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【短編小説】男は砂糖菓子が好き


缶の中の楽園

ケロンパ
(6000文字)


男は砂糖菓子みたいな女の子が好き。
ふわふわしていて、庇護欲をくすぐるような可愛い子ちゃん。
でも、うまく役をこなさないと、男はすぐ別のお菓子を探しに行く。

だけど、美味しいところを持っていくのは、あたし。

ほら、見てみて。
すごい王子様、捕まえちゃったんだから。
自分でも快挙だと思っている。

働いているカフェの常連さん。

11月の夜。
店内にも空席はあるのに、彼はいつものようにテラス席へ座った。

軽やかにパソコンを打ちながら、コーヒーを飲む。
もっと寒い日でも、ビニールカーテンさえ下りていれば外を選ぶ人だった。

テラス席を好む、ワンランク上の大人の男。

他のひとり客と違って、ちらりと探るような目を絶対にあたしへ向けてこない。
都会の空気に馴染みきった横顔だった。

でも、その日の彼は少し様子が違った。
手のひらを擦り合わせながら、小さく息を吐く。
白い息が、夜のテラスへ溶けていった。

あたしはエプロンのポケットへ手を突っ込んだ。

「これ、使う?」

少し親しげな口調にしたのは、わざとだ。
差し出したホカロンを見て、その人が少しだけ目を丸くする。

多分、あたしをちゃんと見てくれたのは、その時が初めて。
いつも隙なんて見せない人が、あの夜は少しだけもろかった。

普段なら絶対、手の入らないような人。

あたしは、付け入った自覚がある。

でも、それの何が悪いの?
罠を仕掛けなきゃ、欲しいものなんて手に入らない。


——気づけば彼氏になった鉄男が、
スノーボードへ連れて行ってくれた。

一緒にきたのは、学生時代からの仲間らしい。

あたしの友人達とは、明らかに人種が違った。

別に、いじわるをされたわけじゃない。
でも、遠巻きに向けられる好奇心の視線。
すぐに分かった。

――あ、比べられてる。多分、前の彼女と。

みんな品はいい。
でも、男が放っておかないタイプの女はひとりもいなかった。

田舎の公立高校のマドンナ、なめるな。
男なんて結局、若くて愛嬌のある女に弱い。
鉄男の男友達も、どこかあたしを甘やかすような目を向けてくる。

下剋上なんだから。
女は、顔と愛嬌。


洒落たオフィスビルと高級マンションが並ぶ街。
鉄男のマンションもそんな一角にあった。
カフェからも歩ける距離。

忙しい彼は、それでも月に二、三回部屋に招いてくれた。

ひとりには贅沢な1LDK。
バスルームの広さに驚いた。

生活感は全くない。

いくつか無造作に置かれた一眼レフだけが、
鉄男って人を少しだけ部屋に置き去りにしていた。

独り暮らしには不釣り合いな対面式キッチン。

部屋で過ごす時は、よくデリバリを頼んだ。
寿司、ローストビーフ、洒落た中華。

男は胃袋でつかむもんだ。
「今日はハンバーグ作ろっか。買い出し行こ? ね?」

床暖房の効いた部屋。
半袖の部屋着に着替えた鉄男の腕を、あたしは軽く揺すった。

スーツの下には不釣り合いな、少し色づいた腕。
東京の冬には場違いな肌だった。

スーパーという言葉が似合わない洒落た食品街。

ひき肉は三百グラムを少し超えていた。値札は四桁。

どうせ鉄男が払う。
分かっていても、うかつだった。

つい、割引シールの貼られた肉をかごへ放り込む。

もともと高い肉だ。
三割引きなら、引かれる額も大きい。

あ、この時間シール沢山。

カートを押す鉄男の前を、満足げに歩いていると、
後ろから押し殺した笑い声が聞こえた。

――あ。

いつものスーパーなら、割引商品から消えていく。
でもここでは、むしろ避けられていた。

鉄男が、あたしの好きなプリンを差し出してくる。
黄色いシールが貼ってあった。

「ほら、美緒が好きなヤツ」

シールのことを言っているのか、プリンのことを言っているのか。

でも、多分。
今までで一番、鉄男は楽しそうに笑っていた。

心の奥が、少しだけポカポカする。
だけど、なめられちゃいけない。

明日の朝の食パンは、一番高いやつを選んだ。
もちろん、シールの貼っていないやつ。


鉄男の部屋にはカメラが溢れているのに、
それであたしを撮ってくれたことは一度もない。

悔しくて、こないだマンション前の公園で並んで自撮りをした。
銀杏が綺麗だったから。

「スマホで自撮りなんてしたことないよ」

鉄男は少し困ったように笑っていた。

そのまま散歩していると、雑貨屋のウィンドウに素敵なフォトフレームが飾られていた。

「ね、あれ欲しい」

鉄男は、どこへ行っても大抵おごってくれる。
でも、物をねだったのは初めてだった。

これから少しずつ、おねだりを覚えていこうとは思う。
でも、今欲しいのはこれだった。

店に入って手に取る。
値札は一万三千円。

少しひるんでいると、横から鉄男の手が伸びてきて、そのままレジへ運ばれた。

「贈り物になさいますか?」
「あ、すぐ使うので」

そのやり取りが、妙に嬉しかった。

彼の日常へ、自分が少し入り込めた気がした。


それは不意打ちだった。

幸せのレベルを上げると、
いつだって神様は急にやる気を出して落としにくる。

鉄男がシャワーを浴びている間、甘いものが欲しくなった。
ちょっと食いしん坊なあたしは、棚の上にある四角い缶へ目をつける。

背伸びして引っ張り出した缶は、思ったより軽かった。
クッキーかもしれない。一枚くらい食べてもバレないでしょ。

呆気ないほど簡単に蓋が開く。

――日本じゃない?

最初、ポストカードかと思った。

あおいゼリーみたいに、ぷるんと甘そうな海。
鮮やかな南国の花。
鬱蒼とした緑に囲まれた小さなコテージ。

オンナがいる。

……あ、ちょっと無理って思った。
何この女。レベル高すぎ。ラスボスかよ。

写真の中の彼女は、鉄男の前で全然媚びていない。
大きな口を開けて笑っているだけなのに、女のあたしでも目を奪われるってどういうこと?

三脚でも使ったのか、少し離れた場所から撮られた二人の写真もあった。
写真の中の鉄男は、今より少しだけ幸せそうだった。

誰にだって過去はある。

あたしは缶を棚へ戻し、リビングに飾られた二人のフォトフレームへ視線を流した。

——ほら、仲良しさん。

大丈夫。
もうすぐ鉄男がバスルームから出てくる。

今夜、彼のベッドの隣で眠るのはあたしなんだから。


明日はカフェの朝番だ。

「先に寝てなよ」

シャワーを浴びたばかりだというのに、持ち帰った仕事へ目を通しながら鉄男が言う。

たまに泊まりに来たからって、彼はガツガツとあたしを求めたりしない。
それが目的じゃないんだっていう安心感と、少しの物足りなさ。

でも今夜は、おねだりしてベッドへ引っ張り込める空気じゃないなって察した。

「おやすみなさい。あんまり遅くならないで寝てね」

リビングの扉を閉め、廊下を抜けて寝室へ入る。

ひとりのベッドはひんやりしていた。

目を閉じると、さっき覗き見してしまった写真の景色が脳裏をよぎる。

ゼリーの海。
小さなコテージ。
子供のころ憧れていたハネムーンの景色と同じ。

一時間経っても眠れなかった。
まるで熱帯の日差しに照らされているみたいに、喉が渇く。

そっと寝室を抜け出し、忍び足でリビングへ近づいた。
ガラスのはめ込まれた扉の向こうに、
リビングの灯りがぼんやり滲んでいる。
突然開けて驚かせちゃおうかな、なんて。

その時、扉の向こうでスマホの着信音が響いた。

夜中の十二時過ぎ。
いくら何でも仕事の電話って時間じゃない。

「……酔ってるのか?」

鉄男の低い声。
探るみたいな声音だった。

「俺が断ったら、他の男に電話するのか?」

小さなため息。

「俺、今付き合ってる女がいるんだ」

――あ、あたしのこと。

「……知ってて誘ってんのかよ」

呆れたような声。

「ふざけんな」

こんな怒った声、初めて聞いた。
次の瞬間、ソファーへスマホを投げる音が響いた。

きっと、あの女だ。

今さら何なの?
いい気味。
鉄男は、あたしがいるってちゃんと言った。

あたしの勝ち。
ラスボスは思ったより弱っちかった。

――なのに。

鉄男がスマホを拾い上げ、ためらうように画面へ触れた。

――裏切者。

「アッコ……お前が考えろよ、言い訳」

低く、掠れた声。
――女の名前、インプットした。アッコ。

「彼女への言い訳。一週間いなくなって、真っ黒で帰ってくる理由。俺、そういうの考えるの苦手でさ」

不機嫌な声。

「俺だって行きたくて、うずうずしてんだよ。アイツと行くわけにいかないだろ」

――あ、あそこに行くつもりなんだ。

渇いた喉のまま、そっとベッドへ戻った。

間抜けな男。
みんな筒抜けだ。

あの女に、どんな嘘をつけって吹き込まれたんだろう。
あたしに、鉄男はどんな言い訳をするんだろう。

――『アイツと行くわけにいかないだろ』

鉄男はあそこへ行きたいだけ。
それは理解できる。だって、あんな場所なんだもん。
あたしを連れていかないのは、気を使っているだけ。

男の子って、大人になってもやんちゃだ。

大丈夫。
うまくやらなくっちゃ。

ほんの少しだけお灸を据えて、自由すぎる手足に小さな輪っかをつけるくらいでいい。


朝、リビングへ入ると、鉄男はすでにテーブルでコーヒーを飲んでいた。

ベッドに来なかったよね。
一晩中、言い訳でも考えていたのかな。

少しけなげで、愛おしいとさえ思えた。

ほら、ママに言い訳してみな。
駄々をこねても、ダメなものはダメって教えてあげる。
そのかわり、ちゃんと我慢できた子には、ご褒美くらい用意してあげてもいい。

唐突だった。

おはようもなく、鉄男は言った。

「ごめん、美緒。別れてほしい」

ああ、そう来るんだ。
こんな勝手な男なのに、切り口だけは鮮やかすぎて渇いた笑いが出る。

え、なに。
つまみ食いの言い訳じゃなくて、あの女を選ぶの?

ふざけんな。

「バッカじゃないの。地獄に落ちろ」

声は抑えた。
もう大人だし。
でも、はっきりと吐き捨てる。

「あ、もうかわい子ぶる必要もないよね。これがあたしの地だから」

そんな言葉を浴びながらも、鉄男は、困ったみたいに優しい目をしていた。

あたしはいたたまれなくて、踵を返して洗面台へ向かう。
鏡に映った自分の顔をチェックする。

大丈夫。
寝起きでも、あたしは可愛い。

どたどたとリビングへ戻ると、フォトフレームを掴んだ。

13000円。
慰謝料っていうにはお粗末だけど、自腹でこの値段を出すことなんてないもの。回収しなきゃ。

「じゃ、そういうことで。さよなら」

あたしの勢いに鉄男は目を丸くしていたけど、玄関へ向かう背中に「ごめんな」と言った。

わかってた。
ずっと、どこかまっすぐあたしを見ていないことくらい。

それでも鉄男は、あたしを大切にしてくれていた。
過去に付き合った薄っぺらい男達の誰よりも。


外に出てカフェの店長に電話した。

「はい、すみません急に、体調悪くって」

押し殺したあたしの声に何か察してくれたのか
店長は嫌味もなく「お大事にね」とねぎらってくれた。

はあ、東京って感じ。

背筋を伸ばし、ヒールを響かせながらショートコートに身を包む丸の内の女たち。その波に逆らうように、あたしは歩く。

半年もたなかったな。春の気配の中で、ぼんやりそんなことを思った。

「あれ? 美緒ちゃん……だよね?」

呼び止める声に振り向くと、記憶の片隅にある男がいた。
あ、鉄男に連れられて行った、あのスノボー仲間のひとり。

「えっ泣いてるの?どっどうしたの、大丈夫?時間あればコーヒーでも飲む?」

人の良さそうな顔。
あの時も、スノボで転んだあたしに少しだけ優しかった。

そう思った瞬間、
スノボ帰りの車の中で聞いた、鉄男の声がふいに蘇る。

『あいつ、すげぇいいヤツなんだよ。
優しすぎて、すぐフラれるけど』

笑いながら、
『まあ、仲間内でもレベル違いの坊ちゃんだけどな』

とも言っていたっけ。

――ああ、こいつでいいか。

男友達の評価って、
案外当たってる。

あたしも勉強した。

 鉄男みたいに、
つかみどころのない男はダメ。

だから次は失敗しない。

狙うなら、
優しくて、
女慣れしてなくて、
ちゃんとお金を持ってる男。

鉄男のお墨付きなら、
なおさら安心。


夏を通り越し、秋の気配が終わる頃、
あたしは結婚式の席順を彼と相談していた。

「鉄男さん、絶対呼びたいなぁ。一学年違いだけど。スキー部のみんな憧れてた」

懐かしそうに笑いながら、

「あの人と美緒ちゃんがちょっと付き合ってたから、俺ら出会えたわけだし」

少しだけ真面目な声で、彼はあたしをのぞき込んだ。

「そりゃあ、妬けちゃうけどさ。男でもドキッとする人だし」

そこで肩をすくめる。

「まあ、今はアッコさんいるし」

「その人ってみんなと同じ学校?」

「あ、確かアッコさんは帰国子女じゃなかったかな」

まあ、
新郎のあなたが気にしないって言うなら、
いいんじゃない?

全部、
挙式代あなた持ちだし。

中等部だの高等部だの、
東京の学校なのにスキー部って意味わかんない。
そういうご学友とのお付き合いもあるんだろう。

「そんな流れで、アッコさんも呼んでいいかな。美緒ちゃんが嫌なら呼ばない」

ま、いいんじゃないの。

――あたしもその“アッコ”とやら、
一回くらい見てみたいとは思っていた。

ウェディングエステで磨き上げた身体。
花嫁憧れのドレス。

ネイルも、
まつ毛も、
美容院も、
全部抜かりなし。

かかってきなさいよ、ラスボス。

その日の主役は、
あたしなんだから。


バージンロードを進む。

芸能人も挙式した事のある素敵な教会。
フラワーシャワーの雨の中、みんなの祝福を受ける。

ふと視線の先に、
鉄男がいた。
少し遠慮がちに後ろの方。

その隣にいた女を見て、
息が止まった。

ああ。
――これか。

写真の中で、
鉄男があんな目をしていた理由。

派手じゃないのに、
空気が違う。

静かなのに、
全部持っていくみたいな女。

ラスボスが実在しやがった。
思わず笑いそうになる。

でも次の瞬間、
あたしはドレスの裾を整えて胸を張った。

今日の主役を誰だと思っているのよ。

立場わきまえてね。
そのオーラ、少しは気配消しときな。

——ふうん。
鉄男、ラスボス、スマートにエスコートしちゃって。
お似合いだよアンタたち。

まあ、あたしは明日からハネムーンで、
最高に素敵な南の島に旅立つ勝者だから。

鉄男なんて、あたしがここまで来るための踏み台みたいなものだ。

ブーケくらいなら、投げてあげてもいいかな。

あたしのクローゼットの奥深く。
独身時代の勲章。
あんな素敵な恋人がいたって、缶の中に忍ばせておくくらいいいじゃない。
フォトフレームに入れたまま。

旦那様の腕をしっかり掴む。

大丈夫。
わかってる。

ちゃんと愛がなきゃ、幸せにはなれないって学んだもん。

【END】


🔶アッコ視点🔶はこちら ↓ ↓


アッコはもう読んだって方はこちらにどうぞ
🔷ケンちゃん視点🔷 ↓ ↓



🔶作者のケロンパからご挨拶🔶感想などお気軽にどうぞ🔶
ケンちゃん視点、アッコ視点とかいた後に、コメントで
>大人な恋愛はまわりも傷つけてしまう。でも自分の気持ちに嘘はつけない。
とほか、お言葉を頂き、そうなの……あたしはハッピーエンド主義。実は気になっていた。日本に置いてきた鉄男の彼女……と、いてもたってもいられず、あたしが今やらないで誰が書くんだ!(←あたりまえ)と奮起して一日半で書きあげました。おおお、書いてよかった、お言葉くれた方々に感謝。こういう読んでくださる方とのラリーも楽しいなとかみしめております。
💛だからみんな読んでね💛
ケンちゃんアッコ、鉄男の彼女、三つもあるけど、それぞれの視点で同じ時間軸、それぞれのドキドキを感じて頂けたら嬉しいです。

小説の舞台/モルディブの島:ご想像にお任せ

●どこか一つでも心に残るものがあれば嬉しいです。
●同じ世界観の短編をこれからも投稿していきます。魅惑の疑似バカンスを お楽しみください。
●昔書いた小説ですので、現在は島がリニューアルして名前が変わっていることがあります。
●モルディブを知らない方でも問題なく楽しんでいただけるかと思います。モルディブは1島=1リゾートホテルが基本です。小説も1島ごとに描いていきます。
●南の島にこだわらない物語や日本文化を考察したエッセイも綴っています。
★フォローやご感想などお気軽にどうぞ。励みにします。



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