恋に泣く男と愚鈍な女の臭気判別バトル
田山花袋が女の夜着の匂いを嗅いで咽び泣いていたように、
私は自分の枕の匂いを嗅いで泣いた。
臭過ぎてびっくりして泣いた。
慟哭。
諸事情により、枕カバーを二週間洗わないチャレンジを開始したワタクシ。
何でまたそんなドラえもんも真っ青……
いやドラえもんはすでに青いな……
よし、わかった。
なぜ、ドラえもんもロイヤルブルーになっちまうような
“奇妙奇天烈 摩訶不思議 奇想天外四捨五入 出前迅速落書き無用”の行動をしているかって?
諸事情ございまして。
諸事情というのは諸々に事情があるということでございますが……
実験なのだ。
通常は二日に一回洗うことにしている。
なぜかって、我が家の構成員は
加齢臭入門講座に片足を突っ込んでいるアラウンドサーティが二名と、新陳代謝が盛ん過ぎる八歳児が一名。
「臭」の当たり年、大豊作!
これぞまさに臭合体!
枕カバーなんて臭気の大漁旗みたいなものである。
音の大きさを表す例の記号「轟轟轟=とてもうるさい」になぞらえれば、
「臭臭臭」だし、
シャ乱Qに至っては「淋しい夜はクサイクサイクサイ」なんて“いいわけ”し始めるだろう。
【●●ッシシモ】
音楽記号fffになぞらえた事象や現象の強さや量を表す言葉。
ex)木→林→森
木はキ、林はハヤシと読んでハヤッシモとしているのに、森はモリにせずハヤッシモシモなんて言っているんです。
法則に則れば、せめてモリッシモシモ、いや、
モリッシシモじゃないですか。
こうしておいてくれれば多少は頭脳明晰感を醸し出せたかもしれないのに。

いや、法則に則るのならば
「木→林→森」である。
そもそも間違っている。
──否!
今日は過去の記事を添削することが目的ではない。
とにもかくにも臭いのだ。
だから「臭」を取り除いた大漁旗を二日に一回ベランダでひるがえすというわけだ。
なお、枕カバーは五日目にして臭臭臭になった。
原因はだいたい見当がつく。
実験開始から二日目の夜、私はトリートメントを洗い流すのを忘れた。
そしてその事実を水に流した。
いや違うな。
見て見ぬ振りをした。
言っておくが、おしゃれな人がつける“洗い流さないトリートメント”ではない。
あくまでも流すタイプのトリートメントだ。
タオルドライの最中は全く気づかず、ワッシワッシと拭いていく。
何となく、いつもより吸いが悪い気がする。
「まあ、このタオル、今治じゃないしな」
と納得したが、問題はそこではない。
そもそも、タオルはいつも今治ではない。
正確に言えば、家に今治のタオルは存在している。
しかしながらあれは神様が使うものである。
私のような人とも妖怪ともつかぬ者が使うには勿体無いシロモノなのだ。
「わ……わたくしめが今治のタオル様を使うだなんて……と……とんでもない……!」
という具合にイマジナリー神棚に備えてある。
なお、現在使用中のタオルはもはやタオルの抜け殻といった具合のもはや柔軟剤ですら蘇生できないレベルのゴソゴソのタオルだ。
「無信仰かつ初詣すらすっぽかす奴が言うことなのか?!」
と近所の菅原道真が呆れ果てている。
ああ、そうか。
出雲での全国神集会終わったのか。
にしても神も大変だよな。
十月は出雲に出張、十一月は七五三で子どもの成長を見守り、十二月は新年に向けてのあれこれに除夜の鐘、一月は初日から人間どもの叶えたいことオーダーがひっきりなしに飛んでくる。
これで落ち着くと見せかけて、二月は受験生の親が藁にもすがる思いでやってくる。
でもこういう奴に限って合格通知を見た瞬間、
「●●ちゃんががんばったからよォ! すごいわァ!」
なんて三歳児向けの甘ったるい声で、二十歳の息子(二浪)の頭を撫で回すんだ。
それでその息子はまんざらでもない顔をして
「そ、そうかなあ……」
と左手の親指以外で頭をボリボリ掻きやがる。
フケをそこらじゅうにフワフワ撒き散らすまでがコミだ!
それも、伸びに伸びた薬指の爪は二股に割れ、人差し指の爪には何かもわからん黒いものが挟まっている。
憤怒!憤怒!
こちとら他の受験生にくっついてきた神たちとの交渉にどれだけ苦心したと思っておられるのか!
向こうも向こうで願い主の要求を叶えるという使命を持ってきている。
だからこそ交渉は楽ではないのだ!
このワタクシがどれだけ……あのクソ野郎にしゃあなし頭下げたと思っているんだ……!
来年のどんど焼きは絶対、あいつらの家の庭でやる。
俺はそう決めた!
ってどこぞの神様が言っていました。
さっき、近所のドーナツ屋を冷やかしに行く途中のカフェのテラス席での会話を盗み聞きしてきました。
お心当たりの方は、庭でどんど焼かれぬようご注意ください。
なお、盗聴という軽犯罪を犯したので罪滅ぼしにひとつ、私の失態をお話ししましょう。
【盗聴】
日本の法律では「盗聴罪」といった犯罪は存在しない。
そのため、人の会話を盗み聞いたり盗聴器を設置したりしても罪に問われることはない。
が、神様の会話に聞き耳の要塞を建てた挙句、その内容をSNSにアップロードするといった倫理観のいかれ具合が人として……乙が“ヒト”ではない可能性もあるが“ヒト”としてどうかと思う為、軽犯罪としておく。
これは、私が小学五年生の時の話である。
冬休みも終わり絶望もひとしおといった頃。
土日休みの日曜日は絶対に外出したくないという私の習性をガン無視した母が、
「どんど焼きさいくぞ!悪い子はいねえが!」
とは言っていないが東北地方でもないのにナマハゲくらいの圧力で声をかけてきた。
やっと遭遇したスイクンに誤ってモンスターボールをぶん投げて逃げられるという憂き目に遭う。
【スイクン】
分類:オーロラポケモン
タイプ:みず
高さ:2.0m
重さ:187.0kg
特性:プレッシャー
〈ポケモン図鑑による説明〉
きよらかな みずが ながれる ばしょを さがしもとめ だいちを かけめぐる こうごうしい ポケモン。
しかし、“ゲームは一日一時間まで”という約束を確信犯的に反故にしている私はそこら辺の反抗期キッズの如く自分のことを棚に上げて
「お母さんがびっくりさせたせいで間違えたじゃん!」
などと自己主張する勇気はない。
「ごめん、明日からはちゃんと一時間で終わらせるから……」
「え?」
「だから、明日からはゲーム一時間にするから。」
「何? 一時間以上やってたの?」
「ええ……まあ……その……夜中含めて五時間……」
「辞書で、“ぼけつ”調べてみて! で、どんど焼きね、行くから! さっさとトイレ行って!」
顔色伺いの達人である私は、まず辞書をひくことを優先した。
【墓穴を掘る】
自分の行為が原因となって破滅する。
みずから滅亡の方向に進んで行くことのたとえ。
夜中、母は快眠だったらしく私が粛々となつき度を上げたイーブイをせっせとブラッキーに進化させまくっていることに気付いていなかったらしい。
※三体進化させた
辞書から、
「お前はもう死んでいる」って聴こえた!
北斗の拳観たことないのに聴こえた!
辞書使って間接的に怒るのやめろ!
直接的にブチギレてゲーム没収してもらった方が、むしろ精神衛生上、ずっといい。
これも、正しい反抗期キッズならば
「へへっ! チョロいチョロい。没収されなくてラッキー! 今夜もォ?! スーパーゲームタァァァアイム!!」
となるのだろうが、
不正解の反抗期キッズである私は、
「これは“ミテイルカラナ”の合図だ……!この部屋のどこかに監視カメラ及び盗聴器があるはずだ。もしくはこのゲームのスイッチが入ると電波が飛び……」
というしょうもない妄想に駆られそこから一週間、ゲーム機ごと押し入れに突っ込んだ。
代わりに、父親を唆して手に入れたイーブイの進化系フィギュアを一週間肌身離さず持ち歩いた。
風呂にも入れた。
ボディソープで洗ったら、エーフィの後頭部が禿げた。
でも、泣かなかった。
だって、十一歳だもん!
※何歳でも泣いていい
そんなこんなでビクつきつつ、トイレに行く。
こういう時に限って、威勢よく大が出る。
ところで、“どんど焼き”ってのは何だったか……
墓穴掘りついでに「どんど焼き」も調べておくべきだったなと依然として止まらぬ大を放出しながら後悔する。
「まあ、お好み焼きとかたこ焼きの類だろ。」
と適当な解釈をして、
のんきに「おまたせー」などと母に謝罪する。
すっかりすっきりした腸とは裏腹に、脳はもやもやしている。
完全に“飯食いに行く”だと思っていた私は車に乗る気満々だった。
(たいてい外食は車で行く)
よって、チャリキーは玄関に置いたままである。
【チャリキー】
自転車の鍵のこと。
この辺りのイキリ小学生・中学生が使用する言葉。
チャリキーがL字みたいなものを所持していると「ダサい」、家の鍵のミニチュア版みたいなものだと「イケてる」という評価であった。
「いや、何やってんの? 自転車だよ自転車!」
このクソ寒い中を自転車!
ああ……あの駐車場のない高級お好み焼き店に行くのか。
いやあ、しかしさっきゲームしながらさきいか食いまくったから腹が空かんのだ。
しかも一月の実家と言えば、餅続きで腹が空く間もなく次の飯の時間になる日々。
“食”だけは忘れぬ今の私と違い、“寝”も“食”も忘れがちだった……否、子どもだったので強制的に“食”はこなしていたが“食”に興味がなかったものだからどうにも気乗りしない。
自転車を漕ぎながら声を張り上げる。
「ねえ! 私! あんまり! お腹空いてない! っていうか、全然! 空いてない!」
風がビョービョーと吹き荒んでいる上に、向かい風にもかかわらず、
母は自転車を漕ぐのが速すぎる。
大声を出さないと伝わらないのだ。
「何で?!」
「さっき! ゲームしながら! さきいか食べた!」
「え?!」
「ごめんなさい! もう部屋で食べないから!」
「墓穴の意味調べた?!」
やってしまった。
この短時間の間に私は立派な墓穴を二つも掘った。
自室へは食べ物の持ち込み厳禁だったのだ。
当時、まだゴキブリに侵略されていなかった実家。
とにかく食べ物の所在に関するルールが厳格だったのだ。
今やゴキブリにその所有権を奪われし実家。
その元凶は明らかに私である。
しかも、その日は
マイ・ルーム・イズ・イカ臭と化し、寝る時がキツかったことをよく覚えている。
「それでさ! お腹いっぱいだから! 行っても何も食べられないと思うんだよね!」
ちょうど赤信号で、母の爆走自転車も止まる。
私の息は上がっている。
「え?」
「お腹いっぱいなの!」
「だから何?」
「だから、どんど焼き、食べられない。」
「え! ブッフォ!!」
母は白い息と爆笑を吐き出した。
私はどんど焼きをお好み焼きやたこ焼きの類だと思っていた。
なんならこの時、私の頭に浮かんでいたのは
出汁に浸ったたこ焼き、すなわち明石焼きである。
【どんど焼き】
小正月に行われる火祭り。
日本全国で広く見られる習俗。
呼び方や祭りの内容は地方により若干の違いがある。
〈何する?〉
その年飾った門松や注連飾り、書き初めで書いた物を持ち寄って焼く。
その火で焼いた餅を食らう。
三色団子、ヤマボウシの枝に刺した団子等地域によって食べ方の違いがある。
なお、千葉県印旛郡では“どんどっぴ”と呼ばれる。
誰かのあだ名か何かなのか。
母からすればこれから燃え盛る炎の中に古い破魔矢を突っ込みに行くだけなのに、
腹がいっぱいだの何も食えないだのと喚いている私の様子は奇妙・奇天烈・摩訶不思議・出前迅速・落書き無用であろう。
正岡子規構文を使えば、
「娘というものは、わけがわからんぞなもし。わしには手に負えん。」状態である。
【正岡子規構文】
●●というのはわけがわかんらんぞなもし。
わし(自分)には手に負えん
子規が東京大学の哲学専攻を辞める際に言い放った、
「哲学というのはわけがわかんらんぞなもし。わしには手に負えん」
に由来する構文。
「お昼のお餅とさっき部屋で食べたさきいかが……ウップ」
二個も立派な墓穴を掘っても腹は減らぬ!
ほどなくして、
明石焼きとも、お好み焼き・たこ焼きとも似つかぬ匂いが鼻に飛び込んできた。
高層ビルと見紛うばかりの、炎と煙!
むせながらもその勢いに圧倒される。
誤って思い浮かべたお好み焼きもたこ焼きも明石焼きも古い破魔矢諸共焼き尽くされた。
なお、どんど焼き勘違いの恥ずかしで顔面からお焚き上げファイア出た。
我が顔面も、古き神グッズを燃やせますのでこちらもどうぞ状態である。
で、この日の夕飯は餅。
また餅。
母の怒りの炎で焼いた餅!
約束を反故にした自分を盛大に悔いながら、いろいろなものが胸に詰まる夕食であった。
あれからXX年、約束を反故にしているわけではないが翌日の自分の首を絞めることに余念のない自滅型アラサーは
現実から目を逸らし、ぬるつく髪をそのまま乾かした。
その頭のまま床についた。
これが、枕カバーの臭気二週間耐久テスト、五日目にして断念の顛末である。
嗅がなくてもいいものを嗅いで泣くのは私と田山花袋くらいのもの。
だがしかしだ、私の方が田山花袋より健全だぞ!
私は、私の枕カバーの臭いで泣いた。
臭過ぎて。
田山花袋は、三十四、五歳の時に
当時十九歳のそれも彼氏持ちのしかも自分の弟子の、めっちゃ可愛い女の子のパジャマの匂いを嗅いで泣いた。
寂しくて。
ハイカラな新式な美しい女門下生が、先生! 先生! と世にも豪い人のように渇仰して来るのに胸を動かさずに誰がおられようか。
──「いいえ、動かさずにいられるものなどいません」って答えを期待したのだろうが、我慢しろ!捕まるぞ!
期待すんな、花袋!
最初の一月ほどは時雄の家に仮寓していた。
華やかな声、艶やかな姿、今までの孤独な淋しいかれの生活に、何等の対照!
──テンション高!
古い油の染みたリボンがその中に捨ててあった。時雄はそれを取って匂いを嗅かいだ。
(中略)
女のなつかしい油の匂いと汗のにおいとが言いも知らず時雄の胸をときめかした。
夜着の襟の天鵞絨の際立って汚れているのに顔を押附けて、心のゆくばかりなつかしい女の匂いを嗅かいだ。
性慾と悲哀と絶望とが忽ち時雄の胸を襲った。
時雄はその蒲団を敷き、夜着をかけ、冷めたい汚れた天鵞絨の襟に顔を埋めて泣いた。
薄暗い一室、戸外には風が吹暴れていた。
※時雄は花袋を投影させたキャラクター
私の方が健全だがロマンもクソもない。
流し忘れたトリートメントに気付きながらも見て見ぬ振りをする怠惰さ、そもそも流し忘れるそそっかしさ……そうだ。
愚鈍!
この愚鈍の全てを吸い込んだかのような枕に泣く!
そこには文学がない!
だって、ただの怠けだから!
それでも私は来年の一月、どんど焼きの炎にこの愚鈍を込めた枕を放つ勇気はない。
そこは花袋も同じだろう。
……彼の場合は、許されざる恋の思い出を、
私の場合は生活の中で生まれた愛着と思い出を、
そう簡単には灰に変えられぬのである。
八日目の蝉ならぬ、五日目の枕。
八日目の蝉は、蝉が七日で死ぬのが常であることから一日多く生きることで得られる見地が増えるという意味らしい。
我が枕は通常二日で洗われるところを五日目まで生き抜いた。
それで得られたものは……
激臭だ。
考えなければよかった!
やはり、ロマンもへったくれもない!
私は一人、乾きたての枕カバーの匂いを嗅いで泣いた。
「また、ゼロからやり直しだ。」
──はい?
↑
みんなが勘違いしがちな夏目漱石にまつわる誤解を解きました。
↑
正岡子規は柿ばっかり食べる。
【参考資料】
◽︎ポケモン図鑑「スイクン」
いいなと思ったら応援しよう!
よもぎちゃーん!
はーい!
何が好き?
ポテトチップスよりも
お・ぬ・し