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ワタシをお金で買ってって|ショートショート #虹色創作部

茹だるような熱帯夜の日のこと。


定職に就かず泥棒とスリを繰り返して生きてきた俺は、あるアパートの一階の部屋に目を付けた。

その部屋からは明かりは漏れていないことから留守のようだった。
住人は不用心なのか、窓が開いていた。


ーー何て不用心な住人だ。こんな部屋なら楽勝で忍び込める


そう思った俺は周辺に人がいないことを確認すると、ひょいっとその部屋のベランダの内側に入り込んだ。

ベランダには洗濯物が干しっぱなしだったが、女物の服や下着が干してあることから部屋の住人は女のようだ。

そしてそっと窓まで近づくなり、中の様子に耳をそば立てた。
人の気配は感じられない。


俺は窓からしゅっと部屋に忍び込んだのだが、そこで思わず尻もちをついてしまった。

なんと、薄っすらと月の光が差し込む部屋で、壁に寄りかかりながら座り込んでいる人影があったからだ。


「誰?」


外から入り込んできた俺に話しかけてきた。女だった。


「静かにしろ!」


相手にはまだ見えていないが、俺の手にはすでに刃物が握られていた。


「静かにしないと殺すぞ!黙って金目のものを出せ!」


ありきたりな脅し文句を言ったところ、女が立ち上がり部屋の電気をつけた。


「おいこら、電気消せ!」


部屋が明るくなり、女の顔をまじまじ見た。
セミロングの黒髪に白のブラウスと濃紺のスカート姿の女。


俺はその女を見た瞬間、鼻の下が伸びたが、この女があんなになるとは頭の片隅にも想像できなかった。


「とにかく命が惜しいなら、有り金全部出せ!そうしたら命だけは助けてやる」
「…ワタシが仕事に行っている間、同棲していた彼が突然出て行ったの」
「ん?」
「さっき帰ってきたら彼の荷物が何もかもなくなっていて、連絡しても繋がらなくて…」
「それはご愁傷様」
「もう生きていく希望なんてない!だからあなたが持っている刃物でワタシの心臓を一突きして!」


いつも刃物を持ってはいるが単なる脅しのためであって、人を傷つけたことは一度もない。ヘタレな俺が人を殺めることなんて到底できない。


「いや、金さえ出してくれれば命までは取らねえから」
「ワタシは何もかも失ったの!だからこの世からサヨナラしたいの!お願い、ひと思いに!」


だんだんと気持ちが高ぶってきたのか、女が涙を流しながら息づかいが荒くなる。


「アンタの辛さはよく分かった。何かしら金になるものがあるだろ。それさえ渡してくれれば危害は加えないから。だから静かにしろ」


すると、女の瞳が深い闇を漂わせた瞳に変わっていることに気づいた。


「刺してくれないなら、ワタシをお金で…お金で買ってってください!」
「は?」
「ワタシを、あなたに売ります!さすがにタダ売りは嫌だから、買ってって!」
「いや…」


一瞬、この女を買って気が済むまで抱いてやろうかと思ったが、女の目の据わり方が凶器じみていてすぐにその欲望を振り払った。


「俺は泥棒だぞ。何でお前に金を払うんだよ、立場逆だろ」
「あなたが殺せないのなら責任を持ってワタシを買ってください!ワタシを有り金全部出して愛をこめて抱いて!」


錯乱しているのか、セリフが何かおかしい女はブラウスのボタンを上から順に外しながらゆっくりと近づいてきた。


ーー怖い


これまで生きてきた中で、人間に対して恐怖を感じたことはなかった。

しかし、目の前にいる女は、ヤバい。
泥棒として培ってきた危険察知センサーがオールレッド。
おまけにドデカいサイレン鳴りっぱなし。


ーーこれは、逃げたほうがいい


「シーッ!分かったから、静かにしろ!」
「じゃあ」
「これ」


今朝、満員電車でサラリーマンから盗んだ財布をどっさと女の手前に投げた。


「今朝盗んだ財布だ。これで美味いものでも食って元気出せ。今回は見逃してやる」


俺はよそ見をしながらそう吐き捨てると、入ってきた窓から闇の世界へ逃げ込んだ。




ーーせっかく盗んだ財布をあんな女に渡しちまうなんて。少しでも同情した俺が馬鹿だった


誰もいない夜道で一人大きなため息をついたまさにその時。


「泥棒さーん!泥棒さーん!」


ぎくりとして振り向くと、さっきの女が裸足のまま大声を上げて猛スピードで追いかけてくるではないか。

髪は乱れに乱れており、まるでテレビからニョキっと出てくるあの有名ホラー映画の女のような形相に見えた。


「く、来るな!」


あまりの恐怖に俺は逃げ出したが、女の足が異常に速く、あっという間に俺の腕に絡みついてきた。
俺の腕をグイっと握った手は思いのほか強く、女の全ての指が俺の腕の皮膚に思い切り食い込んでいた。


「離せ!もう金をやったんだからいいだろ!」
「泥棒さん!」


女は俺の目と鼻の先に、ある物を見せてきた。

それはさっき女に投げ渡した財布だった。


「泥棒さん」


女は先ほどとは打って変わって、とても暖かく優しい眼差しで言葉を投げかけた。





「あなたの優しさに触れて嬉しかったです。でもごめんなさい。ワタシ、警察官なんです。署までご同行、願えますか?」




(1,987文字)





■今回のショートショートは以下のマガジンに収めています😌

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この作品は、虹くりっぷさん企画参加作品です。
今回のお題は「お金」(裏お題)でした💰


警察官も同じ人間ですから、失恋したときは当然心のダメージは受けるでしょう🥲
でもそんな心を痛めている時でも目の前に犯罪者がいたらきっと気持ちを切り替えて業務を遂行するのでしょうね🥹

ヘタレな自分なら失恋のダメージで何日か仕事を休みそうです😴


今回のサムネは久しぶりに自分で用意しました🙄虹くりっぷさん、せっかく用意していただいていたのにスミマセン💦


ここまで読んでいただきありがとうございました🍀


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