美しき爆弾魔の一生
私は彼を誤解していた。
彼というのは、カジロウ……ごほん。
失敬!
かの作家、梶井基次郎氏のことである。
文学部に籍を置きながら、私は彼のことを
“美しき爆弾魔”などと呼んでいた。
もちろん、かの名作『檸檬』すらまともに読んでなどいない。
私がいかほどに文学に触れぬ文学部生だったかというと、
カジロウもとい梶井基次郎が敬愛する夏目漱石の『吾輩は猫である』に関しては「猫がやたらと饒舌な小説」と言って退け、
反対に彼が嫌悪する森鷗外の『舞姫』に関しては「開始早々ニル、アドミラリイではいられないほどの注釈の数々に私は打ちひしがれた」というレポートを提出するレベルである。
もちろん、本当に打ちひしがれたので最初の二ページに打ちひしがれたことついてだけで五千文字書いて提出した。
しかも、島崎藤村のことは長らく二人組の作家だと思っていた。
これに関しても彼の作品を読まず、
「藤子不二雄や藤岡藤巻の先駆けのようなものと勘違いしていた話」
を一万文字で提出。
教授は過去一面白かったとゲラゲラ笑い、なぜかサインまで求めて来たくせに蓋を開けてみれば評定は「F」。
私も私で自分のことは棚に上げて教授に「F」を突きつけた。
その中身は「ふざけんなのF」とリアムギャラガーの口癖的「F」である。
そんな私とカジロウ……基次郎さんの出会いはふとした瞬間、栗の花臭い窓際。
私は中学二年生。
上履きがとっても黒かった。
実は、第一印象は「最悪」。
もう二度と会わないと誓った。
時は流れて、阿佐ヶ谷で再会した。
けれどその時私、ライヴを控えた龍之介と宰、漱石のヘアメイクに忙しくて基次郎さんに構っている暇なんてなかった。
十六歳、高校二年の秋だった。
次に再会した時、私はすっかり大人の仲間入りをしていた。
カシオレには催吐性があると理解した頃。
私はまた基次郎さんの胸の内なんて知ろうともしないで“美しき爆弾魔”なんて呼んでた。
でもこのままじゃいけないと思って、理解しようと思った。
直接話すことは、時代的にはばかられるから図書館でこっそり彼にまつわる書物を漁った。
……美しくもないし爆弾魔でもないと知って、失望したわ!
レモネードだと思って口に含んだら、無味無臭のぬるまった水だった時みたいにね。
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第一章
ほろ苦い、仄暗い、出会い
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窓側の前から二番目の席。
この年は栗の花の開花が早く、猛烈に臭かった。
早熟の同級生から漂う、ムンとした生理的欲求のような香りに私は塞ぎ込んでいる。
毎年毎年臭いので、栗の木ってのは飴と鞭の鞭が激し過ぎると憤っていた。
しかし、学級崩壊すれすれを攻める私たちを辛うじて繋ぎ止めていたのもまた栗の花である。
人というのは生命の危機に瀕すると、団結せざるを得ない生物なのかもしれない。
あまりにも生臭過ぎる空間の中、十三歳の私はそう悟った。
桜の美しい頃には互いに鈍器の如き言葉で打ちのめし合っていた彼らも、皆同じ青い顔をして肩を支え合っている。
「スペルミンが結ぶ縁ってやつ……?」
「なんかすっごく嫌。」
嫌悪感たっぷりのクラスメイトの声ははっきり思い出せるのに、顔はすっかり忘れている。
否、おそらく顔は見ていなかった。
【スペルミン】C₁₀H₂₆N₄
精液中からリン酸塩として発見される。
かねてより栗の花の匂いの原因という濡れ衣を着せられてきた。
所詮、栗の花で繋がれた縁など脆いものだった。
程なくして「お前の席ねえから!」という大昔のドラマでしか出会えない台詞と共に窓側の前から二番目の私の席は鎌倉幕府の如く滅ぼされた。
この時私は自分が鎌倉幕府だったことを初めて自覚した。
そして隣の席で「なんかすっごく嫌。」と言ったあいつが新田義貞であることを知った。
歴史の教科書の中で得意げに烏帽子を頭に乗せている新田義貞のことが、“なんかすっごく嫌”になった。
それと同時に背後で嘲笑う新田義貞のポニーテールを結目よりも頭側で切り落としてやりたい衝動に駆られた。
この衝動と胃液とを便器に吐き捨てて戻ると、鎌倉幕府は控えめに蘇っていた。
歴史が塗り変わった瞬間である。
何事もなかったかのように国語の授業が始まる。
この時だ。
私と基次郎さんが出会ったのは。
まだうっすらと栗の花の匂いの残る、薄汚れた空の朝のことだった。
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第二章
ビー玉は檸檬味?
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ファッションとしての絶望、不幸自慢……
重苦しい歪んだギターに叫び声。
そんな界隈に一括りにされた私は、安全ピンで人差し指を突いた。
滲む赤黒さに視界をぼやかしながら、
「私、オーロラ姫なんかじゃない」
と当たり前のことを心で唱えていた十六歳の秋のこと。
阿佐ヶ谷の真ん中で基次郎さんに再会した。
もちろん、教科書の中で。
初めて会った時よりなんとなく洗練されて、より繊細になっていた気がするけれど。
でも私、彼がこの夏花火好きになったこと、それも火花としての花火ではなく、手持ち花火や置き花火そのものに惹かれていたなんて話に全然耳を貸さなかった。
それから、子どもの頃にビー玉を口の中に入れて悦に浸っていたって話にもね。
きちんと向き合うべきだった。
反省してる。
今なら言えるもの。
私も、あなたと同じ理由でビー玉を舌の上で転がしていたって。
教科書に印刷された芥川龍之介、夏目漱石、太宰治にヴィジュアル系バンドのヘアメイクを施しては同じクラスのユリナ(the GazzetE・麗推し)に見せる日々。
もちろん、授業など聞いていない。
相も変わらず、“梶井基次郎はレモン型爆弾で書店を吹っ飛ばした奴”だと信じてやまなかった。
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第三章
内面を知ればこそ
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油絵具で檸檬の絵を描いた。
右手の薬指に檸檬色の絵の具をつけたままの私はぼんやりと近代文学史の授業を聴いていた。
「れもん」
強烈に汚い檸檬がそこにあった。
今までに見たどの檸檬よりも汚い檸檬が!
いや、今までに汚い檸檬など見た記憶がない。
「あー、えー、僕はー、れ・も・んを漢字で書く術を持ち合わせておりませんので……」
と教授が弁解している。
とはいえ私の悪態は止まらない。
あんた一体何回『檸檬』を題材に授業をしてきたんだ?
少なくとも、私よりも「檸」と「檬」を目にした回数は多いだろう?
それに、「れ」も「も」も「ん」も私より多く書いてきたはずだよな?
縦に並ぶあまりにも不恰好な「れもん」に怒り続けていた。
……輪切りのレモンが添えられたハイボールで二日酔いだったから。
あろうことか教授は私を名指ししてこう質問した。
「梶井基次郎について、君はどう思っている?」と。
苛立ちながらもこう答えた。
「美しき爆弾魔、そういう印象を抱いています。」
怪訝そうな顔の教授はもう一度尋ねてくる。
「なぜ、そう思ったの?」
「現実世界を絵画の如く描き出す感性を持ち合わせつつ、書店に爆弾を仕掛けるという奇行に走ったからです。」
教場全体から「何言ってんだオマエ」の視線の矢が飛んで来る。
教授に至っては私の額から後頭部までを射抜かんとしている。
でも、もしかしてもしかすると教授は教授で昨日ダーツバーでレモンのくし切りをかじってからテキーラをショットでキメて、ダーツの矢もろとも「檸檬」の文字もどこかへ飛ばしてしまったのかも知れない。
気づけば私は大学図書館に駆け込んでいた。
いつも巨大辞書で巨塔を作り上げては職員を激怒させていた私はここでも視線の矢をくらう。
しかし、私は猛然と立ち向かう。
盾など持たずに、彼の著書ではなく彼にまつわる本を片っ端から集めた。
中谷孝雄に外村繁、淀野隆三……
外堀から埋めていく。
まず、基次郎さん。
あなたが夭逝だったことを初めて知りました。
三十一歳の生涯だったのですね。
私はさほど好きでもないアイスクリームが食べたくなりました。
そして、星座が同じだと知りました。
気にも留めたこともなかった星占い。
今日ももう残り半分以下だというのに今日の水瓶座の運勢を調べました。
最下位でした。
ラッキーアイテムは折りたたみ傘。
それから基次郎さん。
私、あなたの大ファンだって人たちが話す作品の印象から、勝手になで肩で透き通る雪のような肌の華奢な青年を想像していました。
でも、思いのほか屈強そうで安心しました。
そして、その強面からは想像もつかないほどの茶目っ気の持ち主だったのですね。
ミンミンゼミの物真似に、ところ構わず大声で歌を歌い出してしまう癖。
そうそう、宝塚もお好きだったのですね。
こういうの、今の言葉では“ギャップ萌え”と言うんです。
基次郎さんなら、何て言うんでしょうね?
“額縁に収まりきらぬ煌めきのその裏側もまた光を宿しているやうな”かしら?
まさかね。
無粋な私には到底……。
あなたが一九二〇年十二月十三日に見た夢!
現代の“腐女子”と称される方々を喜ばせるに相当する夢を見てらしたのですね。
私はそちらの方面には疎いものでその魅力たるや理解には苦しみましたが、夢を鮮明に覚えていてそれを引きずってしまうというところ共感いたしました。
夢ならばどれだけよかったでしょう。
この後、あなたは“美しき爆弾魔”ではなくなりました。
私はあなたのせいで有楽町駅が経験を伴わないトラウマとなってしまったのです。
──許さない。
空と君とのあいだに今日も冷たい雨が降るように、私と文学の間には相変わらず檸檬色の雨が降る。
それはほろ苦くて、傷にしみる。
じくじくと膿んでしまったところに追い討ちをかけてくる。
雨の有楽町。
図書室であなたに失望した日からもっともっと大人になった私は降りしきる雨の中、傘もささずにこう叫びました。
「やばい!カジロウのおしっこが降ってくる!」
宝塚帰りの、煌びやかな世界を引きずったままのマダムを一気に現実に引き戻し
同行していた仕事関係者の血の気を引かせた。
酒に酔った基次郎が有楽町駅のプラットフォームからガード下に向かって放尿した。
それが私の経験を伴わないトラウマとなった。
そして私はこの日、酒に酔ってそう叫んだのだった。
もちろん飲んだのは、輪切りのレモンがグラスに突き刺さったハイボール。
でも残念なことに、唇に当たっていたのはビー玉ではなく氷だったし、レモンの香りは全然しなかった。
それからね、私、あなたへの幻想を捨てたくないがあまり『檸檬』から目を背けてきた。
本当はもっと早くからわかっていたの。
あなたが爆弾魔ではないって。
あれは、レモン型爆弾ではなくて本物のレモンで、爆発はあなたの妄想。
美しき爆弾魔としてのあなたは、誤解を誤解のままにしておきたかった私の妄想。
檸檬のほのかに苦い香りと、目の醒めるような酸味を持ってしても、妄想に浸っていたかったのだ。
そんなことを、相変わらずの散らかった部屋で、とっ散らかった頭で考えているのだった。
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カジロウこと梶井基次郎の『檸檬』が元ネタの「レモンによる広範囲シャレオツ波状攻撃理論」についての話。
“レモン三部作”の一つ目。
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オペラを学びにイタリアへ?
レモンの山の前であのヤクザに再会?
ドタバタ買い出しストーリー。
“レモン三部作”の二作目。
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