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学んでいるのに成長しない人の正体は、内化はしてるけど参加をしていない?!

はじめに

仕事の後は本も読んでいるし、動画も見ている。
それなりに勉強時間も使っている…。
頑張っているはずなのに…!

でも、なぜか成長している実感がない。
はぁ、この先のキャリア、どうなるんだろう…。

これは、決して努力不足などではなく、学び方の偏りかもしれません。



学習の2タイプ

今回取り上げるのは、「学び(学習)には、2タイプありますよ」というお話です。

学びの2タイプ

内化(ないか)

ひとつは、知識を頭に入れる「内化」。
これは、教育学でよく扱われる概念で、教師→生徒への「知識の転移」とみなします。
たとえば、包丁の握り方とか、野菜の切り方とか、塩のまぶし方などを、レクチャー形式で教えてもらうようなイメージです。

参加(さんか)

もうひとつは、実践の中で学ぶ「参加」です。
こちらは人類学の見地から見出された「実践共同体(じっせんきょうどうたい)」の考え方に近いものです。
端的に言えば、みんなで調理実習をやっちゃおう!という感じですね。

落とし穴

さて、ここで多くの人は、無意識に「内化」に偏ります。
本を読む、動画を見る、講義を受ける。
どれも大事ですし、必要なプロセスです。

ただ、それだけだと「わかった気になる」状態で止まりやすいのです。

一方で、「参加」はどうでしょうか?
・コミュニティに入る
・人に話してみる
・トライしてみる

こうした行動は、最初少しハードルが高く感じられます
「まだ自分には準備が足りない」と思ってしまうからです。
しかし、実践共同体の考え方では、学習はこう捉えられます。

人は、最初からうまくできる必要はない。
むしろ、「周辺から関わること」そのものが学習である

周囲から少しずつ真ん中へ…正統的周辺参加といいます。

つまり、「理解してから参加する」のではなく、「参加することで理解が深まる」という順番です。


優劣はない

ここで重要なのは、どちらが優れているかではありません。

内化も、参加も、どちらも必要だと思っています。
学術的には、たとえば参加派は内化派を否定したりすることがありますが、それはポジショントークであり(笑)どちらも大事に決まっています。

なぜなら、火の正しい取扱い方を知らなければ、安全に調理をすることはできません。
でも、火の理屈を知っているだけでは、食べ物は何一つ作れません。
したがって、両方の学びが大事なのです。

ただし、内化だけでは変化は起きにくく、参加が加わることで実感が生まれやすい…という傾向はあると思います。


「学んでいるのに成長している感じがしない」のであれば…

もし今、こういう思いを抱かれているのであれば、それは能力の問題ではなく、「参加が足りていないだけ」かもしれません。

ほんの少しでいいので、
・誰かに話してみる
・コミュニティに顔を出す
・小さくアウトプットしてみる
そんな一歩を踏み出してみると良いと思います。

実際私も学ぶときに、今は内化をしているのか、参加をしているのかを意識することがあります。
こうやって意識するだけでも、違ったりします。
何となく本を読むのではなく、内化するんだ!と息巻いて読むのです(笑)

そして、学びとは、「内化の積み重ねだけ」ではなく、「参加の中で変わっていくプロセスそのもの」だと捉えてみてはいかがでしょうか?

この記事が学びのヒントになれば幸いです!


今日の論文

ジーン・レイヴ、エティエンヌ・ウェンガー(1993)『状況に埋め込まれた学習:正統的周辺参加』産業図書。

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本を読むな!?という結論(笑)


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