大事なことだから、16回言いました
十一月一日(土)正午前、
鐘鳴らずとも熟柿を頂戴に参上します。
柿盗キッド
と実家の父と母に予告状を電子的に送り付けた。
当然のことのように既読無視されたぞ!
仕方なかろう。
そりゃあ、アラウンドサーティにもなった娘が
名探偵コナンごっこしながら平然と柿泥棒しようと変なメッセージをよこしているのだから
現実から目を背けたくもなるってもんだろう。
私も私で昨夜、娘がランドセルにむき出しで上履き突っ込んでいるのを見つけたが見て見ぬふりをした!
血は争えない。
なお、二夜明けた日曜に現実を受け入れて上履きを洗った。
ついでに、
「上履きは上履き袋に入れろや、何のための上履き袋なんじゃい!空気袋ちゃうぞ!」
とどこぞのヤクザ風に雷を落としてみたが
どうやら娘には避雷針がついているらしく全然効いていない。
否、聞いていない。
ここで一句。
我が雷鳴 空気揺らせど届かずに 地を這い消ゆる 無音に同じ
〈訳〉
私の怒りの雷鳴は、空気を揺らすことはできても届かない。
地面を這って消えたから、音がしなかったも同然である。
実は、先日実家に“借りパクしようと思ったけれど思いとどまって文庫本を返却しに行った”際、柿の巨木にクエタ柿が実っているのを発見した。
昨日、借りパクしようとしたが復讐されるのが怖いから母に本を返しに行った時、
あわよくば柿泥棒してこようと思ったのに全く熟していなかった訳だが
未だかつてないほどに大きい柿が大量になっているのを見つけた。
あれがクエタ柿か!
※借りパクしようとした本=『その復讐、お預かりします』(原田ひ香さん著)
で、その時、目当てのクエタ柿はまだケツどころか頭も青かった。
さるかに合戦で言えば、かにの死因になるくらいの青い柿。
その周辺でヨタ柿が熟していたのでそいつを拝借するつもりだった。
とはいえ、もうクエタ柿もいい熟し具合!
ということが実家の500m手前からしてすでにわかる。
見える。
が、しかし。
巨木の前に警察官が張り込んでいる。
厳戒態勢が敷かれている。
しかも、木刀で素振りしている。
どうした?
侍にでもなったのか?
かくいう私も、軽率に侍になりがちである。
反省するとともに血は争えないとしみじみと思った。
あれか?
朝ドラ「ばけばけ」の松野勘右衛門の影響か?
というわけで、小日向文世さんに憧れた実父が警察官から侍に転職した話でした。
──ではない!
士農工商がぶっ壊れ過ぎだろう!
しかしこのままでは到底柿は盗めぬ。
残念、無念、また来週というわけにはいかぬのだ!
だって、ヒヨドリが爆食しなさるから!
かたじけない、ヒヨドリ!
柿シーズンだけはこう言わせてくれ。
「爆食しやがるから!」
あくなき柿への愛を持つ者、それは私と正岡子規とヒヨドリだ。
正岡子規は、もう天に召されて天界で致死量の柿食っているから構わない。
そもそも既に死に至っているのだから致死量も何もない。
いや、あれか?
逆に現世に蘇る“致蘇量”とかがあるのか?
それはいいとしてだな。
空から見守る子規と、空で騒ぐヒヨドリ。
現在の敵は後者だ。
「ギエエエエエエエエエ!!!!ギエエエエエエエエエ!!!!」
と大騒ぎである。
「その柿は、俺のだ!!!」
とでも言わんばかりのギエエエエエエエエエだ。
ヒヨドリの野郎は、良さげな柿を目ざとく見つけては突っつく。
ガサツな奴は、柔らかめのところだけを食べては次へ、甘そうなところだけ食べては次へと食いかけの柿を量産する。
ちょっと上品めのジェントルヒヨは皮だけ残して中身をすっかりくり抜いていく。
種もきちんと中に残して。
柿ライトが作れそうな出来映え……って、
褒めている場合ではない。
いかに奴らをだし抜いて柿を得るか、だ。
柿争奪戦を優位に進めるのであれば今週がミソだというのは鳥頭の私にもわかるほどに明白である。
だが、私の目線の先ではやはり父が侍に擬態してしまっている。
あれはあれで一度やり始めるとしばらくやめないのだからどうしようもない。
ヒヨドリは木刀で空を切る侍に威嚇し続けている。
人間界のヒヨドリこと正岡子規は柿食い過ぎて腹下して医者にブチギレられ、ドクターストップを喰らう。
なのに家族やら客やらが子規の前でイヤミったらしく柿を食べるものだから怒り狂って俳句読んだ。
1.癒えんとして柿くはれぬそ小淋しき(明治32)
2.柿あまたくひけるよりの病哉(明治32)
3.柿くはぬ腹にまぐろのうまさ哉(明治32)
4.柿くはぬ病に柿をもらひけり(明治32)
5.我好の柿をくはれぬ病哉(明治32)
6.柿もくはて隨問隨答を草しけり(明治32)
7.胃を病んで柿をくはれぬいさめ哉(明治32)
8.側に柿くふ人を恨みけり(明治32)
いや、どんだけ柿好きなんだよ。
そんで、詠み過ぎだろ!
食べ物の恨み怖すぎるな。
“柿食えない”だけでここまで創作意欲湧くのも逆にすごいよな。
8だぞ、柿食えないだけで8。
柿のことしか考えられなくなった子規が医者のいうことを素直に聞くはずもなく、食う。
小林臍斎も悪いぞ。
子規にきざ柿っていう秋にはまだレア度高めな柿をあげちまったんだから。
そりゃあ食う。
【きざ柿】
渋柿が木になったまま甘くなった柿のこと。
「木醂」「木淡」と書いて「きざわし」、「木晒(きざらし)」とも書く。
柿のお返しはやはり柿の俳句なのだ。
1.風呂敷をほどけば柿のころげゝり(明治32)
2.停車場にかき売る柿の名処哉(明治32)
3.初なりの柿を仏にそなへけり(明治32)
4.しぶ柿の木蔭に遊ぶ童哉(明治32)
柿のお礼だけで4つも俳句を送りつけられた小林君。
私が小林君だったら、
「俳句はいいから市田柿の干柿くれよ」と吼えているところだよ!
子規、小林君が俺じゃなくて命拾いしたな!
でもあれだ。
小林君は食い意地の張ってない人間だったらしく翌年も懲りずに子規にきざ柿を送る。
柿をもらひ柿の一句を報いけり
またお返しは俳句。
しかも一句!
おい!
子規!
急に手ェ抜いたな?!
何突然柿の皮だけ残して中くり抜くヒヨドリみたいなことしてるんだよ!
だがしかしだ。
この翌年も懲りずに柿は届く。
この年は蜂屋柿40個だ。
柿くふも今年ばかりと思ひけり(明治34)
40個あっても子規は1日に16個柿食う人間だぞ。
2.5日分。
子規は果物がたいへん好きだった。
かついくらでも食える男だった。
ある時大きな樽柿を十六食ったことがある。
とは言えこれはあくまでも夏目漱石の創作の世界における子規。
実際はこうだ。
1900年
11月13日:蜂屋柿2個
11月14日:きざ柿3個+蜂屋柿1個=4個
11月15日:樽柿3個
11月16日:樽柿1個+蜂屋柿1個=2個
正岡子規『病牀読書日記』 1901年
10月9日:柿2個
10月24日:昼に2個+夜に1個=3個
10月25日:昼に3個
10月26日:昼に柿3個、夜に柿X個
正岡子規『仰臥漫録』
1日に2〜3個。
だが、私はこれを信じていない。
だってこれ、子規による自己申告だからな。
一応ドクターストップをくらっている手前、10も20も一気喰いしたなんて言えなかったんじゃないか?
夕飯前に唐揚げをつまみ食いする小学生の如く、
「オレやってねえし!」
「オレ食ってないから!」
ってしらばっくれているパターンだろ?
そうなんだろ?
なお、明治30年にも
「柿喰ヒの俳句好みと伝ふべし」と詠んでいる。
これは現世を生きる我々に、
「俺、正岡子規は柿と俳句を愛した人間だ!」ということを全力で伝えたいが故に詠んだらしい。
クセと圧が警報級なんだわ。
現代では大事なことを2回言う風潮があるが、子規は“柿食わせてもらえない”だけで8回、柿のお礼で6回、今言った柿と俳句への愛で1回、そしてかの有名な例のあの句で1回、最低でも16回は柿のことを言っている。
子規は、大事なことを現代人の8倍言った男だ!
徹底している。
“桃栗三年柿八年”の“柿八年”だから8倍なんだろう?
「柿くへば鐘が鳴るなり法隆寺」
さすがです。
私・ヒヨドリ「子規ちゃーん!」
子規「はーい」
私・ヒヨドリ「何が好き?」
子規「柿フレーバーよりも……」
全員「柿しか勝たん!!」
相変わらずヒヨドリは上空でスクリームしている。
父も相変わらず侍のままだ。
「柿盗れば サイレン鳴るなり 我が実家」
仕方がないので、真正面から言ったぞ!
「柿くれ!」ってな!
そこから柿の収穫作業が始まっちまって、
今日は筋肉痛だよ!
全く!
ヒヨドリに突っつかれた柿より傷みし我が筋繊維である。
ギエエエエエエエエエはもはや、私の慟哭と化している。
それでも私は柿を食う。
筋肉痛の腕を伸ばして。
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なお、借りパクしようとした本の感想はこちら。
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血が血管内で騒いでいたら嫌だという話。
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血液を用いて血液を洗う方法を真剣に考えてみた。
【参考資料】
◽︎レファレンス協同データベース
◽︎土井中照の日々これ好物(子規・漱石と食べものとモノ)
子規と柿4/柿を贈られたものの……
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