見出し画像

深夜の軽自動車 〜助手席にアイスを乗せて〜

父がまだ会社員だった頃の話だと、母から聞いた。
私はその場にいない。
だから、これは母の記憶を借りた話ということになる。



当時、父の会社では飲み会がよくあったらしい。
酔って帰る夜、終電を逃すことも一度や二度ではなかったようだ。
そんなとき母は、軽自動車に乗って途中駅まで迎えに行った。
夜道を、ひとりでハンドルを握って。

助手席にアイスを乗せて。

車に乗り込んだ父は、それを受け取って食べながら帰る。
酔っ払うと、父はくだらないことをダラダラ喋る。とりとめのない話を、延々と続ける。
母の作戦は、そのおしゃべりを黙らせることにあった。

好きなアイスを食べている間、人はそうそう喋れない。
父はきっと大人しくなる。たぶん。

それにしても、と思う。酔った夫を黙らせる方法として、まず「モナカアイス」を思いつく発想がすごい。
叱るでも、無視するでもなく、ただ好物を差し出す。静かで、少しユーモラスな作戦だ。

…きっと何度も迎えに行くうちに、酔っぱらった父の状態から対応を学んだのだろう。

そして、渡されたアイスを疑いもなく受け取って食べる父も、どこかかわいらしい。
酔っていたから、というのもあるだろう。でも、それだけではない気がする。

夜遅い軽自動車の中。母は無言でハンドルを握り、父はアイスを黙々と食べている。
会話らしい会話はなかったのかもしれない。それでも、そこには確かな時間が流れていたはずだ。

私はその光景を、直接には知らない。聞いた話として、想像するしかない。それが、少し惜しいような気もしている。


#noteで読めるマンガ



いつもありがとうございます✨


いいなと思ったら応援しよう!

碧乃よしえ@やさしいエッセイマンガ 最後まで読んで下さりありがとうございます。いただいた応援は、マンガや文章など、誰かの心がほっとする作品づくりに使わせていただきます。これからも一緒に楽しんでいただけたら嬉しいです。

この記事が参加している募集