世界なんてレモンひとつで変えてやる
私はまた、革命的な発見をしてしまった。
これはもう、パリコレランウェイでウォークしている冨永愛さんも我を忘れて振り返るくらいの大発見だ。
それは、
「オシャレな人の家には、レモンが転がっている」
である。
これを、「シャレオツレモンの法則」と呼ぶ。
具体的に家のどのあたりに転がっているかというと、台所・食卓である。
中級者はリビングに置かれた本棚の上、
やや上級者となれば玄関や階段脇のラック、
超上級者は寝室に置く。
レジェンドともなると風呂やトイレにまでレモンを配備する。
ここまで来ると訳がわからんぞなもし。
で、家の中にレモンを転がしている人は大概スパイスに並々ならぬこだわりを持っている。
大量のスパイスを標本のごとくコレクションしているのはもちろんのこと、
買ってきたままの瓶では我慢できないのが彼らの特徴だ。
百発百中レトロなガラス製の器に入れ替えている。
あの、素直なつるんとしたガラスではなく厚めのなめらかなざらつきなんて表現しか思いつかないアレだ!
そう、アレ!
そのアレの中にスパイス入れてる。
例えば、保育園の工作でクリスマスリースに貼り付けるくらいしか用途が思いつかない八角。
あの茶色い星形をやたらと大きいキャニスターに移し替えている。
それも、両手で抱えるようなサイズ感のやつ。
ローリエは大きめのジャムの瓶くらいのくすんだ銀色の、一発目で斜めになり、二発目で空振りして三発目でやっとしまる蓋付きの瓶にしまって下から二番目あたりの棚に置かれている。
クミンシードとか、カルダモン、シナモンといったわりと定番のスパイスはコルクで栓をするタイプの小瓶に入れてある。
梅雨時、たいていシナモンが不規則な塊を形成しがち。
で、この人たちの趣味はカレー作りとカレー屋さん巡り。
でも実は、専門店より喫茶店のカレーが狙い目!とドヤ顔で語る。
「目のつけどころがいいでしょ」なんてあまっちょろいもんじゃない。
「心の目ェ、かっぴらいて発見した世界の真理だぜ!」のドヤ顔。
……非常に反応に困る。
ここまでのドヤ顔を披露しておいて、“クリームソーダの写真を載せるためだけ”のインスタグラムのアカウントばかり更新する。
クリームソーダのグラスにもたれかかるのはカーリーヘアが特徴の小さな茶色いくまのマスコット。
名前はそうだな……ステファニーかサブロウ。
背中を結露に晒され続けて、そこだけ布地がパリッと固くなっている。
で、こやつらはすごいぞ。
カレージミなんて気にも留めない。
必要最低限の衣類しか持たないミニマリストを名乗り、手持ちは白T、白シャツ、白スウェット、白ブラウスだ。
アンミカさんがせっかく、白は二百色あんねんって教えてくれたのに、全部同じ白。
若干黄色混じりの、白。
多分、生地にターメリックあたりのスパイス練り込んでる。
それを着てカレーを食べに行く。
下は決まって全く色褪せていないネイビーの少々太めのストレートデニム。
ステッチの色はゴールド。
ベルトをしないのは、カレーの食べ歩きにかこつけたクリームソーダ及び硬めプリン食べ比べを円滑に進める意気込みの表れ。
そして、彼らの白は何色にも染まらない!
だからこの類の人たちは、インドに行ったことはあってもガンジス川での沐浴には憧れないし、シタールの音に惹かれることもない。
インド映画の唐突な歌と踊りにはドン引いているし、曼荼羅よりもまんだらけが好きなのだ。
インテリアだって北欧風にまとめるし、食後にはフェンネルシードではなくガムを噛む。
しかしこれ、裏を返せば
「どんな部屋でも、
レモンを転がせばオシャレに見える」
ということになるまいか?
どういうことかというと、
すでにシャレオツな部屋にレモンを置けばより洗練されしシャレオツに。
シャレオツ度皆無の部屋でもレモンを置けば途端にシャレオツになるということである。
これを「レモンによる広範囲シャレオツ波状攻撃理論」と呼ぶ。
さらにここに先日の正規の大発見「シャレオツバナナ理論」と組み合わせれば、最強にオシャレということになるではないか!
「オシャレな人の家の台所には、
バナナがぶら下がっている」
である。
これを「シャレオツバナナ理論」と呼ぶ。
と言うわけで、先週追加依頼したばかりで度々恐縮ではございますが、辞書編纂部各位につきましては国語辞典の次の版から【お洒落】の項目は是非とも以下のようにしていただければ幸いです。
お‐しゃれ【御洒落】
〘 名詞 〙(形動)
① みなりや化粧などを、洗練された、気のきいたものにしようと心を配ること。また、その人や、そのさま。おめかし。おしゃらく。「おしゃれをする」「おしゃれな人」
② 物、場所などが洗練されて気がきいているさま。
台所にバナナがぶら下がっているさま。
部屋にレモンが置かれているさま。←追加分
今回の「レモンによる広範囲シャレオツ波状攻撃理論」のいいところは、前回の「シャレオツバナナ理論」と比較して“置く場所を選ばない”という点である。
バナナの置き場所は台所と非常に限定的かつ、ぶら下げる道具を用意する必要があった。
しかし、「レモンによる広範囲シャレオツ波状攻撃理論」においては場所を選ばず、転がすだけ。
道具も使わないから実質レモンの代金のみでシャレオツになれてしまう!
つまり、レモンさえあればところ構わずシャレオツ!
ズボラでもシャレオツ!
なんて画期的なんだ!
バナナをぶら下げてレモンを転がす生活がどのようなものか解説しよう。
──カーテンをつけていない小窓から差し込む陽射しで目を覚ます。
「……おはよう」
モモカはまだ眠っているユキの白く長いトロンとした毛を撫でる。
陽の差し込むキッチンへ。
白い壁にはローズマリーとラベンダーのスワッグがかかっていて、その下には不自然なまでに黄色いバナナがスタンドに引っ掛けてある。
その下には、自由ヶ丘のビオセゾンで買った無農薬栽培レモンが置かれている。
そのレモンを重曹水で洗う。
まだ少し緑色の残るほの苦い香りのレモンを輪切りにしていく。
オールステンレスの包丁の銀色が硬い皮をスッとほどくと、にわかに爽やかさが躍り出る。
几帳面に五ミリの厚みに切りそろえていく。
「“意識高い系”なんて揶揄されるけれど、全部自分が自分でいるためにしていること。」
というテロップが流れる。
ちなみに、手書き風フォントで。
透明なマグカップに淹れた温かいルイボスティーに先程のレモンを浮かべる。
──モモカのVlogより抜粋
と言った具合にバナナぶら下げて、レモン転がすと、誰だかわからないけどモモカ(美容系インフルエンサー・二十七歳)になれます。
ちなみに残りの輪切りレモンはどうするかって、
蜂蜜漬けにして、午後になったら紅茶に入れる。
その蜂蜜レモン紅茶をあおりつつ、一枚五グラムのハイカカオチョコレートを一時間二十七分かけて食べる。
毎分〇.〇六グラム食べる計算だ。
忙しない!
「今日はあんまりお腹が空かない日」と無関係のシャインマスカット三粒の写真を撮り、インスタグラムのストーリーにアップする。
“イイネ”がつくのを待ちながら、ジェラートピケのもこもこルームウェアから指だけ出してピンク色のうるうるキラキラのネイルにうっとり。
なお、ぶら下げてあるバナナは朝ご飯のヨーグルトボウルに綺麗に並べられたり、“ヘルシーおやつ”として米粉やココアパウダー、ベーキングパウダーといっしょくたにされ、六百ワットで三分間レンチンされがちである。
ということを、白を基調としたキッチンに置かれた背もたれのない華奢な椅子に座りながら書いている。
というのは嘘だ。
そんな華奢な椅子に座ったら、今頃お客様相談センターに怒りの電話を入れるも
「お客様、それは“耐荷重オーバー”でございます。」
と返討ちをくらい、バラバラになった椅子の上で、ぐぬぬとぐぅの音すら出ないので、グゥゥと腹の音を鳴らすことになったに違いない。
いかんせん、体重二百キログラムだからな。
現実はこうだ。
右には『舞姫(森鷗外)』『ゴールデンスランバー(伊坂幸太郎)』『解剖生理学(医学書院)』タワーが、
左には『からだの地図帳(講談社)』『今日の治療薬2018(南江堂)』『グランブルーファンタジー グラフィックアーカイブⅣ』がスフィンクスのように恭しく鎮座している。
右側では、刻苦勉励をはき違えてタイムスリップしてきた森鴎外のせいで、伊坂幸太郎氏が伏線回収ではなく伏線の捏造を強いられ咽び泣いている。
左側では、空を巡る冒険の旅をする者の身体の中を冒険する“冒険マトリョーシカ”が転がっている。
ついでに冒険の途中に出会う回復アイテム一覧が載った書物まで。
なんという至れり尽せり!
真ん中にはダイナブックのナコちゃんがいて、そのキーボードの上には『破戒(島崎藤村)』、未使用のカラーコンタクトレンズ(赤・期限切れ)、隣の家のアラナイ改めジャスナイにもらった鴨のミニチュア、ネタ帳としてのロルバーンがピサの斜塔を形成。
その奥には『ふがいない僕は空を見た(窪美澄)』を右向け右の先頭に据え、『ノンタン』シリーズが十一冊が七十度ほど傾きながら凹凸を形成し見事なバランスで微動だにせず堂々と立っている。
その上には黒い犬のマスコットと未使用のカラーコンタクトレンズ(灰色)が乗っている。
よく見ると先頭の足元では『ワンワンのお弁当箱(プチ)』がひっくり返っている。
退廃的な男子高校生にもたれかかる幼き少年だった日々といった様相を見せる。
……こういうのをエモいって言うんだと思うぞ!
知らんけど!
ちなみに、『ふがいない……』は窪美澄さんのサイン入りだ。
これは、ただの自慢だ。
学生時代、現代文学の授業の特別ゲストで来てくれたんじゃ。
おん?
……レモンの皮の汁目ん玉にぶっかけるぞ?
臨むところだ!
やれるもんならやってみろ!
重力も、国境も、人種も、何もかも全て無視した空間で「レモンによる広範囲シャレオツ波状攻撃理論」を叫んでいる!
説得力?
そんなもんはスフィンクスに食われましたよ。
というカオス空間の中で書いている。
シャレオツとは縁遠い、コンセプト不明の空間で書いている。
当然のことながら、椅子は背もたれ付きで二百キログラムにも耐えられる屈強な椅子である。
年の瀬に、立つ瀬のない、いわゆる大掃除キャンセル界隈の戯言だと思って聞き流してくれたまえ。
ところで、“大掃除”というのはまた随分とはっきりしない言葉だとは思わないか?
何をもってして“大”などと謳っているんだ?
「虫嫌いの人にとってのハエトリグモと虫耐性ありの人にとってのハエトリグモ論」で説明しよう。
【虫嫌いの人にとってのハエトリグモと虫耐性ありの人にとってのハエトリグモ論】
ハエトリグモとは体長約5mmの比較的“小型”のクモである。
小型というのはあくまでも一般論であり、
虫嫌いの人からすれば、
「ギエエエエエエエエエエエエエエ! デッカい虫!」
である。
しかし、虫耐性のある人にとってはよく部屋に出る虫の中の一種類に過ぎず、大きいとも小さいとも感じない。
取るに足らないものである。
それらのことから、
モノの捉え方、感じ方はその人それぞれ異なり、物事の価値は普遍性を持たず、時と場合、状況に応じて変化するということを示す論。
例えば、小学校で“掃除”呼ばわりしている
机の上にひっくり返った椅子を乗せて床を掃いたり拭いたりする毎日やるアレ。
アレは、私からすれば結構な“大掃除”だったぞ。
だからな、小学校で“大掃除”と呼ばれている規模の掃除は私からすれば“ギガ掃除”くらいの感覚だった。
そこで私は考えた。
何か明確な基準を用いれば私のこの掃除の規模に関する違和感もおさまりがつくのではないかと。
まず、不服ではあるが一般的に“掃除”とされているものを基準点ゼロに配置する。
ゼロ掃除では済まないが現時点での大掃除に行きつかないレベルの掃除はメガ掃除としよう。
反対に、大して汚れていなくて拭き掃除はいらなそうな時はミリ掃除とする。
そして、いわゆる大掃除のワックスがけまでやるパターンの方をテラ掃除、ワックスがけなしのパターンをギガ掃除とする。
で、先生が会議とか保護者会の準備なんかで忙しい時に言う、
「適当に! ちゃちゃっと、そうちゃちゃっとやっちゃって!」
のちゃちゃっとの掃除をピコ掃除という具合に定めてみてはどうだろうか。
これなら先生が汚れの状況に合わせて
「今日はピコ掃除ですよ」とか「今からテラ掃除の担当箇所発表します」と言えるじゃろう?
具掃除の規模が児童・生徒に伝わり、心の準備も整っちゃうという算段だ。
どうよ!
何がどうよだ!
ここまで好き勝手に“シャレオツ理論”だの“波状攻撃”だのごちゃごちゃ言ってきたがどれもこれも、部屋のエントロピーが増大し続けているからいけないのだ。
【エントロピー】
熱力学や統計力学、情報理論などにおいて定義される示量性の状態量のひとつ。
無秩序な状態の度合い(=乱雑さ)を定量的に表す概念。
無秩序なほど高い値、秩序が保たれているほど低い値をとる。
「物事は放っておくと乱雑・無秩序・複雑な方向に向かい、自発的に元に戻ることはない」
と言う考え方をエントロピー増大の法則と呼ぶ。
「部屋の乱れは心の乱れ」とはよく言ったもので、まさしくその通りだ。
たったひとつ置かれた、今や初めのひとつがなんだったかも思い出せないその何かを筆頭に我が家のエントロピーは今もなお増大を続けている。
私の頭も同じだ。
今日はたったひとつ置かれた“レモン”という言葉でここまでエントロピーを増大させている。
もはや、エントロピーという言葉にすら腹が立ってくる。
そんな気取った名前してないで
「とっちらかり係数」とか「ぐちゃぐちゃ指数」みたいなわかりやすい名前にしておいていただきたい。
ギガ掃除で済むはずのないクエタ掃除(とても大きな掃除)が私を待ち構えている。
とはいえ私は希望を捨てたわけではない。
「レモンによる広範囲シャレオツ波状攻撃理論」によれば、部屋のあちこちにレモンを転がせば万事解決だ。
そうだ、レモン買いに行こう。
私はそう決意をした。
火曜日のことだった。
一縷の望みをかけ、エントロピー増大の渦の中にある自宅を飛び出す。
誰かの袋からこぼれ、急坂を転がり落ちるあの黄色くほろ苦いレモンのように、私は駆け出していた。
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クエタ柿の元ネタはこちら。
【参考資料】
◽︎Dreamscope
図解!エントロピー増大の法則とは?自発変化の方向を示す熱力学の金字塔
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