舞台 「さらば黄昏」 観劇レビュー 2025/11/20


公演タイトル:「さらば黄昏」
劇場:小劇場 楽園
劇団・企画:阿佐ヶ谷スパイダース
作・演出:長塚圭史
出演:中村まこと、李千鶴、大久保祥太郎、長塚圭史、中山祐一朗、志甫まゆ子、宮崎柊太、村岡希美、木村美月、西山斗真(観劇回のキャストのみ記載)
期間:11/8〜11/30(東京)、12/6(長野)
上演時間:約2時間(途中休憩なし)
作品キーワード:西部劇、田舎、勧善懲悪、サスペンス、シリアス
個人満足度:★★★★★☆☆☆☆☆
神奈川芸術劇場の芸術監督も務める、劇作家・演出家の長塚圭史さんが主宰する劇団「阿佐ヶ谷スパイダース」の新作公演を観劇。
「阿佐ヶ谷スパイダース」は演劇ユニットとして1996年に旗揚げをし、2017年に劇団化した。
劇団員に、中村まことさん、村岡希美さん、藤間爽子さんらがいる。
本作は「阿佐ヶ谷スパイダース」として2年ぶりの新作公演であり、AキャストとBキャストに分かれてのWキャストの上演となっており、私はAキャスト版を観劇した。
私自身、「阿佐ヶ谷スパイダース」の公演は『老いと建築』(2021年11月)、『ジャイアンツ』(2023年11月)を観劇したことがあり3度目の観劇となる。
物語は、踊田地区という架空の田舎の駐在所を舞台に巻き起こる西部劇風の会話劇である。
深夜、駐在所には駐在員で巡査長の竹井大(中村まこと)と、阪本雪乃(志甫まゆ子)、そして泥だらけになった息子の阪本朝陽(宮崎柊太)がいた。
どうやら朝陽はテスラのような態度の大きい乗用車がやってきて、自転車で道端に逸れた時に田んぼの中に落ちてしまい泥だらけになったらしい。
雪乃は、そのテスラのような乗用車に乗った男をこの地区から探し出そうと躍起になっていた。
その場にいた大河原(長塚圭史)という男性は、自分自身もテスラに乗っているからテスラのような乗用車に乗っているからと言って、みんなが態度が大きいとは限らないと言う。
そこへ、頭から血を流した剣持愛一郎(大久保祥太郎)がやってくる。
彼も、何者かに石を複数回投げられ負傷したようであった。
駐在所にいた一同は大騒ぎをして、朝陽や剣持をこのような状態にした男の存在を突き止めようとするが...というもの。
「阿佐ヶ谷スパイダース」の演劇作品は以前『ジャイアンツ』を観劇した時にも思ったのだが、どこか夢の中にいるかのような感覚を覚える作品が多く感じられるが、本作もまさにそんな感覚を覚える演劇で不思議な気持ちになった。
物語がメインで進行はしていくのだが、この物語は映画の中の世界なのだろうかと錯覚する場面があり、私たち観客がこの光景を観ているということも前提として作品自体が進行しているのではないかと思わせるシーンが何度かあって、度々我に返ったかのような心地にさせられるのが興味深かった。
これが「阿佐ヶ谷スパイダース」の演劇なのだろうかと感じた。
本作の舞台は踊田地区という架空の日本の田舎町となっているが、非常に西部劇を観ている感覚にさせられるのが良かった。
小劇場楽園という狭くて暗くてジメジメとした感じの空間を活かすことによって、西部劇のあの暗く湿った感じのあるシチュエーションを作り出すことに成功していたと思う。
この感覚は演劇といった劇場空間だからこそ醸し出せる雰囲気だと思っていて、そういう空間を作品に合う形で上手く活用していたと思う。
また、本作はサスペンスの要素も含まれていて、平日の午後によくテレビ番組でやっていたようなサスペンス劇場を観ている感じにもなって懐かしくも思えた。
平成の時代によくあったサスペンスものを観ている感覚になった。
さらに、田舎町を舞台にするということで、田舎のすぐに近隣に噂が広まってしまう村八分的な要素も盛り込まれていて、西部劇風といえど日本の過疎地域にも通じるものがあると感じさせられた。
また、住民たちの匿名性による声は、SNSでの匿名アカウントによる攻撃にも感じられて考えさせられた。
後半のシーンはサスペンスらしい方向にストーリーが動くので、陰惨とした空間も相まって非常に不気味に、そして恐ろしく感じられて目を離せなかった。
その一方で、この西部劇と田舎町の設定であったら、もう少し脚本を面白くも出来るのではとも感じた。
「阿佐ヶ谷スパイダース」の演劇作品は、何を主題として訴えたいのかが明確でない作品が多い感じがするしそれは悪いことではないのだが、もっと心からグッと刺さるようなシチュエーションや展開を期待したのでやや物足りなさがあった。
出演者陣の演技力は素晴らしいものだった。
小劇場楽園という狭い空間で、ここまでのど迫力の芝居が観られて良かった。
特に素晴らしかったのは、巡査長の竹井大役を演じた中村まことさん。
あの正義感を貫こうとする姿勢がどこまでも格好良く、凄く存在感があって引き込まれた。
島村潤子役を演じた村岡希美さんの存在感も素晴らしかった。
昔の映画のタイトルや俳優の名前がなかなか思い出せない件が本当に好きで、あのようなナチュラルな演技が印象的に感じられた。
小劇場楽園という、狭い小劇場で「阿佐ヶ谷スパイダース」の演劇作品が観劇できる機会はなかなか無いと思うので、この濃密な演劇体験を多くの人に味わって欲しいと感じた。

【鑑賞動機】
「阿佐ヶ谷スパイダース」は新作公演をやる度にここ数年は観劇していたので、今回もいつも通り観劇することにした。また小劇場楽園という小劇場で上演されるというのが一番のポイントだと思った。
【ストーリー・内容】(※ネタバレあり)
ストーリーに関しては、私が観劇で得た記憶なので、抜けや間違い等沢山あると思うがご容赦頂きたい。
踊田地区の駐在所。深夜の駐在所には巡査長の竹井大(中村まこと)と踊田まちづくり委員会の委員長である大河原(長塚圭史)、そして阪本雪乃(志甫まゆ子)とその息子である阪本朝陽(宮崎柊太)がいた。朝陽は全身泥だらけの状態である。
雪乃は言う。朝陽は自転車に乗っていると、自動車が勢いよくやってきてそれを避けようと脇に逸れた時に田んぼに落ちてしまって泥だらけになったのだと。雪乃は、その自動車があまりにも速いスピードで進行してきたのが悪いと訴えている。
朝陽の話によると、その自動車は白かったというくらいでナンバープレートなどの情報は分からなかった。雪乃は、どうせその自動車はテスラのような態度の大きい乗用車に違いないと言う。それに対して、大河原が私もテスラに乗っていますが...と言う。
そこへ、今度はこの駐在所に新たに着任することになった新人の警察官の剣持愛一郎(大久保祥太郎)が頭から血を流した状態でやってくる。一同は騒然とする。剣持は、暗くてよく分からなかったが、複数人の男たちに何度も石を投げつけられたのだと言う。
駐在所には、竹井と雪乃の夫で朝陽の父親である阪本慎平(中山祐一朗)の二人きりになる。竹井は、朝陽の件といい剣持の件といい、これは同一人物の仕業に違いないと言う。そして、最近どうやら犬塚という前科者が出所したらしいので、彼がこの町にやってきたのではないかと言う。その犬塚という男には、弟もいるし息子もいると聞くので、彼らが復讐も兼ねて襲ってきているのではないかと推察した。
暗転する。
駐在所のとある日の日中、竹井と大河原と剣持がいる。剣持は頭に包帯を巻いている。どうやら剣持はこの駐在所に着任すると同時に、付き合っていた女性と結婚してこの踊田地区で結婚式を挙げるようであった。大河原は、その結婚式の段取りなどを話している。ワインが有名なので、ワインの引き出物の話もしている。今どき結婚式は挙げなくなってしまったが、このように昔ながらのスタイルで結婚式を挙げるのも良いなと言う。
竹井の元に妻の本町一栄(李千鶴)がやってくる。この駐在所は、剣持夫婦が着任して暮らし始めるので、竹井たち夫婦は早く苫小牧に移り住もうと本町は提案する。苫小牧は竹井の故郷でもある様子である。もう苫小牧での仕事先も決まっているので早く引っ越そうと。
しかし竹井は、犬塚が出所してこの町にやってきた可能性がある以上、このまま苫小牧に引っ越す訳にはいかないと言う。剣持夫婦はまだ若いし、彼らに何かあったら大変だからと。7年間竹井が巡査長として守り抜いた土地をミスミス手放して大事件を起こしたくないと言う。
しかし本町は、犬塚たちが狙っているのは剣持たちでなく我々なのだから、我々が苫小牧へ引っ越せば犬塚たちも苫小牧にやってきて、踊田は平和になるのではと言う。結果的に、本町だけ先に苫小牧へ行き、竹井は踊田に留まることになる。
竹井の元へ、剣持の結婚相手である島村輝(木村美月)がやってくる。輝は、母が趣味で育てたりんごを齧りながら話す。そのりんごは随分と出来が良さそうである。
輝は、あまり昔ながらの結婚式に乗り気でない様子であった。披露宴をやること自体は分からなくもないが、二人で地区を歩くなんてことはしたくないと。
剣持もやってきて輝と結婚式のことについて揉める。
暗転する。
駐在所のとある日の深夜。竹井と島村潤子(村岡希美)がいる。潤子はアメリカ映画の話をしている。潤子は、トランプ大統領が思い出せなかったり、映画『トップガン・マーヴェリック』を思い出せなかったり、ゲイリー・オールドマンを思い出せなかったり、映画『告発』のタイトルを思い出せなかったりする。
竹井は本町は一人苫小牧に移り、自分は犬塚が戻ってきた可能性があるため踊田に止まる決意をしたと述べる。潤子はどうして苫小牧に行かなかったのかと追及する。
潤子は過去の事件のことについて話す。犬塚による放火事件で本町は命からがら逃げ延びたが大火傷だったと言う。
暗転する。
駐在所には、大河原、竹井、剣持、慎平がいた。犬塚がこの踊田地区で自警団を作るという噂が出ていることをみんなで話す。だからこそ、踊田で住民も集めて一致団結する必要があると竹井は説く。
その話の流れから、このシチュエーションは映画みたいだという話になる。映画なのではないかと。
そこへ青ざめた雪乃がやってきて、息子の朝陽が帰って来なくて行方不明なのだと訴える。電話しても出ないのだと。塾へ行ったきりなのだと。そんな時に父の慎平は電話をかけたにも関わらず携帯電話の電源を切ってしまっていて繋がらなかった。それに対して雪乃は怒っていて、携帯電話の電源を切れと言われて、どこに本当に切る奴がいるのかと憤慨する。
深夜、駐在所には剣持だけがいた。剣持は妻の輝と電話をしていた。そのまま剣持は駐在所の奥の方へと姿を消す。
そこへ一人の男(西山斗真)が無断で駐在所に入ってきて席に着く。剣持は戻ってきて男が無断で駐在所に入ってきたことを知り驚く。剣持は妻との電話を切る。男は言う、輝さんと電話をしていましたかと。剣持は、どうして妻の名前を知っているのかと尋ねる。男は、自身でそう言っていたと剣持に言う。記憶力が良いはずなのに覚えていないのですかと。
怪しいと思った剣持はその男と取っ組み合いを始める。そして男を逃げていく。そんな中、朝陽が濡れた姿で静かにやってきていた。外は音を立てて雨が降っていた。
暗転して、ここはとある日の駐在所の日中。竹井は多くの住民たちに囲まれている。住民たちは、自分たちで踊田地区防犯パトロール隊を結成することは反対だと竹井に述べる。竹井が行おうとしているのは、権力濫用だと言われてしまう。
しかし、そんな住民たちの中に混じっていたのは潤子だった。そうやって匿名であることを利用して好き放題に言って、言うなら実名を公表してはっきり述べよと言う。住民たちは退散する。
一方、雪乃は夫の慎平に電話をしたところ、慎平が電話に出なくて心配になり探しに行く。
暗転する。とある夏の日中の駐在所。
剣持が駐在員をやっている所へ、本町が苫小牧から訪れる。本町と竹井のお土産だと言って苫小牧の名産品を剣持に渡す。
慎平もやってきて二人に挨拶する。ここで上演は終了する。
竹井の正義感強い姿が格好良いなと思うとともに、はっきりと結末は描いておらず、竹井が苫小牧に引っ越したということは、犬塚の件が片付いたのだろうかと思わせるハッピーエンドでよかった。夏の日中で平和な日常が訪れていそうな感じもあってよかった。
日本が舞台であるにも関わらず、よくここまで西部劇っぽく作劇出来るなあと長塚さんの脚本力に舌を巻いた。
それと同時に、日本の田舎の閉塞感も上手く表現しているなと感じた。輝が結婚式を挙げることに反対する姿や、劇中で起こるシーンひとつひとつが田舎で馴染みのあること過ぎて色々想像力を掻き立てられた。
また住民の多くに反対される構図が、竹井が村八分にあっているように感じると同時に、今のSNS社会を反映しているようにも感じられて、こうやって名前を出さずに反対意見だけ一丁前に出してくる匿名性が憎らしく感じられた。

【世界観・演出】(※ネタバレあり)
まさに小劇場楽園という狭い小劇場空間を活かした作劇になっていて、劇場選びからして優れた上演だったと感じた。ちょっと違うが映画『ファーゴ』が連想され、西部劇、サスペンス、田舎の閉塞感などが上手く融合した味のある世界観になっていた。
舞台装置、舞台照明、舞台音響、その他演出について見ていく。
まずは舞台装置から。
小劇場楽園の客席はステージを囲んでくの字型になっていた。ステージ上には舞台となっている踊田地区の駐在所の一室が仕込まれている。背後は白い壁になっていて、一面に窓が取り付けられている。そこにはシャッターが閉まり切っている。このシャッターの向こうが窓になっていて、そこには本物の外が広がっているかのように演出しているのが凄かった。雨が降っているシーンは、窓の外で本当に雨が降っているかのような照明演出がされていた。
ステージと客席が地続きなので、役者は客席側へと捌けることも出来たし、ステージ背後の剣持が輝との電話で消えていく奥の方へも捌けることが出来た。
ステージ上には竹井がいつも座る用の巨大な机と椅子があり、その周囲にも複数の椅子があったと記憶している。また、ステージ上手側には円筒形の灯油ストーブが一台置かれていた。
駐在所のみで巻き起こる会話劇なのに、ここまで面白く見せられるのはさすが長塚さんの作・演出だなと思う。
次に舞台照明について。
深夜のシーンが多かったのもあり、全体的に暗い照明が多い記憶である。明るい日中のシーンは、前半だと竹井の元に本町と輝がやってくるシーンと、一番最後の夏の日中のシーンくらいである。あとは雨が降っていたり、深夜だったりと周囲が暗いことを想定させるシーンが多かった。
こういった深夜や雨のシーンが多かったのも、本作のメッセージと関連していると思った。全体的に、犬塚が出所して陰惨な時期を終始描いていたので、それに応じて暗く寒い時期にしているのかと思い、ラストのシーンはそんな不安も払拭されて、夏の晴れた日で終わっているのかなと思った。
また、一番照明演出で怖かったのが、男が駐在所に忍び込んだシーン。あのシーンも酷く暗かったので雰囲気が抜群だった。そして、シャッターの窓の外の雨が降っていることを表現する青い照明も上手いなと感じた。本当に雨が降っているんじゃないかと思うくらいのクオリティだった。
次に舞台音響について。
中村大史さんによる西部劇風の音楽がピタリとハマっていた。小劇場楽園なので、そこまでハイクオリティな音響設備は整っていないが、だからこそ今回の西部劇風の音楽もハマっていたのかもしれないなと感じた。
あとは雨の降りしきり音や、終盤の夏の日の蝉の鳴き声など効果音も上手く使われていた。
最後にその他の演出について。
「阿佐ヶ谷スパイダース」の作品は、というより『ジャイアンツ』と本作に共通して言えることは、物語を俯瞰して観ている私たち観客の存在をも意識した構成になっている点である。例えば、これは映画なのではないかという台詞が劇中に登場して、ずっと物語に没入していた私たち観客が、改めて自分たちが物語を観ているという構造を思い出させるように仕向けられているように感じたし、雪乃が携帯電話を切れと言われて本当に切るやつがいるかみたいな台詞があったが、実際雪乃役を演じた志甫まゆ子さんが携帯電話を切るように開演前にアナウンスをしていた点とも繋がって面白かった。このように、「阿佐ヶ谷スパイダース」の作品は、物語が展開されている空間が物語の中でしかないことを意識させる構図が独特だなと感じた。
西部劇風の作品だからか、潤子がひたすらアメリカ映画の話をして、なかなかタイトルを思い出せなかったり、俳優の名前を思い出せなかったりする件もアメリカを意識させられた。この作品の劇中では、明確にこの物語は西部劇であるという説明はない。しかし、観客は話の展開と雰囲気からなんとなくそれを察する。その手助けになるかのように、潤子がアメリカ映画を色々話題にするのはよかった。
住民が大勢駐在所に押しかけているシーンで、スタッフや今回出演していない劇団員たちがカメオ出演する感じがとても好きだった。ここにもアメリカ映画らしさがあるようにも思えた。
西山斗真さんが演じた男は、やはり犬塚だったのだろうか。私は犬塚だったのだろうと思いながら観劇していたのだが、当日パンフレットには「男」としか書いておらず、戯曲にも何も明記されていなかった。ここは観客の想像に委ねる部分なのだろう。男が剣持の妻を輝だと知っていたのは、確かに電話で輝の名前で呼んでいる箇所があった。しかし、剣持が記憶力が良いって輝がいつも褒めていることは電話からは推測できないので、やはりこの男は剣持夫婦のことを熟知していたことが分かって怖いシーンだった。
【キャスト・キャラクター】(※ネタバレあり)
劇団「阿佐ヶ谷スパイダース」の劇団員たちで構成された出演者陣だったが、皆演技に迫力があって小劇場楽園という小劇場に響き渡っていて良い時間を過ごせた。
特に印象に残った役者について見ていく。
まずは、主人公の巡査長である竹井大役を演じた中村まことさん。中村さんの演技は、阿佐ヶ谷スパイダース『ジャイアンツ』(2023年11月)、『老いと建築』(2021年11月)、ゴーチ・ブラザーズ『ブレイキング・ザ・コード』(2023年4月)で演技を拝見している。
本当に正義感を貫こうとする巡査長の姿が格好良かった。ずっと7年間踊田地区の巡査長として駐在してきた身として、犬塚が出所して危険な状態になったにも関わらずこの地を離れることは出来なかったのだろう。そのポリシーに引かれるものがあるなと感じた。
一方で、新しい剣持という駐在員が夫婦で暮らすことになると言うのに、いつまでも古株の竹井がこの地に残ることにもなってしまうと思う。おそらく、剣持からしたらやりづらいだろうなと思う。悪く言ってしまえば竹井がやろうとすることは老害なのだと思う。しかし、その老害ぶりというのは、こういう正義感から来るのかもしれないなと一概に悪いものでもないのだよなと感じた。
妻の本町が苫小牧に行こうと言うのに、一向に言うことを聞かない竹井は頑固でもあるなと感じた。それでもって非常に好感の持てる役だった。
次に、島村潤子役を演じた村岡希美さん。村岡さんの演技は、阿佐ヶ谷スパイダース『ジャイアンツ』『老いと建築』、NODA・MAP『正三角関係』(2024年8月)、『フェイクスピア』(2021年6月)、ナイロン100℃『Dont freak out』(2023年3月)で演技を拝見したことがある。
村岡さんはやはり存在感があって凄い役者だなと改めて思った。いつもはもっと大きな劇場で演技を拝見することが多いが、本作は小劇場楽園ということで、かなり間近で村岡さんの演技を拝見することができた。
なんと言っても、潤子はアメリカ映画のタイトルや俳優の名前がなかなか出てこなくて、竹井に言われてやって出てくるみたいな件が好きだった。特にトランプ大統領が出てこないのは面白かった。え?トランプ大統領のことだったのかと拍子抜けする感じでくすくす笑ってしまった。
あとはラストのシーンで、住民たちに匿名で巨大な一人を作って反対するでないと喝を入れる辺りが好きだった。凄く勢いのある役者さんなので、ビシッと決めるところを決める爽快感があった。
剣持愛一郎役を演じた大久保祥太郎さんも素晴らしかった。大久保さんの演技は、阿佐ヶ谷スパイダース『ジャイアンツ』、イキウメ『天の敵』(2022年9月)、KAAT神奈川芸術劇場『オレステスとピュラデス』(2020年11月)で演技を拝見している。
やっぱり駐在員は正義感強い男であるからこそ務まるものなのだろうか、竹井にも増して正義感の強さを感じた。
特に、謎の男が駐在所に入ってきた時に真っ向から男に挑む姿が無鉄砲で好きだった。正義感丸出しで良かった。
頭から血を流した状態で登場したり、包帯を巻いたりと痛々しい姿が多かったが、それも駐在員としての責務を果たそうとする覚悟の現れのようにも思えた。
ラストの夏のシーンで、同じ俳優が演じているのに凄く駐在員として立派になったように感じられた。
阪本雪乃役を演じた志甫まゆ子さんも良かった。志甫さんの演技は、阿佐ヶ谷スパイダース『ジャイアンツ』『老いと建築』で拝見している。
息子の朝陽を溺愛していて、そんな息子を治安の悪いこの町から守ろうとしている姿が本当に母親として魅力に感じた。
雪乃は一番最初のシーンがもっとも見応えがあった。テスラを例に挙げる件は面白かったし、本当にどこにでもいそうな子供を愛す母親という感じがあって、特に田舎にはこんな感じの母親は多いだろうなという説得力が半端なかった。

【舞台の考察】(※ネタバレあり)
ここではこの作品のタイトルと内容について考察していきたいと思う。
公演パンフレットに記載されていたのだが、『さらば黄昏』の「黄昏」というものの意味は、夕方の薄暗い時間帯を指し、「たそがれ」の語源は「誰(た)そ彼(かれ)」という言葉からきているのだと言う。そばにいるあなたの顔が暗くてよく分からないから、「誰(た)そ彼(かれ)?」と尋ねてしまうくらい夕方の薄暗い時間だから「黄昏」というのだと。
私は、『さらば黄昏』というタイトルから、たしかにラストは夏の日中のシーンで終わっており、竹井が踊田地区の巡査長を離任して苫小牧に引っ越したことが示唆されているので、踊田地区を危機に瀕しているのは犬塚なのか誰なのか分からない、そんな時代とは決別して平和が訪れたことを意味しているのかなと思っていた。
だからこそ、じゃあね、黄昏よ、と言う意味で『さらば黄昏』なのかなと思った。
Aキャスト版で西山斗真さんが演じている男は、犬塚のように思うが、犬塚と明記していない所がミソであり、誰だか分からない、だからこそ駐在員にとっての悪の存在は誰だかはっきりしない黄昏のような存在だから、明記しなかったのではないかと思った。
だからタイトルは、じゃあね黄昏の意味で『さらば黄昏』なのだと。
しかし、公演パンフレットにはもう一つ興味深いことが記載されていて観劇後になるほどと思った。それは、「さらば」が「そうであるならば」の意味として捉えていたことである。
そうであるならば黄昏、すなわち「それならばいっそ黄昏ちゃいますか」の意味もあるという解釈なのである。
もしそう解釈するならば、この物語をどう捉えることが出来るのだろうか。
そこで思いついたのは、もしかしたら竹井は犬塚を始末せずに苫小牧へと引っ越して行ったという可能性である。竹井は、犬塚から踊田を守ろうとするがために住民たちの力を借りて踊田地区防犯パトロール隊を結成しようとするも失敗する。
竹井は7年間踊田地区の駐在員として巡査長として町を見守ってきたが、あの恐ろしき犬塚に立ち向かうことは出来なかった。
竹井はずっと正義感をむき出しにして悪と戦ってきた。しかし、犬塚という恐ろしい存在に対しては、もはや自分一人の力ではどうにもならないと悟ったのかもしれない。
竹井にとって、踊田地区を離れて苫小牧に引っ越すということは、巡査長としての敗北を認めることを意味したのかもしれない。自分の力ではどうすることも出来ないものがあり、それらに対して折り合いをつけて生きていこうと決意したのかもしれない。
だからこそ、苫小牧の地に移ることでそうであるなばらいっそ黄昏ちゃったのかもしれない。
劇中では、竹井と犬塚が対峙するシーンは描かれていないので、ここの対立がどういう形で決着したのかは観客の想像力に委ねられている。私は、前者であって欲しいと最初は願ったが、この記事を書いているうちに後者の決断が出来た竹井がさらに魅力的に感じるのではとも思った。
↓阿佐ヶ谷スパイダース過去作品
↓長塚圭史さん脚本作品
↓中村まことさん出演作品
↓李千鶴さん過去出演作品
↓大久保祥太郎さん過去出演作品
↓長塚圭史さん出演作品
↓中山祐一朗さん過去出演作品
↓志甫まゆ子さん過去出演作品
↓村岡希美さん過去出演作品
↓木村美月さん過去出演作品

