 20章6節】
この第一の復活にあずかる者は、さいわいな者であり、また聖なる者である。この人たちに対しては、第二の死はなんの力もない。
彼らは神とキリストとの祭司となり、キリストと共に千年の間、支配する

【イザヤ書 66章21節】
「わたしはまた彼らの中から人を選んで祭司とし、レビびととする」と主は言われる。

神の民は政治権力や宗教権威の支配者ではなく、神の御旨(価値観と戒め)を教え広め、人々を導く祭司的役割を持ちます。


6. 千年王国の目的


千年王国時代において、神の民がキリストと共に統治し、地上に神の義と真理を広げる中で、道徳的、霊的、社会的な「手本」や「模範」としての働きを担うことでしょう。

【マタイによる福音書 5章13-16節】
あなたがたは、地の塩である。
もし塩のききめがなくなったら、何によってその味が取りもどされようか。もはや、なんの役にも立たず、ただ外に捨てられて、人々にふみつけられるだけである。

あなたがたは、世の光である。
山の上にある町は隠れることができない。また、あかりをつけて、それを枡の下におく者はいない。むしろ燭台の上において、家の中のすべてのものを照させるのである。

そのように、あなたがたの光を人々の前に輝かし、そして、人々があなたがたのよいおこないを見て、天にいますあなたがたの父をあがめるようにしなさい

【イザヤ書 11章9節】
彼らはわが聖なる山のどこにおいても、そこなうことなく、やぶることがない。

水が海をおおっているように、主を知る知識が地に満ちるからである。

【ヘブル人への手紙 8章10-12章】
わたしが、それらの日の後、イスラエルの家と立てようとする契約はこれである、と主が言われる。

すなわち、わたしの律法を彼らの思いの中に入れ、彼らの心に書きつけよう

こうして、わたしは彼らの神となり、彼らはわたしの民となるであろう。

彼らは、それぞれ、その同胞に、また、それぞれ、その兄弟に、主を知れ、と言って教えることはなくなる。

なぜなら、大なる者から小なる者に至るまで、彼らはことごとく、わたしを知るようになるからである。

わたしは、彼らの不義をあわれみ、もはや、彼らの罪を思い出すことはしない」。

千年王国の目的の一つは、神の義と真理が全地に満ちること、すべての民が主を知るようになること、そして正しい統治のもとで平和の回復が実現されることです。

神の民は、この目的のために召され、キリストとともに王として治め、また祭司として仕える者となるのです。


変えられる時が迫っています


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