最初の国産RPGは「キャンパスライフ」だったのか?前編(マクロスライフ分析)
前回の記事は、さすがに多くの反響(反論?)を頂きました。私の意見については、この記事の後半にまとめております。長くなりそうなのと現状も絶賛ご意見頂いていますので、次々回ぐらいにまとめさせていただきます。
「キャンパスライフ」と「マクロスライフ」
国内最初のRPGは何か?
最初の国産TRPGは「スペースコブラ・最終兵器」(バンダイ・1982年11月)、最初のコンピュータRPGは「ドラゴン&プリンセス」(光栄マイコンシステム・1982年10月)であると、この長い連作記事において述べた。これは、「ドンキーコマンド」(ホビージャパン・タクテクス誌3号付録・1982年4月)をRPGだと見なさない上での結論であり、その点で議論があることは十分承知している。
そしてもう1点、最初のロールプレイングゲームの可能性として、決して忘れているわけではないのが「キャンパスライフ」(慶應HQ・1981年?)である。このゲームは、現在でいうところの同人ゲームであり、また現在と違い一般に流通していたものではなく、店頭販売は久が原のモデルエースで行われただけという。商業的に広範囲に頒布がされていない以上、そもそもここでの議論の俎上にのせるべきかどうか微妙なところであるが、無視は出来ないだろう。
「キャンバスライフ」と慶應HQ
慶應HQは、2026年も現存する慶應義塾大学公認のボードゲームサークルであり、近年ではオリジナルゲームの販売も手掛けている。同サークルは、遅くとも1980年にはロールプレイングゲームをプレイしており、これは国内でも最古の部類に入るだろう。
その慶應HQに所属していた村樫裕康氏(ツクダの「ミッドガルド」(共作)、「オーガス ファクトリー」を手掛けた)がデザインしたのが「キャンパスライフ」である。ただし、このゲーム(キャンパスライフ)についての情報は極端に少ないため、同ゲームを原案とした「マクロスライフ」(多摩豊氏デザイン)について、先に検証していきたい。
「マクロスライフ」の詳細
コンポーネント
「マクロスライフ」は、「超時空要塞マクロス・スペースフォールド」(1983年ツクダ)に添付されたミニゲームである(一応タイトルロールではないためミニゲームとするが、スペースフォールドのマニュアルが5ページなのにマクロスライフのほうは8ページも占めており気合の入り方が伺える。なおどちらも多摩氏のデザインである)。コンポーネントはRPGらしく(?)ゲーム版はなく、10枚の女性キャラクターカードとプレイヤー、ゲームマスター個々の記録シート、共用の6面ダイスのみである。

プレイの準備
プレイは、プレイヤー(バルキリー隊の男性隊員役で2人以上6人以下)及びゲームマスター1名(必須)で行う。ゲームの目的は、ナンパし「獲得」した女性キャラの勝利ポイントの合計をプレイヤー間で争うものであり、通常のRPGのような協力プレイではない。
プレイ前にキャラクターメイクを行う。1d6をダイスロールして表を参照し与えられた数(0~3)を、ルックス、性格、要領、(パイロットの)腕の4項目に割り振る(行動結果のダイス修正値となる。初期値は全てゼロで、±2まで可能)。そして、リソースパラメーターであるお金と気力ポイント、友人ポイントを規定数獲得しプレイ開始となる。ゲームマスターは進行表と、女性キャラの各プレイヤーに対する「好意ポイント」の記録が主な作業である。
プレイ手順の概要
進行は行動決定と1d6ダイスロールで、能力とその他要素の修正値を加え、表の規定値と比較して大きければ成功となるシステムだが、現代の目で見ればあまり整理されているとは言えない。当時はこんなものだったか?
プレイ(行動)は1日を4時間ごとにスライスした「時間」に分かれ、日の半分は勤務でそれ以外は非番である(日曜は終日非番)。勤務時間では、まじめに勤務するかサボりを選択できる(サボりの場合バレなければ非番同様の行動を取れるが、バレると多くの気力を失う)。
非番の場合は、休息、友達付き合い、街(艦内市街地)に出る、のいずれかの行動を行うが、無論メインは街に出るである。ここでは、一定法則でGMが出した女性キャラがおり、それに声をかけ、デートに誘い、好意ポイントをあげていく。そして「口説く」ことで対象の女性キャラをゲットできる。このプロセスを4週間繰り返して、最終的に(女性キャラごとに設定された)勝利ポイントの合計で勝敗が決まる。なお、複数キャラをゲットしようとした場合、元カノから振られる可能性があるのは当然である。
また、月に1回だけ有給休暇が取れる。そしてゼントラーディー軍の襲撃があったらスクランブル発進しなければならない。
ゲームマスターの役割
さて、このシステムの中でのGMの役割だが、実際ほとんどない。スクランブル決定、リン・ミンメイとジャミスさんの出現タイミングを調整すること、秘密裏に行うデートの成功判定と好意ポイントの隠蔽記録のみである。ただし、この点がこのゲームの肝となる、最も重要なシステムであり、プレイヤーはGMの反応を見て(GMは好意ポイントによって反応を変えるようルールブックに指示されている=ものすごいアドリブ能力が必要だ!)女性キャラの好意度を類推し、次に誰にアタックするかを判断しなければならない。プレイヤーの持つ気力ポイントやお金、そして時間は有限のため、このリソース管理を行いながらプレイを行うのがゲームの骨子である。
無論、勝ちに行かなくても「絶対に今日は早瀬さんを落とすぜ!」、というプレイスタイルも可能であるし、女性と付き合うのを諦めて「腕」に全振りしゼントラーディ軍の撃破に全力を注いだって構わない(勝利点に全く影響しないが)。このあたりが実にRPGっぽいシステムである。
すいません、アンチミンメイ、早瀬さん激推しなんです昔から(26話まで)

「マクロスライフ」はRPGなのか?
このゲームについて、デザイナーの多摩豊氏はデザイナーズノートに、「このゲームをロールプレイと名付けることによって、ロールプレイゲーム全体が誤解されるのを恐れます」と書いている。当時(1983年)のTRPGの受容を勘案すると(まだ「トラベラー」も「ローズトゥロード」も発売されていない)賢明だっただろう。プレイヤーの選択肢が著しく少ないし、先にも書いた通り、GMがゲームプレイをコントロールすることも事実上できない(事実上NPCを演じることだけである)。
だが、多摩氏は文脈的に、これをTRPGとしてデザインしているようだし、実際彼が先にデザインしていた「エンタープライズ」や「クラッシャージョウ」よりもさらに入門編として訴求できるポテンシャルを備えていることは確かである(GMにとってもNPCのアドリブの練習になる)。
しかし、だからと言ってD&Dやルーンクエストを既に知っていたプレイヤーからすれば、これをTRPGと呼ぶことで、ノービスなユーザーが本来のTRPGの楽しさを間違って覚えてしまうことを危惧することは至極当然の事だろう。GMはシナリオも作れず、進行のコントロールすら出来ない。プレイヤーの行動選択肢はルールにより制限されているこのゲームを、TRPGと呼ぶことに躊躇した多摩氏の意見に私も同意する。
コンピュータRPGが、PCの機能的制限からTRPGの要素のごく一部しか再現できていないにも関わらず、それをRPGだと思い始めていた日本のユーザーたちを、同時代の先進的なTRPGプレイヤーは見ていたのかも知れない。ああなってはならないと。

「マクロスライフ」は恋愛シミュレーションゲームの始祖なのか
共通する要素
従来から取り沙汰されている通り、このゲーム「マクロスライフ」は「ときめきメモリアル」(1994年コナミ)に代表される恋愛シミュレーションゲームの始祖だと言われている。これは「異性をナンパし落とすことで勝利点を得る」という表層的な類似点だけではない。隠蔽されたパラメーターと、それによる表現の違いから次のアクションを選択するという、マクロスライフの核心部分を、コンピュータゲームに置き換えているからである。
最初期の恋愛シミュレーションゲームである「TOKYOナンパストリート」(1985年エニックス)から、既にこの要素は含まれている。選択肢は会話の内容からデートの行き先まで幅広く、51人(うち6人はダミー)もいる女性キャラの嗜好と現在の好感度を類推しながら、アクションを選んでいかなければならない。プレイヤーは時間とお金というリソース管理を意識しつつ最適解を目指さなければならない点もマクロスライフと類似している。ただこのゲームは、当時のハードの制約から表情グラフィックはほぼ固定で、リアクションのバリエーションも限られていることから、内部パラメーターはプレイヤーの脳内補間と感に頼るしかなかった。
翌年発売された「ギャルっぽクラブ」(1986年マイクロキャビン)も同様のシステムを持つが、このゲームでは「ゾッコンド」というパラメーターを数値で表示させることでリアクションの少なさを解消している(が若干の退化は否めない)。

右:ログイン誌1986年9月号の、マイクロキャビンの広告の一部
ちなみにギャルっぽクラブの広告の、グラフィックやアニメーションを期待して買うと相当がっかりしただろう
雌伏の時代
その後に出たアダルトソフト「天使たちの午後」「学園物語」「同級生」などは、正解手順を探り、又はフラグ立てを行う正当なアドベンチャーゲームである。この路線は、より大容量のデータを扱えるハードウェアの賜物であり(ただし当初はディスクの頻繁な入れ替えが必要だった)、表情やシチュエーションに画像を多用して話とを進めるという、そのままのちのビジュアルノベル、ノベルゲームへと繋がっていく。これは、キャラクターごとにストーリー性を持たせるという点で画期的であり、恋愛シミュレーションゲームのもう一つの特徴となったものの、マクロスライフの隠蔽パラメータの要素はオミットされていた。その要素が復活するのは1994年まで待たねばならない。
ご承知の方も多いと思うが、1985年当時はアダルトソフトと一般ソフトの差はあいまいで無きに等しかった。「177」国会追及事件と「沙織」事件を経て、ソフ倫の設立とゾーニングが確立するのは1992年以後である
「ときメモ」登場
1994年の「ときめきメモリアル」は、マクロスライフ直系の隠蔽パラメータ操作と、キャラクターごとのストーリー性の両立を果たし、恋愛シミュレーションゲームの金字塔となった(ゲーム批評家の阿部広樹氏は、このゲームはウィザードリィやローグ、ダンジョンマスターなどに匹敵する時代を変えたゲームだと言っている)。
この後、女性向けの嚆矢となったアンジェリーク(1994年光栄)を始め、「センチメンタルグラフィティ」(1998年NECインターチャネル)が(あらゆる意味で)とどめを刺すまでそのブームは続いた。現在は、多ジャンルとの競合や融合、ソーシャルゲームへの移行により、そのシステムはゆるやかに残存している。
ご存じない方のために説明しておくと「センチメンタルグラフィティー」はときメモの圧倒的なブームに乗ってセガとNECインターチャネルにより企画され、1997年初頭の声優オーディションから始まって過剰すぎるプロモーションを繰り返したものの(例えば体験版と銘打ったデモCDを3000円で販売したり、製品発売前に攻略本を売り出したりとアコギな商売を繰り返した)当初発表より3か月以上遅れて発売された本編はお世辞にも褒められたものではなかった(暗黒太極拳などと揶揄され、キャラのグラフィックも微妙に劣化し、完全に作業ゲーとなっているなど)。このようなマーケティング依存、本編軽視の作品のために、恋愛シミュレーションゲームのブームは失速することとなった。
「マクロスライフ」は原点なのか?
個人的には、マクロスライフが恋愛シミュレーションゲームの原点だという話には不賛成である。一つは、このゲーム「スペースフォールド」自体が、ウォーシミュレーションゲームの中でもマイナーに留まったこと(あくまでもマクロスゲームの売れ筋は戦闘戦術級の「ドッグファイト」「シティファイト」=但しツクダのゲームの中でも相当にアンプレイアブル)。もう一つは、もし複数異姓キャラをナンパするというゲームを作ろうとする場合、このようなパラメーターを組み込むシステムにしかなりようがないこと。そして最後に、マクロスライフの要素が、恋愛シミュレーションの要素の全てではないということである。先に見た通り、マクロスライフの要素を持たない、恋愛シミュレーションと呼ばれるゲームが多数存在するからである。
マクロスライフが無くても、のちの恋愛シミュレーションゲームは誕生しただろう。しかしそれは独立した孤高の存在として評価されるべきだと思われる。
カール大公氏のコメントを得て最後の1文を補記
話がそれた。次回はこのマクロスライフから、幻の「キャンパスライフ」を再構築していきたい。
