「迷惑をかけたくない」が止まらない理由
迷惑をかけたくないは、美徳じゃない
「迷惑をかけたくない」は、美徳じゃない。
それを強く持っている人ほど、先に壊れる。
体調が悪くても休めない。
返信が遅いだけで罪悪感が湧く。
頼まれていた仕事が少しでも遅れると、自分の価値が下がった気がする。
修正が入ると、「やっぱり私が悪い」と思ってしまう。
誰かが不機嫌だと、自分のせいかもしれないと考える。
優しくされると、「迷惑をかけた」と感じる。
たぶん私はずっと、
“迷惑にならない自分”でいようとしていた。
それは、正しいことだと思っていた。
でもあるとき、気づいた。
それは優しさじゃなく、恐怖だった
それは優しさじゃない。
恐怖だ。
私はずっと、
「迷惑をかけない人」が正しい人だと思っていた。
迷惑をかけない=価値がある。
役に立つ=存在していい。
そんな方程式を、自分の中で勝手に作っていた。
でもその基準は、終わりがない。
100点を取っても、101点を求められる気がする。
誰にも何も言われていないのに、
勝手に自分でハードルを上げていく。
そしてそのたびに、
「まだ足りない」と自分を削る。
迷惑をかけないことを目標にすると、
自分を守る選択がどんどん後回しになる。
それが一番、危ない。
「できない」は迷惑だと刷り込まれた日
前に働いていた職場で、直属の上司に言われたことがある。
「なんでこれくらいできないの?」
その一言は、思った以上に深く刺さった。
できない自分は、迷惑な存在なんだと確信した。
そこから私は、無理をするようになった。
頼まれたことは断らない。
体調が悪くても顔に出さない。
少しでも遅れそうなら、寝る時間を削る。
私は、自分が迷惑だと思われるくらいなら、消えた方がましだと思っていた。
役に立たないなら、いない方がいいと本気で思っていた。
でも、それで壊れかけた。
爆発しそうになって、全部をやめたくなった。
仕事も、人も、自分も。
あのとき初めて思った。
これは優しさじゃない。
自己否定の延長だ。
自分だけが許せない理由
私は、時間を奪うことが一番怖い。
誰かの時間は有限だ。
だから自分のせいで誰かの手を止めさせることが、申し訳なくて仕方なかった。
でも不思議なことに、
私が誰かに迷惑をかけられたとき、怒ったことはほとんどない。
むしろ「頼られている」と感じていた。
スキルが上がる機会だと思っていた。
信頼されている証拠だと思っていた。
じゃあ、なぜ自分だけは許せないんだろう。
なぜ、自分が迷惑をかける側になると、存在価値まで下がる気がするんだろう。
その前提が、もう間違っているんじゃないかと思った。
迷惑をかける=価値が下がる
という前提が、もう間違っている。
優先順位を変える
迷惑をかけないことを目標にすると、自分を削ることが前提になる。
削り続けた人から、壊れる。
壊れたら、もっと迷惑をかける。
それなら最初から、優先順位を変えた方がいい。
迷惑をかけないことより、
壊れないことの方が優先順位は上でいい。
迷惑の線引き
私は、いくつか“迷惑の線引き”を決めている。
例えば、
例えば、
• 体調が悪い日は「70点で終わらせる」と決める
• 修正が入っても、自分の価値とは切り離す
• 誰かの時間を使ってしまっても、「いいよ」と言われたら一度は信じる
• 全部を完璧に回そうとしない
• 迷惑をゼロにすることは不可能だと認める
• その代わり、壊れないラインだけは守る
これができるようになってから、爆発は確実に減った。
どこまでが責任で、どこからが無理なのか。
頼ることは、怠けじゃない。
立ち止まることは、敗北じゃない。
一番そばにいる人に理解してもらえるだけで、心はかなり軽くなる。
完璧でいようとするのをやめたとき、爆発は少し減った。
壊れないことを選んでいい
迷惑をかけない人が優しいんじゃない。
壊れない人の方が、長く優しくいられる。
もし今、
「迷惑をかけたくない」が止まらなくて苦しいなら、
それはあなたが優しいからじゃない。
怖いからだ。
そしてその怖さは、ちゃんと理由がある。
でも、あなたの存在価値とは関係ない。
壊れないことを選んでいい。
それは逃げじゃない。
戦略だ。
ここまで読んでくださって、ありがとうございます。
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