マルクス・ガブリエルの倫理資本主義~すべての社会問題を解決する天才哲学者
<前回記事:マルクス・ガブリエルと斎藤幸平の思想対立>
斎藤幸平が、マルクス・ガブリエルに「掲載NG」を食らったという、ヤバい話の続き。
今回は、その背景にあるマルクス・ガブリエルの思想──「倫理資本主義」とはそもそも何か──について解説する。
■倫理資本主義とは
「企業の目的って、利益の追求でしょ?」
そう聞かれたら、多くの人は「まあ、そうだよね」と答えるだろう。だが、ドイツの若き天才哲学者マルクス・ガブリエルは、そんな常識に異を唱える。彼いわく、企業の目的は「善行」であり、その善行によって利益を得ることこそが、真の経済活動である、というのだ。
つまり──
「善いことすると、お金が儲かる!
そんな社会になれば、みんなハッピー!(^▽^)v」
これが、彼の提唱する「倫理資本主義」の基本理念である。
■倫理には「正解」があるか?
「でもさ、善いことなんて、人それぞれじゃない?」
もちろん、こんな反論もあるだろう。たしかに、倫理や正義は、時代や文化、立場によって変わるように思える。
ガブリエルは「企業の目的は善行だ」と語るが、では「善いこと」とは何なのか?
それが人によってバラバラなら、「善いことをすればいい」なんて、そもそも成り立たない話ではないか。
しかし、ガブリエルは、こう反論する。
目の前で子供がプールで溺れているとしよう。助けるのをさまたげる事情は一切ない。ただし、手にはキンキンに冷えたビールがある。子供を助けに行けば、そのビールはぬるくなってしまう──
さあ、あなたならどうするか?
こんな問いを投げかけられたら、ほとんどの人が迷わず「子供を助ける」と答えるはずだ。文化や時代は関係ない。理性を働かせれば、「ぬるいビールを避けるために子どもを見殺しにする」ことが明らかに誤りであるとわかる。そして、これに真っ向から反論できる人は、まずいないだろう。
この直感的な判断こそが、「この世界には絶対的に正しい行為が存在する」ことの証明ではないか。
ガブリエルは、こうした「誰もが正しいと認める善」を「道徳的事実」と呼び、こう高らかに宣言する。
「道徳的事実(絶対的な善)は、存在する!」
■企業の善行は「儲かる」べきである
さて、道徳的事実(誰もが正しいと認める絶対的な善)が本当に存在するのなら、人類も企業も、当然それを目指すべきであろう。
だが、ここでひとつ疑問が生まれる。
企業が善行をしたからといって、果たしてお金を儲けられるだろうか?
むしろ損しそうなイメージのほうが強い。
しかし、ガブリエルは、こう反論する。
たとえば、いまだ発見されていないクリーンエネルギーを実用化する「スーパーエネルギー社」が登場したとしよう。この会社が世界のエネルギー問題を解決すれば、関わった人々すべてが、想像もできないほどの富を手にすることになるだろう。
つまり、
「地球を汚さない、安価でクリーンなエネルギーを世界中に配りまくる会社があったら、当然、儲かるよね(^▽^)v」
という話。
この具体例を用いて、ガブリエルは高らかに宣言する。
「倫理的に優れたビジネスこそが、富を生む!」
実は、そうだったのだ。
この世界には「絶対的な善」が存在し、それを実行すれば、お金も儲かる。
ただ、人々がそのことに気づいていなかっただけなのだ。
もし、天才哲学者ガブリエルが解き明かしたこの真理を世界中の人々が知れば──きっと皆、我先に善行を始めるようになるだろう。
実際、ガブリエルはこう語っている。
「欲深い者ですら、善行によって利益を得るようになる」
ようするに──
「お金ほしい! よし、善行しよう!」
「もっと贅沢したい! じゃあ、もっともっと善行するぞ!」
という世界が来る、というわけである。
■哲学者が率いる倫理部門
とはいえ、「善行で利益を出している会社」なんて、現実にはほとんど見かけない。それは、なぜなのか?
ガブリエルによれば、その理由は明確である。企業において最も重要であるはずの部署──つまり「倫理部門」が、存在しないからだ。
この倫理部門を率いるのは、CEO(最高経営責任者)ではない。
CPO──最高哲学責任者である。
もう一度言おう。
最高哲学責任者である。
この部門の目的は、「収益を上げること」そのものではない。「倫理を守ることで収益を上げること」にある。つまり、「どうすれば善行をしながら、きちんと儲けられるか」を真剣に考えるということだ。
ガブリエルは次のように語っている。
たとえば、もしフェイスブックに倫理部門が存在していたなら、投稿監視のシステムや、フェイクニュース、AIボットの拡散を防ぐ仕組みを、早い段階で導入するよう提言したはずだ。
ようするに、企業がスキャンダルを起こしたり、炎上してダメージを受けたりするのは、「倫理部門」が存在しないからだ、というわけである。
ちなみに、ガブリエルの構想によれば、この倫理部門には、CPOのほかに──
・倫理学者が4人
・人文科学や社会学の専門家が5人
……という布陣が組まれ、全員が博士課程を修了した研究者たちで構成される。
近年、文系博士の就職難が問題になっているが、この「倫理部門」が標準装備になれば、一気に解決するだろう。企業は大金を積んで、「先生、どうかうちの倫理部門に来てください!」と頭を下げに来るに違いない。
「倫理部門」は、企業の救世主になると同時に、人文系博士の未来も救うのである。
ともかく、企業は今すぐに「倫理部門」を設置すべきだ。そうすれば、世界はより倫理的に、より持続可能に、そして、より多くの人がハッピーになれるかたちで経済を回していける──これがガブリエルの提案なのである。
■子供たちに選挙権を!
さらに、ガブリエルは政治においても「倫理」を求める。その最たる主張が、「子供に選挙権を与えよ!」というものだ。
「え? 子供は社会のことを知らないんだから、政治的に正しい判断なんてできるわけがないでしょ!」──そう思うかもしれない。だが、ガブリエルは「子供は未熟だ」という大人たちの声に対して、いつも、こう反論しているという。
あなたのまわりに日本語、アラビア語、古代ギリシャ語などの複雑な言語を数カ月で習得し、訛りなく話せる人がどれだけいますか? たいてい人はとびぬけて優秀な知り合いの顔を思い浮かべるかもしれないが、すべての子供は、そうした複雑な言語を第一言語として、あるいは第二・第三言語として自然に習得する能力をもっている。その事実を、あなたは見落としていませんか?
そう、子供には、圧倒的な学習能力とオープンマインドがある。つまり、ガブリエルに反論してくる「大人」たちよりも、「子供」の方がよっぽど賢くて信頼できるのだ。
さらに、子供は利害関係にとらわれず、「純粋に正しいこと」を言える存在でもある。身近に子供がいる人なら、誰もが一度は「あの王様、裸だよー」とあっさり真実を指摘する場面に出くわしたことがあるだろう。
たとえば、あるときガブリエルの娘(当時5歳)がこんなことを言ったという。
「なんでトイレ掃除の人より駅長のほうが、たくさんお金をもらえるの?」
ガブリエルが理由を説明しても、娘は納得しなかった。そして代わりに、こんな提案をしてきた。
「ピザやチョコレートみたいに、みんなが好きなものは、『誰もやりたがらないけど社会にとって大事な仕事』をした人だけが買えるようにすればいいのにね」
ガブリエルはこの言葉を聞いて、思わずハッとしたという。子供の方が、大人よりずっと合理的なのかもしれない、と。
このように、純粋な子供たちは、道徳的進歩の重要な推進力となりうる。
しかも、彼らを政治に参加させるメリットは、それだけではない。私たち大人には、「子供が不幸になることに耐えられない」という心理があり、それを利用できることだ。
実際、そうではないだろうか。普段は悪ぶっている人や、自己中心的な人でさえ、子供の前ではまるで別人のように振る舞うことがある。どこかの大人が泣いていても知らんぷりをするような人でも、子供が泣いていたら放ってはおけないものだ。
なぜか? それは、私たち大人には、子供に危害が加わりそうな状況に直面したとき、倫理的な行動を取ろうとする性質があるからだ。

だからこそ、子供たちを社会の意思決定に参加させた方が、世界はより倫理的になる──ガブリエルはそう考えているのである。
■倫理資本主義で、すべて解決!
まとめよう。マルクス・ガブリエルが「倫理資本主義」として提言した内容は、大きく次の二つである。
①企業に「倫理部門」を作ろう!
②子供に「選挙権」を与えよう!
この二つを実行に移せば、資本主義を続けながらも、持続可能で倫理的な社会を築くことができる。
……とはいえ、あまりに理想論すぎて失笑した人もいるかもしれない。だが、原則としてガブリエルの基本理念そのものは、「正しいこと」だと言えるだろう。
なぜなら、もし「誰もが正しいと認める善」があるとすれば、それは「人類共通の価値」であるからだ。つまり、企業がその「善」を実行すれば、「人類共通の価値」を増やすことになる。そして、増えた価値(富)は、当然ながら企業に利益として還元される「べき」なのだ。
道徳的価値と経済的価値は、本来、矛盾しない。みんなの役に立ち、誰かを幸せにしたからこそ、その対価としてお金が入ってくる。それはむしろ自然なことであり、経済活動の本来の目的であるとさえ言える。
だからこそ私たちは、両者(道徳と経済)を一致させた社会を目指す「べき」であり、このガブリエルの提案に、反論の余地はほとんどないはずなのである。
実際、こう思ったことはないだろうか?
「地球環境を汚さず、誰も犠牲にせず、人々の生活に役立つ製品を作ってる企業には、ちゃんと儲かってほしい」
「真面目にやってる会社は、あくどいブラック会社には負けないでほしい」
つまり、「倫理的な企業こそが儲かるべきだ」というのは、私たちの共通認識なのだ。
では、どうすれば、そんな社会を実現できるのか?
答えは、「みんなが哲学を学ぶこと」である。
市民一人ひとりが賢くなれば、環境を破壊して作られた100円のTシャツではなく、環境に優しい5000円のTシャツを選ぶようになる。
たとえば──
A社「100年後、地球に人が住めなくなるくらい環境を汚して作ったオシャレなシャツでーす!100円でーす!」
B社「子供を安い賃金で働かせ、ムチで打って作ったイケてるシャツでーす!10円でーす!」
C社「地球を汚さないように配慮し、捨てても土に還るシャツです。5000円です!」
さて、あなたはどのシャツを選ぶだろうか?
もし哲学を学び、倫理的に考える力が身についていれば、選ぶのはC社一択のはずだ。(どんなデザインであろうと)

市民全員が賢くなれば、社会もそうなる。だからこそ、文系のエリートたちは、人々をその方向へ啓蒙していかなくてはならない。そしてそれによって、環境問題、文系博士の就職難、エネルギー問題といった、現代の大きな課題も解決に向かっていくことになるだろう──。
これが、マルクス・ガブリエルが提案する「倫理資本主義」である。
──が、しかし。
このガブリエルの提案に対し、斎藤幸平がとんでもない「解説文」を書いてしまった。
その結果、見事に掲載NGを食らうことになるのだが……次回は、そのNGとなった「ヤバい解説」の中身を、ついに紹介したいと思う。

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