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【恋の参謀あらわる!】#2「恋の参謀あらわる」|恋愛小説|連載小説|ライトノベル|ラノベ

【恋の参謀あらわる!】
44歳、婚約解消、ヨガの先生。運気は最高潮らしい。


「で、あんたは何を待ってるんだ」

低い男の声が、スマホの向こうから落ちてきた。

真琴は一瞬、呼吸を忘れた。

鑑定士なら、もっと柔らかい声で話すものだと思っていた。

大丈夫ですよ。
つらかったですね。
今は運気が切り替わる時期です。

そんなふうに、痛みに毛布をかけてくれるものだと。

けれど、レンと名乗った男の第一声は、冷えた床へ裸足で立たされるようなものだった。

「……復縁できるか、見ていただきたいんです」

「戻ってきてほしいのか」

真琴は答えに詰まった。

そのために電話をかけたはずなのに、声にしようとすると胸の奥が引っかかった。

「分かりません」

「じゃあ、何を聞きたい」

「彼は、まだ私のことを思っていますか」

「その答えを聞いて、あんたはどうする」

「どうするって……」

「思ってると言われたら待つ。思ってないと言われたら傷つく。どっちにしても、自分では決めない」

胸の奥を、細い針で突かれた気がした。

「初対面で、よくそんなことが言えますね」

「初対面だから言える」

「普通は、もう少し言い方があると思います」

「あるな。でも、あんたは優しく言われたら、その言葉に座り込むだろ」

真琴は黙った。

言い返したかった。

けれど、言葉が見つからなかった。

「仕事も見てください」

半ば逃げるように話題を変えた。

「ヨガインストラクターをしています。でも最近は、若い先生の方が人気で、私のクラスは予約が減っています。この仕事、続けられますか」

電話の向こうに、短い沈黙が落ちる。

「続けたいのか」

また、それだった。

未来を聞いているのに、この男は真琴の意思ばかり聞いてくる。

「続けたいから聞いてるんです」

「じゃあ続けろ。問題は、続けるために何を変えるかだ」

「そんな簡単に言わないでください」

「今の話だけで、ひとつ分かる」

男の声が少し低くなる。

「今のあんたは、恋も仕事も、誰かに選ばれるかどうかで見てる」

真琴はスマホを強く握った。

「……もういいです」

耳から離しかける。

「切るのか」

「切ります」

「それもいい。金もかかるしな」

淡々とした声が、余計に腹立たしかった。

「ただ、切る前にひとつだけ覚えておけ」

聞きたくないのに、通話終了のボタンを押せなかった。

「終わってはいない」

真琴の息が止まる。

「でも、そのままだと終わる」

そこで通話は切れた。

画面には、通話時間と料金が表示されている。

たった数分で、夕食代より高い。

馬鹿みたいだと思った。

けれど、それ以上に馬鹿みたいなのは、もう一度あの声を聞きたいと思っている自分だった。

翌朝、真琴は早く目を覚ました。

部屋の狭さも、開けかけの段ボールも、式場のパンフレットも昨日のままだった。

それでも、身体のどこかが落ち着かない。

レンの鑑定ページを開く。

待機中。

その表示に胸が跳ね、すぐに閉じた。

電話占いに頼る人を、真琴はどこか遠い存在だと思っていた。

寂しくて、弱くて、自分で決められない人。

けれど今、自分の指にも同じ問いが張りついている。

彼は戻ってきますか。
仕事は続けられますか。
私は、まだ終わっていませんか。

真琴はスマホを伏せた。

その日の朝のレッスンは、生徒が三人だった。

レッスン後、スタジオ責任者に呼ばれる。

「来月の編成前に、公開レッスンを入れたいと思っています」

「公開レッスン、ですか」

「既存の会員さん以外にも告知して、反応を見ます。その結果も含めて、今後の枠を判断することになります」

言葉は柔らかい。

けれど、意味ははっきりしていた。

最後の猶予。

「いつですか」

「三十日後です」

何かを変えるには短すぎて、何もしないまま終わるには長すぎる。

「真琴さんのレッスンが必要な方はいると思います。ただ、今は見つけてもらう形も必要なので」

見つけてもらう形。

昨日の言葉が戻る。

そのままだと終わる。

スタジオを出た真琴は、駅へ向かう途中で足を止めた。

古い商業ビルの階段下に、小さな看板がある。

本日出演
九条 蓮
恋愛・仕事・人生転機

レン。

電話の鑑定士と同じ人だろうか。

そう考えながら、足は階段を上っていた。

帰ればいい。

占いにすがるほど弱くない。

そう思う一方で、三十日後、何も変わらなかった時の逃げ道を、心のどこかで探していた。

三階の占いブースは、思ったより簡素だった。

半透明の仕切り。
小さな机。
椅子が二つ。

黒いシャツを着た男が、机の向こうに座っていた。

真琴を見るなり、男は眉を上げた。

「また来たのか」

その声で分かった。

「あなたが、レンさんですか」

「電話ではレン。対面では九条蓮」

「どうしてここに」

「働いてるからだろ」

本当に、言い方というものを知らない。

蓮は向かいの椅子を顎で示した。

「座れば」

「まだ相談するとは言ってません」

「ここまで階段を上ってきた人間の台詞じゃないな」

真琴はむっとしながら、椅子に座った。

「三十日後に、公開レッスンが決まりました。それで今後の枠を判断するそうです」

蓮は驚かなかった。

「いいじゃないか」

「いい?」

「期限ができた。ぼんやり不安でいるより、ずっといい」

「そんな言い方……」

「ひどいか」

「ひどいです」

「だろうな」

怒りで胸が熱くなる。

蓮は机のカードを一枚引き、すぐに伏せた。

「昨日言った通りだ」

「終わってない。でも、そのままだと終わる、ですか」

「覚えてるなら話が早い」

真琴は膝の上で手を握った。

「私は、待っているだけじゃありません。仕事もしています。生徒さんにも向き合っています」

蓮は黙っている。

その沈黙に押されるように、真琴の声は小さくなった。

「……美月さんみたいには、できないかもしれないけど」

「若くて、満席の先生か」

真琴は答えなかった。

蓮は伏せたカードの端を指で叩く。

「仕事をしてることと、運を動かしてることは違う」

「どういう意味ですか」

「亮介が戻るか。スタジオが残すか。生徒が見つけるか。誰かが分かってくれるか。自分の人生が動くかどうかを、全部他人の判断待ちにしてる」

「待っているわけじゃありません」

言い返した声は、弱かった。

蓮は真琴を見る。

「あんた、待つのが上手すぎる」

朝、何度もスマホを開いたこと。

プロフィールを書き換えられず、消したこと。

三十日後を告げられながら、誰かが助けてくれることを期待していたこと。

真琴は立ち上がりかけた。

「そんなふうに決めつけないでください」

「ダメだな、あんた」

真琴の手が止まった。

「人としてですか」

「違う」

蓮は即答した。

「真面目すぎる。愚直すぎる。バカ正直すぎる。自分を後回しにするのがうますぎる」

真琴は立ったまま動けなかった。

「自分の運まで、他人に差し出してるのがダメなんだよ」

責められている。

なのに、責められているだけではない気がした。

真琴は、ゆっくり椅子へ戻った。

「……どうすればいいんですか」

「その質問も、誰かに決めてもらう癖だ」

「じゃあ、何も聞けないじゃないですか」

「聞けばいい。ただし、答えを丸ごと預けるな」

蓮はメモ帳へ大きく数字を書いた。

30。

「毎日五分、自分のためにヨガをしろ」

「ヨガは仕事でしています」

「仕事じゃなく、自分のためにだ」

さらに、書き足していく。

毎日一投稿。
部屋を一か所片づける。
水を飲む。
亮介を待つ時間を、自分の予定に変える。

「それから、AIを使え」

真琴は顔を上げた。

「嫌です」

「早いな」

「ヨガの言葉をAIに書かせるなんて違います。身体を見て、呼吸を聞いて、言葉を置くのがヨガです」

「本当にそれだけか」

真琴は黙った。

本当は、AIが自分よりうまく言葉にすることが怖かった。

何年も大事にしてきたものを数秒で整えられたら、自分の言葉は何だったのかと思ってしまいそうだった。

「……自分の言葉じゃなくなる気がします」

蓮は少し黙った。

「AIが書いたら全部偽物で、自分で書いたら全部本物か」

「それは……」

「言葉を預けろとは言ってない。道具として触れと言ってる。嫌なら、何が嫌なのか自分の言葉で説明できるようになれ」

蓮はメモを破り、真琴の前に置いた。

三十日。
毎日五分、自分のために身体を動かす。
毎日一投稿。
AIを一度使う。
部屋を一か所片づける。
亮介を待つ時間を、自分の予定に変える。

占いの結果ではなかった。

開運グッズでも、願えば叶うという言葉でもない。

ただ、地味で面倒な宿題だった。

「あなた、本当に占い師なんですか」

蓮は少しだけ笑った。

「九条蓮。職業、占い師」

少し間を置く。

「役割、恋の参謀」

「恋の参謀?」

「そうだ」

胡散臭い。

あまりにも胡散臭い。

それでも真琴は、その紙を捨てられなかった。

「あんたの運、動かしてやる」

「偉そうですね」

「偉そうに言ってる」

帰り道、真琴は駅前のベンチに座った。

手の中には、蓮の雑な字のメモがある。

スマホを開くと、亮介とのトーク画面が目に入った。

最後の言葉は、三日前。

荷物、あとで送る。

真琴は画面を閉じ、カレンダーを開いた。

三十日後に予定を入れる。

公開レッスン。

その前日の夜にも予定を入れた。

自分のために、早く寝る。

亮介の連絡を待つために空けていた夜へ、自分の予定を入れたのは久しぶりだった。

続けて、検索画面を開く。

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文字を打ったところで、指が止まる。

検索はできなかった。

まだ怖い。

それでも、さっきより少しだけ、怖さの形が分かっていた。

運が動いたとは思わない。

人生が変わったとも思えない。

ただ、待っているだけの時間に、小さな線を一本引いた。

それだけだった。



今日の運を動かす一手

元彼のために空けていた時間へ、自分の予定を1つ入れる。


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