「ジャンプ」系って、殺し屋コメディがやたら多いよね?
今回は、ジャンプ系アニメというものについて少し書いてみたい。
・・で、ジャンプ系とは何ぞや?ということについては、「少年ジャンプ」「ヤングジャンプ」「ジャンプ+」「ジャンプスクエア」など、他にも色々あるんだが、とにかくそういう「ジャンプ」の冠つけた集英社の作品のことね。
これは、エンタメにおける一種のブランドともいえて、このジャンプという刻印があるだけで「本作は、娯楽作品として一定の基準をクリアしてます」みたいな良品保証にもなるわけです。

そうね、いまや集英社は米国でいうところのディズニーみたいなブランドになってると思う。
明瞭な商業主義を絶対のベースにしてて、たとえば「ガロ」的なカルチャー(つげ義春など)とは180度真逆のところにポジショニングしてると考えてもらえばいいかと。

で、こういう「ねじ式」などは、編集方針として絶対にジャンプに載ることはない。
いや、そうはいっても集英社の人も玄人ゆえ、「ねじ式」の作品価値は十分に理解してるのさ。
それでも載せられないのは、「良いor悪い」ではなく「合うor合わない」という選択基準だからなんだよね。
「えっ?でも『ボボボーボ・ボーボボ』とか『ねじ式』とほぼ同じニュアンスでは?」



と言いたい人も、きっといるでしょう。
うむ、確かに「ボボボーボ・ボーボボ」は「ねじ式」に匹敵するほど全編に渡って意味不明であり、シュールレアリスムの極致ともいえる怪作だった。
アニメ化された時は続々とスポンサーが降りていき、最終的にはスポンサーの数がゼロになったのはいまだアニメ界の語り草である(それでも76話まで放送できたことはむしろ奇跡・・)。
実は、私も昔から「ボーボボ」については不思議だと思っていて、そもそもジャンプの新連載を決める編集会議というやつはマジ高いハードルであり、あの「ワンピース」ですら新連載にチョイスするか否かの審議では五分五分にまで意見が分かれたというほどである。
それほどの超難関といえる会議で、また何で「ボーボボ」がイケたのか?


いやね、正直これはちょっと特殊なケースなんですよ。
というのも、ことは1995年の話、それまでジャンプの絶対的な看板だった「ドラゴンボール」が連載終了し、その90年代後半からジャンプは発行部数1位の座をマガジンにしばらく明け渡してしまったわけです。
具体的には、1997年から2002年までの期間である。
俗にいう「ジャンプ暗黒期」というやつか。
で、この暗黒期のど真ん中(2001年)で新連載が決まったのが、他ならぬ「ボーボボ」。
多分、当時ジャンプ編集部もめっちゃ焦ってたんだろうよ。
97年以降ずっとマガジン首位の座を切り崩すことができず、会議の場では「お前ら、何か起死回生のアイデアはないのか?」と編集長の怒号が飛び、そういう行き詰った空気の中、ある編集部員が「ボーボボ」を切り札として提出したのではないかと。
「鼻毛で闘う戦士の物語とか、どうっすか?」

これも皆がノーマルな状態なら「お前、馬鹿なの?」のひと言で軽くスルーされてただろうが、ほら、よく会議が長くなりすぎると少し脳死状態になり思考力が極端に落ちることってあるじゃん?
思うに、その場にいた全員がそういう状態に陥っていた可能性は高いんじゃないかと。
で、そんな状態で「ボーボボ」見せられたら
「鼻毛で闘う?・・サイコーじゃん!」
「ギャハハwウケるw天才かよ?」

という空気になったんじゃないかな?
いわゆる「真夜中の躁状態」というやつさ。
で、そんなノリで会議を突破した「ボーボボ」は、見事に新連載の座を得たと。
なお、その後のジャンプは、この「ボーボボ」効果で2002年に見事マガジンから首位奪還に成功!
・・というわけもなく、その首位奪還の立役者になったのは「ワンピース」「NARUTO」「BLEACH」の三強だったとは思うが、でも「ボーボボ」も、こんな意味不明な内容でありつつも一応これ、累計発行部数700万超えですからね?
後には舞台化までされてます。

で、この「ボーボボ」と「ねじ式」の決定的な違いをいうなら、シュールというところまでは同じにせよ、「ボーボボ」の場合はキャラが割とポップで可愛いんですよね。
対して「ねじ式」は、どのキャラとっても一貫して可愛くないから・・。

さて、「ボーボボ」の話はこのぐらいにしておくとして、今度は今春アニメの話題に移りましょう。
今回、私が注目したいのは以下の2つ↓↓
「キルアオ」(少年ジャンプより)

「マリッジトキシン」(ジャンプ+より)

敢えて皆さんには、この2つ併せての視聴を是非お薦めしたいですね。
というのも、この両作品ともジャンプの文脈ど真ん中にポジショニングしており、ぶっちゃけ、作風がめっちゃ似てるから。
・両作品とも、殺し屋(それも最強クラス)が主人公
・両作品とも、その主人公が大きなミッションをひとつ抱えており、その為にひとつずつ小題をクリアしていく系のプロット
・両作品とも、主人公メガネ、ヒロイン金髪


はい、これは各々が紙(少年ジャンプ)と電子(ジャンプ+)というふうに媒体こそ違えど、こうやってフォルムが思いっきりカブってるというのは、今はこういうのこそ「ジャンプ」ど真ん中だという意味かと。
両作品ともが過去のヒット事例をきちんと研究して、ちゃんと当てにきてるイメージ。
で、その顛末としてこの2つがともに辿り着いた着地点が
「SAKAMOTO DAYS」+「SPY×FAMILY」
÷2


であり、お互い同じようなところに降り立ったわけですね。
いや、別にこれは両作品をディスる意味で書いてるわけじゃ断じてないよ?いまどきマーケティングとして、ヒットした前例に学ぶことはクリエイターとして常識だし。
ただね、ひとつ驚くのは「キルアオ」の原作者が、実は「黒子のバスケ」の藤巻忠俊先生だということ。
おいおい、「黒子のバスケ」の面影がほとんど残ってないんですけどww

いやいや、この藤巻先生という人は凄いねぇ・・。
デビュー作でいきなりあのヒット(黒子のバスケ)飛ばした後、続く2作目では前作までの財産を一度全部捨て、またゼロから作風を作り直した上での「キルアオ」じゃん?
スポーツじゃなく、今度は殺し屋主人公、しかもコメディかよ(笑)。



というかさ、仮に私が藤巻先生の立場なら、もう印税収入たっぷりあるから食うに困らないし、2作目はヒット狙うより「自分の描きたいもの」の方を優先すると思うんだよね。
それも、できればジャンプ本誌みたく読者アンケートに煩わされる環境じゃなく、もうちょっとマイナーな雑誌で静かな環境の方がいいなぁ・・。
だが、藤巻先生は私みたくヤワな根性じゃなく、また煩わしいジャンプ本誌に再び戻ってきて、そこでがっつり「ヒット狙い」で新企画立ててるのよ。
しかも今度は「謎の毒を打たれ、目が覚めたらカラダが中学生になってた」という、禁断の「名探偵コナン」引用にまで手をつけている始末。
手段を選ぶつもりないな、この先生(笑)。
ここまでしてヒット狙う貪欲さ、私はただ素直に脱帽するしかないわ・・。

というか、そのヒット狙いの本気度はともかくとして、この「キルアオ」は藤巻先生が本当に「描きたいもの」だったんでしょうかね・・?
そこは、個人的に少し気になります。

さて、一方の「マリッジトキシン」。
こっちの作者は原作/静脈、画/依田瑞稀という、まだキャリアの浅いコンビのようです。

これも殺し屋が主人公の物語とはいいつつ、作中のミッションは「主人公が結婚できるか否か」という婚活モノであり、一応ラブコメということになるんでしょうかね。
ヒロインは見た目カワイイが、こう見えて↓↓こいつオトコですから(笑)。

・・あ、女装子といってもcv若山詩音さんで、オトコ要素は皆無だよ。
で、このヒロインが指南役となり、主人公を婚活させていく、という物語の展開。
昔、こういうプロットは何か有名な映画にあって(タイトル忘れた)、その映画では確か、最後主人公と指南役がくっつくというオチだったはずだが、でも「マリッジトキシン」は指南役オトコだからなぁ・・。
いや、今の時代、オトコ⇔オトコでくっつくというオチもありなのか?

とにかく、これはオチの付け方が気になります。
何気に制作がBONESゆえ作画が妙によく、予想より遥かに出来のいい作品でしたので、皆さんもご覧になってみて下さい。
まぁ、こうして改めて見る限りだと「キルアオ」と「マリッジトキシン」は同じ「殺し屋コメディ」に括られるとはいえ、ディテールは違うし、テーマも全く違いますね。
ただし、フォルムは同じ。
じゃ、どうしてこんな同じフォルムのものが、こうやってジャンプ界隈で同時多発的に発生し、また渋滞を起こしてしまうのか?

それはやはり、各々が最大限で「ヒットを狙ってるから」だろ。
みんながみんな、売れるファクターで作品を組み立てようとするもんだからどんなに避けようとしても結局フォルムがカブっちゃうんですよね。
これは皆が商業主義に根差す限りにおいて、ある種の不可抗力かも。
みんな、できれば自分は幕の内弁当の中の「天ぷら」でありたいと願うものなんですよ。

だけど、オカズが全部揚げ物になったらそれはそれでバランス悪くなるし、できれば卵焼きになるやつ、煮物になるやつもいてほしい。
思えば「ボーボボ」なんて、オカズでいうなら「ヒジキ」のポジショニングだったよねw

それを思うと今の時代、もっと「ボーボボ」的アニメがあってもいいのかもしれない?
「いや、幕の内からヒジキとか抜いてもいいから、代わりにもっと揚げ物の種類増やしてよ」という意見もあるとは思うが・・。

