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【恋の参謀あらわる!】#3「運が悪いんじゃない、導線が死んでる」|恋愛小説|連載小説|ライトノベル|ラノベ

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検索窓にそこまで打って、真琴は指を止めた。

駅前のベンチ。

膝の上には、蓮の雑な字のメモがある。

AIを一度使う。

その一行の上で、目が止まっていた。

検索ボタンを押せばいい。

ただ、それだけなのに、指が動かなかった。

機械が怖いわけではない。

怖いのは、何年も大切にしてきたものを、自分よりうまく言葉にされてしまうことだった。

自分だけのものだと思っていた言葉が、誰にでも作れる型だったと分かったら。

その時、自分は何を信じればいいのだろう。

真琴は画面を閉じた。

まだ無理。

そう思うと少し安心して、その安心が悔しかった。

翌朝、真琴は五分だけヨガをした。

仕事としてではなく、自分のために。

誰かに命令されてするヨガなんて違う。

そう思いながらマットを敷き、手のひらを床につける。

吸って、背中を伸ばす。

吐いて、背中を丸める。


肩甲骨のあたりが固い。

首の後ろも詰まっている。

身体は、真琴が思っていたより正直だった。

レッスンのため。

生徒のため。

体型維持のため。

仕事を失わないため。

誰かに必要とされるため。

いつから、自分のためにヨガをしなくなったのだろう。

五分が過ぎる頃には、昨日より少しだけ息が深くなっていた。

運が動いたわけではない。

それでも、身体が自分のところへ戻ってきた気がした。

午前のレッスン後、真琴は更衣室で投稿画面を開いた。

朝、自分のために五分だけ身体を動かしました。

そこまで打ち、指が止まる。

仕事前の身体は、思っていたより固くて。

消す。

四十四歳からでも。

消す。

若さに戻るのではなく。

また消した。

どれも、どこかで見た言葉に思えた。

誰も傷つけず、誰にも嫌われず、誰にも強く届かない言葉。

投稿画面を閉じた時、蓮からメッセージが届いた。

「投稿したか」

真琴は顔をしかめた。

「何を書けばいいか分かりません」

返事はすぐに来た。

「だから導線が死んでる」

「導線って何ですか」

「見つけてもらって、読んでもらって、来てもらうまでの道」

「私はヨガをしています。営業がしたいわけではありません」

「なら、誰も来なくていいのか」

真琴は黙った。

来てほしい。

必要な人に見つけてほしい。

けれど、それを口にすることが浅ましいように思えてしまう。

次のメッセージが届いた。

「喫茶 楓。十五分後」

勝手すぎる。

そう思いながら、十分後には店の前に立っていた。

行かなければ、また昨日までの場所へ戻る気がした。

店の奥、窓際の席に、黒いシャツの蓮がいた。

真琴が座ると、挨拶もせずに言う。

「スマホ出せ。プロフィールを開け」

真琴はSNSの画面を開いた。

ヨガインストラクター。
初心者の方にも安心して受けていただける、やさしいレッスンをお届けしています。

蓮は三秒ほど見た。

「死んでる」

「言い方」

「誰向けか分からない。何が変わるのかも、どこで受けられるのかも分からない」

「初心者にも安心、やさしいレッスン。悪い言葉ですか」

「悪くない。薄い」

真琴は唇を結んだ。

蓮は続けて、スタジオの公式サイトを開かせた。

五年前の写真。

一人ひとりの身体に寄り添う、丁寧なレッスンを心がけています。

「これ、あんたじゃなくても言える」

「私らしいと思っていました」

「らしいな。でも、今のあんたじゃない」

胸が縮んだ。

今の自分。

四十四歳。

婚約解消。

若いインストラクターに押され、プロフィールも書き換えられない女。

「今の私なんて、出しても仕方ないです」

「それだ」

蓮が顔を上げた。

「あんたは今の自分を隠して、昔の自分の看板で営業してる。だから昔のあんたを知ってる人には届く。でも、今のあんたを必要としてる人には見つからない」

「今の私を必要としている人なんて、いるんでしょうか」

蓮はすぐには答えなかった。

運ばれてきたコーヒーを一口飲み、言う。

「いる」

珍しく、軽くない声だった。

「四十代で身体の変化に戸惑ってる人。若い先生のテンションについていけない人。痩せるとか若返るとか言われるたび、少し疲れる人。鏡を見るたび、昨日より老けた気がする人」

真琴は何も言えなかった。

「美月に届く人がいる。あんたにしか届かない人もいる。ただ、今のあんたは、その人への道を作ってない」

導線が死んでいる。

その意味が、少しだけ形を持った。

「じゃあ、どう書けば」

言いかけて、真琴は止まった。

「……答えを丸ごと預けるな、ですよね」

「覚えがいいな」

「腹が立つので」

蓮はメモ帳を開いた。

「質問を変えろ。どう書けばいいかじゃない。誰に届けたいかだ」


誰に届けたいのか。

真琴は、今朝の自分の身体を思い出した。

肩甲骨の固さ。

首の詰まり。

腹の奥に残っていた緊張。

「朝、身体が重い人」

蓮は何も言わない。

「ちゃんと寝たはずなのに、疲れが抜けていない人」

真琴は続けた。

「若く見られたいわけじゃない。でも、鏡を見るたびに少し落ち込んでしまう人」

それは、ほとんど自分のことだった。

「今日の身体を、好きになれなくても。せめて、嫌いになりたくない人」

「それだ」

蓮が言った。

「今の言葉を投稿しろ」

真琴はスマホを開いた。

朝、身体が重い人へ。

ちゃんと寝たはずなのに、疲れが抜けていない朝。
若く見られたいわけじゃない。
でも、鏡を見るたびに少し落ち込んでしまう日。

今日の自分の身体を、好きになれなくてもいい。
せめて、嫌いにならないために。

五分だけ、呼吸を整えるヨガをします。

画面を見つめる。

まとまってはいない。

でも、消したくなかった。

「投稿しろ」

「命令しないでください」

「なら、投稿するな」

「それも腹が立ちます」

「面倒くさいな」

真琴は蓮を睨み、そのまま投稿ボタンを押した。

たったそれだけなのに、胸の奥が熱くなる。

「次」

蓮が言った。

「まだあるんですか」

「AI」

真琴の手が止まった。

蓮が示したアプリを開く。

簡素な入力欄が表示された。

「最初は、強みを三つ聞け」

真琴は文字を打った。

私は四十四歳のヨガインストラクターです。十年付き合った婚約者と別れ、仕事でも若い先生に押されています。SNSが苦手で、自分の言葉を書くのが怖いです。私の強みを三つ教えてください。

送信ボタンに指を置く。

「怖いか」

「簡単に励まされるのも嫌です。でも、何も返ってこなかったら、それも嫌です」

「面倒くさいな」

「言わなくていいです」

真琴は長く息を吐き、送信した。


数秒。

画面に文字が現れた。

あなたの強みは、次の三つかもしれません。

一つ目。
継続力です。長く一つの仕事に向き合ってきた経験は、信頼につながります。

二つ目。
丁寧さです。相手の状態に合わせて、無理のない関わり方ができる点は、ヨガインストラクターとしての強みです。

三つ目。
今、傷ついていることです。傷ついている人は、同じように自分を責めている人の痛みに気づけることがあります。

真琴は画面を見つめたまま、動けなかった。

機械が作った言葉だ。

そう分かっている。

画面の向こうには人間はいない。

真琴のレッスンを受けたこともなければ、紺色のマグカップも、昨日の占いブースも、公開レッスンのことも知らない。

一つ目も、二つ目も、たぶん間違ってはいない。

でも、どこかで聞いたことのある言葉だった。

きれいに整っていて、正しくて、少しだけ遠い。

それなのに。

三つ目の言葉だけが、胸の奥で静かに引っかかった。

今、傷ついていることです。

真琴は唇を噛んだ。

傷ついていることが、強みになるなんて思ったことはなかった。

弱さだと思っていた。

隠すものだと思っていた。

プロフィールに書いてはいけないものだと思っていた。

「泣くなよ」

蓮が言った。

「泣いてません」

「泣きそうな顔してる」

「見ないでください」

「見てない」

「見てます」

蓮はコーヒーを飲んだ。

「で、どうだった」

真琴は画面を見つめた。

「悔しいです」

「何が」

「少し、救われてしまったことが」

蓮は何も言わなかった。

真琴は続けた。

「AIなのに」

蓮は答えず、真琴のスマホを指で示した。

「胸が動いた場所だけ、拾え」

真琴は画面を見る。

三つ目。

今、傷ついていることです。

「ここです」

「なら、そこだけ使え。残りは捨ててもいい」

真琴は驚いた。

「捨ててもいいんですか」

「全部ありがたがる必要はない」

蓮は短く言った。

「材料にしろ。決めるのはあんただ」

真琴はメモを開いた。

傷ついていることは、隠すものだと思っていた。
でも、同じように自分を責めている人の呼吸に届くなら、少しだけ意味があるのかもしれない。

投稿する勇気はまだなかった。

保存だけした。

蓮は何も言わなかった。

喫茶 楓を出る頃、さっきの投稿には、いいねが三つついていた。

その中に、見覚えのある名前があった。

紗季。

昔、真琴のレッスンに通っていた生徒。

コメントはない。

たった一つの、いいね。

それでも。

届いた。

ほんの少し、自分の言葉が誰かのところへ届いた。

死んでいると思っていた道の先に、小さな灯りがついた気がした。

夜、真琴は段ボールを一つ開けた。

全部を片づける気力はなかった。

中から古いレッスンノートだけを取り出し、机へ置く。

水を一杯飲む。

亮介とのトーク画面は開かなかった。

代わりに、AIの入力欄へ文字を打つ。

今日の投稿を、もっと届く言葉にするなら、どこを直せますか。

送信はできなかった。

けれど、消しもしなかった。

答えを聞くかどうかも、自分で決めればいい。

古いレッスンノートを開くと、ページの端に、昔の自分の字が残っていた。

由梨さん 三週連続欠席。
次は声をかける。

その下に、もう一つ。

呼吸は、戻るためではなく、始めるためにもある。


真琴は、その一文を指でなぞった。

忘れていたのは、届け方だけではなかったのかもしれない。

自分の言葉も、どこかに置き忘れていた。



今日の運を動かす一手

AIに「私の強みを3つ教えて」と聞いてみる。


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