迎撃せよ!二〇二六
朝だ。
まごうことなき朝だ。
もう来年の話をしても鬼の笑いは取れない。
今日は大晦日。
しかし、いつも通りの朝だ。
普段と違うことといえば珍しくすっきりとした目覚めだったのだ。
せっかくなので散歩にでも出ようかと思ったが、心筋梗塞を起こしそうなくらい寒かったのでやめた。
そう言えば年の初め、
「今年こそ三が日に初詣に行く」と鼻から白煙を噴き出しながら決意したくせに、三が日はおろか大晦日の今日までただの一度も赤い鳥居をくぐっていない事実に気付く。
ともすれば、“二日連続初詣”という常人にはなし得ぬ常軌を逸したシン・モウデスタイルを確立できるではないか!
と色めき立つも我が足はこたつの中で悦に浸っている。
そのくせのっぴきならぬ事情をのっぴきならせる意気地のない私は、防弾チョッキの如くカイロで防護を固め戦地へと足を踏み出す。
駅前の立派なマンションのエントランスには今年も立派な門松が厳かに鎮座している。
あまりにも太く、鋭い3本の竹は歳神様をお迎えするというより“迎え討つ”といった様相である。
──今日は2025年12月31日。
先任の只野仁五郎年度担当大臣の365日間に渡る任期及び連勤が今まさに終わろうとしている。
私はつつがなく任務交代すべく、朝のうちからこっそりとフューチャリングモニタを確認しつつ時空の狭間で待機している。
今、鏡餅の如く着膨れながら大きなビニール袋をぶら下げて歩いているいとしき者たち。
彼らはこれから蕎麦を食ろうたり、紅と白とに別れて歌を戦わせつつ姿の見えぬ我々の送別会と歓迎会をしてくれるのだそうだ。
ありがたい。
何と慈悲深い生き物なのだろう、人間というものは。
私はこの後365日に渡り彼らを御守りすることを誇りに思う。
思う……?
思う。
まあ、思う。
だがしかしだ。
私は今、時空の狭間で肝を冷やしている。
温度覚などない私が、温度のない時空の狭間で肝を冷やしている。
上向く大中小の3本の鋭角……!
針の如き緑……それも密集……!
背を何かがつたい落ちる。
「やめろ!! 刺さる!! ああ!!」
急降下する身体。
聞いていない!
意識が遠のきかける。
私を投げ出した空は暗い。
身体はいとき者たちが灯したきらめきめがけて落ちていく。
「いやだ!! やめろ!! 刺さる!!」
ふわりと一瞬何かが身体を押し上げる。
目の前には大量の書類を抱える影が見える。」
「只野仁五郎、前・年度担当大臣……」
「ふふ……まだ“前”ではありませんよ。」
私は自らの足元を見る。
まだほんのわずかに浮いている。
──私が2026年の責任者ならば、ビビり散らかして引き返すに決まっている。
2025年に続投を依頼するか、2027年に秒で権利を押し付ける。
これでは新年は永久に来ない。
立派な門松を前に、私の妄想は止まらない。
歳神が先端恐怖症だったらどうするつもりだ。
呑気に蕎麦なんか茹でいるが、歳神が蕎麦アレルギーだったら湯気でアナフィラキシーショックを起こしてぶっ倒れてしまう。
エピペンを刺そうにもこいつは先端恐怖症だ。
命の危機に瀕していたって
「いやだ! やめろ!」と必死に抵抗してくるに違いない。
──「おおい!! まだなのか? やめろ!! やめろと言っている!!」
随分と嗄れた声の神様が荒ぶっている。
どこか懐かしいその声と支離滅裂ぶり。
向かい合うハンバーガーショップ店員の視線は私を通り過ぎ物騒な声の出所へ向けられている。
そのベッコウ色の瞳の中を覗き見なくともわかる。
今、何が彼女を曇天の下に追いやったのか。
私は渡された番号札4番を恭しく受け取ると、背筋を伸ばしたのち、瞼で景色を遮断した。
すぅっと大きく息を吸い、右足を真横に出し90°回転する。
一度頷き、カッと目を見開くとそこには……
誰だ……!
あんた一体誰なんだ!
危うく口づけを交わしそうな位置に全く知らない妙齢の女性が立っている。
一触即発の大ピンチ的距離感に私のファインダーはその表情にピントを合わせることができない。
「すっ! すみません!」
脊髄反射で謝罪できる自分を褒めたい。
私は左へとずれる。
彼女は自身の右へずれる。
「ああ……ごめんなさい!」
私は右へとずれる。
彼女は自身の左へとずれる。
「ほんと……申し訳……」
私はさらに右へとずれる。
彼女も更に自身の左へとずれる。
ようやく私は彼女の表情をとらえた。
目が笑っていない。
本気だ。
……そうか、ブロックされているのか!
私はキャプテン、背番号4番。
エース不在のこのチームでマークすべきはこの私ということなのだろう。
ぐぬぬ……
このままスリーポイントシュートを決めたい……!
……じゃないんだよ!
ゴールなんてどこにもないんだよ。
そもそも年末の極みにボール無しのバスケットボール、しかもタイマンとかいう訳のわかないことをするな!
とりあえず振り払わねば。
振り払ったところでそこには荒ぶるあいつがいるだけだ。
年季の入ったワインレッドの杖を振り回しながら軽率に重大事件を起こしている。
「ホットドッグ、まだ?」
ようやく季節にふさわしくなったダークブラウンのダウンジャケットに身を包む彼は、背中を丸めて席につく。
テーブルに置かれた杖の先はレジ方向へ向けられている。
さながら狭間から敵を銃撃せんとする戦国の武士である。
勇猛果敢な戦士(店員)が丸腰で猛然と進んでくる。
ガコンッ!
「おい! ぶつかるな!」
「えーと、ホットドッグがおひとつとブレンドコーヒーですね。ごゆっくりお過ごしください。」
店員は銃口をぴたりと大腿部に押し付けられた状態で平然と台本通りに台詞を言い切るとくるりと背中を向け去っていく。
荒ぶる神をも黙らせるホットドッグ。
さながら口枷だ。
秒針の音すら聞こえそうなほどの穏やかな時が刻まれ始めた。
オーダーミスで、間違ってハラペーニョが入っていたら……といういらぬ想像をして立つはずのない波風を立ててふざける自分を軽蔑し始めるお昼時。
彼の横を通り、私は店をあとに……
「おい! ぶつかるな!」
……なんかもう、すみません。
いろいろと、すみません。
重ね重ね各方面に詫びつつ、再びあの立派な門松の横を歩く。
そもそも“門松”という字面がいけすかないのだ。
“松”と言っておいて竹が我が物顔でセンターを陣取ってやがる。
それも、トリオで。
松竹梅のトップに君臨せしそなたにはプライドってもんがないのか!
松!
気合いを入れろ!
松!
そして迎え討て!
新しき年を。
【モスバーガーの記事】
↑
初詣もお任せあれ。
↑
モスバーガーにいる時に思いついた小説。
↑
私が接客できない理由。
いいなと思ったら応援しよう!
よもぎちゃーん!
はーい!
何が好き?
ポテトチップスよりも
お・ぬ・し