舞台 「黒百合」 観劇レビュー 2026/02/07

公演タイトル:「黒百合」
劇場:世田谷パブリックシアター
企画・制作:世田谷パブリックシアター
原作:泉鏡花
脚本:藤本有紀
演出:杉原邦生
音楽:宮川彬良
出演:木村達成、土居志央梨、岡本夏美、白石隼也、村岡希美、田中佑弥、新名基浩、猪俣三四郎、内田靖子、鈴木菜々、佐藤俊彦、大西多摩恵、外山誠二、白石加代子
期間:2/4〜2/22(東京)
上演時間:約2時間45分(途中休憩20分を含む)
作品キーワード:恋愛物語、明治文学、冒険譚、音楽、ダンスパフォーマンス、舞台美術、心洗われる
個人満足度:★★★★★★☆☆☆☆
『夜行巡査』や『外科室』などの代表作で知られる明治時代後期〜昭和時代初期に活躍した小説家である泉鏡花が、1899年に読売新聞で連載された小説『黒百合』が初舞台化されるので観劇。
今回の上演では、朝の連続テレビ小説『ちりとてちん』や『カムカムエブリバディ』、NHK大河ドラマ『平清盛』の脚本を担当したことでも知られる脚本家の藤本有紀さんの脚本の元、演出には「KUNIO」や「木ノ下歌舞伎」の演出でも知られる杉原邦生さん、音楽には宮川彬良さんが担当している。
私自身、『黒百合』の小説は未読であり観劇時に初めて触れた。
物語は、富山・神通川で繰り返される洪水被害と、その土地の立山に伝わる黒百合伝説を背景とした冒険小説である。
明治時代後期の越中(現在の富山県)・立山、県知事の令嬢である勇美子(土居志央梨)の元に、法学部学生の島野(田中佑弥)がいた。
そこへ花売り娘の雪(岡本夏美)もやってくる。
勇美子は石滝と呼ばれる「魔所」の滝のそばに黒百合という仙人しか見たことがない花があるから採ってくるように命じられる。
雪は、その黒百合とは黒いのか?と尋ねる。
勇美子と島野は大笑いして、それは黒百合と言われるのだから黒いのだろうと言う。
しかし、もしかしたら黒でなく濃い紫色をしているかもしれないとも言う。
そんな中、雪は勇美子の県知事邸で偶然出くわした千破矢滝太郎(木村達成)に惚れる。
雪には目の見えない恋人の若山拓(白石隼也)がいた。
拓と雪の住む隣には荒物屋の婆さん(白石加代子)が何かを燃やしている。
拓と雪は家にやってきた蛍を見ながら黒百合のことを思い出し、雪は拓の目を治す治療費を得るために黒百合を採りに山奥へ向かうと決意するが...という話である。
私は観劇後に小説『黒百合』を読んでみたのだが、明治時代の文体で書かれた小説なので難解で十分に読解することが出来なかった。
それに、『黒百合』は泉鏡花の小説の中でもさほど有名な作品ではないので、ネット上にも情報がほとんどなく、私のような一般観客が物語を詳細に掴みとることは不可能に近いと思う。
しかし、細かい描写までしっかり理解しようとしなくても、拓を想う雪の純粋な気持ちや、雪に対して好意を寄せる滝太郎や島野の気持ちなど恋愛物語としての側面で心動かされたり、黒百合という幻の花が象徴するものがよく伝わってきて、日本人であれば誰しもがこの作品が持つ美しさに魅了されるだろうと感じた。
黒百合は欲望の象徴のようにも思えた。
それは野望なのかもしれないし、富や名声なのかもしれない。
そういう誰しもが手にしたいと願うものそのもので、それを危険を冒して採りに行こうとするという心理描写は今も昔も多くの人の心を鷲掴みにすると思う。
そして、最後にその制裁が何らかの形で下されることも。
また、危険を冒して石滝に行こうとすることもまた雪の拓に対する愛なのかと思うと切なく美しい。
そして何より、脚本で描かれた内容を舞台化して美しく表現している演出部分が本当に素晴らしく思えた。
杉原さんの演出は、ステージ上に固定の舞台セットはあまり用意せず、可動式の舞台セットを沢山用意して、それらをシーンによって運び込んだり運び出したりしながら、ステージ上をどんどん様変わりさせながら転換していく印象があるが、本作でもそれが健在でダイナミックにステージが転換して切り替わっていく様に圧倒された。
杉原さんの演出は、どんな作品もポップに仕立て上げる印象があるが、本作では明治時代後期の富山県ということで、和を全面的に打ち出した世界観がとても美しかった。
さらに、そこにNHKEテレでかつて放送されていた『クインテット』でお馴染みの宮川彬良さんの音楽が加わることで、ややエンターテイメントに寄った演出になっていて観客が没入しやすいような仕掛けになっていたと思う。
出演者も皆素晴らしかった。
まずは、花売り娘の雪役を務めた岡本夏美さんが素晴らしく、以前は様々な作品で何度も演技を拝見していたが、最近はあまり拝見する機会がなかったので久しぶりに観劇できて嬉しかった。
白い着物に身を包んで、彼女だけ存在感が輝かしく映える印象がとても良かったし声も透き通っていた。
そして、勇美子役を演じた土居志央梨さんも素晴らしく、雪とは対照的で魔力を持っているかのように恐ろしく感じさせる辺りがとても印象深かった。
原作小説は難しくて、よほど明治時代の文学を原作で読んできた経験がないと読み解けないと思うので、事前に予習せず流れと世界観を満喫すれば十分楽しめると思う。
藤本有紀さんの脚本が物販に売り出されたら買いたいくらいである。
日本の古典文学が好きな方もそうでない方も幅広くお勧めしたい。

↓トレーラー映像
↓原作小説
【鑑賞動機】
『黒百合』という文学小説は今まで聞いたことがなかったが、泉鏡花の作品の舞台化というのと演出が杉原邦生さん、音楽が宮川彬良さんということで興味を持ち観劇することにした。
【ストーリー・内容】(※ネタバレあり)
ストーリーに関しては、私が観劇で得た記憶なので、抜けや間違い等沢山あると思うがご容赦頂きたい。
ステージ上には沢山の黒い大きな布袋が引きづり込まれる。その布の一箇所から一輪の花が顔を出している。そこへ千破矢滝太郎(木村達成)が登場し、その花を摘み取る。すると、その黒い袋の中には人間が一人入っていて、花が植っていた部分から手が伸びてくる。
滝太郎は、次々と花を摘み取っていくが、それを雪(岡本夏美)が見ている。音楽が流れ始めて、黒い布袋に入っていた人々が一斉に姿を現して踊り始める。
ステージ上には屋敷が登場する。そこには、法学部生の島野(田中佑弥)と県知事令嬢の勇美子(土居志央梨)がいた。そこに花売り娘の雪もやってくる。県知事の邸宅には様々な花が生けられていた。勇美子は雪に、黒百合という仙人しか見たことのない伝説の花が石滝という「魔所」のそばの滝の近くに咲いているのだが、それを採ってきてくれないかと尋ねる。雪は黒百合に興味を持つ。その黒百合は黒いのかと尋ねる。勇美子も島野も大笑いする。それは黒百合なのだから黒いのではないかと。しかし、付け加えて勇美子は、もしかしたら黒でなく濃い紫色をしているかもしれないとも言う。
勇美子は自分の邸宅にある白い花をずっと眺めては、何かを唱えるかのように呟いていた。
滝太郎は、パナマ帽を被っていて不審な人物だと周囲の人々から思われたのか、町の人々から追いかけられる。そんな中、町では白魚のお兼(村岡希美)が人々を集めて見せ物を披露していた。滝太郎もそのお兼の見せ物に興味を持って近づき、相手をしてもらう。滝太郎を揶揄っていた町の人々は消える。
お兼は滝太郎のことは見覚えあるどころか弟であった。滝太郎もお姉さんと言ってお兼に近づき久々に再会する。
夜、島野の元へ警部長の息子の雀部多磨太(新名基浩)がやってくる。島野は花売りの娘の雪のことを多磨太に話す。
一方で滝太郎は母親の幻覚を見て追いかける。
雪は恋人の若山拓(白石隼也)と一緒に暮らしていた。夕暮れという馬が暴れている。夜、雪と拓の住む家の隣には荒物屋の婆さん(白石加代子)が暮らしていた。荒物屋の婆さんは何かを外で燃やしながら、黒百合のことについて話をする。石滝の「魔所」とされる滝の近くに黒百合は咲いていると言われていると。荒物屋の婆さんは去っていく。
蛍が拓と雪の元にやってくる。団扇の上に蛍が止まり光り輝く。拓は絶望している、目が見えなくなっており、今後の生活の行く末も危ぶまれて途方に暮れている。
そんな中、雪は黒百合を探しに行って拓の目の治療費を得ようと決意し拓の元を去る。
暗闇の中、法学部学生の島野と警部長の息子の多磨太がいる。二人は夜に雪が一人でいる所を発見する。二人は雪に近づいていく。そして島野は雪を無理やり連れ出そうとするが雪に反発される。そこへ滝太郎がやってくる。滝太郎は雪を守り、島野と多磨太を追い払う。
滝太郎は、どうして夜に一人で歩いているのかと雪に尋ねると、雪は石滝へ黒百合と呼ばれる伝説の花を採りにいくのだと言う。雪の恋人である拓の目が見えなくなっていて、その目を治療する費用にするために黒百合を探したいのだと言う。
暗転して、滝太郎とお兼の声が聞こえる。滝太郎とお兼は洞窟の中に入り滝太郎がどこかへ案内しているようである。そして辿り着く。ステージが明転して、その洞窟の中には大きな一つの空間があり、そこには大小様々な宝物が置かれていた。お兼はびっくりする。これはどうやら滝太郎が盗みを働いて集めてきたもののようである。滝太郎は、雪から聞いた黒百合という花が石滝の滝の近くに咲いているという話を聞いたので、その黒百合を採りに行ってさらに金を手にしようとする。
県知事の邸宅では、令嬢である勇美子がいた。そこへ雪がやってくる。雪は、石滝へ黒百合を採りに向かうと告げる。勇美子は驚き大笑いする。最初に勇美子が雪に黒百合を採ってくるように言ったのは冗談であるし、それを本気で採りに行こうとしても、とても危険な「魔所」と呼ばれるところにあるので無理だ、馬鹿なことを言うんじゃないと雪に言う。しかし雪の意志は揺るがず黒百合を採りに行く。
勇美子はずっと県知事の邸宅で、自分で生けている白い花を見つめて何かを呟くのだった。
そんな中、ステージ後方にあった大きな山の頂上に滝太郎が現れる。滝太郎は、雪と同じく黒百合を求めて石滝へと向かっているのであった。ステージ上には黄色い着物を着た人々の群れが登場し苦しそうに手を伸ばしている。
ここで幕間に入る。
ステージ上には茶屋がセットされる。そこへ島野がやってくる。二人の茶屋娘が現れる。茶屋娘は二人で対立しながらどちらが島野を接待するか競っている。盆を地面に滑らせてナイスキャッチしたりする。
島野はようやく茶屋の席に着く。すると島野は、雪という女性を探していると言う。しかし茶屋娘たちは知らない様子である。
そこへ多磨太もやってくる。雪の情報を島野に言うと、島野は何も注文していないのに茶屋を飛び出そうとする。その時義作(猪俣三四郎)に出くわす。
拓が一人自宅にいる。誰か家に訪ねてくる音がする。黒百合を採りに旅立ってしまった雪が戻ってきたのかと思った拓だが、扉を開けるとそこに立っていたのは慶造(外山誠二)だった。
慶造は、拓に金を貸してくれと懇願する。しかし、拓は自分の目が見えなくなっているし雪もいないのでお金を貸せるほどの余裕がないと断る。慶造は見損なったと言って拓の元を去る。
慶造は家に戻り白魚のお兼と話す。拓という男は本当に見損なったと。
雪は石滝に向かって山を上り、黒百合の咲く滝のそばを目掛けて旅をする。そして滝壺の近くに到着する。すると、すでに滝壺近くには滝太郎がやってきていて黒百合を探していた。
雪と滝太郎を目掛けて黄色い着物を着た人々の群れが追いかけてくる。その群れを指揮するのは、県知事の令嬢の勇美子であった。雪と滝太郎はお互いに身を寄せ合う。その時滝太郎は黒百合を手にしていた。
その時、ステージ上は洪水に襲われる。拓の家も河川の氾濫による洪水で流されるが命は助かる。滝太郎と雪は洪水に流されてしまうが滝太郎だけが助かり雪は流されて死んでしまう。
大きな船に乗って慶造とお兼がやってくる。そして、勇美子がやってきて、その付近には雪が倒れて黒百合を持っている。勇美子はそれを拾い上げる。ここで上演は終了する。
原作の小説も読んでみたものの文体が古くてなかなかに解読が難しかった。しかし、大枠の物語は把握できたように思う。
個人的に感じられたのは、こういう明治時代の日本の文学は、恋物語がなんとも美しく描かれているのかということである。全然物語は違うけれど、「扉座」の横内謙介さんの『いとしの儚』などを思い出した。この作品も江戸時代、明治時代の日本を描いた物語なのだが、なんとも男女の恋物語を描く際の美しさが際立っている。そして本作でも、拓のことを思う雪の純粋な気持ちと、雪に惚れ込む滝太郎の気持ちがとても美しく描かれていて素晴らしかった。
また、島野や多磨太のように、雪に対して好意を寄せる男性も登場するが、そういう男性陣の存在感もまた良かった。
そして黒百合とは一体何なのかを考えさせられた。いつの時代に生きる人間にも備わっている金や名声、欲望なのかなと感じた。そういったものを比喩的に黒百合と登場させていて凄く象徴的で面白く感じられた。

【世界観・演出】(※ネタバレあり)
杉原邦生さんのダイナミックに舞台セットが動く演出が活かされていて素晴らしいと同時に、そこに宮川彬良さんの音楽が加わることで、よりエンターテイメント性が高まっていて観客が没入しやすいような仕掛けになって良かった。難解な台詞の応酬で物語についていくのが難しいからこそ、世界観で作り上げて没入させていく構造がとても良かったと思う。
舞台装置、衣装、舞台照明、舞台音響、その他演出の順番で見ていく。
まずは舞台装置について。
ステージ上には常に後方に大きな山の舞台装置が設置されている。もちろん、この山の舞台セットも可動式で、山が左右に真っ二つに開くことによって、そこから滝が出現するようになっている。この滝は、雪が立山の石滝へ向かうシーンからそのような見せ方へと切り替わる。この山のセットがまず素晴らしかった。第一幕はずっとステージ後方に居座っていて存在感があったし、黒百合が眠る山ということが誰しもが分かるので、その存在が背後でずっと待ち構えている感じが良い演出だなと思った。
そして、第二幕になると山は真っ二つに割れて滝が出現する。この切り替わり自体もあっと驚かされたし、滝が青いビニールで表現されていたのも演劇的で良かった。また、山はステージから登れるようになっているのも凄くて、よくこんな挑戦的なセットを仕上げたなと見入ってしまった。
ステージ手前側には、様々な舞台セットが可動式で登場する。県知事の邸宅で勇美子が住む家のセット、茶屋のセット、拓と雪の住む家、荒物屋のセットなど。杉原さんの演出らしく豪快に舞台セットが動いて、シーンごとに全く異なるステージ空間が作り上げられるのが素晴らしかった。だからこそステージを広々と使えていて、出演者が躍動感もって走り回れるのも良かった。
第一幕中盤で登場した馬のセットも良かった。一人人間が入って頭に馬の頭部の被り物を被って、胴体には布を被せて馬の形を表現していた。あれは演劇的で面白い表現方法だなと思った。
ラストの洪水を表現する演出も素晴らしかった。巨大な透明のビニールを使って、そこに身を包みながら流されていく演技をする表現方法が素晴らしかった。
次に衣装について。私は3階席で観劇していたのだが、本当に間近で観たかったなと思うくらい遠くからでも美しいお召し物に見えた。
まずは、雪の衣装について。本当に雪の白く光り輝く存在感が魅力的に映る衣装だった。本当に遠くから見ていても照明も相まってだと思うが白く輝かしく思えて素敵だった。
そして、県知事の令嬢の勇美子の黄色い衣装も可愛らしくて素敵だった。こちらも近くでお目にかかりたかったなと思うくらいの衣装だった。土居さんに似合っていた。
千破矢滝太郎の衣装もまた素晴らしかった。パナマ帽を被っていて、さすらっている感じ、孤独な感じもあって格好良かった。
次に舞台照明について。
世田谷パブリックシアターの3階席から見える照明は非常に美しく感じられて、今回の観劇でも同じことを感じた。
照明を担当されているのは北澤真さんという方だが、白いスポットを天井からステージへ差し込むラインが美しかった。特に雪に対するスポットは必然的に白になるので、ステージ上に当る照明だけでなくラインとして輝いていて良かった。
また、ステージ後方にあった山にも照明が当てられていたが、ムービングライトで格好良く当てられていた。
蛍の演出も良かった。団扇に蛍が止まってゆっくり明滅する明かりは3階席からでも十分にその美しさが伝わった。
第一幕終盤で、暗転した中滝太郎とお兼の会話が聞こえて、照明が付いた途端に滝太郎がコレクションした盗難品が披露されるシーンがあったが、あの暗転を活かした演出も素晴らしかった。
次に舞台音響について。
宮川彬良さんの音楽が良い意味で本作全体をエンターテイメントにしていて良かった。もちろん、原作好きな方や芸術性の高い演劇が好きな方からしたら、ちょっと今回の音楽はベタであると感じる方もいるかもしれない。しかし、私個人的には台詞内容が難解だったのでむしろこのくらいとっつきやすい演出の方がウケは良いだろうとも思えた。
序盤に流れる音楽やカーテンコールの音楽は特に耳に残るメロディになっていて好きだった。あそこまで壮大な演出で描くのであれば、たしかにそれなりに主張のある音楽があった方が良いであろう。
そして音楽と踊りがメインのシーンもいくつかあった。序盤の黒い袋から人が登場するシーンや、第一幕終盤の黄色い着物を着た人々がしきりに手を伸ばす演出、洪水のシーン、どれもが音楽と共に表現されていて良かった。
最後にその他演出について。
序盤の、黒い袋に人が入っていて引きずられながら登場し、そこには一輪の花を持っていて、それが摘まれたら手が伸びてくるという演出が素晴らしかった。手が遠くからだと人間の手に最初思えず花なのかと思った。そして花なのか人なのかという曖昧な表現は、ラストの雪が黒百合になったという描写とも繋がっていて良かった。
荒物屋の婆さんが燃やしていたものが何なのか気になった。煙を出す演出は本物らしくて良かった。
ステージが客席側中央にまで伸びていて、そこから滝太郎が登場するというのが良くて、1階席の観客はかなり近くで演技を観られたのではないかと思った。またラストでも、その桟敷のようなところで雪が横たわり、勇美子が掬い上げる。
第二幕の茶屋のシーンが一気に肩の抜けるシーンで好きだった。二人の茶屋娘が対立しながら島野を接待しようとするシーンが面白くて良かった。お盆を地面に滑らせてナイスキャッチするのも拍手が起きていて良かった。

【キャスト・キャラクター】(※ネタバレあり)
商業演劇で活躍する役者、小劇場演劇で活躍する役者、どちらも多数出演されていて皆素晴らしかった。
特に印象に残った役者についてみていく。
まずは、花売り娘の雪役を演じた岡本夏美さん。岡本さんの演技は、東宝『ビロクシー・ブルース』(2023年11月)、劇団時間制作『哀を腐せ』(2023年8月)、ピンク・リバティ『点滅する女』(2023年6月)で演技を拝見している。
最初に岡本さんの演技を『点滅する女』で拝見した時は、その演技力の素晴らしさに感心したが、こうやって改めて明治時代の文学の登場人物役を演じる岡本さんも非常に役者として魅力的に感じられて素晴らしかった。
雪は本作において最も重要な役柄のうちの一人である。誰しもが感情移入してしまいそうな純粋な女性とその性格を表すが如くの白い着物を着ていて、それが岡本さんの透き通る声ともマッチしていて素晴らしかった。
そして拓を思う気持ちの大きさをキャラクターから感じられた。特に印象に残ったのは、拓が目が見えなくなってしまって途方に暮れている所に、雪が黒百合を探しにいくと決意するシーン。どうして日本の明治時代の文学は(明治時代に限らずかもしれないが)、こんなにも純粋な恋物語が多いのだろうかと思うと同時に、全然それがベタではなく物語としてグッと引き込まれるのだろうと感じた。
滝太郎と雪の二人も良かった。雪自身も滝太郎に惹かれている様があって、その滝太郎を思う気持ちと拓を思う気持ちで揺れ動く感じがまた良かった。
次に、千破矢滝太郎役を演じた木村達成さん。木村さんの演技は、スマートリバー『狂人なおもて往生をとぐー昔、僕達は愛した』(2025年10月)、世田谷パブリックシアター『セツアンの善人』(2024年11月)、KERA CROSS『SLAPSTICKS』(2022年2月)で演技を拝見したことがある。
パナマ帽を被って、ステージ上にふらっといつの間にか登場する感じが好きだった。さすらいの華族という感じがあった。ちょっと得体が知れなくてミステリアスなところに魅力を感じるキャラクター像をしっかりと作り出していたと思う。
雪という女性に恋をしてふらっと町中で会って、そして雪が黒百合を採りに石滝へ向かうと聞くと、彼も石滝に向かって黒百合を一緒に手にする。そういう雪の行動する前に登場するずるい役柄だなと思った。
また、滝太郎とお兼のやり取りも好きだった。滝太郎がお兼に洞窟の中に隠していた盗難品を見せるシーンがまた滝太郎の性格を表していて良かった。
次に、若山拓役を演じた白石隼也さん。白石さんの演技は、『夜は短し歩けよ乙女』(2021年6月)で演技を拝見している。
個人的には拓というキャラクター性に一番惹かれた。目が見えなくて生活も苦しい。しかし雪という絶世の美女を妻にしている。滝太郎と違って非常に繊細な青年で、ちょっと病弱な感じも魅力的に映るから良かった。
雪と拓の二人で団扇に止まる蛍を眺めるシーンもとても好きだった、明治時代にもこんな風情のあるシーンが人々の心に響いたのだなと再確認させられる。
県知事の令嬢の勇美子役を演じた土居志央梨さんも素晴らしかった。土居さんの演技は、『広島ジャンゴ2022』(2022年4月)で演技を拝見している。
雪という清廉潔白な女性とは対照的に、県知事の令嬢で権力もあり、雪に嘘をついて黒百合を採りに行かせようと冗談を言ってしまう悪女的な存在が良かった。3階席だったので顔までは分からなかったが、その存在感に魔物っぽさを感じた。
雪が黒百合を撮りに行こうと山に登った時、黄色い衣装を着た人々の群れが雪を襲う。そしてステージ手前側で勇美子がその黄色い衣装を着た人々を操っていた。これは、勇美子が雪を危険な石滝に向かわせて呪い殺そうとしているようにも感じた。そして結果的に雪は洪水で死んでしまう。
そして最後に勇美子が黒百合を拾い上げるのも印象的である。雪は黒百合になったけれど、それを勇美子が拾い上げることによって、今度は勇美子に呪いがかけられるのではないか、そんなことを想起させる終わり方だった。
とにかく、そういう悪女的な存在感が土居さんには感じられて役者として素晴らしかった。
白魚のお兼役を演じた村岡希美さんも存在感あって素晴らしかった。村岡さんの演技は、阿佐ヶ谷スパイダース『さらば黄昏』(2025年11月)、『ジャイアンツ』(2023年11月)、『老いと建築』(2021年11月)、NODA・MAP『正三角関係』(2024年8月)、『フェイクスピア』(2021年6月)、ナイロン100℃『Don't freak out』(2023年3月)で演技を拝見したことがある。
村岡さんの声は村岡さんだとすぐにわかるし演技も上手いので、3階席からでもすぐにその存在感が伝わってきた。決して脇役として存在感なく終わるお兼ではなく、しっかりと滝太郎の姉として存在感を打ち出していく役者としての実力が凄かった。

【舞台の考察】(※ネタバレあり)
ここでは、泉鏡花の原作小説とその元になった「黒百合伝説」について見ていく。
やはり本作は、「黒百合」というものがどんなものの象徴なのかによって見え方感じ方が変わってくる辺りに、物語の深みがあるのだなと感じた。
私自身は、「黒百合」というものは、危険を顧みずに人間誰しもが欲しいと思ってしまう魔力を秘めたものに感じられ、それはお金や名声、野望のようなものに感じられた。どちらかというと人間の強欲・傲慢さを反映した悪しきものという風に捉えていた。
しかし公演パンフレットを読むと、世田谷パブリックシアターの芸術監督である白井晃さんは、この「黒百合」が純粋性や現実を凌駕する想像力の源泉に見えたというので興味深いなと感じた。作品作りに関わっている側になるとそうも感じられるのかなと思った。
さて、泉鏡花が1899年に読売新聞で連載した『黒百合』は、富山県の立山という場所に由来する「黒百合伝説」から着想を得ている。
「黒百合伝説」とは、戦国時代に越中の地を治めていた佐々成政に由来する伝説である。佐々成政には、小百合という美しい女性が仕えていた。しかし、偽りの告げ口に騙された佐々は小百合を無実の罪で殺してしまう。死ぬ前に小百合は、立山に黒百合が咲いた時は佐々家が滅亡する時だと予言する。
その後、佐々成政は天下統一をした豊臣秀吉とそりが合わず肥後国(現在の熊本県)に追われることになった。困ってしまった佐々は、まずは秀吉の妻の北政所に気に入られようと立山の黒百合を献上する。
関西では黒百合は珍しかろうと思い北政所に献上した佐々であったが、その北政所は黒百合が立山の黒百合だということを言い当ててしまう。
その後、北政所が淀君とお茶会を開くときに、淀君が北政所が嫌いなために茶室に黒百合を粗末にばら撒いていたのだが、それが北政所は佐々成政の仕業だと思う。佐々は、秀吉どころか北政所からも嫌われてしまい、身内の一揆の責任を負わされて自害させられる。
この黒百合をきっかけに自害にまで追い込まれたことで、佐々家は滅亡してしまう。これはまさに小百合の呪いだと言われ、「黒百合伝説」として知られている。
泉鏡花は、こんな「黒百合伝説」を元に『黒百合』という小説を書き上げたものと思われる。
泉鏡花は一体「黒百合」をどんな象徴だと捉えてこの小説を執筆したのだろうか。黒百合を手に入れたりしようとすると持ち主を地獄に突き落としてしまう魔力のかかった花のように伺える。そしてその魔力というのは、死んだ絶世の美女による呪いだと。小百合かもしれないし、雪かもしれないが。
人間は誰しもが絶世の美女を手に入れたいと思うものである。滝太郎も雪を喉から手が出るほど欲しかったし、島野もそうだった。そんな欲望を象徴するかのように黒百合というものが登場しているように思う。
絶世の美女を手に入れようというのは、どこかに人間のおどろおどろしい欲が見え隠れする。そんな欲そのものを象徴しているのかもしれない。
また、雪と滝太郎は黒百合を手に入れた後に神通川の洪水の被害に巻き込まれている。この黒百合というのは、大地震における要石のような、神聖で決して触れてはいけない何かのようにも感じられた。
人間はいつの時代も欲を持って生きており、その欲が行き過ぎることで自分の身が滅んでしまったりする。私も、黒百合のような手に入れたいものがあるが故に、その欲に溺れてしまわないように気をつけなければならないなと感じた。

↓杉原邦生さん過去演出作品
↓宮川彬良さん音楽担当作品
↓木村達成さん過去出演作品
↓岡本夏美さん過去出演作品
↓土居志央梨さん過去出演作品
↓田中佑弥さん過去出演作品
↓大西多摩恵さん過去出演作品
↓白石準也さん過去出演作品
↓村岡希美さん過去出演作品
↓新名基浩さん過去出演作品
↓外山誠二さん過去出演作品
↓猪俣三四郎さん過去出演作品
↓白石加代子さん過去出演作品

