ノルウェイの森でワルツを
スヌーピーは五匹兄弟の二番目である。
上から順番に、
スヌーパー、スヌーピー、スヌープー、スヌーペー、スヌーポーだ。
一番上はオスで、パッパラパーな性格。
三番目もオスで、こいつは定職にはつかないが気が向くとタイミーで定食屋でバイトする。
神接客で人気者である。
四番目はメスで、ケイト・スペードのオーダーメイドの首輪を愛用している。
五番目もメスで、彼女は左利き。
ソフトボールの名選手でサウスポー。
犬なのに!
嘘だ。
スヌーピーは八匹兄弟の二番目である。
スパイク、スヌーピー、アンディ、マーブルズ、オラフ、ローバー、モーリー、ベルだ。
朝っぱらから大嘘をかまして失礼つかまつった!
人間たるもの、明るみに出したくない後ろめたさを感じるとしょうもない嘘という名の煙幕をぶん投げたくなってしまうものでしてねェ……
まあ昨夜も情報過多であった。
まず、ツナ缶のプルトップを破壊した罪でパトカーに追い回された。
その後、寝室で毒ガスを発生させた。
大変凄まじい臭気の凶悪ガスだったが、家族は目覚めることなく……
朝普通に起きてきた。
その時間よりも遡ること数時間前、我が壊れかけのスマホが鳴った。
──否、鳴ってはいない。
いじくり回していたら着信画面に切り替わった。
(市外局番)-xxxx-xxxx
「警視庁から各局ゥ。えー、登録外番号は無視せよ!繰り返すゥ。えー、登録外番号は無視せよ!」
という具合に警視庁から各局に司令が出ているのは各所轄に配属されている皆さまも当然ご存知であろう?
しかしながら、我が壊れかけのスマホには登録してある電話番号がない。
せめて、保育園の番号くらいは……と各方面から注意されつつも
「へいへい、そのうちやりますよ」
などと言っているうちに娘は卒園。
気づけば小学生歴も二年目に突入。
しかし学校の電話番号は未登録。
番号を見つめる。
“怪しい番号”判定ではあるが、この番号は覚えた。
丸暗記ではない。
感覚的に覚えた!
番号を見た時に心臓が三拍分、ワルツ的不整脈を起こす。
それが学校の番号なのだ。
ちなみに、信用金庫からかかってきた時は
ドンっと一拍打ったあと四拍抜けて洞調律に戻る。
そういう覚え方だ。
なお、これは学業においてもそうで
特に数学においてどこにどの公式を当てはめるかという選択を迫られた時も鼓動の具合で決めていた。
もちろん、サイン・コサイン・タンジェントもだ。
サインはハシり気味リズムでエイトビート、コサインはドッドドドンッ、タンジェントはダンドンッだ。
こんな調子だからもちろん成績は言わずもがなアシストールである。
昨夜、我が心臓はワルツ的不整脈を起こした。
つまり学校からの電話だった。
私「はい。」
先生「二年X組担任のMですゥ!……お外の暗い時間に失礼しますゥ!●●さんの保護者のォ!」
私「母です」
先生「ええっとォ……」
私「母です」
先生「なんでしたっけ……」
私「メガデス」
先生「ええっとですねェ! あ、先日は運動会ご観覧ありがとうございましたァ! それはまあどうでもいいんですが! また●●さんが水筒を僕の席にお忘れでしてェ! 明日はお弁当ですからね、どうしようかなあと!」
私「それは大変かたじけないですゥ! 水筒はあと二本あるので大丈夫でございますゥ!」
先生「そうしましたらァ、明日お渡ししますねェ! 明日はですねェ、出かけますからねェ! 早く寝るよう伝えてください! 僕は今から市役所にィ、行きますのでェ!」
私「お外の暗い時間ですのでェ! 先生もお気をつけて!」
決して「夜道に気をつけな?」ではない。
あくまでも先生が初手で言い放った“お外の暗い時間に失礼しますゥ!”へのオマージュである。
あれが何を言わんとしていたかはわかる。
わかるが、面白いじゃろう!
なお、我が家 between 学校 and 市役所である。
せっかくなので水筒忘れルーティンを紹介しよう。
市役所に行く前に電話してくる
30cm定規六本分の担任
↓
「チャリのカゴに置き配
してくれてもいいんだがな!」
という具合に教員をAmazon扱いする
※しかも当日配送(prime会員)
↓
でも予備の水筒いっぱいある
我が家 between 学校 and 市役所だから自転車カゴに置き配して欲しいなどと先生のことをAmazon扱いしたことも反省しました。
何も反省していないじゃないか!
しかも、先生との電話の間娘がずっと余計な情報を吹き込んでくるものだから全く集中して話を聞けなかった。
「今日、先生半袖半ズボンで駅方向から自転車で学校に来た!」
「今日、先生が跳び箱飛ぼうとしたら踏切板が割れた!」
「今日、先生の上履きにカメムシ三匹くっついてた!」
「先生のTシャツの柄がアボカドだった!」
何も聞こえない 何も聞かせてくれない
(中略)
お外暗い時間に 担任からの電話
水筒忘れてた 無意識のうちに
娘語る しょうもない 先生のやらかし
必要な話聞かせてよ
壊れかけのスマホ
残念ながら我が脳はA19 pro Bionicを搭載していない。
もはやCPUという名の土俵に立っていない。
お話にならない!
──推定、狼煙スペック。
【日本における狼煙】
8世紀初めに成立した『日本書紀』や『肥前国風土記』に「烽」として記述が見られる。
燃やす物は決められており、ヨモギやワラなどを穴に入れ、その中で燃やしたものと考えられている。
(狼煙用の穴とみられる遺構も確認されている)
ところで狼煙によると
「明日は弁当」ということなのだが、これは正しい情報なのだろうか。
月曜日、私は野菜室に形成されし森を眺め、こう叫んだ。
「買い出し前日なのに、ブロッコリーがいっぱいあるゥ!」
普段なら冷凍庫を探しても姿をくらましているブロッコリーが、モリモリと庫内で茂っている。
一瞬、なぜだ?
と思ったが、それとほぼ時を同じくして壊れかけの電子レンジにブロッコリーを突っ込んでいた。
そしてその全てを天野の弁当箱に詰め込んだ。
ゲラゲラ笑いながら、
「ノルウェイの森弁当」とかやってしまった昨日の俺!
お前が森に帰れマジで!
そもそも、『ノルウェイの森』は例の文字が逃げる現象により読めていない。
読んでいないくせに、学生時代教授から
「村上春樹という作家について説明してください。」
という無茶振りをされた際、
「村上春樹という作家は、三文字の言葉の前に十五文字分の調味料を、後ろには十五文字分のスパイスで味付けしてテーブルに出す癖があります。
(超小声:知らんけど)」
と答えた。
教授は何も答えなかった。
多分、怒った。
奴の怒りの炎でノルウェイの森全焼した。
だから俺には帰る森がない!
【帰る森がない】
「とりつく島もない」と同意。
頼りにして取りすがろうとしても、相手にもしてくれない。
全焼したノルウェイの森で私は記憶を辿る。
どうも、三日前までは火曜日に弁当が必要だということを覚えていたらしいのだ。
それがどういうわけだか、失念した。
三日かけて、失念した。
失念した挙句、伐採してしまった。
この手で、伐採してしまった。
一度伐採した森はそう簡単に元には戻らぬ。
そして、どういうわけだか気がついたら
「ブロッコリー カラーコード」
を検索している。
罪滅ぼしのつもりだが、
この程度で滅びる罪ならばこの世に法律など不要だ。
「#87b364」、これがブロッコリーの色である。

──なんだ?
この平和ボケした隣の芝生的カラーは!
じゃない、今は悪態をついている場合ではない。
これと似通った色の野菜を見つけるのだ!
もちろん、家の中で。
しかし無意味だ。
娘はブロッコリー以外の緑色は食べない。
念の為、娘に交渉を試みる。
私「あのゥ……つかぬことをうかがいますがァ……あのゥそのゥ……ブロッコリーがですね? なくてですね? 明日のゥ、お弁当……」
娘「明日お弁当なの?!」
そこかよ!
絶対、今日の帰りの会で
「みなさーん、明日は、お弁当ですよ!」
って先生言っただろうよ。
どんだけぼんやりしてるんだ!
私「お弁当なんですけどォ、キャベツ、小松菜……」
娘「ブロッコリー以外の緑は、給食以外では食べない。」
無慈悲だ!
何の解決策も浮かばぬまま、
腹の中にノルウェイの森を隠し持つ男と、緑断固として拒否少女と、ノルウェイの森を更地にした挙句男の胃の中に隠蔽した女は日付変更線をまたいだ。
それにしても、スヌーピーを使って嘘をつくのは失策だった。
あれは白黒はっきりした犬だ。
「嘘が誠か、白か黒か、はっきりさせてやろうじゃないの!」
という台詞を安易に相手に言わせてしまいそうなカラーリングのキャラクターは選ぶべきではない。
嘘をつくなら、今度からは
「次のコードも判らずにギターを弾いていたのは、伊藤英明だよ!」にした方がいい。
……なんのはなしですか?
唐揚げに卵焼き、ブロッコリーにミニトマト。
お花型の人参添えて……
と、薄化粧の私はお弁当作りを終える。
さて、そろそろ娘を起こさ……
──六時。
おい。
あの弁当作り終えていたあれ、誰だよ!
記憶のディープフェイクにまんまと騙された。
あの弁当を作り上げた私は幻だ。
現実の我が家にブロッコリーは存在しない。
真っ赤なミニトマトも、ない。
現実の私はドすっぴんで寝坊までぶちかましている。
涼しい顔をして弁当箱に蓋をするにはまだ相当の時間がかかる。
そもそも、涼しいどころの騒ぎではない!
寒い!
とにかく私は卵断層を形成し、袋の中でのんびりしていた鶏胸肉を叩き起こし、片栗粉で粉塵爆発を起こすなどしながらも何とか弁当を完成させた。
タイトルは、
「伐採されしノルウェイの森〜始まりのための無〜(序)弁当」である。
【伐採されしノルウェイの森〜始まりのための無〜(序)弁当】
◽︎鮭おにぎり:緑なき大地
◽︎卵焼き:照りつける日差し
◽︎唐揚げ:乾いた土
◽︎お花型人参:荒野に咲く希望、生命の息吹
◽︎ミックスナッツ:小石
そしてデザートには、ロミオとジュリエット不在のバルコニーで作った干し柿を入れた。
真っ赤な嘘を、白黒はっきりした犬の兄弟であざむこうとした私は嘘を曖昧な柿の色で誤魔化した。
午前七時三十分、私は愛情が偽りに変わる前にこの曖昧さの蓋を閉じた。
そして、スヌーピーのバンダナで全てを包み込んだ。
この封が解かれるという午前十一時半を待つ私の心臓は、嫌なリズムを刻み続けている。
お花型に射抜かれた丸い人参が、白い皿の上で静に眠っていた。
方便になり得ない嘘は、もう二度とつくまい。
その決意は、私の口から凄まじい勢いでまろび出ていた。
↑
大量にブロッコリーを買った日、
アボカドガン見して吟味するおじいさんvsアルマーニスーツのコワモテによるアボカド争奪戦をガン見していた私の記録。
【参考資料】
◽︎カラーコード変換
いいなと思ったら応援しよう!
よもぎちゃーん!
はーい!
何が好き?
ポテトチップスよりも
お・ぬ・し