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「少年マガジン」は、なかなか侮れないという話

皆さんは、「日本3大少年誌」というのをご存じですか?
それは、以下の3つです。

<日本3大少年誌>

少年ジャンプ(集英社)・・発行部数1位

少年マガジン(講談社)・・発行部数2位

少年サンデー(小学館)・・発行部数3位

あと、この3誌に秋田書店「チャンピオン」を付け加えて「4大」と銘打つこともありますが、今回は便宜上「3大」の方で話を進めさせてもらいますね。

で、上の折れ線グラフを見てお分かりのように、まず先に立ち上がったのはマガジンとサンデー、後発に回ったのがジャンプという構図です。
じゃ、なぜジャンプが遅れたのかというと、もともと集英社って小学館から独立した出版社なんですね。
意外と知らない人もいるみたいだが、集英社も小学館も「一ツ橋グループ」という同じ系列なのよ。

なんかさぁ、この構図を見てると講談社が少し不憫じゃない?


・・というわけで、今回は敢えて、少年マガジンの方を取り上げてみようかな、と。

今のマガジンは、グラビアアイドルが表紙なのか・・?

こういうの、表紙の子が可愛いかどうかで売上が伸びたりするのかな?
あるいはそういう意味のグラビア表紙ではなく、単に「漫画家さんにカラーの表紙作画を毎週依頼するのは、各先生たちの作業負担を考えると無理!」という現実問題があるような気もするけどね。

ただ、この少年マガジンが昔は凄い表紙だったこと、皆さん知ってますか?

すんごい前衛的でしょ?

今では、ちょっと考えられない攻め方ですよねぇ・・。

ちなみに、これは1970年という時代の少年マガジンの表紙で、この1970年というのが全共闘/東大安田講堂陥落の翌年だということを踏まえてください。

つまり、国政に怒っていた当時の大学生たちの運動は、1969年をもって決定的に国家権力に対して敗北したわけです。


・・ただ、「負けましたね~、はい、終了~!」というほど皆があっさりと引き下がったわけもなく、そこからの若者たちのエネルギー昇華は、既存の学生運動のカタチから変容し、下記のような3つのムーブメントを作ったといわれています。

①暴走族

②音楽(ROCK等)

③前衛芸術

・・おいおい、①と②は完全にカブってるじゃねーか、という意見もあるだろうが、まぁとにかく、これまでの<左翼>という反抗が、バイクや音楽をツールとした別のカタチになった、と解釈してください。
・・じゃ、永ちゃんのスピリットの本質は<左翼>なの?と尋ねたくもなるが、いや、彼はそのスピリットのことを<ROCK>と言うんですよ(笑)。

あと、永ちゃんとはまた異なるカテゴリーでカリスマだったのが、寺山修司という人物。
これが③だね。

なぜか知らんが、インテリ系の左翼たちは皆こぞって「前衛演劇」の舞台に流れたのよ。

三島由紀夫vs芥正彦

この上の画の人物が東大全共闘のNO.1論客とされた芥正彦さんで、彼もこの時代のカリスマとされてたキャラ。
で、この彼が60年代終盤以降、前述の寺山修司氏とともに前衛演劇界を牽引していく存在となるのよ。

現在の芥氏

まぁ、私はこのての演劇の良さを全く理解できないタチなので正直どうでもいいんだが、ただひとつだけイイな~と思うのが、ポスターの装丁なんですよね。

そう、前衛演劇のポスターって、少年マガジンの表紙と同じでしょ?

・・そりゃそうさ、描いてる人が同じなんだから。

芸術家/横尾忠則(1936年~)

実は彼も、この時代のスーパースターだった人ですわ。

もともと彼は前述の寺山修司の劇団「天井桟敷」設立メンバーのうちの1人であり、初期のポスター装丁はほとんど彼が手掛けていたという。

この人はねぇ、ホントに面白いですよ。
後の時代には「YMOの4人目」とも称され、彼らのアルバムのジャケットをデザインしていた人です。

めっちゃカッコいいでしょ?


もともとYMOも、特に坂本龍一がゴリゴリの左翼崩れの人なんですよ。
彼は学生時代、前述の芥正彦氏の「追っかけ」をしてたというほどの人なんだから。
そういう流れもあり、元「天井桟敷」の横尾さんとは相性よかったのかもね。
横尾さんは、細野晴臣とも親しかったらしくて。

なんというか、横尾さんもYMOもちょっとスタンスがフザけてるというか、常にタブーぎりぎりのヤバいところに球を投げてくる感が両者とも似てて、またそういうところが当時の若い層からの圧倒的支持を受けたのさ。

まぁ何にせよ、少年マガジン編集部は1970年、「よし、ウチの表紙デザインを横尾忠則にやってもらおう」と決断した時期があったんだ。

その結果、よりによって横尾さんは

マガジンに連載されたことがない漫画のキャラを描きやがった・・(笑)

・・で、この「鉄腕アトムの表紙」を最後に、横尾さんはマガジンの表紙のデザインから卒業(あるいはクビ?)しました。

ある意味、永ちゃん以上にROCKな人だと思う(笑)


なお、この記事を読んで横尾さんのアートに興味もった人は、彼が制作したアニメも是非ご視聴いただきたい。

<横尾忠則制作アニメーション>

YouTubeで「横尾忠則アニメーション」と検索すればご視聴いただけます。
あくまで「前衛アニメーション」なので、たとえ面白くなくても私に文句を言わないください(笑)。

さて、改めて少年マガジンに話を戻すが、もう一度ちゃんと「彼らはなぜ、横尾忠則に誌の表紙を託したのか?(リスクを張ってまで)」を考えてみてほしい。
それはね、このマガジンの購買層がサンデーなど他誌とは異なり、コドモではなく青年(大学生)がメインだったわけですよ(この時代、まだ青年誌は誕生していない)。
60年代中期には、「右手にジャーナル(朝日ジャーナル)、左手にマガジン(少年マガジン)」というキャッチフレーズが全共闘世代の若者たちを表す言葉としてあったらしい。
私も生まれる前のことゆえよく知らんのだが、どうもジャーナルとマガジンは常に発売日が同一で、その日に売店で2冊まとめ買いするのが当時の大学生たちの日常だったとのこと。
・・あ、ちなみに朝日ジャーナルとは、彼↓↓が編集長をやってた雑誌のことである。

筑紫哲也

筑紫さんは、多分この時代の左翼系オピニオンリーダーのひとりだったんだろう。

・・じゃ、少年マガジンも左翼系だったのか?


いや、この誌にイデオロギーがあったとはさすがに思えないんだが、ただ、左翼系の大学生たちがこの作品↓↓を<左翼のバイブル>として愛読してたというのはどうやら事実らしい・・。

「あしたのジョー」梶原一騎/ちばてつや

いやいや、正直いうと私にはこのへんのロジックがよく分からないんだ。
「あしたのジョー」は単にボクシング漫画であり、そこにイデオロギーなど微塵もないと思うんだが?

でもね、なんか知らんけど左翼系インテリは妙にボクシングが好きみたいで(一種のメタファーなんだろうか?)、前述の寺山修司などはボクシング系の作品を結構ガチで作ってるのよ。

やっぱ、ボクシングが持つストイックさみたいなものが左翼系インテリにはタマらんものがあるんでしょうか?
・・確かに、ジョーは力石徹と違い、最後まで葉子さん(資産家)の庇護を受けませんでしたもんね。

なお、寺山修司は「あしたのジョー」における力石徹逝去に伴い、彼の葬儀の葬儀委員長を務めたという。

それほどに、寺山氏をはじめとする左翼たちって「あしたのジョー」や少年マガジンに対する思い入れが強かったんだね。

いうなれば、マガジンの<硬派>が左翼たちには、ひとつの憧れだったんですよ。


後に「ラブコメ」(あだち充+高橋留美子)に走るサンデーとは違ってね。
あと、「友情/努力/勝利」という仲間軸のジャンプとも異なり、やや孤高系(ジョーみたいな一匹狼)というのがマガジンのスタイルといえただろう。

それが今となっては、表紙がオッパイって(泣)

ここは敢えて、もう一回基本に立ち返り、また横尾さんに描いてもらう必要があるんじゃないか?

なぜか、東宝の怪獣映画を表紙にした横尾さんw

だけどね、こういう横尾さんや寺山修司(劇団天井桟敷)に代表されるようなヘンテコな60~70年代文化というやつが、実は今のアニメ界にもきっちり受け継がれてるということを皆さんにもご理解いただきたい。

じゃ、それがどんなものなのかというと、これら↓↓のことですね。

幾原邦彦作品

新房昭之作品

ちなみに、幾原さんは1964年生まれ、新房さんは1961年生まれ。
御二人はほぼ同世代で、ともに天井桟敷などの前衛演劇に影響を受けたクチだと思う。
特に幾原さんは、「少女革命ウテナ」で思いっきりJ・Aシーザー(天井桟敷の音楽担当/演出家)を使ってるもんね。

つまり、同じ1960年代生まれでも、庵野秀明みたく特撮/アニメの方の道をがっつり通ってきた派閥とはまた別系統として、幾原さんや新房さんみたく前衛演劇系、あるいは横尾忠則系ともいうべきアートの方からサブカル界に入ってきた人たちもいるわけさ。
このへんの人種を「オタク」と呼んでいいのか少し難しいところだが、まぁ私の認識としては「オタク」というよりは「感度高い系サブカル男子(別称インテリ左翼系サブカル男子)」といったところですね。

幾原邦彦

うむ、意外とみんな無視しがちなんだが、日本アニメを論じる際にはこっちの文脈も必ず押さえておく必要があると思う。

特にポイントは、このオッサン↓↓ですよ。

意外とサイエンスSARUあたりにも、この文脈が入ってるんじゃないかな?

あと最後に、最近では「鬼滅」などの大ヒットもあり少年ジャンプばかりが目立つ出版界だが、一方で、そのライバルである少年マガジンもまた上記のような歴史を誇る、素晴らしい誌だということを理解しておいてほしい。

「あしたのジョー」、「デビルマン」、そして横尾忠則の表紙・・


いやホント、60~70年代のマガジンの文化的価値は凄いですよ?
こういう価値は、発行部数だけで測れるものじゃないさ。


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