【酔いどれ労働観察記】やる気は、いつも無料で見積もられる
求人票を見ていて思うこと。
最近、どこも人手不足らしい。
人が足りない。
若い人が来ない。
採っても続かない。
そんな言葉が、求人票の上でため息をついている。
でも、条件を見る。
給料は控えめ。
休みも控えめ。
仕事内容だけ、なぜか大盛り。
最後にこう書いてある。
「やる気のある方大歓迎」
やる気は、いつも無料で見積もられる。
僕はスマホを見ながら思った。
人材不足じゃない。
条件不足ではないのか。
月40万円。
年間休日130日。
残業少なめ。
人間関係まとも。
これで募集してみたら、たぶん人は来る。
少なくとも僕なら、寝ぐせを直して応募ページを見る。
人がいないのではない。
安く、休まず、文句を言わず、明るく、長く働いてくれる、都合のいい人がいないだけ。
そう思ったら、昔勤めていた商社のことを思い出した。
あそこも、よく人が辞めた。
朝は早い。
帰りは遅い。
休みの日にも電話が鳴る。
営業車をコンビニの駐車場に停めて、おにぎりを食べたことが何度もある。
具は覚えていない。
ただ、会社携帯の着信音だけは覚えている。
あの音が鳴ると、口の中の米まで固くなった。
昼休みというより、胃に燃料を投げ込む時間だった。
上司の機嫌で、一日の天気が変わる。
朝の挨拶の返事が低いだけで、その日の営業車の空気まで重くなった。
会社は言っていた。
「最近の若い奴は続かない」
「根性がない」
「すぐ辞める」
当時の僕は、半分くらい信じていた。
辞める人間が弱いのだと。
自分は残っている側の人間だと。
ある新人が、分からないことを聞いたあと、次の日から来なくなった。
その時の僕は思った。
根性ないな、と。
今思うと、聞ける空気がなかっただけかもしれない。
人が足りなかったんじゃない。
人が残れる条件が足りなかった。
怒鳴られないこと。
休めること。
寝られること。
分からないことを聞けること。
それだけで、人はだいぶ残る。
それが足りない現場ほど、なぜか「根性」という言葉が増える。
根性は便利だ。
会社が用意しなかったものを、働く側の内臓から出させようとする。
昔の僕は、その根性を少しだけ誇っていた。
終電近くまで働いて、まだやれる顔をしていた。
休日に電話が鳴っても、出られる男のふりをしていた。
本当は、ただ断れなかっただけなのに。
そして会社を辞めたあと、僕は自由になった。
はずだった。
でも、独立した僕は、もっと面倒な社長になった。
雇い主は自分。
従業員も自分。
そしてその社長が、なかなかのブラックだった。
寝る時間を削れ。
休むな。
結果が出るまでやれ。
今止まったら終わりだ。
売上が出たら休めばいい。
そうやって、自分に指示を出し続けた。
給料は後払い。
休日は未定。
福利厚生は缶コーヒー一本。
失敗したら、上司である僕が、部下である僕を責める。
ひどい会社である。
そりゃ、心も体も退職する。
人材不足じゃなくて、条件不足。
これは会社だけの話ではないのかもしれない。
もう一度頑張りたい。
再起したい。
そう思っているくせに、自分に与えている条件がひどすぎたら続くわけがない。
睡眠なし。
余裕なし。
褒め言葉なし。
失敗したらすぐ自己嫌悪。
そんな求人票なら、僕だって応募しない。
「再起したい方大歓迎」
そう書いてあるのに、勤務条件が地獄だったら、人は来ない。
たとえ、その人材が自分自身でも。
月40万円も、年休130日も、今の僕にはまだ遠い。
でもせめて、自分を少しだけマシな条件で働かせようと思った。
まずは寝る。
再起の福利厚生としては、たぶん悪くない。

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