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連続投稿39日目、フォロワー1,000人突破記念。雪綴ゆきさんから学んだ、noteで小説を書き続けるということ|エッセイ|コラム|リスペクト

雪綴ゆきさんから学ぶ、noteの伸ばし方戦略。小説を書き続けるということ


はじめに。
このコラムを書くことについては、事前に雪綴ゆきさんご本人から快くご了承をいただいています。

ただ、ここから先に綴る内容は、あくまで僕が雪綴ゆきさんの記事や歩みを追いながら感じたことを、自分なりの視点でまとめたものです。
そのため、ご本人の思いや、読者の皆さまの受け止め方と異なる部分もあるかもしれません。

もし意図とずれている点や、好ましくない表現があれば、きちんと受け止めて対応したいと思っています。


少し長い文章になります。
雪綴ゆきさんへのリスペクトと、僕なりの想いを音にしてみました。
よかったら、そっと聴いていただけたら嬉しいです。


僕がnoteを始めて39日。
ありがたいことに、フォロワー1000人というひとつの節目まで来ることができた。

ここまで走ってくる中で、ずっと目標のひとりとして見てきたのが、雪綴ゆきさんだ。

雪綴ゆきさんは、公務員として働きながら、ライトノベル作家になる夢を公言し、noteで物語を書き続けている人だ
自己紹介記事を読んだとき、ただ文章が上手い人というだけではなく、この人は人生ごと夢を追っている人なんだと感じた。

「公務員×夢はライトノベル作家」
この肩書きは強い。
何者かがすぐに伝わるし、同時に応援したくなる物語がある。
しかも、その夢はふわっとした憧れではなく、書籍化やアニメ化という具体的な言葉で示されていた。
だからこそ読者は、作品だけでなく、この人の歩みそのものを見たくなるのだと思う。

実際、今の雪綴ゆきさんはかなり強い。
検索で「ライトノベル」や「ラノベ」と入れても、雪綴さんの作品がしっかり目に入ってくる。
しかも、それは投稿を休んでいる時期があってもなお続いていた。
この時点で、ただ一時的に伸びた人ではなく、作家名と作品名の両方が読者に認識されている人なのだと分かる。

でも、僕が今回書きたかったのは、今の強さだけじゃない。
そこに至るまでの過程のほうだ。


初期の雪綴さんを見ていくと、今の印象とは少し違う景色がある。
フォロワー1000人達成前後の時期でも、連載本編は60〜80スキ前後の回が多く、記念記事がようやく200前後という印象だった。
今のように何を書いても大きく届くという感じではなく、ちゃんと助走期間があったことが分かる。

ここに、僕はむしろ希望を感じた。

今の雪綴ゆきさんだけを見ると、どうしても最初から特別だった人のように見えてしまう。
でも実際は、最初から全部が圧倒的だったわけではない。
試行錯誤しながら、少しずつ作家名と作品を読者に浸透させてきたのだと思う。

やがて雪綴さんは、連載中だった戦記ダークファンタジー小説をいったん休止する。
物語をより深く、納得のいく形に仕上げるために、しばらく投稿を休むという判断だった。

この決断だけでも、書き手としてかなり苦しかったはずだと思う。
連載を止めるのは勇気がいるし、特に夢をかけている本命の作品ならなおさらだ。
しかもそのあと、雪綴さんは日常や朝活、暮らし、ペットのことなど、エッセイ寄りの記事も書くようになる。
そして数字だけを見れば、そちらのほうが明らかに反応が大きくなっていく。

これはnoteという場所の現実なのだと思う。
小説よりも、日常や感情に触れる文章のほうが広く届きやすい。
でも、小説を書く人間からすると、この変化は少し切ない。

本当に届けたいのは小説のはずなのに、より大きく反応されるのは別の形式。
戦略としては正しいのかもしれない。
けれど心の中では、きっと単純には割り切れなかったんじゃないかと思う。

実際、その複雑さは後の記事ではっきりと言葉になっている。

雪綴さんは「もやもやを吐き出していいですか?」という記事の中で、かなり率直に書き手としての苦しさを綴っていた。
力を尽くして書いた記事ほど静かに沈んでいくことがあること。
何気なく書いた短いエッセイが、思いがけず多くの人に届くこと。
自分の想いと数字のあいだで揺れる心。

この文章を読んだとき、僕は胸が張り裂けそうになった。

たぶんあの頃の雪綴さんは、ただうまく方向転換したのではなかった。
書きたいものと、読まれるもののズレに、確かに傷ついていたのだと思う。
それでも書くことをやめない。
そこに、この人の強さがある。


しかも皮肉なことに、その“もやもや”を正直に吐き出した記事が、おそらくご本人にとって初の700スキ級の大きな反響につながっている。
これは残酷でもあるけれど、同時に、雪綴ゆきさんという人がどれだけ読者から信頼されていたかを示しているようにも思えた。

僕には、この数字は単に記事に付いた数字というより、雪綴ゆきさんというひとりの人格者に付いた数字に見えた。
ただ真っ直ぐに、ひたむきに書き続けてきた人の声だったからこそ、多くの人の心に届いたのだと思う。

この頃の流れを見ていくと、もうひとつ印象的なことがある。
雪綴さんは小説を完全に手放したわけではなかった。
休止のあと、ちゃんと再開もしている。

ただ、その再開回の数字は113スキだった。

113という数字自体が決して小さいわけではない。
でも、その前後のエッセイや報告記事の伸びを見ていると、ご本人が落胆したというのもすごく自然に感じる。
しかも編集後記には、「いっそ最初から書き直そうかと迷った」「細部まで書き込もうとするとライトノベルらしさが薄れてしまう」「長編ゆえに整合性を保つのも難しい」といった葛藤が残されていた。

ここには、本気で悩みながら書いていた痕跡がある。

どうすればもっと良くなるのか。
どうすれば自分の書きたいものと、読者に届く形が重なるのか。
その問いの中で苦しみながら、それでも続きを選んでいた。
作品自体は秀逸だと僕は思う。
だからこそ、良いと思えるものが数字に追いつかない苦しさが、いっそう切実に見えた。

そして、その延長線上で書かれたのが、「スキ活ってダメ?」という記事だった。

ここで雪綴さんは、小説再開回がなかなか100スキにも届かなかったこと、それを見て自分が思っていた以上に数字を気にしていたこと、さらには「ライトノベル作家として魅力がないのかな」とまで思ったことを、かなり率直に書いている。
そのうえで、スキ制限や交流の現実にも触れながら、コメント回りと記事の質を高めることが今後の方針だと結論づけていた。

この文章を読んで思った。
雪綴ゆきさんが初めて1000を超えたのは、テクニックを売ったからじゃない。
創作の痛みと、note運用の現実を、誠実に言葉にしたからだと。

感情だけに流れない。
ノウハウだけにも逃げない。
苦しさをちゃんと認めたうえで、それでも自分なりの答えを探していく。
そこに、この人の強さがあるのだと思う。

さらに大きかったのは、年始の記事でも雪綴さんが長編ダークファンタジー小説の完結をはっきり目標に掲げていたことだ。
しかも「ここが私のnoteの本命なので、書き切ります」とまで言っている。


この一文に、僕はすごく心を打たれた。

エッセイやコラムのほうが数字を取りやすい現実を知ったうえで、それでも本命を小説に置き続けている。
伸びるものに迎合するのではなく、伸びる現実と向き合いながら、自分の好きなものを追い続ける。
それが雪綴ゆきさんなのだと思う。

そして年明け、雪綴さんはさらに大きな決断をする。
第67話まで連載してきた小説を、「より良い形で届けるため」にリライトし、第1話から再始動すると発表したのだ。
しかも、ここでようやくタイトルも定まり、『ルミナール戦記』として新たに走り始める。

これはかなり重い決断だと思う。
ただ続きを書き進めることもできたはずなのに、あえて立ち止まり、作品そのものを届け直す道を選んだ。
数字だけを見ていたら、なかなかできることじゃない。

僕的には、環境やテーマのせいにせずに、ひたすらに自分の好きなものを追求する試みが本当に素敵だと思う。
noteでは小説は読まれにくい、エッセイのほうが強い、そういう現実は確かにある。
でも雪綴さんは、だから仕方ないで終わらせず、じゃあどうすればもっと良い形で届けられるかを考え続けた。
休止も、再開も、もやもやも、リライトも、全部その延長線上にあるように僕には見える。

しかも、リライト後の『ルミナール戦記』は明らかに強くなっていた。
再始動後の0話、1話、2話は、以前の苦戦期に比べて何倍ものスキを集めている。
少なくとも、再開回113スキだった頃とは届き方がまるで違う。
つまり、あの試行錯誤はちゃんと報われているのだ。

もちろん、その一方でコラム系の記事が1000を超える現実も変わらない。
だからこそ雪綴ゆきさんの歩みは面白い。
本命の小説を育てることにも成功しながら、より多くの人に届く入口としてコラムも機能させている。
その両輪があるから強いのだと思う。

そして、雪綴ゆきさんの魅力がいちばんよく表れているのは、記事本文だけじゃなくコメント欄かもしれない。

実際にやり取りを見ていると、そこにはただ丁寧な返答をする人ではなく、相手の言葉をきちんと受け取り、少しでも気持ちが軽くなるように返そうとする人柄がはっきり出ている。
自分の弱さも隠さず見せる。
でも最後は、相手がコメントしてよかったと思える場所に着地させる。
これを貰ったら、誰だってファンになると思う。

たぶん読者は、記事だけを好きになっているわけじゃない。
雪綴ゆきさんという人そのものに、少しずつ信頼を重ねているのだ。
だから雪綴さんの数字は、上手く書ける人に集まった数字というより、誠実に人と向き合ってきた人に積み上がった数字なのだと思う。

さらに面白いのは、僕が興味を持って覗いたメンバーシップに、雪綴さんがかなりの頻度で参加していたことだ。
把握しているだけでも複数あって、偶然にしては少し出来すぎているように感じた。

このことから見えてくるのは、雪綴ゆきさんがただ自然体で伸びた人ではなく、学べる場所に自分から足を運び、成長できる環境に身を置いている人でもあるということだ。
人柄がいい。文章が丁寧。継続力がある。
それはもちろん大前提としてある。
でも、それだけではなく、より良く届けるために学び、他者の知見も吸収しようとしている。
僕には、その姿勢も雪綴さんが伸び続けている理由のひとつに見えた。

この記事で僕が伝えたかったのは、noteで小説を書き続けることの大変さだ。

読まれやすいものと、書きたいものが一致しないことがある。
力を込めて書いた作品ほど、思うように届かず、静かに沈んでしまうこともある。
それでも、自分の好きな物語を諦めずに追い続けることは、簡単なようでいて、たぶんとても難しい。

雪綴ゆきさんは、note研究家であり、ライトノベル作家志望であり、その両方を抱えながらここまで歩いてきた人なのだと思う。
そしてそんな雪綴さんを追いかけながら、僕自身もまた、37日でフォロワー1000人というひとつの節目まで来ることができた。
この37日は、ただ数字を追った時間ではない。
書くこと、届けること、続けることの意味を、自分なりに何度も考えた時間だった。


それでも夢を諦めないゆきさんと共に、僕たちは歩き続ける。

さらにパワーアップした『ルミナール戦記』が、これからどんな景色を見せてくれるのか。
ひとりの読者として、同じく書き続ける人間として、心から楽しみにしています。

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