鉤括弧内に、人生あり
「向かう所敵なし」な文章が書きたい。
と、常日頃思っているわけだが実際のところの私の文章力ときたら、あまりにもお粗末である。
鉤括弧を閉じ忘れて、橋田壽賀子先生もびっくりの、渡る世間から鬼全逃げ出し必至の全編長台詞作文を生み出した小学生時代。
そもそも鉤括弧をつけていたことを忘れているせいで“未完の台詞超大作にして遺作!”みたいな強圧作文のくせに、言いたいことは
「ばあちゃんちで食ったとうもろこしがめっちゃ美味かったこと」
なのだから担任の先生も横転では済まず、バク宙したに違いない。
しかも、私ときたら人の話を聞かないものだから、
作文のテンプレ展開を知らなかったのだ。
知らぬが故のガン無視。
この、「鬼にもろこし」作文(略して「おにもろこし」)の時なんて、
「おばあちゃん!このとうもろこし何?●●(その時住んでいた場所)のと全然ちがう!
私は、お線香を持っているおばあちゃんに大きな声で話しかけました。
おばあちゃんはびっくりしてお線香をたたみに落として、たたみが少しこげました。
おばあちゃんは、耳が遠いので私が大きな声を出しても大丈夫だと思いましたが、ちがいました。
と言う具合に台詞スタート。
お気づきだろうか?
この段階ですでに、鉤括弧を閉じることを忘れているのだ。
もう、泉ピン子さんも台本ぶん投げちまうよ!
幸楽のラーメンにアマトリチャーナ風味が登場するほどの天変地異!
クラスメイトの皆様のように正しく
“夏休み、おじいちゃんとおばあちゃんの家へ行き”、
楽しくもないことを
“楽しかったです”などと大人に忖度することができなかった七歳の私である。
どこかへ行けば、必ずしも楽しく終われるわけではない。
そこには、
行きたいけど行くまでが面倒臭いとか、行ったはいいけど途中で靴擦れして絶望した、とか特に心躍るものはなかった、とか本来の目的の何かしらより道の駅で手に入れた素朴なおやきのおいしさの方が海馬の中で一際輝いているなんていうドラマが隠されていて然るべきなのだ。
“なのだ”なんてえらそうに言っているが、
全編楽しいってこともあるんだからな!
感じたままを書け。
君たちの“生”にテンプレはいらん!
それはさておき、
腰と膝に爆弾を隠し持ったご老体をテーマパークに召喚し、引きずり回すような真似はしない、よくできた孫だぞ、私は。
おそらく天界でそう言っている!
その代わり、午前四時に
「おばあちゃん、川にクレソン採りに行こう!」
と祖母をたたき起こすことはした。
他の七歳がテーマパークでねずみのぬいぐるみを所望する時のノリで、クレソンの収穫を所望した。
本来であれば、“おばあさんは川へ洗濯に”行かなければならないのだが
“おばあさんは川へクレソンむしりたがるアホ孫の子守りに”駆り出されるのであった。
一方、“山へ芝刈りに行くべきおじいさん”は隣の家の芝を刈らずにむしっている。
夏とはいえ薄暗い早朝に、
川原でのクレソンむしりに付き合わされる祖母(左膝人工関節)。
「ばあちゃんは、鉄の膝が痛いからちょっと座らせてもらうよ……」
人工関節のことを“鉄の膝”呼ばわりする祖母について私は例の長台詞の中でこう書いている。
おばあちゃんは、鉄のひざをよくさすります。
夜、私がひざがいたくて泣いてしまった時おばあちゃんは私のひざをさすってくれました。
「私のひざは鉄じゃないよ。」
と言ったら、
「ひざが鉄にならないおまじないだよ。」
と言ってまたさすってくれました。
ここにきて、担任による花丸スタートの波線が登場。
“ひざが鉄にならないおまじない”が担任に刺さったらしい。
担任コメント「先生も、鉄のひざにしようかな!」
音楽番組を観て、
「うち、モー娘。になる!」
とか言い出す平成女児みたいなノリで膝を鉄にしたがる担任。
なお、この六年後、先生は満を持して“鉄の膝”になったと年賀状で報告してくれた。
新年の挨拶が、膝が鉄になった話!
膝が鉄になった話が前年のうちにポストに投函され、何人もの手で選別され、郵便局で年を越し、雑煮のなるとのぐるぐるマークに目を回す私の元にやってきたのかと思うと……
特に何もないが、「肘鉄ならぬ膝鉄!」と叫んだ記憶はある。
それで母が驚いて自分の顔に日本酒かけちまったことも覚えている。
しょうもないことだけを記憶する私は、今現在の冷蔵庫の中身を失念していた。
今週は寝る間も惜しんで鼻をかんだり、天野が歩くたびにマリオがジャンプする時の効果音をつけることに忙しくて買出しに行きそびれていた。
案の定、我が家の生命線とも言うべき木綿豆腐が残り三分の一パックとなっている。
豆腐の残機が減ると、食糧事情が悪くなりがちなのでこれは遺憾であり、いかんので、買い出しに行かんと眉毛を描いた。
シベリアンハスキーに引きづられるロシアの大統領と評されし我が顔面も、これにより
シベリア(羊羹のカステラ挟み)に舌鼓を打つロシアの大統領くらいの平穏さを手に入れたのではないだろうか。
……顔面が、「手」に入れる?
ニコちゃん大王……?
──宇宙ではなく台所の支配者、とはいえ安易に人に使わせるが一応台所で主演張っているつもりの私は行ったぞ!
買い出しに。
それにしても、なぜスーパーというものは平和に買い物をさせてくれないのだろうか。
アルマーニのスーツに身を包んだ、恰幅のいいその男は、カゴにひとつの大玉トマトを入れ佇んでいる。
色付き眼鏡の奥の瞳は、明らかに苛立っている。
彼の苛立ちの向かう先には、腰が曲がった白髪混じりの男性が何やら黒い果実を両手に取っては戻し、取っては戻しを繰り返している。
しわくちゃの茶色い袖が忙しなく上へ下へと移動する。
その動きに合わせてに、腕組みしたスーツの男の左手中指も忙しなく動く。
いや、何かって反社会的組織の若頭みたいなコワモテと絶対アボカド食べなそうなおじいさんが、
アボカドを巡って熾烈な争いを繰り広げていたのだ。
そのおじいさんってのが、炊いた米を二日間炊飯器の保温モードで温め続けますという風貌をしている。
挙句、そこに焼いたウインナーを三本乗せて醤油を三回しは掛けそうだ。
食べ終わったご飯茶碗の底には薄っすらと醤油が溜まるほどに、ジャバジャバと。
それをツマミに
「うんっ!やっぱこれだな!」
とか言いながらワンカップ片手に一杯やっちまう午前十時、みたいなアボカドとは対極的なところに存在しているおじいさんが
延々とアボカドを吟味しているのだからコワモテ・アルマーニが中指でビートを刻むのもいたしかたなかろう。
それこそ、アボカドなんて
朝ごはんはグリークヨーグルトに皮付きキウイ、
お昼はさつまいもとスモークサーモンと米粉のベーグル、
夜はサラダです、おしまい!みたいな、飲み物は白湯かレモン水と言った具合のおしゃれパーソン御用達フルーツである。
私のような人間には近寄ることすら許されぬシャレオツフルーツだ。
我が網膜に映すことすらおこがましく感じ、毎回反対側にあるできれば見たくないエリンギの方に顔を向けて光よりも早く通り過ぎることを信条としている。
そうだな。
四年に一回くらいくる、美容時間増量キャンペーン期間に三回買う程度だ。
それも、吟味などしない。
とりあえず目についたやつをガッと取って、そっとカゴに入れる。
そんでもって、シャレオツたちは納豆と組み合わせて酵素玄米に乗せて食べるらしいが私は違う。
真っ二つにして、種をくり抜きスプーンでほじくり返して食べる!
醤油とわさびで食べる!
美味い!
以上!
……いや待てよ。
あのしわくちゃの茶色いトップスはシャーリング加工……?
炊飯器の中身は自作の酵素玄米……?
まさかワンカップに見えていたのはバカラのグラスに注がれたペリエ……?
あのウインナーはバルツバインの粗挽き……?
実はこの白髪混じりのおじいさんは過去に高級イタリアンで腕を鳴らした元カリスマシェフ。
今は自身のこぢんまりとしたトラットリアで腕を振るう、ゲートボール帰りの食通たちに愛される現役のシェフかもしれない。
そして今日は、その中の誰かのバースデーパーティーの予約が入っている。
だから、シェフ自ら食材の買い出しに赴いた。
──いやいや、まさか!
対するコワモテ・アルマーニ……
見るからに反社だがこれは……
この辺りの建設会社の社長と睨んだ!
それも、「サラメシ」に感化されたタイプの社長だ。
社員の心は、ボーナスでも福利厚生でもなく、胃袋から掴んでいく。
社訓は「よく食べ、よく建て、よく笑え」
間違いない。
絶対にそうだ。
今日は社長が社員たちにランチを振る舞う日。
すでにカゴに入れられたトマトはきっとサラダ用だ。
推定この先のレタス特売コーナーでレタスを手に取るはずだ。
そうだな……
本日のサラメシは
レタスとトマトとアボカドのサラダ、そして本格的にプカティーニを使ったアマトリチャーナだ。
このコワモテは、若手たちに
美味しくて、体に良くて、それでいて自分のアルマーニのスーツの如くスタイリッシュなメシを食ってもらいたいと願ってやまぬ熱き社長なのだ!
もう、彼の心の中では中井貴一氏が
「おおっ、社長自ら買い出しなんて……こういうのが、うれしいんですよね! やるゥ!」
とナレーションを入れている。
だからこそ今日はなんとしてでも“森の肉”と名高いアボカドを確実に手に入れなければならないのだ。
そんな、なんとしてでもアボカドを手に入れなければならない二人が出会うべくして出会ってしまった。
ここでなぜか脳内でRADWIMPSの「前前前世」が再生された挙句、
ボーカルの名前(野田洋次郎さん)を野田琺瑯と空目した。
見えていないのに。
脳内で空目って何なんだよ!
のんきに“週の真ん中セール”などと言っている場合ではない。
なぜならアボカドはセール対象外だからだ。
しかしやはり先攻のトラットリアJJ、
アボカドゾーンを先に占領したものだから強い。
コワモテ・アルマーニのことなど眼中にない。
私は人もまばらなバナナ前でその攻防戦を見守る。
ここに来て、いわゆるアボカドにとっての馴染み客風の女性が来るもただならぬ空気に怖気づき手に取らず去っていった。
依然としてコワモテはアボカドゾーンにすら入れていない。
はみ出して、向かいのエリンギゾーンを占領している。
これは、エリンギ狩猟の民が攻め入って来たら完全に終わるパターンの陣取り方である。
固唾を飲んで見守る。
やはり、アボカドの吟味は止まらない。
五段ほど積み上がっている在庫全てを確認するつもりに違いない。
固唾を飲みすぎて、胃に空気まで入った俺は特大のゲップをぶちかます。
ドスっ!!
「?!」
「ああ! ごめんなさい! すみません、バナナとりたくて……」
失礼つかまつった。
バナナの前で人間観察など一番の迷惑人間はこの私である。
反省した私は最後にもう一度だけ二人の様子を確認し、泣く泣くその場を離れた。
気もそぞろな私は四回もお揚げコーナーを素通りし、幾度となく戻った。
その四回戻る間に、シャレオツ専用の冷凍アサイーを一個ずつカゴに入れていた。
合計四つある!
四回分のシャレオツが、自宅の冷凍庫にある。
だから、四回は美容時間を増やさねばなるまい。
そうこうしている間に、コワモテが私に追いついた。
私が卵のパックをゴソゴソしていると腕組みしてこちらを見ている。
(やばい……!これは、早くしろよのやつ……!)
(トランキーロ、焦んなよ!)
そんなことを自分の中で繰り返すが、こういう時に限って全力品出し直後で高く積み上がった卵のてっぺんに手が届かない。
(クソゥ……我が人生ここまでか……)
諦めた次の瞬間。
後ろからストライプの袖が伸びて来た。
その袖の先からは絆創膏だらけの指がのぞいている。
満身創痍と言った風貌の手は卵パックを掴む。
「どうぞ。 もう一パック買いますか?」
「え?」
あのコワモテが色付き眼鏡の奥に優しい微笑みをたたえている。
おい!
やめろ、不覚にも心拍数が上がっただろう!
この心境がフライデーされたら一巻の終わりだよ!
でも幸いこの日は週の真ん中ウェンズデー。
セーフ!
いけない。
ドキドキしている場合ではない。
つつがなくコワモテのカゴの中身の確認が完了しました。
大玉トマト、レタス、アボカド、パスタ、トマト缶だった。
やっぱりアマトリチャーナとサラダじゃん!
我が妄想力も、ここまで来ると杉下右京も真っ青の“推理力”だな!
なお、サッカー台では例のJJが吟味に吟味を重ねたアボカドを十個も袋に詰めていた。
こちらもパスタとレタスも持っている。
もしや、トラットリアと建設会社のサラメシ、メニューかぶり?
なかなかの我が推理力に感嘆のため息を漏らすとともに、膝が震えている。
……150kg(体重)に負けて。
いよいよ私も鉄の膝を手に入れる時が来たのだろうか。
いや、せめてあと三十年くらいは鉄ではなく我がカルシウムでがんばりたい所存。
とか何とか言っていたら会計金額にびっくりして
鉤括弧の中にヴォッ?!の文字と記号を入れちまったぜ。
──己の人生、全部自分の鉤括弧の中なのだ。
ちょっと待て。
あんた、「人生の大半は地の文」とかなんとか言ってたよな?
独り言も、妄想も、“モノローグ”だと言っておけば聞こえがいい。
私の人生の大半は“地の文”である。
さしでがましいようですが、一週間も経たぬうちにご自身の発言を覆すというのはいかがなものでしょうか?
どこぞの失言大臣の如く、
「ああ、言ったよ? 言ったけど撤回はせん! だって、ぼくちん悪いと思ってないもん!」
くらい堂々としてくれよ!
……じゃなくて、発言に責任を持て!
他人事みたいに言っているが、自分に言っている。
自問自答の一種である。
問うていないし、答えてもいないけどな!
軽々しく人生を語ってはいけないと今この瞬間に学んだが。
学んだそばから人生を語る。
インプットしたらアウトプットし……
ん?
もしかしてまた鉤括弧閉じ忘れたか?
人生とは学びの失敗の連続である。
自分を名義人として生きるそれぞれの人生、
そりゃあ地の文でありながらにして鉤括弧なのだ。
だが、自分だけの鉤括弧だけで生きているとひとりよがりになりがちだ。
井の中の蛙にすらなれない。
だからこそ、他人の鉤括弧を見聞きして、世界を広げる。
それこそ読書も他人の鉤括弧に交わることなのだろう?
それが事実であっても、虚構であっても。
そういうことなんじゃないか?
それらしいことを言っているが、私は今とうに旬を過ぎたとうもろこしにかじりつきたいということしか考えていない!
鬼が持つ金棒がとうもろこしに見えてきたほどだ。
これは鬼の後ろに回り込んで鉄の膝カックンをお見舞いした後、ダウンした鬼にニードロップでとどめをさし、金棒ではなくもろこしを強奪する。
なお、鉄の膝の正体はコバルトクロム合金とポリエチレンとチタン合金だ。
決して鬼から奪った金棒を溶かしたわけではない。
だが、渡る世間に蔓延っていた鬼がぱったりと姿を消したのはやはり……
金棒強盗から逃げているわけでもなんでもなく、
永遠に終わらない前代未聞の長台詞に絶望したからだろう。
よし。
鬼のいぬ間にホールコーン一気喰いだ!
急げ!
人生の鉤括弧はまだ閉じるな。
人生と鉤括弧に終わりはない。
↑
前回はコワモテがバナナと砂糖と小麦粉を爆買いしているところに遭遇したせいで、
“コワモテ・スイーツパラダイス”なる意味不明な妄想に取り憑かれたことが記憶に新しい。
渡鬼ならぬ頭鳥(※鳥頭のこと)のくせに覚えている。
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