舞台 「わかろうとはおもっているけど」 観劇レビュー 2025/11/08



公演タイトル:「わかろうとはおもっているけど」
劇場:東京芸術劇場 シアターイースト
劇団・企画:贅沢貧乏
作・演出:山田由梨
音楽:金光佑実
出演:大場みなみ、山本雅幸、佐久間麻由、大竹このみ、青山祥子
期間:11/7〜11/16(東京)、12/6〜12/7(福岡)、12/13〜12/14(北海道)
上演時間:約1時間10分(途中休憩なし)
作品キーワード:会話劇、ジェンダー、妊娠、舞台美術、考えさせられる
個人満足度:★★★★★☆☆☆☆☆
2017年の『フィクション・シティー』と2019年の『ミクスチュア』で岸田國士戯曲賞にノミネートされるなど高い評価を受けてきた、劇作家の山田由梨さんが主宰する劇団「贅沢貧乏」の本公演を観劇。
今回上演された『わかろうとはおもっているけど』は2019年に初演され、その後2022年にフェスティバル・ドートンヌ・ア・パリ正式プログラムとしてパリで上演されて好評を博した作品である。
今回はその再演で国内ツアーをするということで、東京芸術劇場シアターイーストでの東京公演を観劇した。
私自身、「贅沢貧乏」の公演は『おわるのをまっている』(2024年12月)を観劇したことがあるが本作は未見であった。
物語は、テル(大場みなみ)とコウ(山本雅幸)という男女のカップルを中心に、男女の価値観の違いやすれ違いをファンタジックに描いた会話劇である。
二人のメイド(大竹このみ、青山祥子)が登場し、どうやら新人のメイドは先輩のメイドからお作法に関してなど注意されている。
そんな中、テルとコウが二人で会話をしている。
コウは家事を全くする気がなく、全てテルにさせている。
コロッケが食べたいといきなり言い出すなど彼女に甘えてばかりのコウである。
テルは友達のメイ(佐久間麻由)と会う。
テルはメイに対して、自分とコウとの間に子供が出来て妊娠したのだけれど、コウのあまりにも無責任な態度がずっと心配で、妊娠したことを打ち明けられてないと相談する。
メイは過去に男性からDV被害を受けた影響によって男性を恨んでいるようでテルに同情してコウを厳しく非難する、そして決して謝ってはいけないと言う。
テルはコウに対して、自分が妊娠していることを伝えるが...という話である。
物語序盤は、コウという男性があまりにもダメ男過ぎて腹立たしく思いながら観劇していた。
それと同時に、ちょっと男性をあまりにも一方的に悪く描き過ぎではないかと疑問を感じたりもした。
2019年に初演を迎えた作品なので、まだ当時の一般的な男性像というのは、こんなにも女性におんぶに抱っこな状態の無責任な存在だったのかと思ったりもして、戯曲がちょっと古いのではないかとさえ思っていた。
しかし物語後半に差し掛かると、その男女の関係が逆転することによって、無責任なように見える男性像が一方的に悪いものなのではなく、男女間の価値観の違いを理解することの難しさを痛感させられ、本作において非常に好感を持てるようになったし、全然古い戯曲だとは思わなかった。
そして、一方的に男性を悪者扱いするメイに制裁が下される点も好感の持てる展開だった。
むしろ本作は、パートナーである男性の無責任ぶりや怠惰に辟易してしまった女性に対して凄く刺さる作品なのではないかと思った。
おそらく彼女たちには賛否両論あるかもしれないが、何か新しい気づきや視点を与えてくれそうな、まさにフェミニズムの入門書的な立て付けの演劇に感じた。
男女のカップルの物語なのに、どうして二人のメイドを登場させて描いているのか、非常にユニークではあるが意図までは掴み取ることが出来なかった。
この二人のメイドも厳しい先輩のメイドと新人でずっと怯えているメイドの二人の関係から、世間一般的な仕事における上司と新人部下を連想させられ、新人のメイドが先輩のメイドに対して反抗して爆発する様にとても共感させられた。
まさに新人のメイドの怒り爆発が、観客がずっと観ていて不満に感じていたポイントを代弁してくれているように感じられて痛快だった。
舞台セットも良い意味で非常にウェルメイドで素敵だった。
映画『グランド・ブダペスト・ホテル』のウェス・アンダーソン監督の世界観とでも言うような、カラフルで可愛らしい舞台装置と衣装の中で、決して穏やかでない描写がずっと描かれている世界観に引き込まれた。
シルエットを使った演出も上手かったし、お湯が沸く音などの生活音にも愛おしさを感じられて丁寧に作り込まれた空間にずっと浸っていられた。
『おわるのをまっている』でも感じたが、「贅沢貧乏」の演劇作品は世界観に浸るだけで心が満たされるというか、凄く舞台空間にセラフィックな効果があると思った。
出演者も小劇場演劇で大活躍している方々ばかりで皆素晴らしかった。
特に、テル役を演じた大場みなみさんとコウ役を演じた山本雅幸さんのリアルなカップルの会話が絶妙に良かった。
コウというダメ男に対して苛立ちを煽ってくるような二人の関係が本当に上手く演じられていた。
そして、テルの友達のメイ役の佐久間麻由さんも、過去の男性経験から男性を一方的に恨む女性というキャラクター像を、観客に不快感を与えずずに演じられる点が絶妙で素晴らしいなと感じた。
キャラクター像として文章に書き起こすと嫌な女性なのだが、役として芝居を観ていると不快に思わせない匙加減が非常に上手いなと感じた。
大きくジェンダー観が変わってきた昨今において、本作は今ではだいぶ多くの人に受け入れられる作品になっているんじゃないかと思う。
多くの人に届いて欲しい演劇作品である。

↓初演時映像本編
【鑑賞動機】
「贅沢貧乏」の公演は、『おわるのをまっている』(2024年12月)で初めて観劇したのだが、非常に自分の好みに合いそうな劇団だったので、当劇団の代表作である本作も観てみたいと思ったから。
【ストーリー・内容】(※ネタバレあり)
ストーリーに関しては、私が観劇で得た記憶なので、抜けや間違い等沢山あると思うがご容赦頂きたい。
先輩のメイド(大竹このみ)と新人のメイド(青山祥子)が客席上を歩き回っている。そして、二人のメイドがステージ上に上がると開演し照明が切り替わる。先輩メイドは、新人メイドにお作法を色々しつける。新人メイドは緊張しているらしく、先輩メイドの言われたことに対して「はい」と硬直したような感じで答える。
コウ(山本雅幸)はクッションの上で寝そべっている。テル(大場みなみ)がやってきてパソコンで作業をしている。テルはポテトチップスを食べながら作業をしようとしていたが、起きてきたコウに取られる。コウはポテトチップスを食べ始めるが、指についた塩まで食べているので、テルは指まで食べないでと注意する。
コウは全く家事をする気がなく、今日の夕飯はコロッケが良いなどとテルに伝える。テルは当日にコロッケが良いなどと言われても作れないと言われる。
テルは今度友達のメイと食事に行ってくると伝える。
テルは、友人のメイ(佐久間麻由)に会う。テルはメイに、今付き合っているコウとの間に子供が授かって妊娠が発覚したのだが、コウのあまりにも無責任な態度から怖くて打ち明けられないのだと相談する。
テルは、少し遅くなってから妊娠したことをコウに告げる際に、謝ってはいけないとメイからアドバイスされる。謝ったらこっちが悪いというのを認めることになるから謝ってはいけないと言う。
メイは、かつて付き合っていた男性からDVを受けていた過去があり、その時はキッチンバサミのクロスする部分を取り外して二刀流で戦ったと言う。
テルはメイから味噌のお土産をもらってお店を後にする。
二人のメイドが、幕の向こうで二人で会話している。幕にはメイドの巨大なシルエットが浮かび上がっている。先輩のメイドが新人のメイドに、私たちは波風を立ててはいけない存在なのだと忠告する。
再びテルとコウの家のリビング、コウは仕事でリーダーになったと言う。その流れで住まいをどうしようかと二人で話す。今はテルが元々一人暮らししていた部屋にコウが転がり込んできたが、このままだとコウは一向に家事をしてくれないので、新しい住まいを探そうとテルは提案する。
コウは子供ができたらの話をする。野村という男は、非常に嫌な奴なのだが子供だけは不思議と可愛いのだと言う。テルはしばしコウの元を後にする。
再びテルがコウの元にやってくる。テルは勇気を出して実は妊娠しているのだとコウに伝える。コウは驚く。驚きすぎて、それって二人の子供?と聞いてしまう。テルは当たり前だと言う。コウはお喜びしてテルを抱きしめる。テルは実は5日前から妊娠をしていたという言葉に、コウはもっと早く言って欲しかったと告げ、無意識にテルはごめんと謝ってしまう。
そんなテルとコウの様子を陰で見ていたメイドたちは、小さく拍手をしながら祝福していた。
ステージにはメイド2人になる。先輩のメイドは、私たちは部屋に立てかけてある箒のような存在なのだと新人のメイドに伝える。決して目立ってはいけないと。
食卓には、テル、メイ、コウが座っていた。二人のメイドたちは給仕として働く。三人の会話から、コウはテルが自分よりも先にメイに妊娠していたことを告げていたことを知る。それに対してコウはどうして自分に先に言ってくれなかったのかとテルを問いただす。テルはそれに対してゴメンと何度も謝ってしまう。その時、テルの心の中では、メイが「決して謝ってはいけない」という言葉が反芻され、音声として流れる。
そこからテルとコウは口論となってしまう。テルは、コウがどうしてそんなに子供が出来たことに他人事のように喜べるのかと追及する。コウは、子供が出来たことを喜ぶのがなぜいけないのかと反論する。終いにはコウがテルのことをマタニティブルーと言ってしまう。テルはマタニティブルーって言わないでと叫んで行方をくらましてしまう。
二人のメイドたちは、とんでもない展開になってしまったとテルの元を追いかける。一人になったコウは、しゅんとなってテーブルクロスの敷かれたテーブルの下に逃げ込んでしまう。その瞬間を、新人のメイドは目撃する。
先輩のメイドがやってきて、コウがどこに行ってしまったのか探してくると言いこの場を去る。
新人のメイドは、隠れたコウのいるテーブルクロスのかかったテーブルの下を覗く。そこではコウが、何やら隠れておもちゃで遊んでいるような様子であった。コウは、どうして子供が出来たことを喜んではいけないのかと呟いていた。
先輩のメイドが帰ってくる。テーブルからコウのつま先が片方飛び出していたので仕舞うように指図するかのように蹴る。先輩のメイドは外を探したけれどコウは見つからなかったと言う。そこへメイがやってくる。メイはずっと男という存在が嫌いで悪口を言っている。メイが子供が欲しくないわけではないのだが、男性と一緒に暮らしたくないと言う、だから結婚しないのだと。もし女性たちが全員一斉に子供を産まないと宣言したら、人類を滅ぼすことが出来るのだと、もっと胸張って行こうと私たちとメイは言う。
新人のメイドは突然、今日でこの仕事を辞めますと宣言する。先輩のメイドは飛び上がるくらい驚く。まだ3日しか働いていないのにもう辞めるのかと。新人のメイドはこんなキツい仕事場には耐えられないと、先輩のメイドの髪型をぐちゃぐちゃにしてしまう。怒った先輩のメイドはそのまま、メイの髪型をぐちゃぐちゃにする。
音響も照明も派手になって転換する。テーブルの下にいたコウが出てきて、テルも登場する。今度はテルとコウが逆転して、コウが妊娠している状態になる。コウはリーダーになったばかりなのに妊娠もして心配ばかりだとナイーブになっているところを、テルはそんなことでグズグズするなよと言い、マタニティブルーだと言ってしまう。今度はコウがマタニティブルーだと言わないでと叫ぶ。
舞台は切り替わり、一同は食卓に集まり食事を始める。エンディングが流れて上演は終了する。
前半はコウがあまりにも男性として相手が妊娠しているにも関わらず無責任過ぎてびっくりしたし、むしろここまでの男性像を描かれると戯曲が古いのか、男性を恣意的に悪者に描いているのかとネガティブな感情が襲ってきた。しかし、考察パートでも触れるが、この作品が描かれた2019年では、このような男性像はむしろ普通で良い男性扱いされていたと言われるとゾッとしたし、それだけ社会の価値観は大きく変化したのだなと改めて考えさせられた。
そして終盤の展開については、ちょっと男女の立場が逆転してコウがいきなり妊娠している設定として描かれるのはトリッキー過ぎるというか、割と描きたいことを恣意的に演出に組み込んでぶっ込んでいる感じがあって、やや無理やりな感じが否めなくもなかったが、男女の価値観の違いやずれを理解するということの難しさと向き合えたという点では良いクリエイションだったと思う。

【世界観・演出】(※ネタバレあり)
先述した通り「贅沢貧乏」の舞台美術と世界観は、凄くウェルメイドでその世界観に浸れるだけでも楽しめてしまう魅力があって好きである。映画『グランド・ブダペスト・ホテル』に代表されるウェス・アンダーソン監督の作品のような、凄くカラフルでミニチュアのような可愛らしさがあるのだけれど、描かれている脚本や描写は決して穏やかではなかったりと、そういうギャップがあって好きだった。
舞台装置、映像、衣装、舞台照明、舞台音響、その他演出の順番で見ていく。
まずは舞台装置について。
ステージ上には、ステージ手前にテーブルクロスの敷かれた横長の食卓が一つ置かれていて、その後ろにピンク色のカーテンが一面に敷かれている。カーテンは、下手側にかけられているものと、上手側にかけられているものがあるが、ステージの奥側は完全にカーテンによって閉められていて見ることができない。
食卓は、基本的にはテルとコウが二人で会話する時に使われたり、テルとメイが二人でお茶する時に使われたりする。白いテーブルクロスが敷かれた巨大な食卓は、その隅に4つくらいの椅子が置かれていて、さらにテーブルの下に人が一人隠れられるスペースがあって、物語終盤でコウがこの下に隠れる。そこには、あまり詳しくはよく分からなかったが、テーブルの下の下手側におもちゃのようなコウが遊べるような玩具が置かれていた。
カーテンには複数の絵画もかけられていて、まるで可愛らしいミニチュアのような世界観で、よりウェス・アンダーソン監督の世界観を感じた。
テーブルの前には、クッションが複数置かれていて、コウが寝そべっていたりしていた。
本当に舞台セットだけをじっくり観ていたいと思うくらい素敵なウェルメイドの装置であった。
次に映像について。
今作には画像というか、字幕が電光掲示板のように外国語で表示される。おそらく英語だったと思う。ステージの天井から巨大な横に長い電光掲示板が吊るされていて、そこに各会話のテロップが表示される。外国人が観劇にきてもテロップを追えば作品のストーリーは理解できそうである。外国人や聴覚障害者に配慮した演出としてそうなっていると捉えて良いのだろうか。
またエンディングについては、ステージの下手側のカーテンにエンドロールが表示されるようになっていた。カーテンの幕をスクリーンとして使う構造も面白いなと感じた。
次に衣装について。「贅沢貧乏」の作品の衣装はいつもウェルメイドでとても可愛らしくお洒落な衣装なのだが、今作も例に漏れずそうだった。
まず注目したのが、メイド二人の衣装である。200年前の近代ヨーロッパのメイドといった感じがあり、可愛らしさもあると同時にどこかロボットっぽさもあって機械のようにも感じる。そして髪型が特徴的で、縦に一本に高く聳え立つ髪型がまたユニークで良かった。
そして、テルの友達のメイの髪型も良かった。まるで小悪魔のような2つの角が生えたような髪型が可愛らしくも悪魔っぽかった。序盤でメイが登場した時から、その髪型が伏線だったのだなと気がついた。
次に舞台照明について。
特に印象に残ったのは、二人のメイドのシルエットがカーテンの向こうに浮かび上がる演出。とてもファンタジックで素敵な演出だった。シルエットにする意図みたいなものはよく分からなかったが、世界観にはピッタシだった。
あとは舞台後半になると、やや照明が暗くなっていくのも印象的だった。テルがマタニティブルーと言わないでと叫んで、男女の仲が拗れてしまうあたりから、割と本作の物語の起伏の中ではカオスな展開になっていくのだが、前半と後半の照明演出のギャップが良かった。
また、テーブルの下のコウが一人で隠れているシーンで、テーブルの下が光り輝いている演出も良かった。
さらに、一番のクライマックスとも言える、新人のメイドが仕事を辞めますと宣言した後の、髪型をぐちゃぐちゃにさせられるシーンで、照明が割と雷のようにチカチカと点滅する感じの演出も印象的で好きだった。
次に舞台音響について。
まずBGMが可愛らしかった。オルゴールの音ではないのだけれど、そんな感じの可愛らしい感じの音楽がエンディングで流れている。まさにウェルメイドな世界観にピッタリの音楽であった。
そして本作では象徴的に登場する、お湯を沸かす音も記憶に残った。最初は実は何の音だか分からなかったのだが、お湯が沸く音だと言われると確かにと思った。そういう生活音でさえも愛おしく感じられる魔法のような舞台空間だった。
最後にその他の演出について。
メイドの存在が好きだなと感じた。本作の主題にどうやってメイドが絡んでくるのか、ちゃんとは説明できない。しかし、決して波風を立ててはいけないと言われているように、終盤まで表舞台には出てこないメイドたちの存在によって、間違いなく主題が際立っているよなと感じた。テルが妊娠を報告する際も、密やかにメイドたちは拍手して祝福したり、あまりメイドたちの行動に目を向けられなかったが、もし2回本作を観劇する機会があるものなら、次はメイドたちに目線を向けて観劇してみたいと思った。客入れ中もメイドたちは客席上を歩き回っていて、ステージと客席の橋渡しをする役割も担っているように感じた。
終盤のテルとコウの役割が逆転する演出は、凄く評価が難しいなと感じた。確かにあの演出は、結局男女を入れ替えたからといってこの問題が解決されるわけではないことを明示的に表現していて、本作の主張を分かりやすくしていると思う。しかし、その登場があまりにも急である上に恣意的に感じた。その前の伏線として、メイドたちが男性は子供は産めないのかみたいな発言があったが、とはいえ流れとして急だったなというのは否めなかった。

【キャスト・キャラクター】(※ネタバレあり)
出演されてた方々の演技は、皆素晴らしかった。非常に洗練されていて見やすかったし、だからこそ舞台全体がセラフィックな空間になっていたのだと思う。
特に印象に残った役者について触れていく。
まずは、テル役を演じた大場みなみさん。大場さんの演技は、くによし組『ケレン・ヘラー』(2024年12月)、『セツアンの善人』(2024年11月)、ロロ『ロマンティックコメディ』(2022年4月)で演技を拝見している。
YouYubeで視聴した本作の映像作品では、この役を島田桃子さんが演じられていたが、島田さんよりも妊娠してしまったことに対してネガティブな印象を受けた。だからこそ、コウがあまりにも無責任で呑気な様子に呆気にとられたのかもしれない。
たしかにこんなにコウがテルのことに対して何もしていなくて、無責任な態度を取っていたらテルも不安になって妊娠のこと打ち明けられないよなと思うし、余計にコウが悪者に映るなと感じた。
島田さんが演じていたテルよりも、より妊娠したことに対する将来への不安は強いように思うし、そのネガティブな思いが演技から滲み出ている感じがあった。だからこそテルは可哀想という思いによりさせられたような気がした。
こうやって演じる役者が違うだけでも、同じ役を観ているのに印象がだいぶ変わるのだなと思った。
次に、コウ役を演じた山本雅幸さん。山本さんの演技は初めて拝見する。
最初は、本当に無責任でダメな男性だなとつくづく思ったし、こんなに男性は悪く描かれてしまうものなのかとさえ思った。これは男性である私でさえも、コウに苛立ちを覚えてしまう。
でもたしかに、私もここ数年でこの辺りの感覚をアップデートしたような気がして、アップデートされる前であれば、自分も妻もしくはパートナーが妊娠したら大喜びするかもしれないなと思う。今の自分であれば、むしろ今後の将来のこととか不安に思うかもしれないなと思う。
またYouTubeで視聴した本作の映像作品でも、コウは同じ山本さんが演じていたのだが、やはりテルの役作りによっても印象が変わるのだなと思った。映像版だと、同じ役者が同じ役をやっているのに、そこまで悪者に見えなかった。そのコウの態度に対してパートナーのリアクションによってもキャラクターのイメージがだいぶ違ってくるのだなと思った。
テルの友人であるメイ役を演じた佐久間麻由さんも素晴らしかった。佐久間さんは、劇団papercraft『旧体』(2025年8月)、爍綽と『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・バルコニー!!』(2025年1月)、ぱぷりか『柔らかく搖れる』(2023年9月)、画餅『ホリデイ』(2023年1月)で演技を拝見している。
本当に佐久間さんは色々な演劇団体に客演されていて、こんなところにまで出演されているのかと驚きつつ、佐久間さんの力強い役作りが男性不信に繋がっている女性を上手く演じていたと思う。
そして、そういうあまりにも思想が行きすぎた役でもあるのに、あまり嫌な印象を与えないから凄いなと感じた。そういう絶妙な匙加減も役者として上手い方なのだろうなとも思った。

【舞台の考察】(※ネタバレあり)
ここでは、本作と私の観劇回にあったアフタートークの会話内容を踏まえて、私が個人的に思った感想をつらつらと書いていこうと思う。
私は11月8日土曜日のマチネを観劇したのだが、その回のアフタートークは主宰の山田由梨さんと映画ドラマ評論家の大島育宙さんの対談であった。大島さんはYouTubeやSNSで一方的に名前だけ知っていたが、あまり覗いたことがなくてどんな感じの方なのか全く知らなかったが、非常に面白い視点で色々と作品の感想を語ってくれていて興味深かった。
結構演劇のアフタートークだと、観客の想像に委ねるのを是とするがために、作品の中身についてはあまり触れず、主宰側も創作の意図を語らなかったりすることがあるが、今回のお二人のように色々とオープンに語ってくれた方が作品への解像度も深まって楽しめるなと感じた。他のアフタートークでもぜひこのような感じで進めて欲しいと感じた。
さて、山田さんと大島さんとのアフタートークで山田さんがおっしゃっていたことが興味深かったのだが、初演時の2019年では全く戯曲を変えていないにも関わらずコウという男性に対する印象が、優しそうで良い男性だったのに対して、パリ公演や今回の上演では、あまりにも無責任で幼稚で最悪な男性に映っているという変化があった点である。
それだけ、たった6年前の日本でも、割と男性が家事を女性に任せるのが当たり前という風潮だったのに対して、この6年で日本もかなりそういう価値観が是正されて変わっていったことが分かるなと思う。そういうジェンダー観の変化がこの作品を通じて感じられて面白いと感じる。
日本のジェンダー観は遅れていると思うので、パリではもっと早くからそのような価値観は根付き形成されていたのかもしれないと思う。日本もその遅れを取り戻しているようで良かったと思う。
一方で、東京はそういう変化に日本の中で一番敏感であると思うが、地方に行くとどうなるかは興味深いところである。もしかしたら地方公演では、コウという男性のイメージが、まだまだ優しい人、普通の男性という位置付けになってくるかもしれない。その辺りは、地方公演を観劇した方に感想を聞きたいと思う。
とはいえ、私は観劇した後に2019年に原宿のVACANTで上演された本作、つまり初演を映像で視聴したのだが、テルの演じ方によっても見え方は変わるなとも感じた。
私が視聴した初演版ではテル役は島田桃子さんが演じられていて、大場みなみさんのテル役よりももっと妊娠したことに対してポジティブな印象と、コウに対して心から好きである素振りが強いなという印象を受けた。
一方で、大場さんが演じるテル役は、同じ役柄で台詞も同じであるにも関わらず、どこかテンションがずっとマイナスでネガティブな印象を受けた。だからこそ、コウの無責任な態度に対して苛立ちを覚えたのかもしれない。
当然、コウ役を演じたのは初演も再演も山本雅幸さんなので、コウという人物自体は全く変わっていないのだが、テルを誰が演じるかによってもコウの印象は変わるのだなと思った。
島田さんがどういう気持ちを持ってしてテルという役に挑んだのかは分からない。しかし、戯曲を読んできっとコウという男性にそこまで苛立ちを前半では感じなかったからこそ、割とポジティブに演じられたというのもあるのかもしれない。
一方で、大場さんは最初からコウという男性にネガティブな印象を受けたのかもしれない。だからずっと不安と心配で戦っている女性を演じ、それに無神経なコウがあまりにも呑気に映ったのだと思う。
演劇というのは面白いなと感じる。特に本作は、観劇をし終えてからのアフタートークと初演版との比較で、だいぶ解像度が上がって楽しめた感じがあった。
誰が演じているかでもこんなにも印象が変わるのだなと、改めて演劇の面白さに気がつけた。

↓贅沢貧乏過去作品
↓大場みなみさん過去出演作品
↓佐久間麻由さん過去出演作品
↓大竹このみさん過去出演作品
↓青山祥子さん過去出演作品

