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売切れ御免!任侠レモネード

──今日は火曜日。
ここはイタリア、パピニアーノ通りマーケット。
行き交う人々の笑顔弾けるサンタゴスティーノ広場に積み上がる果物や野菜、チーズにお魚!
青空のもと、お買い物日和。

おしゃれな人の家に飾ってありそうなアーティチョークに、アニメの世界から飛び出して来たみたいなチーズ。
見慣れない食材の中、燦然と輝く“Daikon”の文字!
真っ白で、頭の方がペリドット……
私の故郷、ジャッポーネのマーケットでは見ない日はなかったけれどこっちに来てからは久しぶり。
再会を歓び陽気にカンツォーネなんか歌いながら、私は星のように輝くレモンをひとつ、手に取りそこの店主に尋ねるの。
Quanto costaこれ、おいくら?」って。
本当は値段なんて関係なくて、買うことは決めているのに覚えたてのイタリア語を試してみたくて。
そう、赤ん坊が「まんま、まんま」と言い続けるみたいに。
店主の答えは覚えていないけれど、これだけははっきり覚えてる。

Prendo questoこれ、買います.」って、チョコレートみたいな硬貨と引き換えにその楕円形のお星様を手に入れたの。

私、嬉しくてそのレモンを空に向かって両手で何度も浮かせた!
その度にね、空の青とレモンの黄色が互いを弾き返すみたいにしてお星様が私の手に戻ってくる。
それが嬉しくて、何度も何度も繰り返した。

──ではない!
いかんぜよ!

オペラを学びにイタリアに留学しに行った音楽大学卒業後鳴かず飛ばずの歌手生活を送る二十六歳、東京都狛江市出身の瀬田葉月(仮名・テンションはデフォルトでハイ)が憑依しておったわい。

オペラなんざ学んだこともなければイタリアは愚か日本から出たこともないし、多摩地区の分際で市外局番「03」を名乗っちまういけすかねえ狛江市の出身でもなけりゃ二十六歳でもない!
そもそも、テンションはデフォルトでロウだ。
信じてくれ、ロウだ。

そもそも、食べ物を投げるな。
あと三千歩くらい譲って、上空に向かって軽く放ることくらいは許容してやったとする。
だが、運動神経に永久ブロック注射を打たれているこの私がレモンなんか投げてみろ。
誰かの頭にぶち当たって即刻訴えられるに決まっている。
それであれだ。
私がレモンをポンポンポンポン投げている動画が拡散されて大炎上。
からの、西山ダディダディを華麗に踊らされる未来しか見えん!
実際の私はあんなキレッキレのダンス、できないんだがな!
運動神経、ブロック注射打たれてるから!

──思い返せば火曜日、そこは東京の廃れた町。
雲が万年床のせんべい布団の如く重苦しく空を塞いでいる。
行き交う人は皆、墓場から這い出して来たような顔でカートをガラガラ押している。

見慣れた塩昆布の束に、
雪崩が起きそうなほどに積み上げられた新鮮キャベツに……

見慣れた長ネギの隣に燦然と輝くレモンの山!
その傍らに、ヤクザ映画から飛び出して来たみたいなコワモテ×2!

……おん?
どこかでお会いしたような。

どこかではない、ここでだ。
以前ここでお会いしたサラメシに感化された建築会社社長(推定)だ。

サラメシに感化された建設会社社長(推定)
見るからに反社だがこれは……
この辺りの建設会社の社長と睨んだ!
それも、「サラメシ」に感化されたタイプの社長だ。
社員の心は、ボーナスでも福利厚生でもなく、胃袋から掴んでいく。
社訓は「よく食べ、よく建て、よく笑え」

「鉤括弧内に、人生あり」

今日もヤクザ映画のお手本みたいな顔面で、柄の悪さとしてのヴィジュが良い!
ブリオーニのライトグレーのダブルブレストスーツがよくキマッている。

そして今日はご自身の七十一%縮小コピーといった風貌の子分を引き連れている。
子分はステューシーのグレーのスウェットに右耳に厳ついピアス、ヤンキー映画の中から飛び出して来たような反り腰、猫背、両手ポッケ突っ込みポーズが最高にキマッている。

「オヤジ! これなんかどうだ?」
「そいつぁダメだ! おめぇどこに目ェつけてんだよ! ちょっと傷んでんだろうがよ!」

ちょっとちょっと、平日真っ昼間……いくらせんべい布団みたいな雲のおかげで暗いからって午前中のスーパーで白昼堂々内部抗争はやめてくれよ……

人をとって喰いそうなほどの悪人ヅラに怯むことなく馴れ馴れしい口の利き方をしているということはさてはコヤツ、さてはこの男の息子だな?
オヤジっちゅうのは親分的な意味じゃなくてリアルオヤジ=父ってことだな?

そう。
親子……

いや、あの、輝かしいレモンを前に親子喧嘩もやめてくれよ!

それ二十年くらい前に遡れば、
「パァパァァァァァァァア!!!! アンパンマンチョコ買ってよ゛お゛お゛お゛お゛!!!!」
「だめだ! ママに言われているだろう! 歯を! 歯を守りたくないんか? って!」
「でえもおおおおお!!!!」
のやつだろ!

私の妄想の暴走が止まらなくなるから一刻も早くやめてくれ。

という願いも虚しく、コワモテマトリョーシカ親子はレモンの前で腕組み&仁王立ち。

私は例によって、バナナの影から動向を見守る。

「なあ。何個くらい必要なんだよ。」
「そうだな、最低でも二十はいるだろうな。」

一体、二十個ものレモンをどうするっていうんだ?
……もしや、前日私が脳内で唱えた例の、
どんな部屋でもシャレオツにしちまう魔法みたいなあの理論、
レモンによる広範囲シャレオツ波状攻撃理論」を実践するつもりじゃなかろうな?

レモンによる広範囲シャレオツ波状攻撃理論
場所を選ばず、レモンを転がすだけでその空間がオシャレになるという理論。
道具も使わないから実質レモンの代金のみでシャレオツになれてしまう、コスパのいいお部屋垢け術。
部屋のエントロピーの増大を、物を減らすことなく停止させられる可能性を秘めている。

Yomopedia

どこから情報が漏れた……?
まさか、私の脳がハッキングされている?

もしや、あれはフロント企業……?
そうか。
社員を胃袋から掴んで逃さないってのは隠喩で、いざとなったらお前の腎臓売っぱらってでも……的なアレだったのか……

前回作っていた本格的にプカティーニを使ったアマトリチャーナ……
あれは私の勘違いで、実際に作られていたのは
アッラッサッシーナ……暗殺者のパスタ?

そんな「わかってんだろうな?」みたいな圧の強いランチ、いくらなんでも怖すぎる。

今私の頭に浮かんでいるのは、
背中に龍と虎の刺繍が入ったスカジャンの金髪ロン毛と、ピッチピチの黒スーツのテカテカオールバックと、腕に桜吹雪のマグニチュード八.四のスキンヘッドが揃いも揃って銀のフォークで口周りを真っ赤にしてパスタに舌鼓を打っている光景だ。

「ウンメェ!! さすがオヤっさん!!」
タツはスカジャンの袖を膝上までまくり上げている。
その左隣ではギンジがズルズルと麺を啜り上げている。
暗殺者のパスタ特有の、焦げたトマトソースがあたりに飛び散っている。

「ギンジさん、一体どういうおつもりでしょうか? パスタというものはこのように、クルクルと……」

「おうおうユタカ、おめえつまんねえ男だなあ……せっかくオヤっさんが作ってくれたもんをよお、ルールだあマナーだあってうるさくされたんじゃ味もしねえってもんだろう? そりゃねえよ!」
左に向かって凄まじいニンニク臭を放ったのちギンジはその太い腕を動かし再び麺を吸い込んでいく。

「ですが……」
ユタカは神経質にテーブルを拭きながら、足を洗うタイミングを入念にシミュレーションしている。

「ユタカ、おめえちょっとツラ見せてみろ?」
鳩尾が背中側に吸い込まれるような嫌な感覚があった。
何か悟られているのではないかとなるべく目を見ないように声の主の方へ顔を向ける。

「うっ………うわあ!!!!」

「うおおおお!!!! なんだよ!! 何だってんだよ!!!!」

よからぬことを考えていたせいか、タツの真っ赤に染まった口元にピントが合ってしまった。

「だ……大丈夫ですか?!」

ユタカの頭に浮かんでいたのは、スプラッター映画のワンシーンと格好をつけて刃物を舐めた挙句舌を切って大騒ぎするタツの姿だった。

「あ?! いや、お前が大丈夫なのか?!」

こんなトンチキ騒ぎの真ん中に鎮座しながらも動じず、相変わらずパスタを巻けないギンジは“昼時のラーメン屋でのひとコマ”のサウンドエフェクトを量産し続けている。

ユタカは心臓の嫌な昂りを抑えるべく、パスタを巻き始めた。
鼓動に合わせて手が震え、フォークはパスタででっぷりとしていく。
まるで右隣でズルズル音を立てている男のように。
途端に面白くなったユタカはそのでっぷりとしたフォークを口の前に持って来て、ゲラゲラと笑い出した。

その笑いは段階的に伝染し、全員がゲラゲラと笑い始める。

「おい! ユタカ! おめえ食い方下手だな! 口真っ赤だぞ!」
「タツさんこそ!」
「うわー! ギンジさん! 血だるまじゃないですか?」

台所では彼らの笑い声を左口角をピクピクさせながら聞いている男がいる。
シャッ……シャッ……
砥石の上を鋭い銀色の光が行ったり来たりを繰り返す……

「あのう……」
「え?」
「あのう……」

控えめなマダムがバナナと私との間に申し訳なさそうな視線を走らせている。
私はハッとして、
「すみませんでした!」
とさながら女子バレー部の如く歯切れのいい謝罪をした。
……人生において運動部に入ったことのないこの私から繰り出されたとは思えない、とても気合の入った「すみませんでした!」だ。
なぜ録音しておかなかったのだろう!
激しく後悔している。

「ところでおめえ、ハチミツが足りねえんじゃねえか?」
レモンを睨みつけながらオヤジが問う。

「そりゃあそうだろ! オヤジが毎日毎日飽きもせずヨーグルトにばかすかかけてんだならな! もうねえよ! プーさんだってあんなに食わねえよ!」
「誰がプーさんだゴルァ!」

──二人の前のレモンの山が、汚い金か何かに見えて来た。

「そもそもオヤジ、知ってんのか? ミツバチはな、一生に一グラムしかハチミツ作れねえんだよ!」
「あ?」
「俺はな、オヤジがバカみてえにヨーグルトにハチミツかけるたびに心を傷めてんだよ!」
「ああ……」
「そもそも比率がおかしいんだよ! なんでヨーグルトが三でハチミツが七なんだよ! 逆だろ逆!」
「おお……」
「ああとかおおとか言ってねえではっきりしろや!」

息子の地雷を踏み抜きまくっていた父レモンの山の前で怒られる、の図。
──地獄絵図。

「じゃあメープルシロップ買って帰るか?」
「それじゃあレモネードになんねえだろうがよ! そこはハチミツでいいんだよ!」

れ……レモネード……?

もしや新しいシノギ……?

スカジャン金髪のタツに、インテリスーツのユタカ、マグニチュードギンジが揃いの黄色いエプロンをつけて屋台に立つ。

「っしゃい! コワモテレモネードだよ!」
とタツの軽快な声が響く。

いや、やめてくれ。

突然のコワモテレモネードスタンドはもう……
息ができない。
私の顔面が暗殺者のパスタ色に染まる。

彼らの会話は順調に私の身を滅ぼしていく。

「柿、買ってくか?」
「なんでだよおめえ、柿なんか庭に腐るほどなってるだろうがよ! もいで食え!」
「もう腐ってんだよ、腐るほどなってるも何も腐ってんだよ!」
「失礼だな! 腐ってねえから! 帰ったら見てみろ!」

幼き日に買ってもらえなかったアンパンマンチョコ、そして今日買ってもらえなかった柿。
切ねえ……切ねえよ……

その後も、鶏胸肉をカゴに投入した途端息子に
「シケてんな、モモ肉にしようぜ!」
と言われるも頑なに胸肉を貫くオヤジ。

いや、わかるよ。
竜田揚げは胸肉に限るよな!
タルタルコースがギトギトだからな!
何事もバランスだ。

それにしてもなぜ、あのスーパーは私に平穏に買い物をさせてくれないのだ。

風神と雷神のスイーツパラダイスとか、アボカドを巡るおじいさんとコワモテの死闘とか、コワモテ・レモネードスタンド(New)とか。

これ、全部店の仕業で私が毎週切り干し大根十パックとかいう変な買い方するから追っ払おうとしている……?

まあそれはいい。
来週も行く。
懲りずに行く。

「なあ、オヤジ。ハチさんのぬいぐるみ、覚えてっか?」
「ああ、あのミツバチのな。」
「五歳の誕生日にサンタのジジイからもらったぬいぐるみだ。」
「おめえあれがねえと眠れなかったよな。ばあさんちに忘れて来た時なんか大泣きしてな。やまびこで帰って来たのにおめえと二人でタクシーでまた福島にとんぼ返りしたんさな。」
「……ありがとな。」
「なんか言ったか?」
「言わねえよ! 幻聴かよ、危ねえな! たまには病院行けよ!」

息子のペシャンコのクラッチバッグの一部に見える妙な膨らみの中で、アニマル柄のセーターを着せられたハチさんがあの時と変わらず優しく微笑んでいるのだった。

(完)

──でもあの日私、本当は別に必要なものがあったの。
空の青とレモンの黄色のコントラストに心を奪われて目的まで見失って。
でもそれでよかった。
私、オペラはすっぱりやめてリモナータを作るわ!
本場のリモナータを、日本に伝える。
それが今の私の目標。
待っててね、ジャッポーネ。
帰国したら私、キッチンカーを買って移動式のリモナータスタンドをやるわ。
必ずよ!

イタリアより愛を込めて。

葉月

今日は土曜日。
金曜日の浮かれた夜と地続きの土曜日の夜。
空にはスーパームーンが自己主張強めに居座っている。
隣の家の屋根瓦にレモン色の光を落としながら。


それにしたってレモン二十個超も買ってレモネードって一体どういうことだ?
つい、この近辺の週末のイベント情報を検索してしまう自分の好奇心が嫌になる。

いや、これはやっぱりリアルにレモネードスタンドやるのでは?

やるなら俺も手伝うぜ!
かつて灰色の枢機卿Серый кардиналと呼ばれた……男に似ていると言われたこの俺が!
レモネード作りを手伝うと言っている!

そんなことを言っていたらすっかりレモンを買い忘れた。

よって、我が家のエントロピーは増大し続けることとなった。

「レモンによる広範囲シャレオツ波状攻撃理論」を解明するためにも来週こそは必ずやレモンを手に入れよう。

実験結果は追って報告する。
続報を待たれよ!



風神と雷神がバナナスイーツをつくるぞ。

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