スナックさちこで、今を聞かれた/昔稼げた男のしょうもない再起録 #3
何もできない自分に、嫌気がさしていた。
やらなきゃいけないことは分かっている。
でも、行動に移せない。
酒にも逃げていた。
見かねた妻から、しばらく禁酒と言われた。
まあ、当然である。
飲んだところで、何かが前に進むわけではない。
むしろ翌日の自分が、少し使い物にならなくなるだけだ。
それでも夜になると落ち着かない。
なので、酒を飲む代わりに散歩をしていた。
健康的に聞こえるかもしれない。
でも実際は、ただ家にいるのがしんどかっただけである。
スナックさちこ
散歩の途中、小さなスナックが目に入った。
看板には、
「スナックさちこ」
と書いてある。
いまどき、なかなか見ない名前である。
正直、ちょっとダサい。
でも、そのダサさが妙に良い。
古いビルの一階。
少しくすんだ看板。
中が見えそうで見えない入口。
入る理由はない。
でも、気になる。
ボクは一度通り過ぎた。
そして、少し歩いてから戻った。
禁酒中の散歩だったはずなのに。
何をしているんだろう。
そう思いながら、扉を開けた。
昔は稼げていたんですよ
店の中は、想像通りだった。
カウンターがあり、奥にカラオケの画面がある。
常連らしきおじさんが一人。
ママは、たぶんさちこさん。
「お兄さん、近所の人?」
そう聞かれた。
近所ではない。
酔いどれの散歩中に、吸い込まれただけである。
適当にごまかしているうちに、酒が出てきた。
禁酒は、あっけなく終わった。
少し飲むと、口が軽くなる。
ママは聞き上手だった。
うんうんと聞いてくれる。
そうなんだ、すごいね、と言ってくれる。
こういう場所は危ない。
弱っているおじさんは、すぐに調子に乗る。
「昔はネットで稼いでたんですよ」
気づけば、そんなことを言っていた。
本当の話ではある。
でも、今の話ではない。
で、今は?
ママは優しかった。
常連のおじさんも「ネットでそんな稼げるの?」と聞いてくる。
ボクは少し気持ちよくなった。
昔の話なのに、今の自分まで褒められている気がする。
酒が入っている。
相手は初対面。
今の何もできていない自分は、まだ見られていない。
とても都合がいい。
でも、どこかのタイミングでママが言った。
「で、今は何してるの?」
悪気はなかったと思う。
ただの会話だったと思う。
でも、その一言で少し酔いが薄くなった。
今は何してるのか。
今は。
今は、何も出していない。
記事も書いていない。
商品もない。
売り場もない。
昔の話だけをしている。
「まあ、またそろそろやろうと思ってて」
そう答えた気がする。
便利な言葉である。
そろそろ。
いつか。
また。
何もしていない人間に、とても優しい言葉だ。
帰り道は静かだった
店を出る頃には、財布も少し軽くなっていた。
別に高い店ではない。
ただ、昔話をするためにお金を払ったような気がした。
帰り道、酔いは残っている。
でも、さっきまでの気持ちよさはない。
ママの一言だけが残っていた。
で、今は?
スナックさちこで、ボクは昔の自分を少しだけ着直した。
でも、家に帰れば、今の自分しか残らない。
家に帰る頃には、酔いも少し冷めていた。
残っていたのは、妻に言えない酒の匂いと、「今は何してるの?」という一言だけだった。

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