オシャレな奴ほどぶらさげたがる
世紀の大発見をした。
これはもう、全世界が嘆息するに決まっている。
そんな法則を私は見つけてしまった。
「オシャレな人の家の台所には、
バナナがぶら下がっている」
である。
これを「シャレオツバナナ理論」と呼ぶ。
要するに、
オシャレな人ほど台所にバナナをぶら下げたがる習性を持ち、
バナナがぶら下がっている台所はオシャレであり、
台所にバナナをぶら下げることがオシャレの証なのだ。
つまりオシャレな人はバナナを単なる果物としてではなくオシャレアイテムの一環としてお買い求めということである。
と言うわけで、辞書編纂部各位につきましては、国語辞典の次の版から【お洒落】の項目は是非とも以下のようにしていただければ幸いである。
お‐しゃれ【御洒落】
〘 名詞 〙(形動)
① みなりや化粧などを、洗練された、気のきいたものにしようと心を配ること。また、その人や、そのさま。おめかし。おしゃらく。「おしゃれをする」「おしゃれな人」
② 物、場所などが洗練されて気がきいているさま。台所にバナナがぶら下がっているさま。
いかがだろうか!
途端に【お洒落】の解像度が上がったのではないだろうか!
※感じ方には個人差があります。
そして、台所にバナナをぶら下げている家の子どものランドセルはおおむね茶色である。
実はこれ、母親の押し付けなのだ。
本当はエナメルブラックとか淡いピンク色のランドセルが欲しいけれど
聖母マリアのような微笑みから透けて見えるタルタロスの無慈悲かつ全ての表情が抜け落ちたような顔を垣間見て己の欲望を言葉にすることなく甘んじて茶色のランドセルを背負うのだ。
“母には逆らえぬ”という運命と共に。
さらに、ほとんどのケースで四歳差で二人の兄弟姉妹。
「おいくつですか?」と聞かれ、父親の腹部に顔を埋めてもじもじしている妹の代わりに「四歳です」と答える八歳の兄、と言った具合だ。
なお、この場合妹は制服のある幼稚園に通っていて帽子は白。
通園バッグは指定で、紺と深緑のタータンチェックのショルダーバッグで肩紐は深い茶色。
極めて牛革によく似せた合成皮革でできていて、ジッパーは必ず最初の五センチのところで一回ひっかかる。
汚れ物やタオル類を運ぶサブバッグポジションの手提げ袋は母親のお手製。
布は独自のルートで仕入れてきたmarimekko社のボットナ柄。
四歳の娘がこの柄を
「カエルさん、いっぱーい!」
と言う度にこの母親は、ギシギシの作り笑顔で
「ンフフ……イチカちゃん、これはね、蓮の葉っぱだよ。」
とたしなめる。
晩秋の昼下がり、蓋のない空に温度を奪われていく東京の片隅の小洒落たカフェで私たちは向かい合っている。
天井からは、ローズマリーやスプレーローズのスワッグが無数にぶら下がっている。
私は先程の棒餃子の熱狂冷めやらぬままにニンニク臭と怒涛の「シャレオツバナナ理論」を猛然と噴射している。
目の前ではトゥーンが顔をしかめ、凹めた口からフゥーっと息を吐き、私からまろび出たニンニク臭を押し返す。
その手は忙しく、ホットコーヒーに一つ目の角砂糖を落としたところだ。
「ねえ、そんなに人んち行くの? 友だちなんてほとんどいないのに?」
図星。
この女は昔からそうだ。
何の遠慮もなしに、事実を温度も質感もそのままに突きつけてくる。
「ええ、ええ。友人なんてほとんどおりません。人んちにも行きません。自分の家ででいっぱいだもの。」
アイスコーヒーの香りをガラガラとかき混ぜながら、わざと拗ねたように答える。
「それにしては随分、見てきたかのように言うんだもん。」
「ああ。だって見てるもん。」
「え? 怖いんだけど……」
隣のテーブルでお花の乗った可愛らしいクレープの写真を撮り続けていた女性が、左耳にウェーブがかった髪をかける。
その向かいに座る女性の右耳では、てっぺんに十字架が突き刺さったオーブが揺れる。
「土曜日の朝四時二十五分……」
「世のシニア世代が五度目のトイレに起きて絶望するくらいの時間だな!」
「その絶望も込みで私は見ている……」
トゥーンは唾を呑む。
彼女の心境に反し、コーヒーの湯気はゆったりと流れる。
「ご自宅拝見リアリティーショーをな!」
「なにその若い子たちが熱狂してる番組みたいな言い方! 何だっけ! テラスハウス! バチェラー! あいのり!」
「断じてNoだ!」
なお、全部観たことがない。
否、テラスハウスだけは見たことがある。
最近、近所にできた。
駐車場と見せかけて突如として建っていた。
戸建てちぎりパンことテラスハウスが!
「“渡辺篤史の建物探訪”だ!
合法的に人様の家の解剖を垣間見ることができる! 場合によってはアツシが服のまま人んちの湯船に入って、湯もないのに旅番組常連俳優顔負けの“クゥゥゥゥ!”顔を披露する!」
私は鼻息荒めに語る。
鼻息までもがニンニク臭い。
──時折、浴槽に湯を張っている家があるが、
アレは絶対にアツシ避けだと俺は信じてやまない。
※すまない、興奮の余り京大ラグビー部あたりの「漢」の魂が乗り移って一人称が“俺”になった!
アツシにクゥゥゥゥ!顔を披露させない家の台所にもやはりバナナがぶら下がっている。
トゥーンは店主いちおしのバナナのパウンドケーキを口に運ぶ。
「ちょっとこれ一口食べてみ? 砂糖入ってないとか信じられないよ?」
……砂糖が居場所を失くし、泣き出しそうなほどに甘い。
それこそ、存在意義を求めて自分探しの旅に出てしまうのではないかと心配になる程だ。
しかし、シャレオツの家のバナナは不自然なまでに黄色いのだ。
とかく、シロモノ家電のアイデンティティを奪われし黒い冷蔵庫の冷凍室でアサイーを凍らせ、黒くて四角い炊飯器で酵素玄米を炊き、バルミューダのK09Aでグルテンフリーのバナナ蒸しパンを作る家のぶら下がりバナナに至っては黄色ですらない。
緑だ。
早稲か?
早稲のバナナなのか?
ぶら下がるバナナにはシュガースポットが存在しないことが常だ。
シャレオツの家では糖度が高まらないのか、奴らはバナナをぶら下げることのみでは飽き足らず常に糖度低めですましているのか?
はたまた、絶対にシュガースポットが発生しないぶら下げ専用バナナなるものが存在するのか?
すっかり身体は冷え切っているが、我が頭は燃えるように熱い。
コンクリート打ちっぱなしの壁で冷やしたいほどに。
「ただいま!」
玄関から元気な声とバタバタという足音が転がり込んでくる。
「おかえりー!」
慌てて玄関へと走るシャレオツ。
そこには茶色のランドセルがほっぽってある。
シャレオツは神経質にそれを白い棚に入れてから、
手を洗う息子の背中に語気荒めに言葉を浴びせる。
「ねえ、ユウタ!ランドセルはちゃんと棚に入れてって言っ……」
振り向いた彼の瞳はシャレオツの身体を真っ二つに切り裂いた。
また手を洗い始めたユウタは、穏やかな声で言う。
「わかった、ごめんねママ。明日はちゃんとするから。」
取り繕うようにシャレオツは、
「そうだ、バナナ蒸しパン作ったの。おやつにどうかなって……」
と尋ねる。
「あ……」
ユウタが口を開くよりも前に、窓の外に幼稚園バスを見つけてドアを開けに行くシャレオツ。
「んー! ママー! いい匂いだねえ! おやつ? ケーキ?」
イチカは手も洗わずに食卓へと駆けていく。
「イチカちゃん! お手て洗うよ!」
「やあだー! 食べるのー!」
「お手て洗って、うがいもしてからね。」
蒸しパンにありついたイチカは、
「おいしいね、ママ! 甘いね、ケーキ! おいしいね!」
とニコニコしている。
無邪気に頬張っては、テーブルを汚している。
蒸しパンを乗せた皿も、口へと運ぶフォークも誰のものかなど気にも留めずに。
ユウタはそんな階下の様子を音だけで辿っていた。
「……嘘つき。」
ポツリと独り言をこぼす。
台所のゴミ箱では、不自然なまでに黄色いバナナの皮が眠っている。
ココットに僅かに残る砂糖を、小さな蟻が運び出している。
この偏見のせいで、茶色いランドセルを背負っている子どもを見ると
「ああ、この子の家の台所にはバナナがぶら下がっているのだろうな……」
と人様の家の台所のバナナの所在を想像してしまう。
そして、本音宙ぶらりんな上辺だけの家族関係などを思い浮かべて勝手にダメージをくらうなどしている。
なお、我が家のバナナは言わずもがな、ぶら下がってはいない。
急速冷凍室でカチコチの冷凍睡眠真っ只中だ。
もはや皮もないぞ!
見ぐるみ全部剥がされて、デビュー当時の嵐も開いた口が塞がらなくなるほどのスケスケ衣装をまとって眠っている。
「ところで……」
冷め切ったコーヒーを飲み干したトゥーンが口を開く。
「ん?」
すっかり薄まったコーヒーを飲み干しながら私はあいづち代わりの疑問符をそこに置く。
「一体、私たちは何を話してたの?」
すっかり宙ぶらりんになったのは、私たちが今日集った理由だ。
“おでんでも食べながらおディーン様の話をしようや”
シャレオツとは縁遠い私と、それに巻き込まれたトゥーンの目的はローズマリーのスワッグとともに店の天井からぶら下がり、エアコンの風に揺らぎ続けていた。
ところで、私は金曜日にシャレオツ御用達の雑誌『Harper's BAZAAR』を購入したと言ったな。
しかも、『BAILA』と間違えて。
その上、書店で屁をこいてさながら爆発事件だったとお伝えしたはずだ。
そのシャレオツ雑誌によると、今期の私のラッキーアイテムが1,386,000円らしいのだ。
目ん玉が飛び出した。
先程ようやく左目を見つけてぴたりとはめたところだが、右目がまだ見つからない。
恐らくどこかでアイデンティティを探しているのだろうが、見かけたら教えてくれよな!
というわけで、左目だけで『Harper's BAZAAR』を読んでいる!
うーむ。
シャレオツ御用達雑誌を読んだとて、
我が家の台所にバナナがぶら下がることはない。
シャレオツは一日にしてならず、だな。
否、読み始めてから三日ほど経つが……
テレビの中の総理大臣がぶら下がり会見に応じる様子を横目に、クリスマスツリーに飾りをぶら下げる。
そろそろ、そんな季節だろうか。
↑
屁で書店を吹っ飛ばしかけた日の話。
【参考資料】
◽︎marimekko
ボットナ
◽︎テレビ朝日
渡辺篤史の建物探訪
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