え、私の印税、低すぎっ!?~あの人の「10万部突破」、それ本当ですか?

<前回記事:「売れているのに不安になる」理由

大反響! 10万部突破!
発売即重版! 30万部突破!

部数がどれだけ派手でも、必ずしも作家に印税が入っているとは限らない。そして、それゆえに、心が病んでしまう作家がいる──というお話。

作家が印税を受け取る方法の一つに、実際に「売れた冊数」で計算する実売部数という方式がある。

ようするに、「1万冊作ったけれど、実際に売れたのは3,000冊だったので、3,000冊分だけ報酬を払いますね」という仕組みだ。

では、その実売部数──つまり「本が売れた冊数」とは、いったいどのようにして決まるのだろうか。

■実売部数は、どうやって決まるのか

素朴に考えれば、全国の書店で売れた数をすべて合計すればよさそうに思える。だが、現実には、各書店が「今日は何冊売れました」と出版社に逐一報告してくれるわけではないし、そもそも、そんな仕組みは存在しない

では、出版社は、どうやって「売れた冊数」を把握できるのか。

答えは、「取次」である。

出版社は、いきなり全国の書店に本を送るわけではない。本はまず、「取次」と呼ばれる流通業者にまとめて出荷され、そこから全国の書店へと配られていく。

したがって、出版社が最初に把握できるのは、「取次に何冊出したか(=書店に何冊配ったか)」という出荷部数である。

もちろん、この数字は、そのまま実売部数(売れた冊数)とはならない。なぜなら、本には「返品」という制度があるからだ。

書店は、売れなかった本を取次に返品することができる。取次は、その返品された冊数を集計し、出版社に報告する。
そこで、はじめて、

出荷部数 − 返品部数 = 実売部数

という計算が成り立つ。
ようするに、
本屋に置いた冊数」から、「売れずに返品された冊数」を引いたものが、「実際に売れた冊数(実売部数)」
というわけだ。

■返品は、いつ確定するのか

さあ、問題はここからだ。
厄介なのは、「返品がいつ確定するのか、正確には誰にも分からない」という点である。

そもそも「返品(返本)制度」とは、書店に並べたものの売れなかった本を、取次を通して出版社に突き返せる仕組みのことだ。

書店「10冊、売れ残ったよ。送り返すから、金、返して!」

だが、この返品は、全国一斉に、同じタイミングで返ってくるわけではない。

ある書店は、数週間で見切りをつけて返す。別の書店は、「もう少し様子を見よう」と、数か月置き続ける。場合によっては、半年以上たってから、まとめてドサッと返ってくることもある。

つまり、返品は、時期も量も、書店ごとにバラバラなのだ。その結果、ある時点で見えている返品数は、あくまで途中経過にすぎない。

したがって、出版社側の視点では、次のような状態になる。

出版社「『身体を折り曲げるだけ、パイこね式ダイエット』、1万部出荷したけど、いまのところ、返品は4,000部。……ということは、6,000部売れたと考えるべきか? いや、待てよ。半年後に、さらに4,000部、ドサッと返ってくるかもしれないぞ……」

このように、本当に売れているから返品が来ないのか、それとも、まだ書店が様子見しているだけなのか──その時点では、判断がつかないのである。

とはいえ、印税の支払いを永遠に待つわけにもいかない。そこで実務上は、取次から上がってくる出荷数と返品数を集計し、

「現時点では、これくらいだろう」

という見立てで、一定期間ごとに実売部数を確定させていく。

ここには、どうしても人の判断が入り込む。

完全に確定した、客観的な数字など存在しない。そのため、数字は自然と、安全側──つまり少なめに見積もられることになる。あとから払いすぎて調整するより、最初から慎重に見ておくほうが、合理的だからだ。

■返本率という現実

ここで、前提として知っておきたい数字がある。
それが、返本率だ。

出版科学研究所の調査(2023年)では、平均的な返本率は3〜4割、新人や売れ行きの弱い書籍では5割近くに達するケースもあるとされている。

つまり、仮に「10万部突破!」と聞いても、そのうち3万〜4万冊が書店から戻ってくる可能性は、普通にあるということだ。

では、その返ってきた4万冊は、どうなるのか。
捨てる?? いやいや、そんなわけはない。
売れている書店に、再び送るのだ。

売れない店から引き上げ、売れる店へ回す。
これは、ごく当たり前の流通調整である。

そして、この再配本もまた、「出荷」としてカウントされることがある。その結果、数字の見え方は、こうなる。

最初の出荷:10万部
返本:4万部
再配本:4万部

累計出荷:14万部

大好評!14万部突破!

──別に、嘘はついていない。「14万部」が何を指しているのかを、書いていないだけだ

もちろん、大手出版社では、こうした数字の扱いは極めて慎重だ。なぜなら、多くの場合、刷り部数で印税を支払っているからである。

帯に「14万部突破!」と書いた瞬間、作家から「じゃあ、14万部ぶんの印税を払ってくださいよ〜」と言われてしまう。

しかし、実売部数で印税を支払う出版社の場合、話は変わる。

数字はあくまで出荷ベースで語られ、印税は「実際に売れた分」でしか支払われない。この構造のもとでは、実売がほとんど積み上がっていないのに、部数だけが増えていくという現象が、見た目として起こり得る。

作家側から見ると、これはなかなかに衝撃的だ。

■もうひとつ、数字が先行する仕組み

乖離を生み出す仕組みは、もうひとつある。

たとえば、出版社がこう判断したとしよう。

「いま7万部突破。これは、もう一段いけそうだ。よし、3万部、増刷しよう

この判断が下された瞬間、何が起こるのか。
書店に並ぶ本の帯は、当然、次のように変わる。

「大好評! 10万部突破!」

そりゃそうだ。実際に増刷したのだから、当たり前の話。何もおかしなことはないように思える。

だが、ここで一つ、意外な事実がある。

この帯が巻かれるタイミングは、なんと
印刷所で「追加の3万部が刷られた」ときではない

出版社が、「3万部増刷しよう」と決めた時点である。

なぜなら、本の増刷には、数週間から1か月ほど時間がかかる。一方、帯やポスターは、すぐに刷れる。

だから営業は、先に動く。書店を回り、帯を巻き替え、「10万部突破!」というキラーワードを、できるだけ早く市場に出す

これは不正でも、裏技でもない。
ビジネスとしては、きわめて合理的な判断だ。

1か月後に言うより、いま10万部突破と宣伝したほうが、売れるに決まっている

──だが、ここで問題が起きることもある。

その「10万部突破!」の勢いで市場が動かなかった場合だ。

書店で思ったほど売れてない。
追加注文も来ない。

そうなれば、どうなるか。

当然、増刷は取りやめになる。
売れないのに、わざわざ本を刷る理由はない

こうして、

・「10万部突破!」という広告は残った
・だが、実際には、ほとんど売れなかった

という状況が生まれる。

これもまた、珍しい話ではない。

■数字が乖離する理由

ここまでの話を、整理しよう。

「部数」と「印税」が乖離する理由は、大きく三つある。

① 返品が確定しない → 少なめ見積もり
② 出荷部数でカウント → 数字が膨らむ
③ 見込み増刷で広告 → 数字が先行する

これら乖離の三重構造が組み合わさると、何が起きるか。

作家「10万部突破って帯に書いてあるのに、私の印税、低すぎっっ……!

もちろん、今まで述べてきたように、これは構造上の問題であり、けっしてその作家が騙されているわけではない。

だが、知らなければ不安になる。心がすり減っていく。そして、働いていなくて生活基盤が安定していない作家であれば、人知れず病んでいく。

■それでも、この仕組みを使う作家もいる

ここまでの話は、秘密の暴露でも、告発でもない。出版業界では、ある意味で常識だ。

そして、この仕組みを理解したうえで、あえて利用する野心家の作家もいる。印税は少ないかもしれない。だが、その代わりに、

10万部突破のベストセラー作家

という肩書きを、短期間で手に入れられる。

一度でも「売れた」という看板があれば、メディアに出やすくなり、仕事の選択肢も広がる。そのため、実売がどうであれ、「いまブーム、来てます!」という物語を先に完成させる作家もいる。それもまた、この業界を生き抜くための現実的な知恵なのだ。

■最後に

だから、世の中で
「10万部突破! ベストセラー!」
という肩書きを振り回して、偉そうにイキっている作家を見かけたときは、少し立ち止まったほうがいい。

その10万部は、はたして「刷り部数」なのか?
もし実売部数であれば、同じ10万部でも、意味はまったく違う。(ちなみに、意識高い&自己啓発系の新興出版社だと、実売部数の可能性が高い。なので、派手な部数を見かけたら、どこの出版社から出ているのか、よく確認してみよう)

ちなみに、私自身は、すべて刷り部数で印税契約をしてきた。実売部数で印税をもらったことは、一度としてない

そんな私の累計部数は、72万部です。

長くなったので、今回はここまで。次回こそ、私が実際に経験した、ヤバい話を書きたいと思う。

<本記事の続きはこちら↓>


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