マルクス・ガブリエルはなぜ斎藤幸平を拒絶したのか〜知識人たちの論破の代償
<前回記事:マルクス・ガブリエルの倫理資本主義>
前回紹介した、マルクス・ガブリエルの「倫理資本主義」。その思想を紹介する書籍『倫理資本主義の時代』の巻末解説を依頼されながら、あろうことか「掲載NG」をくらった人物がいる──それが、あの斎藤幸平である。
今回は、そのNGとなった「ヤバすぎる解説」の中身を、ついに明かしたい。
■冒頭から空気読まない斎藤幸平
斎藤幸平の解説は、冒頭からクライマックスだ。定型のあいさつ文に続き、いきなりこう切り込む。
さて、本書の主張を一言でまとめれば、私、斎藤幸平の唱える「脱成長コミュニズム」などいらない、なぜなら「倫理資本主義」のもとで、持続可能な未来を作ることができるのだから、というものである。
いやいやいや。巻末解説なんだから、まずはガブリエルの実績や思想を軽く紹介し、「いま世界に必要なのは倫理の心だ」とか、それっぽいことを言いながら、空気を読んで適当に褒めてあげればいいじゃないか。
それなのに、斎藤は解説の開始直後にこう宣言する。
「この本の主張って、一言で言うと、俺の思想はいらないって話だよね?」
──もはや、最初から殴り合う気満々である。
■徹底的に否定する斎藤幸平
対立を宣言した上で、ガブリエルの主張には二つの独特な論点があると斎藤は言う。
本書の新規性はなにか? 哲学者ガブリエルの議論には、二つのユニークな点がある。
これはもちろん、前回述べたとおり。
①企業に「倫理部門」を作ろう!
→倫理を一番わかってる哲学者(最高哲学責任者)が、企業を導くべき!
②子供に「選挙権」を与えよう!
→もっとも倫理的な存在である子供こそが、政治に参加すべき!
斎藤も、それ自体については「素晴らしいことだ」と一定の評価をする。
哲学者と子どもたちによる資本主義の改革があれば、それは私たちの社会を豊かにし、民主主義や自由を守ることにもなる。もしそうならば、間違いなく素晴らしいことだ。
だが、次の行で、すぐさまこう続ける。
もちろん、私はガブリエルの結論に同意しない。
早い!早いよ、斎藤さん!
褒めるターンが短すぎる!
(いや、「もし本当に実現するんだったらスゴいよね」という言い方だから、そもそも褒めてないかも)
さあ、ここからいよいよ、斎藤の本格的な攻撃が始まる。
ここから先は
この記事が気に入ったらチップで応援してみませんか?
