さしでがましいにもほどがある!
「人というのはわけがわからんぞなもし。わしには手に負えん。」
と日曜日の昼下がりに思うておる。
気温は15℃をかろうじて超えようという随分と秋深まれりと言うべき気候の時分に、頑なにアイスコーヒーを注文してぶるぶると震えている。
「さしでがましいようですが、本日は寒いですからホットコーヒーになさった方が……」
「うるさい、うるさい! 俺はアイスコーヒーが……ゲホッゲホッ……」
男は、風邪をこじらせ銀杏の葉と共に散る。
白銀をその瞳に映すことなく。
(完)
「さしでがましいようですが……」と言っている時点で既に充分さしでがましいのだ。
とはいえ、世の中の大半の“さしでがましさ”はわりと優しさでできていたりする。
バファリンの半分が優しさであるように、“さしでがましさ”の2/3は優しさである。
──1963年から鎮痛剤界の重鎮として名を馳せているバファリン様に対抗するなんて、さしでがましいにもほどがあるぞ!
さしほど!
極めて不適切である。
謝罪!
そもそも、「(完)」と言っておいて(完)していない時点でさしでがましい。
そして、せっかくホットコーヒーを勧めてくれる店員のさしでがましさを無碍にしたこの男が一番さしでがましい!
重ね重ねの“そもそも”で恐縮ですが、
そもそも“この男”は誰なんですか?
と、自問自答を繰り返している。
さしでがましくもゲシュタルト崩壊している。
【差出がましい】
〘 形容詞口語形活用 〙
[ 文語形 ]さしでがまし 〘 形容詞シク活用 〙 ( 「がましい」は接尾語 ) 度を越えて他人のことにかかわるようだ。
でしゃばるようである。
“出る杭は打たれる”の杭はさしでがましいのだ。
出る杭の2/3は優しさだ。
試験には、出ない。
小雨がしきりに街を冷やしており、人出もまばら日曜日。
昼食どきだが、席にはまだ余裕がある。
前の座席からはオニオンフライや、ハンバーガーの焼けた肉の香りが漂ってくる。
私はぶるぶる震えながらアイスコーヒーLサイズを半分飲み切ったところだ。
「熊怖いわねェ……」
「なんでも、こっちの方までくるって話もあるみたいじゃない?」
「ルナ、くまさんやーだー。こわいもん!」
「パパ、とりあえずよろしく。」
(設問1)“よろしく”されたパパの気持ちを10文字以内で簡潔に述べよ。
(設問2)“よろしく”の内容のうち、当てはまらないものを以下のア〜オの中から3つ選べ。
ア.熊と対峙する
イ.熊を退治する
ウ.熊にスズメバチの巣を駆除させる
エ.熊に狙われそうな柿をもぐ
オ.閲覧用
かと思った。
いやあの……
さしでがましいことを申し上げるようで恐縮ですが、
それは
くまモンのキーホルダーを鞄につけ、
スマホカバーにプーさんのステッカーを挟み、
リラックマのぬいぐるみを抱っこしながら
テディベアみたいな風貌のパパに言うことなのでしょうか?
さしでがまし過ぎる上に恐縮していないだろ、お前!
てやんでい!
恐れ縮こまりやがれってんだい!
と、江戸から声が聴こえた気がする。
否、声の出所は江戸ではない。
これは自分の心内語である。
独り言も、妄想も、“モノローグ”だと言っておけば聞こえがいい。
私の人生の大半は“地の文”である。
しかしながら、“熊がこっちの方までくる”なんて噂は初耳だ。
私はつい、聞き耳の要塞を築き上げてしまった。
これはマスカラを塗るときに人中が2倍に伸び、口が開いてしまう人間の習性に等しい現象である。
……今はロングタイプの上向き耳毛がトレンドなんだよ!
知らんのか?!
──知らんぞなもし。
とはいえ、この辺りには山はないし林も森もない。
この熊グッズに囲まれたご家族によると、
奥多摩の柿を食い尽くした暁には
油断しまくった平和ボケの民がのんきに柿の実を狙って熊が来るのだということである。
確かに、柿を実らせたまま放置している家は多々ある。
すでにやたらと実が減っているのは私の実家くらいではないか?
いかんせん、熊対策云々以前に私がヒヨドリと正岡子規と柿の大食い対決をしているからな!
とはいえ、隠れる場所もないというのに熊が討伐されることなくこのエリアにいかにしてたどり着くのか甚だ疑問である。
まさかタクシーに乗って……それだけはないな。
しかしながら、山も林も森もないが猿と鹿と猪が出た実績はある。
ともすれば熊が来るという可能性もなきにしもあらず。
猪の時は、
「猪とおじいさんの100メートル走」というパワーワードが一週間の長きにわたり持久走を繰り広げていた。
なんでも、白髪のおじいさんが突然現れた猪と横並びで爆走していたというのだ。
遭遇するたびに喧嘩をしている向かいのアパート大学生2人がこの日に限って笑い合っている。
というよりニヤニヤしている。
視線が私の左耳の穴に突き刺さっている気がする。
顔を上げると2人がクネクネしながら駆けてきてこう言う。
「なんか昨日おじいさんと猪が爆速で並走してて……グフッ」
「もう僕は笑い過ぎて死ぬかと思いました……ブフフッ」
なお、この時初めて喋った。
ファーストコンタクトが“おじいさんが猪と並走、それも爆速で”ってどうなんだ。
そしてなぜか、
「実は僕たち付き合ってて……」
と報告を受ける。
つまりいつものあれは痴話喧嘩というわけですね!
喧嘩するほど仲がいい!
なお、親へのカミングアウトはまだでなかなか勇気が出ないと吐露された。
親にも言っていないことを初めて会話する歯ブラシくわえたまま燃えるゴミ捨てにきたよくわからない近所の人間に暴露するこのカップルには未来永劫幸せであってほしい。
ところで、
さしでがましいようですが
見かけるたび、というか上下白のスウェット姿のお二人しか見たことがないのですがそれはウェディングドレスならぬウェディングスウェットという理解でよろしいでしょうか?
しかしおかげで、もやついていたひとつの疑念が晴れた。
猪目撃情報が近辺を駆け巡った翌日、
我が家の一本裏手に住む翁が、
「俺は昨日、猪と一緒に走った!ガハハ!」
と訳のわからんことを言っていたのだ。
追いかけられたならまだしも一緒に走ったって何なんだよ!
よく朝活などと宣い皇居ランしているアレが、この地域では猪と共に近所ランなのかと思った。
どんなトレンドだよ、訳がわからんぞなもし。
このオジキの脳もついにアミロイドβに毒されたかと、思っていたところに舞い込んできた“おじいさんが猪と並走、それも爆速で”の目撃情報。
【アミロイドβ】
アルツハイマー病の患者の脳に見つかる細胞外沈着物の主要な構成要素。
いや、むしろアミロイドβに毒されていてくれた方が安心だったかもしれない。
猪と並走できるほどの脚力のおじいさんって規格外もいいところではないか?
そんな規格外生物が自宅裏に生息しているというのはなかなかの恐怖である。
もし何か気に障ることでもしてしまった日には、
家もろとも突進により破壊される可能性すらある。
なお、2025年現在規格外の翁はレジェンドと化し天界を爆走している。
よって、俗世は安泰なのだ。
さしでがましいようですが、もう11月。
ずいぶんと冷え込みも厳しくなってまいりました。
熊殿につきましては例年よりお早めに冬眠につかれてはいかがでしょうか?
熊に対してもさしでがましい俺!
「人というのはわけがわからんぞなもし。わしには手に負えん。」
と日曜日のランチどきに思うておる。
それでも私は、さしでがましい思考をやめることはない。
「哲学というのはわけがわかんらんぞなもし。わしには手に負えん」
これは、正岡子規が東大入学後に哲学専攻をやめる際に言い放った迷言かつ名言である。
わけがわからんのは、哲学のみではない。
熊グッズに囲まれながら「熊への恐怖」に苛まれる家族も、
猪と並走した翁も、
ぶるぶる震えながらも頑なにアイスコーヒーを頼んでしまう我が思考も、
「わけがわからんぞなもし。わしには手に負えん。」
なお、あの熊についてよろしくされたパパが吠えた。
「さすがに熊はパパの手には負えないよ?!」
よく言った!
ブチギレテディベアを、ルナちゃんが持つリラックマが困り顔で見つめているのであった。
(完)
↑
柿食べて熊対策するぞなもし!
【参考資料】
◽︎海龍舎
「差し出がましいようで恐縮ですが」意味と使えるビジネス例文&言い換え集。メール例と正しい敬語
https://www.kairyusha.co.jp/biz-word/6298.html
◽︎青空文庫
夏目漱石「処女作追懐談」
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