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これ一体、誰の人生ですか?

最近、どうにも自分の人生をまっとうしている感がなくそろそろまずいぞと猛省し書店に出向くなどしてみた。

……いや、なぜそれが書店に行く理由になるんだよ、訳わからんぜよ!
という声すら聴こえてこないくらい、ここはどこ並びに私は誰なのだ。

夜眠った記憶も、朝起きた記憶もない。
もちろん、「おはよう」だとか「おやすみ」だとか挨拶をした記憶もない。

はっとして食卓を見ると里芋のコロッケなんかが乗っている。

「天野……すまねえ。このクソ忙しいのにおぬし、これ作ってくれたんだな。ありがとうよ……」
「え? さっきこれよもちゃんが作ってたよ。オラオラオラオラァ!! アカギツネ色に染まれ!! とか言いながら。」
「この小さい丸おにぎり作ったのもお母さんだよ? いとしき紫のマル! マル! マルマルマル! ってなんかうん、歌ってた。」

……怖い!
自分が怖い!
無自覚にコロッケに喧嘩売ってんの怖いし、急にプッチモニ。口づさんで年齢の暴露やらかしてんのも怖い。

この分だと、近所の人に
「日の出とともにくしゃみをするな、うるせえ!」
だとか、
「朝っぱらから高圧洗浄機で大事故を起こすな!」
などとブチギレをかまし、クサイ飯をかっ喰らう日も近かろう。

それだけは避けたい。
それこそ一度檻にぶち込まれたら精神鑑定で
「存在そのものが罪、あかんやつ※関東式平坦関西弁」などと言われ、“犯罪の移動販売車”なんていう不名誉なあだ名をつけられる未来だけが燦然と輝いちまっている!

だから、私は私を取り戻すべく馴染みの書店に向かった。

ここの書店の店長には“爆弾魔”として認識されているので、なるべく目立たぬよう端の端、極めて端、とにもかくにも端から入り端を移動する。

──集英社、講談社、幻冬社……
双葉文庫、ちくま書房、角川春樹事務所……
空蝉文庫!

私はニヤついている。

「ない。私の本、一冊もない。ふふ……ふふふふ……」

一方、後藤帆奈美ごとうほなみのデビュー作『呼吸の主導権はハンバーガー』は不良在庫のごとくヨレ積み重なっている。
続く『眠る猫は木更津のお好み焼きの上で』も不発に終わっている。

書店員が後藤のヨレヨレを段ボールに粛々と入れていく。

それを横目で確認しながらさらにニヤつく。
もう、不気味に口角は上がりっぱなしだ。
新手の口裂け女だ。
ここが漫画の中のひとコマだとしたら私の隣にはアナログで「グフフ」と描き込んでいただきたい。

「ねえ、コッパン(※後藤帆奈美『呼吸の主導権はハンバーガー』の略称)読んだ?」
「あー、最後までいけなかった。」
「マジで言ってる?」
「え、むしろあんた最後まで読んだの? ヤバ。」
「一応読んだよ。」
「だってさ、二章立て続けにカロリーが歯に挟まって夜越してたり、たい焼き抱きしめてたり、マジうんざりしたんだが! 秒でメルカリに出した。全ッ然売れなくて300円に値下げしてやっと売れたよ……大損。」

確かに大損だ。
730円+税を払ってたかだか3,000字読んで絶望、それが300円で売れたところでなんの利益もないからな。

「いくらなんでも言い過ぎ! でもわかる。しかもさ、途中からしらけるんだよね。こう言っとけばエモくて刺さるんでしょ? みたいなさ。」
「あの、AV観過ぎて現実がわからなくなった奴との営み的なね。」
「だから、言い過ぎだって!」
「でもそうじゃない? 気持ちいいんだろ? ここがいいんだろ? みたいなさ。」
「まあそれ。」
「しかもさ、なんか槍が突き立ってるみたいなシーンあったじゃん?」
「何それ。」
「全部読んだくせに知らんのかい!」
「へへへ……」
「あったんだけど、あれって今泉先生のパクリらしいよ。」
「いや待って、今泉って誰?」
「はあ? なんで知らないんだよ! 今泉律先生だよ!」
「……あー! 中原中也かなんかを殴りにいく小説の人?」
「違うから! 中原中也に殴られに行く小説の人!」
「で、何? その今泉って人もどっかに槍突き立ててたの?」
「主人公が看護師長に槍突き立てられるの!」
「やだ、何その病院……エグ……」
「そこよそこ! 今泉先生はエモじゃなくて、エグなの! 時代はエグだよ! エモは古い。もう吐いて捨てる……吐ききれないくらい出回ってるんだから。」
「買って帰ろうかな。どれがおすすめなの?」
「やっぱり、エグの極みならデビュー作の『少年が神話になる前に』かな……」

よくわかってらっしゃる。
そう、私、パクられたの。
でもね、いいのよ。
それって私の才能が羨ましかったってことでしょう?
ネームバリューだけでいえば自分の方が勝るからっていう彼女の脆さが露呈しただけの話。
ざまあみなさい?
それこそ「グフフ……」である。

「え、待って! 売ってない! 今どこも入荷待ちだって!」
「あー……Amazonも楽天も売り切れてる。」

ああ!
気持ちいい!
そう、私の本、爆売れ!
後藤帆奈美の新人賞の栄光はもう昔のお話。
今じゃパクリ作家だって大炎上。
違う意味でバズってる。

地道に、泥臭く、遠回りしてきた甲斐があっ……

あった……?

おいおい。
勘弁してくれよ。

20冊並ぶ谷崎潤一郎の在庫の前、私はまた妄想の世界でグフフグヘヘしておったようだ……

不審!

そもそも私、本なんて出していない。
全く、妄想の中で“今泉律”などというマジで見たことも聞いたこともない作家になりきっちまって怖いんだよ!
お前なんなんだよ!

そもそもが先日、意図的でないとはいえ人様の家の花壇に顔面を突っ込むなど事件めいた奇行(転んだ)をやらかし右目は盛大に青アザ。
見るからにカタギじゃあございません。
カタギなんですけどね。

右目の痛みが現実をこれでもかってほどにぶつけてきやがるのだ。

全く……
こんなことなら自分の人生取り戻するじゃなかった!

と、強がってみるのであった。


人生の真髄たるや何処に。
此処に。
わかり合える喜びに、分かり合えぬ苦しみに、分かり合えたからこその痛み……
独特のリズムで読み解く倫理学がここにある。


後藤帆奈美というのは夢に出てきた知らない人。
空蝉文庫新人賞受賞した女。


本文中に出てきた槍云々の元ネタはこれ。


中原中也に殴られに行くのはこれ。


続編はこちら。
全ては私のゲコと酒癖の悪さから始まった。

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